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1000字小説バトル

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1000字小説バトル
第62回バトル 作品

参加作品一覧

(2004年 9月)
文字数
1
朧冶こうじ
1000
2
のぼりん
1000
3
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
4
愛花由衣香
1850
5
夢追い人
1000
6
小笠原寿夫
761
7
立花聡
1000
8
早透 光
1000
9
ごんぱち
1000
10
ウタタネマクラ
1095
11
霜月 剣
1000
12
紫色24号
1000
13
越冬こあら
1000
14
マリコ
1000
15
ユキコモモ
1000
16
アナトー・シキソ
1000
17
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
18
るるるぶ☆どっぐちゃん
1000
19
伊勢 湊
1000
20
橘内 潤
1000

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Entry1
朧冶こうじ

 午後に入りどんよりと暗くなり始めた空が、夕刻になってついに泣きだした。
 視界を遮る白い雨幕にユリが嘆息した。
 傘など持って来てはおらず、この土砂降りの中濡れて帰らなければならない。
 風邪をひきかけている事を自覚しているから、この事態は少し辛かった。
 しかし、止む気配もない。こんな事なら早いうちにサボれば良かったと思う。後悔先に立たず。どうしようもない。
 覚悟を決め、屋根の下から走り出そうとした時だった。
 腕を掴まれた。がくんと体が引っ張られる。
 驚いて振り返ると、透明なビニル、の小さな傘を手にしたリュウが立っていた。
 僅かに息を乱しているところから、走ってきた事が知れる。
 共に無言のまま、リュウの差し出した傘に入り歩き始めた。
 傍らにある大きな体温が心地良い。
 手を繋ぐ、なんて、まだとても出来ないけれど。
 敢えてぶつけて歩く肩が嬉しい。
「…ウチ、寄ってく?」
 もう少し、一緒に居たくて、珍しくユリが提案した。
 一人暮らしをしているユリ。互いの気持ちに勘付いてから、部屋に上げてくれなくなっていたのに。
 横目で顔を窺うと、複雑な心境を表した様な曖昧な表情。
「……あぁ、ちょっとだけ、な」
 たったそれだけのやりとり。再び沈黙して。
 ユリの住むアパートが見える。鉄製の階段が古めかしい。
 カン、カン、カンとリズミカルに上がっていく。玄関に鍵を差し込むユリの手が、微かに緊張しているような。
 気が付かない振りをして、意外に片付いた室内へ歩を進める。
 転がっているのはビールの空き缶を詰めたビニル袋、雑に畳まれた衣服。机の上には吸殻の積まれた灰皿と空のカップ麺の容器、テレビのリモコン、ファッション雑誌。
 女の一人暮らしには珍しく、インテリアの類は見当たらない。
 勝手に座ったリュウの前にコーラの缶を置く。リュウはそれには手をつけず、隣に座ったユリの膝を枕に横になった。
「ちょ、ちょっとっ!?」
 焦るユリの腿をうるさそうに叩く。
「何もしねーよ。膝ぐれー貸せ」
 んなに怖がンなと呟いた。
 目を閉じているリュウの髪を引っ張るように梳きつつ、ユリが息を吐く。
 また、黙って共に居るだけの時。雨音だけがBGM。
 一種張り詰めた、快い空間で。満たされきりはしない、だが、幸福な心を抱えて。
 雨が止み、星空が見えるようになったその時まで、二人はそうしていた。
雨 朧冶こうじ

Entry2
亡者
のぼりん

 幽霊に取り憑かれたと言う男が、高名な祈祷師を訪れて泣きついた。
「助けてください。幽霊が夜な夜な枕元に現われて、私を取り殺そうとするのです。あまりの恐怖のために、すでに数日間眠っていません」
 祈祷師は、ほとんど事務的な口調で尋ねた。
「その幽霊に心当たりはあるのかね」
「はい、株の売買で大損して、先日自殺した男の幽霊です。私は証券会社の社員ですが、私のアドバイスがすべての原因だと思っているのです」
「金の亡者だな」
「そうです。耳元で毎晩『金を返せ。金を返せ』と同じ事ばかり繰り返されては堪ったものではありません。すでに数え切れないほどの霊能者やお坊さんにお願いしました。御払いをしてもらったり、幽霊が入ってこないように家の隙間に御札を貼ってもらったりしましたが、いっこうに効果がないのです。これを見て下さい」
 男はそこに御札を何枚も並べた。
 御札に書かれた曲がりくねった毛筆文字は何と書いてあるのか。だが、結局意味はないのだ。なぜなら、どれも見事に真中から二つに破られているのだから。
「どの御札もみんなこの通りです。ぜんぜん効果がないのです」
「ふうむ、すごい怨念だな」
 祈祷師は破られた御札の数々をじっと見て、突然にやりと笑った。
「この御札では金の亡者には効かないよ。あしたから私の出す御札を使いなさい。ドアや戸の隙間に張りつけておくんだ。もったいなくて今までのように簡単に破ることはできないだろう」
「そんなによく効く御札なんですか?」
「そのかわりちょっと値が張るよ。一枚が一万五千円だ」
「少しぐらい高くてもかまいません。あの金の亡者から逃れられるのなら……」
 そこで差し出された御札は、どう見てもただの一万円札だった。この祈祷師、念を込めたという理由だけで、五千円も儲けていたのである!
 
 結局、この男は幽霊に取り殺されてしまったということだ。
 どうやら、一万円の御札を使うのがもったいなくて、千円札を家中に張りつけていたらしい。
 こうなると、どっちが本物の金の亡者か、よくわからなくなってくる。
亡者 のぼりん

Entry3

(本作品は掲載を終了しました)

Entry4
愛の母子像
愛花由衣香

赤く燃える海その海をみてわたしはあの事故をおもいだした。あれは二年前の春。

その日は友達の悦子もきて子供たちもじょうきげんだった。
「ママおやつまだあ?」
 お昼を食べたばかりなのに雄介が叫ぶ。
「もう食いしんぼうねえ。さっきお昼食べたでしょう。」
 おでこをこずくとヘヘヘと笑った。
「はやくゼリーが食べたいんだよねえ。」
 悦子が言うとはずかしそうに私の後ろに隠れた。
「まっアハハハ。」
悦子の明るい笑い声と子供たちの笑い声その幸せがつづくとおもっていた。
 
