第72回1000字小説バトル



エントリ作品作者文字数
01取調室のぼりん1000
02破片とかけて小笠原寿夫1000
03バースデーメールエミュー。1000
04LET"S カラオケ香月朔夜1000
05最終兵器の彼女とむOK?1000
06始業前陽芽1000
07春の罪べっそん1055
08RPG朧冶こうじ1000
09バニラコーヒー橘内 潤947
10矛盾2005ながしろばんり1000
11遠い国への片道飛行綾重寄之介1000
12(作者の希望により掲載を終了いたしました)
13UTAO−UTAO太郎丸1000
14(作者の希望により掲載を終了いたしました)
15余暇ぼんより1000
16見る久美紀世子1000
17泰平天国ごんぱち1000
18 砂漠で砂を探す男アナトー・シキソ1000
19マンホール越冬こあら1000
20横浜湾岸線早透 光1000
 
 

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エントリ01  取調室     のぼりん


 取調室の中で、男は泣いて取り乱した。
「私は見たんです。赤い光を放った巨大な物体が、回りながら車の前へ降りてきたのを」
「UFOだといいたいわけか?」
「UFOかどうか知りませんが、この世のものじゃありません」
 男と机を挟んで、若い刑事がしきりに首を傾げる。
 その時男は、車の中で失神し朝を迎えた。気づくと助手席に座っていたはずの女性がいなくなっていた。男は彼女がそのUFOのようなものに連れ去られたのだと主張している。
 年配の刑事が椅子を一つ持ってきて、ふたりの間を割るようにしてすわった。
「あんた嘘ついちゃいかんよ。彼女との愛人関係も分かっているんだし、その清算に関するいざこざで口喧嘩をしていたところも目撃されているんだ」
「な、何がいいたいんですか?」
「だからね、やっちゃったんだろ? どこへ埋めたんだ? ちゃんと白状しなよ」
 男は怒りをあらわにして叫んだ。
「何て事をいうんだ、この人は!」
「警部」若い刑事が思わず口をはさんだ。「容疑者にだって人権があるんです。そんな軽はずみなことを詰問しては…」
「君は経験が浅いからわからんのだよ。相手が嘘をついているかどうかなんて、目を見りゃわかる。この男は絶対に女を殺してるね。じゃあ、聞くがその物体ってのはどんな格好をしていたんだ?」
 男は目の前のメモ紙のうえに、震える手で絵を書いてみせた。
「ふうん」警部は一瞥すると鼻先で笑った。「アダムスキー型だな。しかしその円盤写真は、すでに専門家によって模型だったと証明されている。しかも奴の体験談は、過去に書いた売れないSF小説の焼き直しだったそうだ」
 その物言いに、若い刑事は目を丸くした。
「よくご存知ですね。警部がそんなことを知っていたなんて」
「アダムスキーが詐欺師だってことなんざ常識さ。世の中にアダムスキー型の円盤なんて存在しないのだからね」
「何でいい切れるんだ」
 容疑者はいきり立った。警部はうんざりしたような顔をした。
「なにもかも宇宙人のせいにして大騒ぎされると困るんだよ。できたら日常から逸脱しないでほしい。だいたい宇宙人は時空移動で地球にやってきているんで、UFOなんか乗りゃしないんだよ」
 そういうと、突然、警部の顔がぐにゃりと曲がった。

 奇妙な話だが、それから数分後、その取調室から出てきた容疑者はそのまま釈放され、二人の刑事は何事もなかったかのように、それぞれの仕事に戻っていったのである。






エントリ02  破片とかけて     小笠原寿夫


草木が夕映えに染まる頃、二人の青年が公園の白いベンチで赤い缶の黒いコーラを飲んでいる。片一方の佐藤が言う。
佐藤「コーラって炭酸入ってるから飲みにくいわ。俺、あんまり好きちゃうねん。」
もう一方の小笠原が言う。
小笠原「草木には炭酸がええってなこと言うけどな。」
佐藤は、「そうなんや。」と、あっさり小笠原の根拠のない説を受け入れた。
小笠原「窒素とリンと炭素は植物にええねん。だから、しょんべんも…」
小笠原はそう言いかけて、やめる。
佐藤「しょんべんも何?」
小笠原「もうええねん。興味ないやろ?」
佐藤「ない。」

そんなことより、今日は、佐藤の誕生日である。小笠原は佐藤に何が欲しいかを尋ねてみる。
佐藤「こおり飴でええで。」
佐藤はさらりと切り返す。
しかし、今どき、こおり飴を売っている店は多くない。小笠原は困惑してしまった。
小笠原「しょうが汁じゃあかん?」
佐藤「しょうが汁はうちにぎょうさんあるわ。耳かきは?」
耳かきは、小笠原の家にたくさんあるが、使い古したものばかりで、とてもプレゼントにはならない。100円ショップに売っているだろうが、本当にそんなもので、佐藤は満足なのだろうか。
小笠原「麦茶の方がええんちゃうん?」
佐藤「夏やから麦茶はええわ。クレパスがええわ。」
なぜ佐藤は、さっきから固形のものにこだわるのか。どうやら、消耗品は気に食わないらしい。
小笠原「世の中には永遠に存在するものなんかないんやで?」
小笠原の口調が、少し説教じみたものになり、目に涙を浮かべる。
それを見た佐藤が、ポケットからおもむろに小箱を取り出す。
小笠原「何それ?」
佐藤「え?」
小笠原「何それ?」
佐藤「え?」
小笠原「何なんそれ!」
佐藤が小箱のふたを開ける。中にアーモンドチョコレートが一粒、粉々に砕け散っている。
小笠原「俺の誕生石やん。」
佐藤「食べる?」
小笠原「うん。俺、アーモンドだけ食べるわ。」
佐藤「ああ。俺、チョコレート好きやからちょうど良かったわ。」
この日から、佐藤がチョコレート担当、小笠原がアーモンド担当に決まる。

茜の空が暗くなり、さっきまでの黄昏はどこか他の国へ行ってしまった。
「俺ら、ええコンビやな。」
そう言ったのは、溶けかけのチョコレートを頬張る片割れか。
もしくはアーモンドのかけらをついばむもう一方の片割れか。
どちらにせよ、消えてなくなり、体内のエネルギーへと変わる破片は、役割を果たし、燃え滾る野心を突き動かした。






