第87回1000字小説バトル

エントリ作品作者文字数
01(作者の希望により掲載を終了いたしました)  
02高津の富小笠原寿夫1000
03白壁カフカ971
04鳥になりたいごんぱち1000
05擁卵とむOK1000
06揺り篭が動く殻1000
07黄金ぼんより1000
08デジャヴるるるぶ☆どっぐちゃん1000
09婦人の尻尾十的十須1000
10現実も幻想も・・・Tommyマルボ1000
11熊の恩返し越冬こあら1000
12ベルガールアナトー・シキソ1000
13千回曲がっても追いつけない棗樹1000
 
 
 ■バトル結果発表
 ※投票受付は終了しました。
バトル開始後の訂正・修正は、掲載時に起きた問題を除いては基本的には受け付けません。
掲載内容に誤り等ございましたら、ご連絡ください。

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校正することなくそのまま掲載しておりますのでご了承ください。


エントリ02  高津の富     小笠原寿夫


高津の富…上方落語のひとつ。一分銭しか持たない男が、宿屋に泊まって、自分は大金持ちとホラを吹くところから噺は始まる。「お遊びで」と無理やり買わされた富くじ(宝くじ)を当たれば主人に半分あげると約束する。どうせ当たりはしないだろうと、思いつつも高津神社に公表された当たりくじの番号を見ると、なんと一等の一千万両が……。慌てて、宿屋に帰り、布団に転がり込んだところに、一等を知った主人が、下駄のまま、はしゃいで部屋に入ってくる。布団をめくると男も雪駄を履いて寝ていたという噺。

「一生懸命のお喋りでございます。私、これからも精進して参りますので…どうかお金を貸してください」
落語家、柳亭一生の得意のマクラである。
 この日の演目は、一生の十八番「高津の富」
「シューッと布団をめくりますと、だんなも雪駄履いて寝ておりました」
で、落げである。ところが、最後の最後で頭が真っ白になって、言葉が口から出ない。
「おなじみ『高津の富』でございます」
お茶を濁して、高座を降りたが、今日の出来は、最悪である。最近、酒のせいか、ろれつも回らなくなってきた。そろそろ潮時かと思っている矢先に、内弟子のするめが、相談に来た。
「師匠、若い頃のテープを聴かせてください。僕も師匠の得意ネタ、受け継ぎたいです」
今まで寄席で突っ走ってきた、一生はハタと気が付いた。こうして世代交代が行なわれていくのかと。思えば、一番やる気がないと思っていた、するめが一番、一生に慣ついていた。これも何かの縁と、タカを括って、するめにテープを譲ることにした。

 するめの高座に「高津の富」が掛けられるのに、そう日にちは、かからなかった。
「本日は、師匠のネタを僕が演らせてもらうことになりまして、師匠の通夜も、そう遠くはないのかなと思っているところでございます」
旦那が、自分が大金持ちだと大ボラを吹く件では、「うちの屋敷にはシステムキッチン、床暖房がある」というアレンジも加えられ、するめの「高津の富」は、何とか成功に終わった。
 舞台袖でハラハラしながら、高座を見ていた、一生は、最後まで見終わって、するめの高座に文句をつけた。
「江戸時代にシステムキッチン! 時代錯誤も甚だしい!」
するめは、楽屋にいるほかの弟子達の前で、怒られたのが、恥ずかしくて、悔しくて、たまらなかった。
 二人で、一生宅に着く帰り道、師匠がボソッと言った。
「おまえのが、一番おもろかった」







エントリ03  白壁     カフカ


 カッツェルは、生まれたときに声を出さなかった。
 取り上げた産婆は、まるでソクラテスのように言った。死んでいる。
 彼は生きていた。昏々と眠ってはいたが。
 母は生まれた子の小さな体を眺めながら決意した。

 一生この子の面倒を見よう。

 カッツェルはまるで午睡を貪るように穏やかに眠り続けた。
 食事を口に当てると、無意識にではあろうがそれを食べた。よく食べたし、よく育った。
 母は毎朝彼を見、彼が

 おはよう。

 と目が覚めるのではないかと疑った。ありえない話だが。
 母は仕立てや刺繍などの内職で生計を立てながら、彼の食事や身の回り、下々の世話をした。15年間。

 カッツェルがアリアドネとめぐり合ったのは、彼が16歳のときだった。
 アリアドネは15歳で、町で一番の美人だった。
 裁縫が得意で、家の洋裁屋を手伝っていた。
 カッツェルの家に頼まれていた布地を置きに訪れたとき、母は丁度、町の井戸端で洗濯をしていた。
 白土で塗られた家は風通しがよく、彼女は風に持ち去られぬよう、頼まれものの布地を家の中に置いて立ち去ろうとした。
 そこに彼がいた。
 赤い髪が綺麗に切りそろえられ、美しい顔をした少年。
 すやすやと眠っていた。
 アリアドネは思わず彼に声を掛けた。

