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第5回1000字小説バトル
Entry41

チョコの味

作者 : 君島恒星
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 その彼女を一目見て、甘い予感が僕を包んだ。
 新大阪までの新幹線。
 退屈な出張の隣の席は、ナイスバディーの二十代の女性だった。
大きな荷物を重そうに網棚に持ち上げようとしていた。
「手伝いますよ」
 僕はバックに手を伸ばした。
「すいません」
 上目使いの大きな瞳、ハスキーな声、好みの女だった。
 彼女は座席に座るとハンドバックからチョコレートを取り出して
食べ始めた。カリカリとチョコレートが砕ける音が聞こえ、薫りが
漂う。
「好きなんですか?」
 彼女は視線を向けずにうなずいた。チョコレートを口に運ぶ動作
は止めなかった。
 よほど好きなのだろう。新幹線が東京駅を出発するときには2枚
目のチョコを食べていた。
 太らない体質なのか? 
 現在、いいプロポーションを保っているから、きっとそうなのだ
ろう。
 チョコの香りを漂わせながら彼女が言った。
「血液型は何型ですか?」
「O型です」
 と速答した。彼女の目がキラリと光った感じがした。
「飲みますか?」
 彼女はポットからココアを注いでくれた。
「遠慮なく」
 僕は口をつけた。
「おいしいです」
「ありがとう」
 沈黙。
 彼女はチョコを頬張っている。僕は不安を感じて、雑誌に目を落
とした。変わった女なのかもしれない。相手にしないほうがいいか
もしれない。
「大阪までですか?」
 こんどは彼女の方から言葉をかけた。
「仕事で・・・」
「そうなの。大変ですね。わたしチョコレートを食べるの高校卒業
以来なんです」
 彼女が勝手に話し始めた。
「好きだったけどやめてたの。太るからね。男に嫌われたくなかっ
たから。あいつのために汚い仕事をして子供も産んだ。でも、あい
つはどっかに消えちゃった。O型だったんだ、あいつ。両親に心配
かけたくないのよ。男に捨てられて死ぬなんて惨めじゃない? あ
なたは、わたしの不倫相手よ。遺書は用意してある。愛するために
死ぬのよ、わたしたち。マスコミが騒げば本当の話になるわ」
 彼女が僕にキスをした。チョコの味。
「子供? 網棚のバックの中で眠っているわ。ふたりの旅立ちより
一足先にあの世へ行ったのよ・・・わたしもココアを飲むわ。付き
合ってくれてありがとう」
 僕の瞳孔が開ききるまで彼女は喋っていた。






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