エントリ03  バースデーメール     エミュー。


 朝起きると翔はいなかった。「3万借ります。」というメールが入っていて、財布を見ると3万無くなっていた。
 私のお金はどうせスロットに消えてなくなるんだ。翔と付き合ってもう2年。おかげでぬくもりが体に染み付いて、翔を忘れさせてくれない。「好き」という気持ちだけはたしか。でもこんなんでいいのだろうか?駅に向かって歩いていると、さっきから後ろを歩いていた男が早足で近づいてきた。
「あのー。私モリプロモーションの林と言うものですが…。」
「は?」
「モリプロ知ってる?水谷詩音が所属してる事務所の。君すごくスタイル良くて目立ってたから。どこかにもう入ってるのかな?」
「いいえ。」
「芸能界興味ある?」
「少し・・・。」
「じゃ、少し話そっか!」
沙羅はその気さくな感じの男と駅近くのカフェに入った。
「名前は?」
「五十嵐沙羅。」
「いい名前だね!18ぐらい?」
「もうすぐハタチ。」
「ハタチかぁ。でも売り出しは18でいこう!で、今何やってんの?学生?」
「フリーター。でも風俗でやろうかなって思ってて・・・。」
沙羅は少しずつ話し始めた。翔のこと、田舎の両親のこと。孤独な私の話をその男は全部聞いてくれた。
「でも風俗はまじでもったいないよ。グラビアやってみない?」
「やります。」
どうせ一度きりの人生、どうにでもなれ!沙羅は勢いで書類にサインし捺印した。
 さっそく次の日、仕事の連絡が入った。昼下がりの新宿の雑居ビル。入ってみるとそこには、なぜかパンツ一丁の俳優。
「初めてだよね?優しくするね。」
まさか・・・!!沙羅は足が震えた。林が
「沙羅可愛いから一本15万は保証するよ。」
と耳元で囁いた。沙羅は死に物狂いで部屋を飛び出した。タクシーを捕まえて家に帰ってきたが、何も考えられなくなった沙羅は、窓際の竿にシーツを引っ掛けて自ら命を絶った。
 その夜翔が、20本のバラの花束を持って沙羅の家を訪れた。ドアを開けると、そこには変わり果てた沙羅の姿があった。沙羅の遺体の下には携帯が転がっていた。メールランプが点滅している。メールを開くと翔の目から大粒の涙がこぼれた。

「沙羅ちゃんへ。生まれてきてくれてありがとう。あなたは私たちの、たった一つの生きた宝物です。体を大切にね。母より」

「沙羅へ。ハッピーバースデー!泣かせてばっかでごめん。いつか結婚しような。愛してるよ。翔」

愛する者からのたった2件のバースデーメール。沙羅には届かなかった。






エントリ04  LET"S カラオケ     香月朔夜


以下は、カラオケを拒否する友人Xがカラオケハウスに連行された時の事です。


<1> 
カラオケハウスに入る一同。
A「何歌う?」
C「これとかどーよ?」
皆がリスト本を片手に語り始める。
その時、友人Xもしばらくそれをぺらぺらと適当にめくっていたが、なんと
「ねぇ‥‥入れていい?」
と発言したのだった。
その瞬間、どよめく空気。起きるざわめき。
A「おおっ!Xが自分から!」
B「歌うのか?歌うのか?」
C「よしっ!入れろ!入れてしまえ!」
今まで頑なに歌わなかった友人Xの奇行に、その場は沸き立った。
それに答えるようにリモコンを操作する友人X。
やがて画面に現れる文字と映像。

曲名 : 自由
アーティスト名 : 十二楽坊

ABC「‥‥‥‥待て。」
X「ん?」
A「十二楽坊の曲に歌詞ってあるのか‥‥?」
X「たぶんない。」
A「じゃあ、なんで入れる‥‥?」
X「いや、なんでカラオケのリストにあるのかなぁ、とか思って」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

「よけーなことすんな。」




<2>
ひたすら歌わない友人X。
とりあえず歌わない理由を聞いてみる。
B「なぜ歌わない?」
X「歌える歌がない」
ああ。なるほど。
A「でも一つくらいあるだろ。知ってる曲。」
X「ないことはない。」
A「じゃあ、それ歌え?」
X「わかった。」
なにやらリモコンを操作する友人X。

数分後―――
スピーカーから懐かしい耳慣れたメロディーが流れ出した。

♪チャラ・チャラ・チャチャチャラ〜

ABC(ま、まさか‥‥‥)


X「ごめんね★ 素ぁ直じゃなくって〜♪」


ABC「‥‥‥‥‥‥‥。」

セーラームーンのOPでした。


<3>
しかし、一応一番を歌い切る友人X。
ある意味、すごい。
そして二番―――

X「ごめんね★ 海外に行けなくって〜♪
  バレた後なら言えっる♪
  借ぁぁ金ん〜まみれなぁ〜の♪ 
  ミラクル・ロマンス★」

嫌なロマンスだな。オイ。

X「きぃ〜と いつかぁは返すから〜♪
  おねぇがい〜金ぇ貸して〜♪」


‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

「何を歌っている?」


<4>
何の前触れもなく響き出す音楽。
聞き覚えある。
これは―――
『勇気一つを友にして』っ!?いつのまにっ!
全員の視線が高速で友人Xに向かう。

X「あ。私が入れた。」

いや、そんな事はわかってる。


そして歌い出す友人X。

X「昔ぃギリシャぁのイカロスは〜♪
  蝋でぇ固めぇたぁわら人形ぉ〜♪
  両ぉ手に持ってぇ〜飛ぉび立ぁった〜♪」

ABC「そんなもん持って飛び立たねぇよっ。イカロスは。」






エントリ05  最終兵器の彼女     とむOK?