 ごめんなさい。

 返事はなかったが、これがはじめての、彼との会話だった。

 カッツェルは、19歳のときにアリアドネと結婚した。
 彼は夢の中だったが、きっと幸せだったに違いない。
 アリアドネは彼の面倒をよく見た。彼の母がそうしたように。

 カッツェルの母はこれまでやりたいことをやってこなかった。
 カッツェルの父はカッツェルの母を愛していたが、カッツェルが生まれてから次第に家に帰らなくなり、カッツェルが3歳の時に、フィローナ王国の若い流れ女と出て行った。
 だから、カッツェルの母の人生はカッツェルが駄目にした。
 それでも母は幸せだった。
 カッツェルが幸せだから。
 母は過労で内臓をやってしまった。
 金があれば治るのだそうだが、家にはカッツェルのために使う以外の金はない。
 それでも母は幸せだった。
 それでも母は幸せだったが、死の間際、母はカッツェルに聞えるように言った。

 忌々しい。

 カッツェルは涙を流し、こう言った。

 ごめんね、お母さん。

 カッツェルが78歳で死ぬまでに発したのは、この一言だけであった。



※作者付記: 1,000字・・・
長いようで短く、短いようで長く。作るのもまとめるのも大変でした。
本当はあと2行どうしても入れたかった一節がありまして、身を切る思いで割愛いたしました。
相当文章力要りますね、1,000字バトル。






エントリ04  鳥になりたい     ごんぱち


 医師は、一礼して部屋から出て行った。
 その表情は、現れた時よりも暗くなっていた。
「そ……か」
 医師の閉め残した障子の隙間から、四谷京作は外を見つめる。
「もう」
 広がる稲穂の実った田んぼから時折雀が飛び立ち、カラスが戯れ、そして青い青い空ではトンビが悠々と滑空していた。
「ああ、あんな風に、自由に」
 四谷はため息をつく。炎症でボロボロになった肺のあちこちに空気が引っかかり、ゼエゼエと嫌な音を立てた。
「鳥に……なれたら」
 その時、一頭の蝶がふわりと入りこんで来た。
 四谷の周りをおどけるようにひらひらと飛ぶ。
 その真っ白い羽根は、それ自体が光っているようで、薄暗い室内に明かりが灯ったようだった。
「綺麗、だ」
 蝶は四谷を気にする風もなく飛び続ける。
 四谷の口元にうっすらと笑みが浮かんだ時。
「その願い、叶えてやろう」
 声がした。
「だ、だれ、っげほっ」
「叶えてやろう」
 はっきりしたような、ぼんやりしたような声を聞きながら、四谷は最後の息を吐いた。

 水中を弾丸のように四谷は泳ぐ。
「よりによって」
 勢いをつけ、そのまま水面から飛び上がる。
「飛べない鳥になるとは」
 宙返りを一つして、氷の地面の上に降り立ったのは、皇帝ペンギンに生まれ変わった四谷だった。
「でもまあ、これだけのスピードで泳げるんだから、御の字だな」
 四谷は満足そうによちよちと氷を歩く。
「飛べなくても、自由に泳ぐことが――」
「ちょいとあんた! どこほっつき歩いてんだい!」
 妻のペンギンがやって来た。
「なあに、自由を満喫しにね」
「なに下らない事言ってんだい、さあ、さっさと抱いておくれよ」
「なんだい、今日は大胆だなぁ、うふふ」
「なに勘違いしてんだい、これを抱けって言ってんだよ!」
 妻は四谷に卵を突き付ける。
「おおっ、お前とうとう生まれたんだな?」
「生まれたも生まれた、大生まれさ!」
「いやぁ、良かった、やったなぁ」
「それじゃ、ヘマすんじゃないよ!」
「……へ?」

 足の間に卵を抱えた四谷は、ブリザードの吹きすさぶ中、立ち続ける。
「寒っ、マジ寒っ!」
 震えながら、また卵をひっくり返す。卵は温かく、微かな脈動すら感じられた。
 もしも、一瞬でも卵から離れれば、芯まで凍り付いてしまうに違いない。
「ううっ、鳥になっても自由の断片すらねえ!! 畜生、次に生まれ変わる時には、人間になってやる! 絶対だ!」
 四谷の絶叫は、ブリザードにかき消された。







