近頃、寝る前イヤホーンにして落語を聞く。睡眠なんとかだろうか、会場の笑い声で目が覚めるから、寝てもぼんやりきいてるようだ。
夕食の支度を始めた台所で、妻が愚痴をこぼす。
「何回も訪ねてきて、あなたの叔母さん困ったもんだわ」
「そういうなよ。悪気じゃないんだ。……それより、あれは拙いよ」
「どれだったかしら?」
「家の娘、"ぼんやり"していて、お宅の娘さんとは大違いですわ。てさ」
心臓潰れるかと思った。下品だよ。
「あれから急に、不機嫌になっちゃって参ったわ」
「地元じゃ使いかた、違うからね」
「あなたも、関西だったわね」
「関西といっても広いけどね」
身を乗り出して聞いてくる。
「ねえ、どういう意味なの」
通訳じゃないんだ、意味っていってもねぇ。
大局観があって勝負に辛い、不敗の二十一世本因坊がふと頭を過る。
「というか、天皇さんとの話す距離かな。意味じゃない」
「"さん"て、それ変よ。今上天皇のこと?」
「もっと引っくるめた感じだね」
でも、伝統や文化じゃない。プライドだ。
「いきなり、何処から出てくるの」
「だから、立てる位置かなぁ。御簾越しなら漠然と影だけだろ」
「参内できる位なのね。それが距離なの? 身分じゃないの」
「違うよ。段々と相手が形になる感じ。紙や文字から紫宸殿の瓦とか御所の梅とか」
「名所や遺産? 変だわ、近いことなの?」
なんだか、イライラしてくる。
「全く違う。離れるんだよ。いつもそこから、身近に見えてる」
西日が射す、居間の窓から遠くを見つめて、
「太陽かしら?」
昇る朝日に『暖かいでしょ』と、母が教えてくれたことを思い出す。
「太陽の……輪郭だよ」
「もう、ハッキリしないわね。しっかりしてよ」
「わからない君が、バカなんだ」
言い過ぎたのに、平気な様だ。
「お生憎さま、馬鹿は生まれつきよ」
妻は呆れて、すっかり引いてしまう。
子供もそうだろ、説教や甘えたりしない。独り言が聞こえたのか、
「資格もないのに、子育て語る人がいるわ」
妻が詰め寄ってくるから、面倒臭くなってきた。
「恋愛だって、競馬だって同じさ」
相手の声がハッキリ聞こえるぼんやりした距離が、あるだろう。
「駄々っ子さんね」
到頭、湧き出るように呟きがついてでる。
「だってしょうがあんめい。だから京言葉は好きじゃない」
後から、なにかが弾け飛ぶ。
「好きちゃうのや!」
妻と応えて、大爆笑。
「あっ、はっははは」
少し遅れた絶妙の間合いに、それだッと思わず叫ぶ。