「彼氏、最終兵器らしいよ」
 という噂が立ち始めたのは、白いワイシャツの眩しさにまだ目が慣れない、衣替えのすんだばかりのある午後のことだ。
 噂の最終兵器高田ミノルは、勉強はまあまあだが目立たない奴で、教室の隅の席で歴史小説なんかを読んでるようなタイプだ。
「あいつがねえ。去年まで普通だったのに」
 当の高田は今日も変わらず教室の隅の席で本を読んでいる。違うといえば、時々いかつい男が迎えに来ることと、ケータイから「ワルキューレの騎行」が流れると早退することくらいだ。
 そんな高田に彼女ができた。名前を聞いて二度びっくり。村山舞子は俺の従姉妹だ。
「彼氏が最終兵器だなんて刺激的でしょ」
 あほか。舞子は昔からこんな奴だった。
 梅雨明けの濃い青空の下、出撃のない日の高田と舞子は仲良く並んで帰っていく。
 あと何日かで夏休みという夜、俺は舞子から呼び出された。何年ぶりかに上がった部屋では、化粧品が並ぶ鏡台の傍に、見覚えのあるクマのぬいぐるみが座っていた。
「別れる。彼、退屈なんだもん。監視されてるからエッチもできないし」
 高田、かわいそうに。いろんな意味で。
「高校最後の夏の思い出は、俊ちゃんに作ってもらうわ」
 そう言われると俺も悪い気はしない。俺は舞子の肩を抱いてボタンに手をかける。と、いきなりドアが開いた。
「高田くん?」
 高田は俺を睨むと、舞子の腕をつかんで部屋を飛びだした。
 俺は暫く呆然としていたが、二人とも戻らないので帰ることにした。リビングでは不安そうな舞子の母親を、自衛官が何やら説得していた。
 翌日舞子は、ごめんなさい、と明るく笑って俺に手を合わせた。
「見られてするのも刺激的かも」
 言ってろよ。
 高校最後の夏はこうして終わった。
 やがて俺たちは卒業し、高田と舞子は同じ大学に進学した。
 俺はと言えば、卒業直前に自衛隊から声がかかり、半ば強制的に入隊させられた。あの夜、高田のあの目を見たのが原因かも知れないが、よく判らない。
 入隊した俺は、最終兵器の彼女を寝取った男として、先輩から「ジゴロ三等兵」の称号をもらった。寝取ってないって。
 舞子からは五月末にメールが届いた。ドイツの最終兵器ルドルフとメル友になった、だって。ルドルフは高田の友人だそうだ。最終兵器は世界各国にいて、みんな結構仲がいいらしい。意外と世界は平和なのかも。
 十代最後の夏は目の前だけど、今年も童貞は捨てられそうにない。


※作者付記:  言い訳致しますが、タイトルはもう、見るからにあの漫画からです。映画化だそうで、おめでとうございます。当作品はタイトルを拝借した漫画とは何の関係もないものとして作成しておりますので、何卒ご容赦ください。
 なお、漫画は全巻購入して5回にわたり通読し、原作の意図を傷つけないよう配慮(する意気込みだけはありま)したので、ファンの皆様にはどうぞご勘弁のほど、お願い申し上げます。







エントリ06  始業前     陽芽


「空で太陽が高笑いしている…」

 週の初めの日、駅から徒歩15分の延々坂道を昇ってきた彼は、恨めしそうに天を睨んで訴えた。
 ダラダラと汗を流してクリアファイルで風を送っている彼を哀れに思う。大学にもなったら、下敷きなんぞ使わない。というよりこいつは多分昔っから使っていない。俺は口にキャンディバーを咥えて、鞄の中を引っ掻き回す。
「ほら」
 差し出すのは百均で買った扇子。場所をとらなくて案外便利なのだ、敬遠するヤツは多いけど。だが彼は受け取ろうともせずじっと俺の顔を見ているだけだ。いや、彼が何を見ているのかなんてとうに分かっている、ただそれに答えたくないだけで。
 でも溶けちゃう。
「……分かったよ、ほら」
 口に突っ込んでいた分は歯で噛み砕いて、クリアオレンジのキャンディバーを差し出した。にっと笑って彼はそれを口に咥える、そのまま遠慮も為しにサクサクと食い進める。ダメだ、俺には返ってこないな。
 俺の予想通りの結論は僅か三分で出て、悪びれない彼は漸く生き返ったという表情で残ったスティックを隅のゴミ箱に放り込む。それから鞄から冷えて水滴のついたサイダーのペットボトルを取り出し、封を切って俺に差し出した。
「サーンキュ。俺も明日っからアイス買おーっと」
 別に喉は渇いてないんだけどと思いながらもそれを受け取る。彼の性格上拒絶したら二度目はないのは目に見えている。彼好みのサイダーは俺には炭酸がきつすぎて、喉で弾ける小さな痛みにいちいち顔を顰めることになる。でもまァこれも慣れた。
「お前、そう言って毎日俺のアイス食ってるくせに」
 昨日はミルクバーだったし一昨日はカキ氷だった。その全ては俺の胃袋に納まりきることはなく途中で彼の口に片付けられている。数あるアイス、もうそろそろ彼の好きなアイスは覚えてしまった。それでも毎朝食ってりゃバリエーションも尽きてくる、コンビニの店長に、違うの入れてって頼んでみようかな。そろそろ顔を覚えられてしまっている、まだ一年だっていうのに。多分、アイスの子で通じるんだろう。それで行くと彼はサイダーの子だろうか、それ以外を持っている彼を見た事がないから。
「あ、課題やってきた?」
 俺の前に出してあった扇子で風を作りながら出すのは教科書、当たってもないのにやるわけがないだろう。俺あたってんのよ手伝ってと叫ぶ彼に呆れ果てる。
 これもいつものことだ。
 全く、明日も暑くなるんだろう。






