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タコ入道のお気に入り
榎生 東
七月二十日、倉井は携帯電話に滝本を呼び出した。
「もしもし、倉井でございます」
「滝本です」
「暑さが厳しくなりましたがお元気でしょうか」
「おかげさまで」
「お忙しいところを申し訳ありませんが、お盆明けにお時間を頂きたいのですが如何でしょうか」
「今月ですか」
「いえいえ、旧盆の明けです。八月十八日の、お昼のお時間を頂きたいのですが」
「いいですよ」
「有り難うございます。実は先日、鹿島工務店の大野副社長様から、太田垣とお昼をご一緒したい旨申し出がございました。太田垣の顔を借りたい事がお有りなのでしょう。太田垣はせっかくの食の機会に不味いものを喰わされては叶わんと申しまして、此方で目白の料亭宇田川に茶懐石を用意致しました。土建屋ばかりでは飯が不味い、滝本社長をお誘いしようと年寄りが申しております」
「年寄りなどと叱られませんか、太田垣代表は五十九の非を仰るお方ですよ」
「なんのなんの、あと何回飯を食えるか知れない老人だと本人が申しております」
「そうですか、回数をねえ」
「社長は猛暑で食欲を無くしているに違いない、必ずお誘いしなさいと例の調子で言い出したら聞きません」
滝本を誘い出さねば目的を果たせない座敷であった。が、切れ者、倉井は口の利きようが違う。親しみを込めて冗談を忘れない。
「承知致しました。お心遣い頂き恐縮です」
「社長は杉本氏はご存知でしたでしょうか」
「経友フォーラムで、お姿はお見かけしてますよ」
「彼は仕事がら鹿島には実績がお有りで、大野副社長とは特に懇意だそうです。今回のお話は彼がメッセンジャーなのです」
「そうですか、是非ご紹介ください」
「何しろ太田垣は滝本社長を、それはもう大変に好いておりまして、否々、好きと言っても妙な趣味ではございません、どうぞご安心を」
「いやどうも恐れ入りました」
「あの通りタコ入道の化け物ですから惚れられたら大変、命がけです。ヒッヒヒ」
「ハッハッハハ」
滝本は久しぶりに腹から笑った。
杉浦には八月に入ってから通知された。
「間が無くて申し訳ありませんが、お盆明けの十八日で宜しければ都合つきますが」倉井は座敷の段取りがあるので、回答は直ちにするようにと迫った。
「私も空けて待つほど暇な立場じゃない、せめて十日前には言ってもらわないとね。杉浦さんだって困るでしょうが」
見え隠れする太田垣の手管は苦々しかったが大野も杉浦も了承する他に無かった。