遊びつかれたのか、下の康江は眠そうになってきた。
「そろそろヤックンお昼寝の時間ね。」
 悦子の言葉に雄介もおとなしくなった。
「さっユウボウおばさんと一緒にテレビでもみよう。」
『ヤックンはお昼寝しましょうね。」
 そのときだ飛行機のばくおんがひびいた。これはいつものことだ。我が家のある横浜は横須賀に近い、そのせいかよく米軍の飛行機がとおる。
「ねえきょうなんかへんよ。」
「なにが?」
「音が近くない?」
「そういえばそうねえ。」
 
 ヤックンも寝たので私は小説を書こうと自分の部屋にいったそのしゅんかん家がゆれた!机が倒れてきてわたしの足の上にのった!私はひっしに足をひっこぬき子供のいる部屋にむかった。そのしゅんかん!バリバリバリ!ものすごい音がした!そしてあたりいちめん火の海になった。
「良江だいじょうぶ?」
 悦子がかけよる。逃げても逃げても火の海!髪が焼ける音。肌が焼かれるかんしょく。
「ウウ┉┉┉┉」
「しっ・かりして!」
しゃがみこんだ私を悦子がささえる。ドーン!ものすごい爆発音と同時に体が宙をまった┉。
きがつくとわたしは道ばたにたおれていた。体中が痛い!あっ向こうからトラックが来る!私はよろよろとそこに歩いていった。
「助けて┉┉┉」
 それが私の最後の言葉だ。

そのあとはきがつくとくと病院だった。
「良江!」
 目を覚ますと香司の心配そうな顔があった。
「やっくんは?ゆうぼうは?」
「二人は自衛隊病院に運ばれたよ。」
 そういえばうっすらと車のなかにいた記憶がある。
「ごめんな!ごめんな!昨日おまえがつらい目にあってたのに僕は┉┉」
 わたしはなんてこたえていいのかわからなかった。そして自分が丸一日、意識がもうろうとしてたことをしった。

香司は今朝ここにきたのだ。
ここにくるまえに自衛隊病院にいた。

『ワーン!痛いよう!この縄とってよう!』
『やっくんがまんして。動くと傷に悪いのよ。』
 実家からかけつけた母が一生懸命慰める声、子供たちの泣き声┉┉┉┉┉香司はつらかった。
何時間たっただろう?
いつのまにか寝てしまったらしい時計を見ると深夜だった。
『パパ、ママ┉┉┉』
『バアイ。』
 やっくんがそうつぶやいた。
『康江!』
 香司の叫びはむなしくやっくんは息をひきとった。
『ゆうぼうがなんかいってる!』
 母の声でそばにいくと
『ポッポーハトポッポー┉┉』
 それを聴いた瞬間、香司の目から涙があふれた。それは香司がフロでおしえたものだったのだ!あつくて嫌がっても無理やりつかった。それからゆうぼうのお気に入りになったいた。
『ポッポポー┉┉』
 二回目のハトポッポーを最後にユウボウもいきをひきとった。

香司は迷った言おうかどうしようか。しかし医者に止められたことを思い出したので高ぶる気持ちをおさえた。
「二人とも無事なの?」
 私の言葉にうなずき彼は何か言いたげな目で私をみていた。
「医者のとこいってくるよ。」
 そういって彼は病室をでていった。

そしてそれから数ヵ月後、私は皮膚移植をうけた。手術は成功して私は元旦には家
に一回もどることができた。家に帰ってから子供たちがいないことにきずいた!
香司は実家にいるといっていた。
 病院にもどってから真実をしった。そうあの事故で助かったのは私ひとりだということを┉┉。
 
私が退院してしばらくしてから裁判が行われた。そして私は事故を起こしたアメリカ兵をはじめてみた。被害者の遺族の必死なうったえもむなしく裁判はアメリカ兵がわの勝利となった。
 あんたたちにはわかんないの?子供をうしなった私のきもち!鬼よ!あんたは鬼よ!
私は心のなかでさけびつづけた。
涙があとからあとから流れた。涙の止まらない私の肩をだんなはやさしく包んでくれた。
 
あれからもう二年。香司は裁判に負けた日からかわった。帰りは毎日おそく
そしてたまに彼から女のにおいがするのだった。
 もう私は生きるきりょくがない┉┉┉┉。そう私は死にに来たのだこの海に!
さよなら。涙がほほをつたっていく。私はそれをふりきり海に飛び込んだ。
そして良江はなくなった。
愛の母子像 愛花由衣香

Entry5
雨の日の象
夢追い人

 水を入れたばかりのコップは汗をかき、テーブルにその滴を垂らしている。まだ足し算もできない私の息子はコップにへばりついた水滴を人差し指ですうっとなぞると、テーブルの隅でかしこまったように座る象のおもちゃの口に人差し指をあてがい、水を飲ませる真似をした。親指ほどの大きさしかないピンク色の象は水遊びでもしたかのようにその前足を濡らした。
「ママ。ゾウさん庭で遊びたいって言ってるよ。庭に出てもいい?」象のおもちゃを右手にかざして息子が訊いた。
「ダメ。外は雨が降ってるから濡れちゃうでしょ。明日にしなさい」と私が言うと、息子はおもちゃ箱の中からプラスティックで出来たロボットのおもちゃを持ってきた。
「今日は雨が降っているからダメだ。ここでじっとしていなさい」と息子は外に出たがる象にロボットを使って外に出ないように命令した。すると、象はがっかりしたように溜め息を漏らした。
「ねえ、アイス食べたいよう」と象は飛び跳ねながら言った。
「ダメだ。アイスはもっと暑い日しか食べちゃダメなんだ」とロボットは両手をグルグル回しながら言った。
 意地悪なロボットに自分の願いがすべて潰されることを危惧した象は拠りどころを求めてロボットから遠ざかるようにテーブルの上を彷徨い始めた。ロボットはどんなに象が遠くへ行ってもその鋭い目を光らせて監視を続けている。降りしきる雨の音が象をより悲し気に見せる。時折、仲間を呼んでいるのか、象は空を仰ぎ見て声高らかに啼き叫ぶ。
 まもなく象は小ぶりのミカンに身体を寄せて休んだ。象の大きないびきが沈んだ空気の中で響く。象は長旅のせいで疲れているらしかった。果皮を艶々と光らせ、甘い芳香を放つミカンはまるで象の母親であるかのように見えた。ミカンは象にこの上ない安らぎを与え、象はミカンに穏やかな寄る辺を見つけたのだ。
 それから象とミカンの間に静かで緩やかな時間が横たわった。それはとても純粋で、素直な繋がりを持ち、永遠かと思われた。しかし、それにもやはり終わりがあった。始まりがあるかぎり、終わりを避けることはできない。誰も終わりなんて望んでいなかったのに。でも仕方がない。象は言ってしまったのだ。
「外に行って遊びたいよ」
ミカンは無言のまま見守っていた。ミカンのそばに置かれた消しゴムは象が去っていく光景をただ見るともなく見ていた。

