インディーズバトルマガジン QBOOKS

第6回1000字小説バトル
Entry32

本番いきまーす

作者 : 岡嶋一人
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/Hollywood/8616/
文字数 : 984
「照明さん、美術さん、音声さん、特効さん、OK?」
 それぞれのポジションからOKの声が掛かる。
今日、最後のシーンだ。うちのチーフは昼過ぎから機嫌が悪い。
だから、OKの声にもどこか、苛立ち紛れの雰囲気がある。
「じゃあ、本番行きます」助監督の声が響く。一瞬静まり返る。
まるでスタートラインでスタートの合図を待つランナーとそれを
見つめる観客のように息を潜め、じっと、監督の声を待つ。
「よーい、『カメラ廻った(これはカメラマンの声だ)』はい」
いよいよスタートだ。
このシーンを撮る為に、うちのチームは4ヶ月も前から仕込みを
してきた。それなのに、今日の昼になって不具合が見つかったの
だ。それを知っているのはチーフと僕だけだ。だから、チーフの
機嫌が悪いんだ。直す時間もない。チーフは僕に言った。
「隆志、お前誰にも言うなよ」
そんな事言われなくたって、絶対誰にも言えない。
いよいよ、例のところだ。何とか旨くいってくれないかな。
 リハーサルの時は、何とか誤魔化せた。だいたい、最初から間
違っていたんだ。かなり古い資料まで置いてあるライブラリーに
も行ってみたがこれといって的確なものはなかったし、伝承者と
いう人物にも会ってみたが、記憶が曖昧だったのだ。そんな状態
でまともなものが出来るわけがない。
 とうとう、始まった。ああ、やっぱり変だ。まずいなこりゃ。
チーフのほうをちらっと見る。真剣に見つめてはいるものの、や
はりどこか不安げだ。チーフが監督の様子をうかがっている。僕
もつられて、監督を見る。気が付いていないようだ。大丈夫かな。
何とかやり過ごせそうだ。どんどん進行していく。
「カットーッ!」
監督から声が掛かる。次の言葉が問題だ。
「はい、OKです」
やった。ばれなかったんだ。
次の瞬間、監督が僕らのほうにすたすたやってきた。
「いやあ、ロボットの踊りよかったねえ。特効さん頑張ったねえ」
チーフもほっとしたようだ。
台本に目をやる。
 盆踊り 東京音頭を踊る人々
エキストラをロボットで代用するようになってかなりになるけど、
踊りを踊らせたのは始めてだ。盆踊りなんて100年も昔のこと
なんだ。本当の盆踊りを知ってるやつなんていない。
だから、僕らが、東京音頭じゃなく炭鉱節をプログラムしたとし
ても…。






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