エントリ05  擁卵     とむOK


 眠っている間に卵を産みつけられたらしい。朝起きたら左頬に違和感があった。鏡に顔を映してみると、いつものさえないあばた面が気の抜けた目で僕を迎えた。肌の弱い僕のにきびは凶暴な赤い斑点を薄い皮膚の下から顔中に浮き立たせていて、青春の情熱とかいう無駄なエネルギーが行き場をなくして全部そこから吹き出たようだ。卵はそんなにきびに埋もれるように、赤い斑点の一つとなってつつましく左頬にあった。気づいたら妙に痒くなってきて、僕は午前の授業中ずっと掻いていた。
 昼休みに呼び出されて人気のない美術室に行くと、カワグチハナエが机に長い脚をもたせて待っている。長い黒髪に飾られた白い夏服がまぶしかった。TVで見るような美少女で、天気によって民放の写りが悪くなるこんな村にいる子じゃないと思う。左頬を掻きながら立っているとカワグチハナエは君の気持ちは嬉しいけど、と困った顔で手紙を返してきた。僕は笑って頷いたけどカワグチハナエは笑っていなかった。
 廊下で待っていた見覚えのある女達が僕をちらちら見ながら、ニキビクリーム塗れよとかエステで顔替えて貰えとか言ったかと思うとすぐ今日さーピアタウン行こうよとはしゃいでいる。ピアタウンは村にたった一つのショッピングモールだがここから自転車で三十分はかかる。ひらひらと遠ざかるミニスカートを見て、お前らのなまっちろい大根なぞ誰が見るかせいぜい田んぼの蛙が覗くぐらいがセキノヤマだなんて毒づいてみる。
 学校が終わって、村外れまで続くあぜ道を自転車で走った。左頬が痒くて仕方なかったが全力でペダルをこいだ。山すそにあるいびつな三角形をした水田の脇で自転車を降り、ワイシャツの袖で汗を拭うと、僕は曇った夕空に大声で歌った。彼女の好きな流行の昭和歌謡っぽいポップスだ。姿を見せないままの蛙が鳴きやんで青い稲のすき間から僕の歌を聞いていた。二番のAメロで歌詞を忘れた。僕は大きく息をついて、やっぱりカワグチハナエはかわいいな、と思った。
 翌日痒みが治まってから僕は卵のことをすっかり忘れていたが、一週間くらいたった頃どうやら無事に生まれたらしい。透明な四枚翅をつけた人間に似た小さな生き物が、窓をすり抜けて雨間の月に飛んでいったのを見た気がする。でもそれは夢だったのかもしれない。
 卵のあった場所には小さな穴が開いていたけれど、夏休みの前に新しいにきびに取って代わられ、跡形もなくなった。







エントリ06  揺り篭が動く殻     葱


 ガタガタ揺れる薄暗闇の中、板切れの隙間から差し込む光に無数の細かい埃が舞っている。荷台の隅で、孔雀が暴れているせいだ。
 肘から下のない腕を振って、信太がせき込みながら文句を言う。
「おい、仙次郎よう、この鳥何とかしろよ、煙たくて仕方ねえよ」
 荷台を引く馬上から、しゃがれた親父声が応える。
「バカ野郎。そいつはお前より高けえんだよ、我慢しろ」
「お前さんは、外にいるからそんなことが言えんだよ」
「しつけえぞ。俺だって代われるもんなら代わって欲しいや」
「心にもないこと言いやがって」
 信太は舌打ちして、湿った布団から身を起こした。傍らに寝ていた赤犬が顔を上げる。あ、起こしちまったか? と優しく語りかけ、肘を揺れる板の間に着く。股を引きずるように歩き、陽光の漏れる板切れの隙間に歯をかけた。板切れには、上に蝶番がついており、窓の役目を果たしていた。
 窓の外には、見渡す限りの大海が広がっていた。薄い濃緑色の水面がギラギラ輝き、波打っている。塩気を含んだ風が荷台の中に入り、動物の匂いを薄めた。孔雀は何故かいきりたったままだ。
 どこまでも続く、水平線がゆっくり左に流れていく。
 信太は窓枠から顔を出して、仙太郎に声をかけた。
「あ、悪い。ちょっと止まってくれ。おい、おい」
 馬上から面倒臭そうに振り向いて、仙太郎が吐き捨てた。
「何だよ」
「小便だ」
 次第に、馬が歩調を遅めていく。ひずめが地面を叩く乾いた音がして、荷台の揺れが収まった。窓を閉めて信太が待っていると、荷台の後ろの壁が開いた。大量の光が差し込んで、鉄の檻に囲われた孔雀の羽に反射した。
「あ」
 信太よりも早く、赤犬が外に飛び出した。一目散に砂浜へ駆けていき、しっぽを振ってぐるぐる回っている。仙太郎は、煙草を吸いながら笑っていた。
 信太は、仙太郎に抱えてもらって荷台を降り、砂浜に股を立てた。ジッパーを開けてもらい、用を足す。仙太郎も並んで用を足した。
 仙太郎の用が終わる間、信太は、今自分が降りて来た馬車の荷台を眺めていた。
『あなたは見たか? 達者男の人間火炎放射器! 生まれは山形…』等という文句と共に、いかついペンキ絵が描かれている。
 信太はボソッと呟く。
「家にいるよりはよほどいいさ」
 身震いしながら、仙太郎が聞き返した。
「何か言ったか?」
「いや、いつ逃げようかと思ってさ」
「お前にも俺にも良くないぜ、そりゃ」
 赤犬が海に飛び込んで、吠える。