息子は遊び疲れて象を握り締めたまま私の膝の上で眠ってしまった。
雨の日の象 夢追い人

Entry6
ぱいろっと
小笠原寿夫

♪~ALA501便の搭乗時刻は16時30分となります。尚、搭乗口は12番ゲートからお進みください。~♪
「もう一本吸ってから行っか。」
大学に復学しようとする学生が、故郷を離れ、空港のロビーで、ライターの火を点けた。

一方、その頃、飛行機の操縦室では、搭乗前のコックピット点検が行われていた。
ぱいろっと「四角いなぁ。」
副操縦士「いやいや、それ車輪でっせ。」
ぱいろっと「キャンドル・・・」
副操縦士「いや、操縦桿でしょ。」
ぱいろっと「掃除機。」
副操縦士「高度計ですやんか!しっかりしてくださいよ!」

学生は、列に並び、チケットの手続きも済ませ、今、ジェット機の中に乗り込んだ。今日は、晴れたいい天気だ。旅立ちには絶好の機会だと学生は思った。

ぱいろっと「今日、ちょっと雨降ってるやん。」
副操縦士「いやいや、晴れてますやんか。」
ぱいろっと「日が悪い。」
副操縦士「何言うてますのん。仕事でっせ。しっかりしてくださいよ。」
ぱいろっと「うんち出そう・・・。」
副操縦士「はよ行ってきなはれな。」

学生が搭乗チケットの切れ端を見ながら、席に座ると、アナウンスが聞こえてきた。
~皆様、本日は、ALA501便にご搭乗頂きまして、誠にありがとうございます。当機の出発予定時刻は、17時00分、17時00分、到着予定時刻は19時15分、19時15分を予定しております。当機の機長は馬場、馬場でございます。それでは機長からの挨拶をお聞きください。・・・・・・・・・・・・・・・僕、ぱいろっとやで、何言うてますのん、君たちやめたまえ!僕が運転すんねん、操縦でしょ、しっかりしてくださいよ、ちょっと、私が機長だ!さっきのうんち流してないわ、はよ流してきなはれな、もう流れてるんだ!~
学生は、はぁ~、こりゃ無理だと思ったとのちのちまで、語り草になったと言われている。
ぱいろっと 小笠原寿夫

Entry7
鈍痛
立花聡

 ある暑い夕刻であった。橙の光が神社の方から漏れてきた。続いて音の割れた拡声器の音が届く。先には浴衣を着た子供等の影がある。私は懐かしい気配を感じ、気づくと足は影を追っていた。
 松林に囲まれた境内には様々な屋台が並び、発電機の分厚い振動音があり、明るいような暗いような特有の色彩でうめつくされていた。
 わたあめ
 焼きそば
 イカ焼き
 とうもろこし
 派手に彩られた文字がはえている。私は不規則に動く行人をかわしながら、それらの看板の下で働く人の手元をのぞいて歩いた。
 塊となって押し寄せる人々に道を譲り、今にも屋台に袖を擦ろうかという所まできたときだった。何かを熱心に魅入っている小さな存在に気がついた。私が視線を辿ると、そこには見事な手つきで飴をさばく男がいる。
 飴細工が初めてなのだろう。私の背丈の半分ほどの少女が、その機微を呆けたように口を開けてながめ、まばたきすら惜しんでいるような様子である。私はその様に頬をゆるめ、少女の無垢な表情を追いながらすれ違う。おそらく私もあの時分にはあんな羨望を誰かに向けていたのだろうと思うと、どこか安心したような心地になった。
 社がうかがえる所まで来ると、社と松のすきまから夜空が見えた。周囲が明るいからであろう、空は一層黒々として神聖ですらあった。すると背後が何やら騒がしい。振り返るとさっきの少女が飴細工を片手に私の袂を駆け抜けた。次いで人々の声が聞こえてきた。
「泥棒だって」
「掏摸だろう」
「女の子だったわ」
「男の子だそうだ」
 ざわめきが波のようにおとずれる。息をはずませた先ほどの飴細工の男が隣に走ってきた。男は下品に舌打ちをすると元きた道を戻ってゆく。私は事を察した。
 裏切られた感じがした。あの一瞬の(しかし深い)愛着をけなされたような気がした。思いは不器用に私を満たしてゆく。苦しくなった。甘い灯火も笑い声も、香しい匂いも、全て私の胸を押えつけて来る。私は逃げるようにその場をあとにした。
 数分歩いた頃である。街灯の下に先刻の少女がいる。母親だろう女と話している。私の目は自然と母子に向いた。少女がうれしそうに飴細工を掲げている。私に、少女は飴細工を母に見せたい一心だったという邪推がはたらいた。
 しかし母はそれを受け取るかわりにその手を払い、少女の頬を平手でぶった。飴は力なく道に落ちた。
 風は北風に変わっていた。それは鈍痛を纏っているようだった。
鈍痛 立花聡

Entry8
信号機
早透 光

 信号機が赤から青に変る時、波際の貝殻がコロリと一回転して、砂にまみれて消えてしまった。
 煙草の煙はチラチラと風に揺られて、土へと向って命に帰る。

 甘い匂いはどこから来るのか、雨の音はどこから聞えてくるのか、死んだカエルはどこへ行ってしまうのか。僕は解らずに星空を見上げた。
 星が小さな光を放ち、あの中へ死んだもの全てがそこに有るかのように、思わせぶりに輝いて見せる。絶対にそんな事、有り得無し、信じるも、信じないも無い。僕にはそれが嘘だと言う事はもう解りきっているのだ。