エントリ07  春の罪     べっそん


−funeral home− 葬式場の緑色の看板が、ピューっと鳴く春疾風に揺さぶられる。じいちゃんはきっとあの看板と重なって見える綺麗な煙突からお空に登っていくんだろう。 
昨日、突然姉ちゃんから携帯に着信が入った。姉ちゃんとは、去年の春に両親が離婚して以来、全く連絡をとっていなかった。
「あれから、一年か・・・」
姉ちゃんが副流煙をまずそうに吐き出しながら呟く。
「だって、もうあたしハタチだよ?・・・やばいよ、おばさんだ」
「姉ちゃん、タバコやめたんじゃなかったっけ?」
俺の質問を無視して、姉ちゃんはハンドルを細いわき道へ切った。
先ほどの看板が少しずつ近づいてくる。
「ずっと思ってたんだけどさ、あんたアノ彼女とはうまくいってんの?」
「・・・こないだ別れた」
フっ・・・と姉ちゃんは鼻で笑って、俺に持たしたファンタの空き缶にヤニのカスを落とす。
「結局、ワカぞーが愛を語るなってこと」
「じゃあ、姉ちゃんは語れるのかよ」
「あたし、愛なんか求めてないし。都合の良い関係が一番楽・・・」
「・・・ねぇ、いい加減この車の灰皿直せよ。俺、また空き缶持たされると 思って、連絡くれた日姉ちゃんの車で行くの拒否ったんだ・・・」
姉ちゃんは吸殻を缶に突っ込んだ。そして空き缶を奪い取り、窓から外に放り捨てた。俺は一連の動きを目で追っていたが、こんな日だからか・・・妙に罪悪感を感じる。
じいちゃんの人間の原型をトドメナイ骨。じいちゃんはこの辺りを仕切る組の頭で、最初、じいちゃんが口を滑らせてホワイトパウダーと言った時、お婆ちゃんの新しい化粧品だと思った俺の前で、お婆ちゃんはじいちゃんの頬を思いっきり引っ叩いた。なんで、お婆ちゃんだけ「お」がついているのか・・・未だ自分でもわからず。
喪服を着たそんなお婆ちゃんの背中は、くるんって小さくなってて、誰でもいつかはそうなる、年老いたソレであった。
姉ちゃんはじいちゃんが死ぬ間際まで吸っていた、GITANESを一本取り出して口に咥え、火をつけた。
「姉ちゃん、こんなとこで・・・」
姉ちゃんは返事もせずにその一本を手にとり、そっとじいちゃんの肺があったあたりに置いた。姉ちゃんは涙を流すことなく、舌をペロッとさせた。

帰りの車のラジオで、DefTeckのMyWayが流れる。
「最近、こんな良いの歌う奴いるんだ・・・」
姉ちゃんはそう言ったと思ったら、カバンをゴソゴソしてじいちゃんのGITANESと自分の赤マルを取り出して、窓から放り捨てた。俺は姉ちゃんをずっと見ていたが、こんな日だからか・・・妙に罪悪感を感じた。






エントリ08  RPG     朧冶こうじ


 純粋無垢で正義感に溢れた少年が、うっかり運命とやらに担がれて覇王退治なんで馬鹿げた旅に出かける。さもなくば、人生舐め切っているかもう少年なんて呼べない歳かのどっちかだ。
 俺が出かけた旅においては、運命というよりタイミングが一番ものを言ったんだろう。丁度親父が戦死したところだったし、そろそろちっぽけな村から出て自分の世界を広げたいと思っていたし。そうそう、勇者って呼ばれる人間は、何故だか辺境から出ていく事が多いんだぜ。きっと、余程世間知らずだから思い切った行動にでられるに違いない。実際、俺だって最初の頃は随分呆れられたもんだ。
 進む道は平坦じゃない、野を越え山を越え、同じ道を何度か辿り、船に乗り汽車に乗り、もうそれこそ世界各地をたらいまわしにされまくる。ベッドで眠れりゃ万々歳だ。大抵野宿、食事だってまともじゃない。携帯食料かサプリメント。半端ない荷物の量を減らす為に、味だの食感だの鮮度だの、細かいことは言ってられない。そもそも、持ってる武器が重過ぎる。敵に合わせて交換しながら使えって、無茶言うなって話だ。二本も三本も、両手剣を持ち運べるか。
 この、戦うべき敵ってのもよく分からない。盗賊とか対立国の兵士はわかる。モンスターってなんだ。獣や大型爬虫類はまだいい、無機物が宙に浮くな、死人はキッチリ死んどけ、生物が天から雷を召喚するな。そこまでするってんならこっちにも考えがある、正義の側だってその気になりゃ奇術の一つや二つ使えるんだぜ。瀕死の重傷から呪文一つで完全復活してみせようか。俺なんて何度三途の川を渡りかけたか分かりゃしない。
 そんな旅を延々続けていれば、性格が歪まないわけがない。いつまでたっても純朴のまま、勇気や団結力のみが高まっていくって、そりゃ有り得ない。言葉遣いは乱暴になるし、行動は粗野になる。そのくせ、世間の渡り方だけは巧くなって、適当に勇者様面、なんてのもできるようになるわけだ。裏で仲間に揶揄われて、ウルセェな、なんて言う事もしばしばだ。
 だからいざ覇王とやらを目の前にしたときには矢鱈と胆力はついちまってるし、いい加減旅にもうんざりしていて、さっさと勝負を決めちまいたいと思ってる。ボス戦が終わっちまえばもう無気力状態だ。
 …目の前の、金銀財宝や、権力に手を伸ばしたくなったって、不思議じゃねェだろ?

 そうして、世界には変わらず、覇王ってのが君臨してるわけさ。






エントリ09  バニラコーヒー     橘内 潤


 彼の淹れるコーヒーは、バニラアイスの味がする。
 わたしがそう言ったら彼は笑って言った。
「そりゃ、バニラビーンズ使ってるからね」
 挽いた豆をドリップするときに砕いたバニラビーンズを一緒にいれると、バニラアイスの味がするコーヒーができるんだって。
「バニラだけで、アイスは入ってないけどね」
 どっちでもいいじゃない。
 わたしの言葉にいちいち訂正を入れてくる癖、あんまり好きじゃない。けれど嫌いでもない。
「本当のコーヒー好きからすれば、邪道なんだろうけどね」
 彼の言葉はいちいち芝居がかってるとおもう。ほら、そうやってマグカップから漂う香りをかいでる仕草なんて、テレビのコマーシャルを見てるみたい。それも商売柄なのかな?
「なに? 顔、なにか付いてる?」
 いいえ、べつに。気にしないでコーヒーをお楽しみくださいな。わたしも、あなたに淹れてもらったコーヒーを飲ませていただきますから。
「それはどうも、ありがとう」
 彼が笑うと、目尻にうっすら皺ができるのを知ってる。本人はまだ気づいてないとおもうけど、彼の若作りな顔のなかで唯一、年を感じさせてくれるところ。
 彼の顔のなかで、わたしがいちばん好きなところ。
「……やっぱりなにか付いてるのか?」
 ついてないよ、なにも。ただ、見つめてみたかっただけ――照れちゃう?
「こら――大人をからかうものじゃないよ」
 ほら、照れた。すぐに照れ笑いしちゃうひと。目尻に皺。年上フェチなわたし。
 ほんのり甘い香りのコーヒーが美味しい夜。
「そういえば……あいつもよく、きみと同じこと言ってたっけ。ぼくなんか見つめてなにが楽しいんだか――やっぱり親子だね、きみたちは」
 目尻の皺がもっと深くなる。彼が彼女のことを思いだすときは、いつもこの顔。わたしの顔を見つめるふりして、わたしのなかの彼女の面影しか見てない顔。
 甘いコーヒーと、甘い空気。でも、わたしは、ひっそりと疎外感。
 でも、そんな彼の顔を見てるのは、そんなに嫌いじゃない。目尻の皺を見てると、まあそちらも苦労してるんでしょうね、って気にもなる。だから、黙って彼女の思い出にひたらせてあげる。
 コーヒーを飲み干したマグカップから、残り香がまだ甘く漂ってる。

