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第6回1000字小説バトル
Entry27

天狗の鼻岩

作者 : 三月
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文字数 : 996
 賀西川は細くまっすぐな川だが、一ヶ所だけ大きく歪むところが
ある。それが雄太たちの言う「ハナ岩」だった。角のとれた巨大な
岩が山肌からせり出し、賀西川はそれを取り囲むようにぐるりと回
る。かつてその岩はさらに長かったことから、大人たちは「天狗の
鼻岩」と呼んでいたが、今では短い。
 ハナ岩の上に立ち川面を見ると、さざなみに太陽がキラキラ照っ
た。そこでの飛び込みが夏の楽しみだった。
「なぁ、やめよう」幸二がそう言ったのは、ハナ岩に伝説があった
からだ。大昔、妖怪が飛び出てくるという穴があった。それを知っ
た神が大岩でふたをした。それがハナ岩だという。そして新月にな
ると妖怪たちが力を増し、近くにいる人間を岩の下に引きずり込む
という。
「妖怪なんて、信じんのかよ」今日は新月だった。いつもとは違い、
岩の上には幸二と諒子と雄太以外誰もいなかった。
「信じはしないけど……」
「やめたほうがいいんじゃない?」
 人一倍臆病な諒子も当然反対した。
(これだから)雄太はぼやいた。いつも威張り散らしてる中学の奴
らもいない。その中で今日飛び込みをやれば一目置かれるだろう。
それが、わからないのか。
「俺、やるから」
「雄ちゃん!」
「あっ!」
 それ以上は面倒だと雄太はジャンプした。途端、水面が一気に迫
り、冷たさが体を覆った。
 身体二つ分ほど沈み、雄太は水面に顔を向ける。ゆらゆら太陽が
踊っていた。何のことはない。いつもどおりの水、いつもどおりの
光景があった。雄太は鼻をつまんでいた手を離し、両手を上へ伸ば
した。
 しかし、
(――え?)
 足を誰かにつかまれた。両手をかくが不意に水面が遠ざかった。
 雄太の胸が大きく鼓動した。誰かがぐいぐい引っ張っている。足
が真冬の水のような冷たさに触れた瞬間、雄太は口内の空気を吐き
出してしまった。
(……! ……!!)
 飲み込んだ水は不思議と硬かった。身体中が鉛を打ち込んだかの
ように重くなった。
(――――)
 雄太の頭がぼうっとした。雄太はその勢いに流された。

「……ちゃん! 雄ちゃん!」
 目を開けると幸二がいた。ぐらぐらする頭に手をやり、雄太は体
を起こした。そこはハナ岩からさして遠くない川原だった。
「よかったぁ。今諒ちゃんがおじさん呼びに行ってる。……雄ちゃ
ん?」
 雄太は気づかずに立ちあがっていた。瞳がハナ岩に吸い寄せられ
て離れなかった。
 まるで天狗が、大きく笑っているかのように見えたのだ。






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