 曖昧な、意味の無いおとぎ話などいらない。お腹が満たされる事もないし、心が幸せで満たされる訳でもない。
 悲しみを好んで食べる人がいるが、それは自分の幸せを噛みしめているに違いない。嫌らしい事だが自分も同じだ。
 言葉は嘘のために彩られ、形その物も変えてしまった。本当の言葉などこの世の中には無くなってしまって、見えるものが本物では無くなって、本当の気持ちや本当の愛情が、形にならないと解らないと言う人々で溢れかえっている。
 僕はそんな目でこの世の中を見つめている。それは冷めた目ではなく、普通に、いつもと変らない気持ちで見えている。
 自分の居場所などどこにも無い。逆に言えばどこに居たってかまやしないって事。そんな世界で生きるってどんな事かって、こんな事なんだと、知っていて、知らない振りをしている事に疲れただけなのだ。

 信号機が赤から青に変わる時、今際の空っぽの、空き缶みたいな僕がコロリと一回転して、血にまみれて消えてしまう。
 抜け殻から魂だけがチラチラと風に揺られて、土へと向って命に還る。
 もっともっといい時代に産まれますように、と星に願いを掛けながら、僕は夜空を見上げる事が出来るだろうか。でも、それはただの光のクズで、何も起こらない事は良く解っていて、でもこんな時ぐらいは夢のような事も考えてみたいのは、なんとなく解る気がするから可笑しなもんだ。

 都合のいい事ばかり考えている自分に嫌気が差して、千切れた右手を歩行者に向って投げつけた。生きたいとも思ったし、死にたいとも思った。そんなご都合で生きてる人間なんて腐っちまった方がいいに決まってる。それが解るから自分はここにいるのか。

 信号機が赤から青に変わる時、僕はもうそこには居ないだろう事を願ってコロリと一回転して、欲望にまみれた自分の心を捨てると決めたのに、なぁ。
信号機 早透 光

Entry9
日本核武装
ごんぱち

 記者たちのバズーカ砲のようなカメラが、会見場に現れた官房長官に集中する。
「官房長官! 平和憲法を徴兵令に替えた次は、核武装の容認ですか!」
「反対デモへの対人地雷使用はやりすぎでは!」
「先制攻撃に使用する可能性は?」
「標的はやはり統一朝鮮でしょうか!」
「H2-AAAの失敗から言って、日本のミサイル技術には、疑問が残りませんか」
「広島市長の事故死について、謀殺説が出ていますが、これについては!」
「大量破壊兵器を日本が持つ事について、各国から反発が出ていますが、その辺は!」
「お、お静かに」
 官房長官は、気弱そうな表情ながら、記者たちを制する。
「核武装の必要性は、既に国会で決せられた事です。国会の決定は、国民の代表である議員の決定ですので、国民の皆さんは自らの財や命を惜しむような反社会的思考を慎み、粉骨砕身して、国防に当たって戴く事を希望します」
「待って下さい、それじゃあ独裁――」
 なおも叫ぼうとする記者の口を、警備の自衛隊員が押さえ、そのまま引きずり出して行く。
「え、えと、我が日本は、これにより、世界に誇れる一流国家となれるのです。常任理事国入りも夢ではありません」
 会見場の外で、手を叩くような音がした。
「さて、この度の発表は、その立役者となった核ミサイルに関するものです」
 スクリーンに、黒い三基の長距離弾道弾が映し出される。
「米国と共同開発したミサイルです。弾頭には『世界最大の核兵器』と、ギネスブック認定された二〇ギガトン級水爆が搭載されています。これにより、日本の安全は完全に守られる事でしょう」
 記者たちは無言でシャッターを切る。
「威力がありすぎて使用が困難との意見もありましたが、民間に紛れるテロ組織の撲滅には、広範囲を攻撃出来る核が最適です。残留放射能による自国民被害率は、テロや戦争による被害と比較すれば軽微です。言うまでもないですが、これは防衛用です。極めて切迫した危険があると政府が判断した場合にのみ、防衛の意図を持って使用する予定です。そして今日は、配備される核ミサイル三基の――」
 嬉しそうに官房長官は言った。
「愛称を、広く国民から募ります!」

 ――ミサイル愛称公募は、『黄門様』『助さん』『核さん』(同案十五票)に決定、以降、五代目――反物質弾頭が採用され、核兵器が国際法で全廃される――まで、この名前は引き継がれ、親しまれた(日本政府刊行物『防衛白書』より)。
日本核武装 ごんぱち

Entry10
午前三時四十五分
ウタタネマクラ

 俺達はいつも暗闇に潜む。
 何故かって? 獲物を待ってるのさ。

「静かになったね」
三度目の揺れの後、案外冷静に女は呟いた。
「生きてる?」
人の気配。何か割れる音。
「生きてる。動けないけど」
「私も」
溜息。
「私達、運がいいのかな、悪いのかな」
答えはない。
「名前、何てったっけ」
「木原紀明。そっちは」
「工藤里美」
沈黙。
「店長は?」
「わかんね。厨房?」
「生きてるかな」
「わかんね。声しない」
無音。
「話すの初めてだね」
「そうだっけ」
「うん。木原君、話し掛け辛かった」
「……」
「私も、人と話すほうじゃないし」
暗闇。
 不安。
「ねえ」
「何」
「私達、死ぬよね」
「何言って」
「聞いたことある。体挟まれたまま、何時間もそのままだと、助けられても血が巡らなくなって、結局死ぬって」
恐怖。
「夜だし。こんな地下、誰も来ないし。見つけられたとしても、結局死ぬ」
恐怖が。
「死ぬんだよ」
「黙れよ」
ひしひしと伝わって来る。
 俺は笑いを殺しながら、様子を窺った。
「でもさ」
女の声。
「案外良かったかもね。ほら、私今フリーターでさ。自由気ままなわけ。でも、自由ばっかで、やりたい事もないわけ。無駄無駄。無駄なことだらけ。人付き合いも、将来も、私自身も。あ、ここももう辞めるつもりだったのね。でも、次の当てなんかないし、何かもう、駄目だし。誰も悲しまないだろうし」
そろそろか。
 俺は、ゆっくりと女に近づいた。
「もう、うんざり。木原君、学生? 就職? 良かったね、大変だった筈だもの。これから先、一生」
手が届く、その瞬間。
「諦めるなら」
低い、
「勝手に諦めろよ。勝手に死ね」
男の声。