 ねえ、代議士先生――おとうさん。
 いつか昼間にデートしましょうね。






エントリ10  矛盾2005     ながしろばんり


「オーナーにはご迷惑をおかけいたしました。資金的な援助を賜りまして早二十年、漸く当研究所最高傑作『ウルティマ』、完成の運びとあいなりまして」
 瀬可博士の顔には充実の笑みが浮かんでいる。研究所というよりも造船所という呼び名がふさわしいような大伽藍に報道陣を含め数多控えし観衆一同、中央にはチタン製、ガラス張りの箱が鎮座ましまして、中には一片の刃が納められている。博士は箱からその銀色を取り出すと、オーナーと呼ばれた男の前に見せつけた。
「以前に説明しましたとおり、ウルティマの刃は分子単位で金属面を水平に磨耗させることにより、刃先は分子一つのレベルで先鋭化されております。原子中ではもっとも質量の小さなリチウムを先端に据えており、まさに通さざるもの無き刃といえましょう」
 報道のフラッシュ、小さな刃を一斉に捕らえてまもなく、次に運ばれてくるもう一つの箱に目が移る。こちらも同じくガラス張りの箱、ただし中には四つ折新聞紙ほどの鏡板が入っている。
「そしてこちらが先行して完成しておりました『全てを通さない盾』ことエイギスであります。各金属分子の歪みをピコミクロン単位で研磨し、順に整列されたもので、結果として強力な磁力を持つものであり、さらにまた、その質量は摂氏四度における水よりも重く、硬度においてはダイヤモンドの九十五倍という試算であります」
 博士はナイフを持って神妙に「盾」の前に立つ。鏡のような盤面は左利きの博士の姿を克明に映し出している。
(こんなに報道陣が集まるなら、もう少しキチンと髭を剃っておけばよかった)
 手元のナイフに目をやる。なんともよく切れそうだ。
「当然だな」
 博士は左手を上げる。誰が準備したのかドラムロールが掛かる。咽までの呼吸一つ、ウルティマを振りかざしエイギスの中心めがけ振り下ろす、刹那オーナーのどぶえくしょいと大きなくしゃみ、ずっこけて逸れた刃先がチタンの箱をクリームが如くすっぱりと切り落とす。
「し、失礼いたしました」
 今度こそ。用心して振り下ろす銀色、今度は研究所の天井、何の都合か自由落下してきた蛍光管がエイギスを直撃、また片付けに数分を要し、これまた用心深く、今度はウルティマを胸元に。左手は、副えるだけ。
 衆人注目、場内沈黙、出刃で刺す時ゃ刃を下に。結句体ごと突っ込んでいった博士の眼前、異次元を裂いて飛び込んできた恐怖の大王が「ちょっと待ったぁ!」と、刺された。






エントリ11  遠い国への片道飛行     綾重寄之介


「総理、大変なことが起こりました」
 首相官邸の執務室。ドアが開くなり官房長官の甲高い声が響いた。ハンサムで逞しい秘書官が慌ててシャツの裾をズボンに押し込むのを長官はあえて無視した。
「何事かね。内閣支持率がとうとう十パーセントを切ったなんて話じゃないだろうね」
「そんなものはとっくの昔に切ってますし大変なことでもありません」長官は唾を飲み込んだ。「テロリストらしき連中からの要求です」
「な、なんだって! 困るよ、私の在任中にそんなものは!」
 首相の言葉には答えず、長官はテープレコーダーを机の上に置いてスイッチを入れた。

──地球の諸君、我々は火星の裏側にあるコスモランドという国の住人である。

「なんかパチンコ屋みたいな国名だな。それに火星って裏も表もないんじゃ…」
「黙って聞いて!」

──そちらの若い男女二十組を我が国に提供してもらいたい。人選はそちらに任せる。

 ここで長官はテープレコーダーのスイッチを切った。
「何なんだこれは。こんな悪戯は無視すりゃいいじゃないか」
「それが、このメッセージを伝えた電波は正確に火星方面から届いています。しかも過去に他の国でも同じことがあったそうです」
「そうなのか。で、拒否したらどうなったのかね」
「拒否した国はないそうです」
 何も決めないことで有名な首相だったが、このときは官房長官も驚くほどの決断力を見せた。さっそく翌朝の新聞に『専用ジェットで行くハワイ旅行が当たる』プレゼント広告が出され、あっという間に若い男女二十組が集まった。太平洋の上空で乗客を引き渡し、専用ジェットは空中爆発させる段取りだ。これなら死体が見つからなくてもごまかせる。
 乗務員も含め誰一人に真実を知らされることもなく、飛行機はハワイに向かった。
「あっ、あれはなんだ!」
 機長が大声を出して指差した先に、銀色に輝く大きな円盤が浮いていた。不思議なことにレーダーには一切映っていない。やがてその円盤から眩しく光る闇が発せられると、飛行機をすっぽり覆い隠してしまった。

──地球の皆さん、ごくろうさまです。あなた方は勇気のある立派な人々です。宇宙船製造技術を授けますので、ぜひコスモランドまで遊びに来て下さいね。

 皆が我に返った時には円盤も消えていて通常飛行に戻っていた。まもなく、予定通り飛行機は爆発した。
 コスモランドの住人達は、何度誘っても地球からの訪問者が来ないのが不思議でしょうがなかった。






