Entry1
雨
朧冶こうじ
午後に入りどんよりと暗くなり始めた空が、夕刻になってついに泣きだした。
視界を遮る白い雨幕にユリが嘆息した。
傘など持って来てはおらず、この土砂降りの中濡れて帰らなければならない。
風邪をひきかけている事を自覚しているから、この事態は少し辛かった。
しかし、止む気配もない。こんな事なら早いうちにサボれば良かったと思う。後悔先に立たず。どうしようもない。
覚悟を決め、屋根の下から走り出そうとした時だった。
腕を掴まれた。がくんと体が引っ張られる。
驚いて振り返ると、透明なビニル、の小さな傘を手にしたリュウが立っていた。
僅かに息を乱しているところから、走ってきた事が知れる。
共に無言のまま、リュウの差し出した傘に入り歩き始めた。
傍らにある大きな体温が心地良い。
手を繋ぐ、なんて、まだとても出来ないけれど。
敢えてぶつけて歩く肩が嬉しい。
「…ウチ、寄ってく?」
もう少し、一緒に居たくて、珍しくユリが提案した。
一人暮らしをしているユリ。互いの気持ちに勘付いてから、部屋に上げてくれなくなっていたのに。
横目で顔を窺うと、複雑な心境を表した様な曖昧な表情。
「……あぁ、ちょっとだけ、な」
たったそれだけのやりとり。再び沈黙して。
ユリの住むアパートが見える。鉄製の階段が古めかしい。
カン、カン、カンとリズミカルに上がっていく。玄関に鍵を差し込むユリの手が、微かに緊張しているような。
気が付かない振りをして、意外に片付いた室内へ歩を進める。
転がっているのはビールの空き缶を詰めたビニル袋、雑に畳まれた衣服。机の上には吸殻の積まれた灰皿と空のカップ麺の容器、テレビのリモコン、ファッション雑誌。
女の一人暮らしには珍しく、インテリアの類は見当たらない。
勝手に座ったリュウの前にコーラの缶を置く。リュウはそれには手をつけず、隣に座ったユリの膝を枕に横になった。
「ちょ、ちょっとっ!?」
焦るユリの腿をうるさそうに叩く。
「何もしねーよ。膝ぐれー貸せ」
んなに怖がンなと呟いた。
目を閉じているリュウの髪を引っ張るように梳きつつ、ユリが息を吐く。
また、黙って共に居るだけの時。雨音だけがBGM。
一種張り詰めた、快い空間で。満たされきりはしない、だが、幸福な心を抱えて。
雨が止み、星空が見えるようになったその時まで、二人はそうしていた。