 沈黙。


「俺」
苦しそうな呟き。
「バイク買うんだ。900の」
「……」
「バイト掛け持ちして、ここ時給いいし、あと少しで貯まる」
「……」
「死ねない」
言い聞かせるような呟き。
「俺も、お前も、こんな所で死なない」
男が、叫び始めた。
「な、何」
「お前も叫べ。誰か来てくれるかもしれない」
 
 誰か。
 俺達が、ここにいます。
 生きてます。

 叫びは、静寂を、暗闇を、恐怖を裂いた。

「手」
「え?」
「伸ばせ。届くかもしれない」

 地上では、夜が確実に終わろうとしている。
 ま、そんなことはともかく、俺もそろそろ行くとするか。
 たった今生まれたばかりのうざい奴が、俺の後ろでクラクション鳴らし始めたことだし。
 全く、こいつら『希望』ほど忌々しいものはない。
 俺達『絶望』にとって。

「バイク買ったら、乗せてやる」
「嘘」
「俺嘘つかねえよ。たまにしか」
「嘘でもいいや」
「でも、俺とばすから、そっちで死んだりして」
「バイク乗るの、初めて。楽しみ」
「どこ行こうか」
午前三時四十五分 ウタタネマクラ

Entry11
図書館のアリス
霜月 剣

 立ち読みしていた棚の向こう側で、ガサ、ガサと、カバンを揺するような物音がする。なかなかその音がやまないので様子を伺いに行くと、背の高い本棚の谷間で懸命に背伸びをして【あ】の段に本を戻そうとしている女の子の脇腹が見えた。
 見てはいけないものを目撃してしまったような気がして、そのままさらに向こう側の谷へ静かに通り過ぎたが、艶かしくのぞいた脇腹ではなく、遠近法の狂ったような、本棚と女の子の大きさの異様な対比に妙な興奮を覚え、回れ右をして谷間の様子を盗み見てみた。
 左右を確認してから、棚のいちばん上を見上げた彼女が、本を持っていない右手を挙げてひょい、と飛び上がった。その成果にどんな満足をしたのか背中越しに小さくガッツポーズを決め、また、ガサガサと音を立てて控えめに飛び跳ねている。どうやら【あ】の段の高さを計っているらしい。
 図書館で、ぴょんぴょんとジャンプするひとを初めて見た。こどもが街の図書館ではしゃいでいるならわかる。大学の図書館でサージャント・ジャンプをする学生がいるとは思わなかった。僕の肩の高さほどの棚よりも少し、彼女は小さい。百五十センチもなさそうだ。なんだか微笑ましいやら可愛らしいやら、盗み見ている僕の方がよっぽど不審なことなど忘れて、巨人の国に迷い込んだ背の小さなアリスに、不純な興味を抱いて見とれていた。
 その彼女の向こうから、深い胸の谷間が覗く色っぽい服を着たふたりの女の子がこちらへ歩いてくる。さっきまで不思議なダンスをしていた図書館のアリスは手に持っていた本を開いて、一心不乱に読んでいるふりを始めた。僕が潜んでいるすぐ近くで背の高いふたりは立ち止まり、最上段の本を手にしてささやくように相談を始めた。
「ねえマミ、これ、読める?」
「えー、無理、あたしフランス語だし」
 それはフランス語の本だろと思いつつ、怪しまれる前に最前までいた棚の向こう側に歩き出す。本をめくる腕に寄せ上げられた大きな胸が、目の前で重たそうに揺れ、柑橘系の甘い匂いが僕の鼻をくすぐった。花の蜜に吸い寄せられる昆虫のように、魔法の国の谷間の中へ、ついフラフラと迷い込んでしまった。
 谷間のちょうど中程で用も無い本を手にしたとき、左右からほぼ同時に、あの、すみません、と声をかけられた。どちらを向いたらいいかわからない。動けずにいたら、三人の女の子が首尾よくお互いの用事を済ませて、立ち去っていった。
図書館のアリス 霜月 剣

Entry12
あらゆる畢わってゆくものへのオマージュ
紫色24号

〈破壊が官能的でなかったためしはない
  それは破壊が創造と懇ろなことを意味する
   蓋し秘戯とは破壊への第一歩であり
    苦痛と快楽を伴って猛々しい
     その解釈の解かり易い譬えを
      歓喜仏に
       或いは宇宙や量子の世界観に
        散見出来る〉

 落書きだった。
 喧騒から外れた裏通りにある、建物も経営も傾きかけてそぞろな、ライブ小屋の楽屋。
 壁の至るところに落書きがしてあって、これもそのうちの一つだった。
 俺には宇宙や量子が官能的だとは、おおよそ思えなかった。だが、破壊がある種の美に通じて官能的であることに異存はないと思えた。
 歓喜仏とは、恐らくチベット曼荼羅などに見られる性兪伽を行じた仏の事なのだろう、かつて目にした曼荼羅には青黒色の男神と奇矯な笑みを浮かべたその妻ダーキニーが、首から髑髏のネックレスを下げて情を通じ合いながら人々を虫けらのごとく踏み付けにしている様が極彩色で描かれていた。
 破壊と創造、愛と死、哀歓と喜怒……両極でありながら表裏でもある、このうつし世の様々が、美麗な色彩の中、唯ひたすら気を吐いていた……と、記憶する。

 例えば破壊がおのずから美を孕むように、人は悪に魅かれる。
 ひっきょう、『悪』とは人類が生き延びる為に不都合なものの呼称に過ぎず、人は生きたいと渇望しながら死ねないことの無情もあらかじめ識っている。死を恐れ、悪を嫌い、それでも否応なくそれらになびいてしまうように出来ているのがこの世の象に違いない。
 命が必ず滅するように、この世界に『永遠』なんてないのだ。永遠がないのなら、それを補完する『果て』もない。
 俺はわずかに残った壁のスペースに、こう記した。

〈永遠なんてない
  果てなんてない
   あるのは…
    今ここに在る
     という幻想だけ〉

 眺めていたメンバーが、
「相変わらずのドリーマーだな」
 と、うそぶき、やおらステージに上がっていく。他のメンバーもそれに続く。
 それで客席に、ヤジともフラーともつかないざわめきが陽炎のように立ち昇った。
 俺達のバンドは今日で解散する。
 この小屋も来月には取り壊される。
 みんなぶっ壊れて、幻想になる。
 だけど壊れて、いずれ新たな何かになる。
 素粒子と素粒子の交媾。重力と重力の閨事。
 世界はひと時も睦みあうことを止めない。
 …なるほど、官能的かもしれないな。
 俺はそう観念すると、ギターを掴んでライトを目指した。
あらゆる畢わってゆくものへのオマージュ 紫色24号