エントリ13  UTAO−UTAO     太郎丸


 少し早起きをした私がいつもより早い電車に乗ったのは淡い期待があったからだが、やはり座れる状態ではなかった。
 入り口から3番目の席に座っている初老の男の前に押されて手すりに掴まると電車は発車し、それが聞こえてきた。

 歌もた〜のし〜や〜、東京キ〜ィッド〜。

 最近少なくなったと思っていたシャカシャカというヘッドホンの音漏れではなかった。澄んだその歌声は本当に小さかったが、前の席から聞こえてきた。
 男は下を向いていたから口は見えなかったが、それは録音ではなかった。
「東京キッド」が終わると「港町十三番地」で「悲しい酒、愛燦燦、川の流れのように」と続くメドレーは、一番だけの曲があったり、サビの部分が繰り返されたりした。
 勿論ひばりの声ではなかったし、あれほどの歌唱力はなかったが、情感のこもった歌声は好感が持てた。
 窓を過ぎる切り取られた季節さえ色鮮やかに感じられる。
 終点の駅に着くなり小さなコンサートは終わり、私は電車から降ろされてしまったが、翌日から私はそこを指定席にする事に決めた。

 翌日はジャズナンバーだった。「アイ・ゴット・リズム」から「A列車で行こう、サマータイム、煙が目にしみる、クライ・ミー・ア・リヴァー」へと続く。ある日は童謡で翌日はロック、ジャンルや新旧、男女の別もなく一人で重唱さえこなす歌声に、この時間帯が楽しみになっていった。

 そしてある日、私はとうとうルールを破ってしまった。歌手の歌に合わせて歌ってしまったのだ。観客である私が歌手の歌の邪魔をしてしまった。
 歌声は止んだ。
 周りの人達の視線が私に向かう。
 彼らにもあの歌声は聞こえていたのだ。彼らの楽しみをも私は奪ってしまった。
 しかし歌は又始まった。それも今度は大きな声だった。その時初めて私は男の顔を見た。目尻が下がって満面の笑みだ。

 手のひらを〜太陽に〜、透かしてみ〜れ〜ば〜

 いつしか周りの人達からも歌声が聞こえてきた。
 それはどんどん広がり、電車は歌声を乗せて走る。いつまでも続いて欲しかった。名も知らぬ人達との一体感が心地よい。

 とうとう電車は到着し、ステージは終わった。
「私は定年で明日からこの電車には乗れませんが、今まで楽しかったです。ありがとう。これからも歌って下さいね」
 初老の男が私に言った。
「え? 貴方が歌ってたんじゃ…」
「いや。始めから貴方が歌ってらっしゃいましたよ」
 男は怪訝そうな顔をした。






エントリ15  余暇     ぼんより


 私はヒマである。
 やるせないほど、狂おしいほど、とにもかくにもヒマである。
 とりあえず、誰もいない部屋の中で踊ってみることにした。さっき、起きぬけにテレビを付けたら目に飛び込んできたインド舞踊を。
 もちろん形になんかなるわけがない。それでも私のヒマは三分ほど解消されたので、インスタントラーメンの待ち時間はクリアした。
 しかしまだまだ時間は、たっぷりことこと煮込んで一日寝かしておきたい程ある。
 私は、ふと先日見た総合格闘技のレンタルビデオを思い出した。会社の友人に勧められたものの、あまり乗り気ではなかったので、最初の試合を申し訳程度に見るぐらいのつもりだった。ところが、いざ見てみるとあっけなくハマってしまい、気付けば最後まで余すことなく完全観賞してしまった。ありがちな、自分が強くなったような錯覚も、もちろん湧かせながら。

 というわけで

 深呼吸をして、押入れの前に立つ。徐に襖を開いて、積まれている安い布団を見つめる。
 
カッ!(眼光を鋭くしたつもり)

「ハッ! ハッ! ッシャー!」
 何の罪も無いいたいけな布団たちに、私の強烈な(と、せめて自分では思いたい)パンチやキックが、幾重にも降り注がれる。
「オラァァッ!」
 調子が出てきた私は、股関節にとって無謀にも、ハイキックを繰り出してみた。意外にも、自分の顔ほどの位置まで蹴り上げれたことがとっても嬉しくて、すっかり得意満面になった。
 さらに破竹の勢いの私を、布団のごときが止めれようはずもなく、ビデオで一番印象に残っている大技、『飛び膝蹴り』をリーサルウェポンとしてかまそうとした。いよいよ布団に膝がめり込まんとする、その時

ゴンッッ!!

「……………!」
 押入れの木枠の部分に思いっきり頭頂部をぶつけるというカウンターを喰らって、私は倒れた。強烈な痛みに声にならない声をあげながら、今際の際のゴキブリのようにジタバタしていると、側の机に足が当たる。しかも小指が当たる。
(――でも宝くじは当たらない)
などとくだらないことを考える余裕が何故かあり、とはいえ布団の逆襲にノックアウト寸前だった。
 その時、一枚のレシートらしきものが、机からひらひらと落ちてきた。ちょうど目の前に落ちてきたので、嫌でも内容が目に入る。
「あーーーーっ!」
 それは例のレンタルビデオの伝票だった。遥か彼方に期限切れの。
 完全ノックアウト。

