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第5回1000字小説バトル
Entry24

稲葉山城の花嫁

作者 : 野原たんぽぽ
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 鵜飼の壁画の前で恵理子は不安げな様子で立っていた。
 山吹色の無地の着物に浅葱の帯が周囲の空気まで華やいで見える。
 約束の時間より30分も遅れてしまった私は、横からゆっくりと近
づくと
「恵理子!ごめん」
 と声をかけた。恵理子の顔からさっと笑みがこぼれた。次の瞬間
私を流し目できっとにらむとそっぽを向いた。
「わたしもう帰るとこなの、今おねえちゃんに電話して、いっしょ
にご飯たべるって約束したとこなの」
「お詫びにその飯代俺がおごらせてもらうよ」といって内ポケット
に手を入れると恵理子は私の腕を両手で押さえて
「嘘、嘘だって、本気にした?」
 私は、割烹料理屋に電話を入れて中庭に面した小部屋をキープす
ると恵理子とタクシーで早速料理屋に向かった。
 車に乗ると私は無言のまま恵理子の手を握るった。恵理子は私の
指に指を絡ませて遊んでいる。
 私が小さな声で「ちょっと」というと恵理子は悪戯っぽいひとみ
を輝かせて「なに?」と私の口元に耳を近づけてきた、肩に触れる
恵理子の温もりがくすぐったい。私は耳にキスをした。恵理子はボ
クの手を握ると自分の膝の上に持っていき手の甲を優しくつねった。
私はその恵理子の温かく少し汗ばんだ手の感触をたまらなく愛しく
思った。
 
 料理屋に着くと人の良さそうな40年配の仲居さんに案内され小さ
なお座敷に案内された。
「お飲物は何になさいます?」
 と仲居が訪ねるので
「私はビール」と答えて恵理子を見ると恵理子はメニューを見なが
ら考えているようだ。仲居に
「奥様は何になさいますか」と促されると恵理子は顔をほころばせ
て、
「じゃあ奥様は日本酒。冷やで。あなた。今日はちょっと酔っても
よくって?」
 といって自分で照れてる恵理子の笑顔が眩しい。
「じゃあ恵理子は日本酒、冷でな」
私は確認するように仲居と恵理子の顔を交互に見ていった。仲居が
出ていくと恵理子が笑いながら
「奥さんだって。参っちゃった。そんな風に見えるかな」
「ばか。親子に見えたらあんまり俺がかわいそうだよ」
「じゃあ今日は夫婦ごっこしよか?私ねえ、なんて呼べばいい? 
さっきあなたって言ったとき自分でも恥ずかしくって、笑っちゃっ
た」
 私が返事に少し困ってると
「私とじゃ不満。誰とだったらいいの」と絡んできた。その時、仲
居が飲み物を運んできた。
 私は少し助かったと思った。
「とりあえず乾杯だな」というと
「ご主人様。いつもご苦労様」
 恵理子の夫婦ごっこが始まっていた。






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