Entry13
事件
越冬こあら

 真夜中にベルが鳴る。
「もしもし、西山さんのお宅ですか。警察です。事件です。すぐに捜査員を派遣しますので、そのままお待ち下さい」
 ガチャ、ツーツーツーツー。
 時計を見ると、午前二時過ぎ。

 ピンポーン
「警察です。夜分遅くにすいません」
 来た。仕方なく扉を開けると、二人の捜査員が入ってきた。
「あの、何かの間違えじゃないですか。事件なんて起きていませんが……」
「ええ、ですから私達がお邪魔してるわけです。電話でオペレーターがお話ししました通り……」
 話しつつ、初老の捜査員はズケズケと上がりこみ、応接セットに着席。私もつられてパジャマのまま座る。若い捜査員は、立ったまま室内を観察している。
「電話は『警察です。事件です』と告げて、すぐに切れてしまいましたが」
「いやあ、それはどうも。最近の若いのは愛想がなくて……。すいませんなあ。驚かれたでしょう。まあ、こちらも極秘任務なもんで……。」
 ポケットから出した煙草に火をつけた初老捜査員の話によると、下がり続ける警察への信頼と人気を回復する為、検挙率の向上を目的として、自作自演で窃盗事件をデッチアゲテいるということらしい。もちろん、大っぴらには出来ないので「西山先生のような理解ある公務員のご家庭を夜中に、ひっそりと訪問させて頂いている次第」らしい。
「地区毎にノルマがあったりで、たいへんですわ。はははは」
 私の迷惑や不快感をよそに、初老捜査員は豪快に笑った。そのとき、ベランダのほうでガラスの割れる音がした。いつの間にかそちらに行った若い方が、小型ハンマーを持って立っていた。
「あああ、だめだめ。そっちから割っちゃダメだよ。破片が外に散らばっちゃうじゃないか。それに、ベランダから進入せんでしょう。六階だし」
 初老が若い方を諌めたが、若い方は気にする様子もなく、室内の観察を続けていた。初老は私に向き直り、肩を上げ、顔をしかめた後、
「身内で処理しますんで、細かいところは良いんですが……」
 と溜息をついた。
 その後も、床に足跡をつけたり、箪笥の引出しをぶちまけたりと工作が続いた。
「それじゃあ、ちょっとお手間を取らせますが、被害届の方をお願いします。現金とか貴金属とか、有り合わせで結構ですから、ここに書き上げて下さい。書き上げて頂いたものは、一旦お預かりした後、夕刻にお返しに上がりますから……」

「……て、全て信じたんですか」本物の捜査員が鼻で笑った。
事件 越冬こあら

Entry14
髪なびく、秋風
マリコ

 濡れた髪が重い。
 美容室の大きな鏡に写った私の顔は、年よりも老けているように見えた。鏡を見ていると、自己嫌悪に襲われてどうしようもなくなる。自分の罪を一番責めているのは自分自身だということを私はよく理解していた。
 髪を伸ばし始めたのは、彼が「長い髪が好き」と言ったからだった。3年分の思いはいまや私の心に絡まりつき、身動きができなくなってしまった。
「ずいぶん長いですね、願かけでもしていたんですか」
 彼の顔が頭によぎった。忘れようとしていたのに。首にかかる息、髪を梳く少し細くて長い指、「あたしのこと好き」って聞いたときの、困った顔で頷く淡い笑顔。
 彼のことが好きだった。全部、全部愛してた。
「ごめんなさい、あたし帰ります」
 不意に溢れてしまいそうになった涙をぐっと飲み込んで、私は慌てて席を立つ。驚き顔の美容師さんを背中に、カット代を置いて勢いよく走った。
 髪を切って忘れられるくらいなら、最初から好きになんてならない。髪が乾く前に彼に会いたかった。
 もう少しというところで、雨が降り始めた。あっという間に全身が冷たくなっていく。
 そして、遠くに彼の姿が見えた。一瞬彼と目が合い彼は私に走り寄ってくる。
「どうしたの、びしょ濡れだよ」
 彼の傘が差し出される。言いたいことがたくさんあったはずなのに何も言えなかった。
「俺、行くけど、風邪ひかないように」
 私の手に傘を握らせて、彼はタクシーに小走りで戻っていく。
 私は彼のこういう優しさが好きだった。だけど彼のことが本気で好きになってしまったからこそ、終わりにしなくちゃいけない。
 私は彼を呼び止め駆け寄って、借りたばかりの傘を差し出す。
「ありがとう、そして、さよなら」
 彼は傘を貸したことのお礼だと思ったのだろうか、少し首を傾げたけれど笑ってくれた。その笑顔を見て私もほんのちょっと微笑む。
「あたし、大丈夫だから」
 それだけ言って、回れ右をする。バカな強がりであっても、自分の選択が、彼の幸せにつながっているということに自信を持っていたかった。
 
 そうして再び美容院の前に立つ。髪を切るだけで生き方を変えられるほど器用ではないけれど、新しい自分を見つけるためには、髪を切ってみるものいいかもしれない。
「ショートカットにしよう。中学生のころみたいに」
 髪を通り抜ける秋風を想像する。そして今度は自分のために髪を伸ばそう、そう決めて美容室のドアを開けた。
髪なびく、秋風 マリコ