 私はヒマである。

 そしてバカである。






エントリ16  見る     久美紀世子


 何だったっけ。そう、見かたの話だよ。物の見えかたのほうがいいね。
 例えば、僕にはこの薔薇が紅く見える。君にも『あかく』は見えるだろう。そこで、僕がこう言う。
「この薔薇はあかい」
 君はうなずく。すると、我々の見えかたは完璧に一致したかに思える。でも君の見る薔薇は、僕のとは違ってるかもしれないんだ。確かに我々の薔薇はあかい。けれど、相手がどんな風に見てるかは分からない。君が燃える炎のようだと評しても、僕は君の頬のようだと言うかもしれない。つまりね、我々の意見こそ同じでも、見えかたは必ずしもそのとおりではない。
 おいおい、聞いてる? ああ、うん、ごめん。
 弟と話すと、実感するよ。彼は特に、色が僕とは違って見えるらしい。グラデーションで色の変わり目が判断できないし、黄と緑や赤と緑の差が理解できない。病名は、色弱。ナンセンスだと思わない? 弟を診察した医者と僕とだって見えかたは違うのに、彼の見えかたは病気なんだぜ。
 その名前が困りものなんだ。七本色えんぴつがあって、一色を貸してくれと言われる。僕には、どれを渡すべきか見当がつかない。『色弱』という名前のせいで、僕こそ何も見えなくなってしまう。しかたないからいつも、面倒くさいふりして全部渡すよ。
 あのさ、聞いてる? OK、続けるよ。
 僕は全感覚のつながりってものにも疑問を持ってる。君はこのずんぐりした花瓶を触るとき、シャープな一輪挿しの感触を求めないだろう。ずんぐりしてることを求めてる。同時に、陶器の滑らかさと重さも欲しいかな。
 見たものを見たままにしか触らないってことさ。これが一輪挿しのさわり心地だったら、変だと感じる。階段を実際より一段多くのぼろうとしたみたいにね。肩すかしを食らって、見たままでない感触に矛盾か違和感を覚える。当然のことさ。酸っぱい匂いのする物は味も酸っぱくて、口笛が聞こえたら誰かの唇はとんがってるって、我々は思ってるんだ。経験上ね。
 感じるものがすべてじゃないなんて、虚辞を弄するにも程がある。見えるもの、聞こえるもの、触れるものがそれぞれすべてなんだ。そこに関連性や広がりなんて存在しない。はじめからさ。
 実を言えばね、不安なんだよ。
 君と話してる気でいるけど、幻聴かもしれない。君を見てる気でいるけど、幻影かもしれない。君にこうして触れてる気でいるけど、幻覚かもしれない。いや、むしろ……
 ねぇ、聞こえてる?






エントリ17  泰平天国     ごんぱち


「総理、ついに、第二次ベビーブーム世代が七十五歳です! 年金を受け取る年齢になりました!」
「それがどうしたか、官房長官?」
「どうしたもこうしたも、配る金がありません! 今の現役世代は五パーセントしか年金を払いませんし、その集めた五パーセントは全部社会保険庁職員の給料と視察旅行とプリンタに使ってしまいました!」
「大丈夫だいじょーぶ、ちゃーんと策はあるから」
「税金の投入ですか?」
「増税したら次の選挙で勝てないじゃないか、馬鹿かね君は」
「だったら、貯金封鎖をして国民の財産を巻き上げるんですか?」
「あははは、そんな国民を愚弄するような政策をこの私がすると思うか?」
「じゃあ、軍事費を削減する?」
「そんな事をしたら、軍需産業からの献金が減るだろう。もっと画期的な方法だ」
「まさか、紙幣を大量に刷るとか言うんじゃありませんよね?」
「ギクッ――い、いや、そんな事ある訳ないじゃないか。第一次大戦後のドイツじゃあるまいし」
「今ギクッって言った! 確かに言った!」
「うるさいな、つまらんツッコミをしていると、公安にお前の共産党員疑惑を吹き込むぞ!」
「ひっ、それだけは勘弁を!」
「支給はきちんと行う。しかも現役世代の三十パーセント水準を守る!」
「おお、それは凄い! 後の世に仁君として奉られる事間違い無しですな」
「そうだろうそうだろう」
「流石は現代の家康、秀吉の生まれ変わり、意次もかくや!」
「ははは、そんなに褒めるなよ」

「なあ、お婆さんや」
「何ですか爺さん?」
「年金を貰いに行ったらこれを貰ったんじゃが」
「あら、お金じゃありませんねぇ?」
「ああ、お金じゃないみたいなんだよ」
「あらあら、これは国債ですよ、お爺さん」
「なんと、国債かいお婆さん」
「年利五パーセントとは、この低金利時代に良いですねぇ」
「そうだねぇ。でもお婆さん、ここに書いてある金額は今貰えないらしいんじゃよ」
「ええと、注意書きがありますね。『償還期限三百年』……難しい漢字はよく分かりませんねぇ」
「そうだねぇ、でも、偉い人の決めた事だから、きっと大丈夫じゃろうな」
「そうですねぇ、もらえないって騒いでいた年金も、こうしてもらえてますしねぇ」
「じゃあ、晩御飯の草を取りに行って来るよ、お婆さん」
「お願いしますよ、お爺さん。そうだ、良いダンボールがあったら拾って来て下さい。壁がもうダメですから」
「新しいダンボールがあると良いなぁ」
「庶民の夢ですねぇ」






エントリ18  砂漠で砂を探す男     アナトー・シキソ


その男は、砂漠でこぼした自分の砂を探していた。
それは、親から譲り受けた、とても大切な砂だった。
男は僕に言った。
「見た目じゃないんだ。見た目はただの砂さ」
男は、砂漠の太陽で神経をすっかりやられていて、僕には見えない人達にも話しかける。
例えばそれは僕が連れてる若い女で、赤いワンピースに白い帽子を被ってる。
「お嬢さん、砂漠の太陽は肌に悪いぞ。さっさとこんな所は離れた方がいい」
もちろん、僕に連れなんかいない。
僕にはそんな女は見えないし、連れてきた覚えもない。
この砂漠には今、間違いなく、僕とこの男の二人分の影しかない。
それでも男は構わず言う。
「あんたらが俺を笑いに来たのはわかってるんだ!」
男は、僕と、僕の後ろにいる僕には見えない大勢に喚き散らす。
僕は、足下の砂を手のひらで一掬いして、これじゃないかと男に見せる。
男は慌てて僕の手を両手で掴み、手のひらの上の砂を覗き込む。
「これだろうか……これなんだろうか……似てはいるが……」
それから男は黙り込む。黙り込んで、僕の手の上の砂を見つめ、顔を上げる。
思い詰めた顔が、僕の目の前で見る見る歪む。
「俺を騙そうとしても無駄だ。この砂は俺のじゃない!」
そう言って、僕の手を叩きつけるように引き降ろす。
手の上の砂はこぼれて、ただの砂漠の砂に戻る。
「その砂はもう……」
男は四つん這いになり、自分の砂を探し続ける。
「……もうただの砂だ。けど、俺の砂はまだ……」
僕は太陽を見上げる。
暑い。
このままだと二人揃って人間の干物だ。
ポケットの腕時計で時刻を確かめる。
ちょうど一番暑い時間帯。
と、不意に男が顔を上げ、ニヤっと笑う。
「あんた、今、腕時計を見たのか?」
それから猛烈な勢いで砂を掻いて何かを掘り出し、それを僕に差し出す。
「それはこの時計だろ?」
僕は、ガラスが割れて文字盤が剥きだしの腕時計を受け取る。
砂を吹くと、長針も短針もなかった。
「あんたの時計だ」
僕はポケットを探った。
さっき見たはずの腕時計がない。
男が砂漠の砂で爛れた指をさす。
「それがあんたの時計なのさ」