Entry15
ピンクの冷や麦
ユキコモモ

 ピンクの冷や麦に箸を伸ばした時、俺はにやっとした。昔からこれが入ってたらラッキーって思うんだよな、馬鹿みたいだけど。
「あ、ピンクの麺入ってるじゃん」
 向かいで同じ物を食べている加藤が俺が口に運ぶ前に見つけて言う。ヤツの器には入っていなかったようだ。俺のほうがラッキー。
「そういえばさ」
 と加藤が言い出す。
「この前すごいラッキーな事があったんだよ」
「ラッキーって?」
「少なくとも今のお前よりラッキー」
「なんだよ、言えよ」
 俺は少し不機嫌になる。
「じゃあ、言うけど。……あのな、この前髪の毛を抜いたら当りがでた」
「はっ? ふざけんなよ」
「いや、まじでまじで」
 加藤の目は真剣だ。でも、にやついてる。
「ホントだって! たまたまこうやって髪の毛触ってたの。したら妙にガタガタしたのがあって。それ掴んだまま鏡で見たら、なんまら栄養状態の悪そうな毛でさー。抜いたんだよ。したっけ」
「したっけ、何?」
「毛根のところに赤く色がついていて、よく見ると当りって」
「まじかよ」
「オレだってビビッタよ。で、思ったんだけど髪の毛に当りが付いてたなんて今まで生きてて全然気づかなかったけどさあ、これ見つける方がすごいと思わねえ? 海で手紙の入った瓶を見つけるとか、アンパン食べてたら指が入ってたのと同じくらいの確率だと思わねえ?」
「バカ、食べてる時に気色悪いこと言うんじゃねーよ!」
「これに気付かないで死んでいく人もいるだろーにね」
 人生を悟ったような口ぶりで話す加藤にムカつく。
「なあ、お前も探してみれば? 案外簡単に見つかるのかもしれないしな」
 加藤は大きな口を開けて笑っている。(その奥歯が金色)
 偶然見つけたヤツが威張ってんじゃねえよ。あームカつく。くそ、俺も絶対見つけてやる。こんなの簡単だよ。

 俺はほとんど手付かずの冷や麦と加藤を残し、急いで家に帰って当り毛を探しはじめた。髪の毛に当りがあるなんてこと知ったら誰だって抜きに走るだろう。
 ぷち、ぷつ、つ、ぷっ
 激痛でもないが妙な刺激で頭皮が麻痺してきた。毛には簡単に抜けるものとそうじゃないものがある。簡単に抜けるのはきっと、ダミーだ。慎重に、すばやく一本づつ毛根を調べるのだ! あたりに少しずつ俺の毛が溜まっていく。
 ない、ない、全然ねえ。
 半分くらい抜いたがまだ見つからない。本当にあるのかよ。なんか腹へってきたなあ。さっきの冷や麦全部食っときゃよかったなあ。
ピンクの冷や麦 ユキコモモ

Entry16
汗を拭き、シャツを着替えろ。
アナトー・シキソ

地図を頼りにだいぶ歩いた。

仮面を付けた子供が二人。
前を通り過ぎようとすると、一人が突然言った。
真っ赤な仮面が笑っている。

その地図にはテヌカリがある

するとすぐに、もう一人の真っ青な仮面の子供が否定する。
こっちの仮面は苦悶の表情。

その地図にテヌカリはない

二つの仮面が僕を見上げて、

さて、嘘をついているのはどっち?

と声を揃える。
そんなことは知らない。

ソトの者はいつも迷う
ソトの者は仮面なしで人に会う

さてこれは本当?

テレビの影響かもしれない。そういう番組があるんだろう。
「うるさいよ」
僕はそう言ってその場を離れる。
そいつらは図々しくもついてきた。

お供しましょう
一人では何かと不便でしょう?
その地図をお見せなさい
近道を教えましょう
鞄をお持ちしましょう

見るといつの間にか人数が増えている。黄色い仮面と緑の仮面。
「お前ら、何だ?」
僕は少し凄みを効かせてみる。だが、全く効果なしだ。

どちらまで行きなさる?
どちらから来られた?
腹は空いてはおりませんか?
今晩の宿はお決まりですか?

言っていることがだんだんおかしくなってきた。
それに、子供くせに妙な言葉遣いだ。
それより何より、知らない間にどんどん人数が増えている。
そっちの方が問題だ。
今では八人になっている。茶色と白と黒、それに紫の仮面が新たに加わっていた。
しかし、これと言って何をするわけでもない。
ただ口々に話しかけながらついてくるだけだ。

給金が安くてお困りでしょう
嫁のお世話を致しましょう

「余計なお世話だ」
僕はそう言って、一番近くにいた青い仮面の子供の肩を軽く押した。
押された子供が尻餅をつく。

ひどいお方だ!

一同が一斉に言う。

そんなお方は死ねばよい!

一人が言う。すると、他が一斉にあとに続く。

そうじゃ、そうじゃ
腕をもがれて
腹を割かれて
火に焼かれて
水に飲まれて
身が腐って
気が狂うて
死ねばよい!

そう言いながら、徐々に間合いを詰めてくる。
遂に一人の子供が僕の腕を掴んだ。
すると他も一斉に僕のスーツやら鞄やらに取り付く。
子供のくせに凄い力だ。

よいことを思いついた
我もじゃ
我も
我も

僕をつかんだまま、全員が我も我もと騒ぐ。

聞きたいか?

赤い仮面の子供が僕に訊く。

我らが何を思いついたか聞きたいか?

「何だ?」
僕はようやくそれだけ言って、大人の威厳を保とうとした。

食われて死ね!

「何?」

ヌシハ、ワレラニ、クワレテ、シネ!

そう言ったかと思うと、全員の仮面の口が裂けて一斉に僕に噛みついた。
汗を拭き、シャツを着替えろ。 アナトー・シキソ

Entry17

(本作品は掲載を終了しました)

Entry18
ワイヤー
るるるぶ☆どっぐちゃん

 最近はワイヤーが流行っている。喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら外を眺めていると、若い女の子達がキラキラとカラフルなワイヤーをパソコンやバッグから自分の身体に巻き付け、いろいろなものをワイヤーで繋げて、歩いて行くのが見える。あたしの頃なんかは、ともかくワイヤレス。ワイヤレスが大流行して、なんでもかんでもワイヤレスになって、全てが世界の何処かにあるワイヤレスでサーバーと繋がって、それで、部屋の中からは何もかもが消えたものだったけれど。
「死んだよ」
 メールが入る。
「彼女が死んだ。自殺したよ」
 メールは友達からで、あたしが最近見続けているサイトの管理人が死んだ、とのことだった。
「そう。寂しくなるね」
 あたしはメールを返す。きらきらと光り溢れる昼下がりの喫茶店にかちかちとキーボードを叩く音が響く。
 サイトには彼女の描いた詰まらない絵が沢山置いてあって、詰まらない文章が沢山置いてあって、つまりあたしが昔書いたようなものが沢山あって、そして詰まらない日記が五年ほど続いていて、そして今日止まった。
「そうだね、寂しいね。死んだのは彼女であって私達ではないからね」
 パソコンをしまい喫茶店を出る。ずっと雨が降っていない。全て乾ききっていて、全てがきらきらとしている。
 今日の仕事はとある女性アーティストへのインタビューだった。
 彼女は近年最も売れた女性アーティストで、じかに会ってみると確かに彼女には何か迫力が感じられた。売れている理由が何となく解る。あたしは、彼女は盲目なのだろうな、と思った。耳が聞こえないのかもしれないがそれよりもやはり目が見えない、その方がしっくりとくる。
「そんなことはありませんよ」
 彼女は笑って答える。
 彼女の笑顔を見ながら昔、盲目になりたいと思っていたことを思い出す。目が見えなくなったら。何も見ることが出来無くなったら。ワイヤレスが流行りだした頃のことである。全てを見ることが出来無くなれたら。
(わたしはね、言うよ。世界は美しくない。君達がどう思うかは知らない。君達はあんなことやこんなことで感動なんかしてしまって、それで美しい、なんて思うかもしれないけれど、でもね、やはり美しくないよ。世界は美しくない。神様にだってそう言うよ。世界は美しくない。全く美しくないって)
 誰かがそんなことを言っていた。誰が言ったのか、あたしは忘れてしまった。あたしは、盲目になりたかった。
ワイヤー るるるぶ☆どっぐちゃん