僕は腕時計をポケットに戻す。
振り返ると、赤いワンピースに白い帽子の妻が、砂を探す男を黙って見ていた。
その周りには、同じように男を見ている無言の一団。
僕らは一体どのくらい前からここでこうしてるんだろう?
もう忘れてしまった。
ただ、僕らは知っている。
なあ、あんた。砂漠でなくした砂は、もう二度と、見つけられないんだ。






エントリ19  マンホール     越冬こあら


 その細い階段坂は『けやき通り』への抜け道で、駅への近道となっている。その日は早く家を出たが、いつもの癖で階段坂を通った。
 途中のマンホールの蓋がゆっくり持ち上がり、たくさんの小人が飛び出して来た。小人たちは赤と緑の服と長靴と頭巾がお揃いだった。
 かん高い声を上げながら飛び出した小人たちは、俺に気付くと立ち止まり睨みつけて来た。突然の出来事に戸惑う俺に敵意はないが、一人一人に陽気に挨拶できるほど順応してもいなかった。
「何見てんだよ」
 中の一人が言うと、われもわれもと負けずに唱和し、辺りは『何見てんだよ』の大合唱となった。
「関係ねえだろう」(まばらな輪唱)
「あっち行けよ」(整ったユニゾーン)
 しかし、理不尽に行く手を塞いでいるのは、小人たちだった。俺は、そこから移動してくれないと駅に行けない旨を比較的穏やかに伝えた。
 無数の眼光は鋭くなり、にじり寄って来た。お揃いの衣装や可愛い仕草に騙されて、柔らかい笑顔で接していたのが間違いだったと気付き、腹が立ってきた。
「そこをどけ」
 俺は叫んだ。小人たちは動きを止めた。
 大勢の人がけやき通りを駅に向かう。背広姿やワンピース、ミニスカート。梅雨明けの空が爽やかに広がっていた。
「あっ」
 山本美代子が横切った。小学六年生の時、突然引っ越してしまった山本さんがランドセルを背負い、黄色い帽子を被って横切った。ように見えた。んだが、微妙な距離が心もとない。
「痛えっ」
 脛に無言の不意打ち(頭突き)を喰らい、悲鳴をあげた俺は、ほとんど反射的に相手を蹴飛ばした。小人は赤い帽子を飛ばして倒れた。その瞬間、振り上げた俺の右足に小人たちが我先に群がった。重なり合った小人たちによって、右足はたちまち動きが取れなくなった。
『けやき通りは思い出通り』
 商店街の貼り紙の文句が浮かぶ。
「離せよ」
 捕らわれた右足を振り回す。二、三人がパラパラ倒れたが、後から後から、他の奴らがしがみついてきて、ラチが明かない。ワラワラと右足が持ち上げられる。
「んぐあー」
 軸となった左足のアキレス腱に噛みつく奴がいた。靴下に血がにじむ。体勢を立て直す術も失い、俺は鞄を取り落とした。
「よお」
 葬式の時の写真のままの姿の親父が、けやき通りから手を振っている。
「元気にしてたか、久しぶり」
 場違いな挨拶を聞きながら、地面に倒れこんだ俺はガリバー状に縛られ、マンホールに引きずり込まれていった。






エントリ20  横浜湾岸線     早透 光


 高速道路の白線がヘッドライトに照らされて、とぎれとぎれの時が過ぎてゆく。
 早いのか遅いのか。それを望んでいるのか、いないのか。彼の横顔の瞳に映るテールランプの赤に私は見とれた。
 この人が私に必要で、この人に私が必要なのか。私は幸福についてこんなに正面から考えた事があっただろうか。車は滑るように黒い車道の白線を、何の飾りもない素直な私の気持ちを乗せて進んでゆく。

 彼は私の事をどう思っているのか、不安が街灯の明りのように時折膨らんでは通り過ぎる。思わず私は息苦しさを感じ窓を開けた。サッと潮風の匂いに包まれて私と彼の髪は忙しく乱れる。
「気分でも悪いのかい?」
「ううん、ちょっと、風がね……」
 横浜の見慣れた夜景が今夜は少し滲んで見えた。
 空港で待っていた彼はどういう気持ちだったのだろうか。
 私の答えをどう受け止めるのだろうか。
 あの笑顔、この笑顔を私は信じて良いのだろうか。
 父に直接言えず、叔母に託した言葉。もう叔母は父に伝えてくれたのだろうか。
 色んな事が一度に溢れ出し、目の前に広がる色とりどりのイルミネーションのように輝いては儚く零れ落ちそうだった。
 彼の携帯が無言に鳴る。青い光りが車内に映える。私は何気にディスプレイを見た。一瞬だが『祐子』の文字が見えた。彼は携帯をサッと取るとメールをチェックする。私は不安を感じ外の夜景に逃げ場を求めた。港のクレーンが黒いキリンのように静かに佇んでいた。彼の低い溜息が聞えた。ディスプレイの名前が瞼に残って消えない。聞こうか。問いただそうか。嫌な私が出て来そうで怖かった。
 彼の横顔をちょっと上目遣いに覗く。少し苦い顔をしながらホルダーに携帯を戻し煙草を銜えた。風の音が消えたように胸が締めつけられる。私は彼を何処まで信じているのだろうか。

「ちょっと立寄るけどいいかい」
「……いいけど。どこへ?」
 彼は煙草を銜えたまま照れ臭そうに自分自身を指差した。
「あなた?」
 意味が呑込めず、次に出た言葉に自分で驚いた。
「ねえ、さっきのメールだけど……」
 自分で地雷を踏んだような気分だった。
「ああ、これ? 結構うるさくてね、ほらっ」
 彼は照れ臭そうな顔で携帯を私に渡した。私は恐る恐るメールを見る。
『結婚したい人っていつになったら紹介してくれるの?』

「母さんにちょっと話すとこうだから」
 潮風が流れる。
 風に吹かれる彼の横顔は、私にとって幸せそのものだった。