Entry19
哀歌
伊勢 湊

 わたしは重度の鬱でリストカット症候群だった。それは病気だから仕方がなくて、普通の人にはわたしの気持ちなんて分からないと思っていた。おまけに外のみんなはそんなわたしを差別の目で見ていると思い込んでいて、だからわたしは家から出なくなった。結果として当事中学生だったわたしは家庭教師をつけられた。

「始めるから座って」
 七人目の家庭教師が勝手に部屋に入ってきてわたしの机の横に椅子を置いて座った。近くの大学生だろう。あんまりお金持ちには見えない。ついでに言えばなんか態度が横柄。女の子の部屋に男がノックもなしに入ってくるなんて。
「嫌」
 わたしは言った。どうせすぐ辞めることになるんだから。
「うるさい黙れ。早くしろ。バイト代貰ってるんだ」
 なにそれ? 
「あなた嫌い。リスカだから差別してるの?」
「差別してるのはおまえ自身だろ? うるせえな、親のすねかじりが」
 すごく自分がここにいる意味を疑う。
「分かってる。だから死ぬの。意見が合ったわ」
「合ってねえよ、バカ。葬儀代稼いで死ねよ」
 やっぱり差別してる。それに病気を理解していない。あなたの心無い言葉がわたしを殺す。
「ああ、それと先に言っとくが病人面して自分が手首切るのをオレの言葉のせいにするなよ」
「あなたにわたしの気持ちなんて分からないわ!」
 耳たぶの温度が上がった。なに、こいつ?
「なんだそれ? 自分が鬱だからか? オレは別に鬱じゃねえけどオマエにオレの気持ち分かるのか?」
 最低。病人に対しての接し方がおかしい。わたしは傷ついているというのに。
「あなたはその言葉が他の人を傷つけるのに気が付いていないんだわ」
 そう言ってやった。でもその人は怯まなかった。
「いいかげんにしろよ。自分を特別扱いしてんじゃねえ。いいから座れ。はっきり言ってオレは貧乏だ。だから仕事もせずに金を貰うのは気に入らん。さっさと座れ。都合があるのも傷つくのもオマエの専売特許じゃねえんだよ」

 彼は結局わたしの家庭教師を二年務めた。わたしたちは仲良しにはなれなかったが、わたしはいつしかリスカを止め高校にきちんと受かり、彼はバイト代を手にした。思い起こしあの頃わたしは死ぬ気なんてなかったことを知る。そしてたぶん彼がわたしを傷つけていたのではなくわたしが彼を傷つけていたのだ。
わたしが大学に入った年、彼の唯一の家族だった妹が闘病の末に死に、彼も後を追うように自殺したという話を聞いた。
哀歌 伊勢 湊

Entry20
『ヲトメの光』
橘内 潤

 亜季が目を閉じて念じると、水を掬うように掲げた両手に光球が生まれる。最初は蛍のように弱く儚げな光だったが、徐々に光度と大きさを増していく。
「これが精一杯」
 うなじに薄っすら汗をかいた亜季が、ようやく目を開けた。その手には、おにぎりよりも少しだけ大きな光球があった。暖色系の淡い光を放つそれは、「熱そう」というよりは「温かそう」という印象だ。
「触ってみてもいいよ。大丈夫、火傷したりしないから」
 ぼくの心を読んだのか、亜季はこくりと頷く。ぼくは興味いっぱいに手をのばし、亜季の両手に包まれた球体を突付いてみる――最初の印象どおり、それはほんのりと温かかった。触れても安全だと理解すると、さらに興味が湧いてきた。
 光の球といっても、ただ光の屈折が球体に見えているのではないらしい。「つるり」というか「ぬるり」というか、そんな感触があるのだ。指で押してみると、濡れたスポンジ程度の抵抗がかえってくる。もう少しつよく押してみると、ぬる、という感覚とともに指が光球のなかに埋まってしまった。
「ん……」
 亜季がちいさく呻いたものだから、ぼくは慌てて指を引っこ抜く。どうやら光球のなかは亜季と感覚がつながっているらしい――亜季自身もはじめて知ったようで、驚いていた。「痛い」ではなく「むず痒い」という感じらしい。
 亜季がなんの脈絡もなく超能力に目覚めてから三週間――はじめて見せてもらったときは本当に、蛍のお尻か米粒か、という程度の光でしかなかったのが、いまはおにぎりよりも大きくなるまでになっている。このまま訓練していったら、最後はどこまで大きな光球をつくれるようになるのだろうか――ぼくも亜季も、怖いのが半分、興味が半分だった。
 そしてもうひとつの問題が、この超能力の使い道についてだ。将来的にどうなるかはわからないが、目下のところ、切れかけの白熱灯よりも弱いくらいの光が限界のようで、これだと停電のときに懐中電灯代わりにするにも心許ないようにおもわれる。夜歩きには便利そうだが、光球を生みだすのは見た目以上に疲れるものだそうで、気軽に使えるものでもないらしい――有効な使い道は、現在模索中ということにしておこう。
「あのね……」
 亜季がもじもじと言ってくる。
「あのね、もういっかい指、入れてみない?」
 けっこう気持ちいいかもしれない――と恥ずかしそうな亜季。
 案外、使い道はもう見つかっているのかもしれない。