エントリ07  黄金     ぼんより


 朝方重かった空は昼を迎えると明るくなってきた。
 酒が切れたのもそんな頃だった。明け方から何も食べないで酒を飲んでいる。淡い黄金色の強烈な酒。グラスはいらない。グラスは全部割った。甘いキッスをしたくて割った。
「詩は書けたかい?」
 昼下がりに朝焼けのような笑顔ですました小さな男は言う。
「ああ、描いたよ」
 そうか、それはよろしい。小さな男は小刻みに頷きながら言う。
 小さな男とは詩を描く契約を交わしているが、たまに詩を書くことも契約約款の一つになっている。
 一ヶ月ぶりの今日の詩は、書いてほしいと言われていた。だが、如何ともし難く描いてしまった。金は残り僅かだというのに。
「吟じてくれないかい?」
「今は無理だ」
 ぎらぎらと照りつける太陽に体力を奪われていく。飲みすぎた知らない強烈な酒。淡い黄金色の酒。同じような色をしているというのに、二つは私の身体を媒体にして戦う。本当は太陽のほうが正義のヒーローなんだろう。
 小さな男は私を優しく撫ぜてきた。
「そうか、描いてしまったか」
「そうだ、描いてしまったよ」
 私は首がへし折れるかというぐらいに思い切り殴られた。もちろん小さな男にだ。なおも小さな男は私に馬乗りになって殴り続ける。執拗に、気を失わないように、顔や肩や時折心臓を乱暴で丁寧に殴り続ける。何か雄叫びをあげているが、そんなことより酒が欲しかった。
 そういえばあの二人はどこへ行ってしまったんだろう。閉じた貝のように必死に抱き合って離れない二人。海にいた二人。
 ここは海の見える場所。白いホテルの3階の奥。そこでさっきから凝りもせず笑顔のまま私を殴り続けている小さな男。それは酒をグラスで飲むことのように遠く、ニセモノであるような気がした。
「描いたのか、描いたのか、描いたのか……」
 うわ言のように繰り返しながら、それでも笑顔は崩さない小さな男。相変わらず殴り続けられる私。
「良いものが描けたよ、今度ゆっくりと魅せてあげたい」
 それが不可能だと一番知っているのは、この小さな男だった。

 太陽の熱を感じなくなる頃、私はようやく一人になった。息はまだ乱れている。
 あの波打ち際の二人を思い出してみる。淡い黄金色の強烈な酒が喉を通る感触も思い出す。曇り空だった。少し寒かった。二人は笑っていた。私は詩を描いた。夢中で酒を飲みまくった。いつの間にか詩は出来上がった。
 あの二人はどこへ逝ってしまったんだろう。







エントリ08  デジャヴ     るるるぶ☆どっぐちゃん


 螺旋階段をくるくると昇りビルの屋上へ。
 そこには古びたピアノが置いてある。初老の男がその前に置いてある椅子に座っている。こちらを見て微笑む。
 微笑。
 ピアノは大きなスタインウェイ、コンサートグランドD。その他にも幾つかキーボードが並んでいる。ウーリッツァー。ローズ。ハモンドオルガン。
 初老の男は微笑む。
 ピアノを屋上から突き落とす。
 がたん、がしゃん、がごん、どごん。街のネオンライトが目を刺し貫く。がたん、がしゃん、がごん、どごん、がん、ががん、がどがん。
 ピアノが落ちていく。
 初老の男、微笑む。ウーリッツァー、ローズ、ハモンドオルガン、様々なキーボードに囲まれて。 
 がん、ががん、がごん、ごん。

 そして信じられないほど、良いメロディ。



 雨が降り始めている。
 雑貨屋で七色の傘を買う。開くと七色のぼんやりとした光に視界を覆われた。
 ぬかるに足をとられながら、丘を登る。
 丘のてっぺんの灰色の鎖には、アルミナ皇女が吊るされている。
 指にはタングステンロープを巻きつけられていて。ぎしぎしと強く巻きつけられていて。指には血が滲んでいて。美しい金色の巻き毛が雨に濡れていて。
 丘を取り囲むテレジア戦車。
 テレジア戦車は、唸りをあげて弾を発射する。
 アルミナ皇女へ、唸りをあげて弾を発射する。


 ネオンサイン。
 ビルから飛び降りる少女。

 花園。


 目を瞑っても瞼を通して花々の色彩が目を刺し貫く。
 花園。
 少女はぼんやりと目を開ける。



 オレルアンの喫茶店。テレビからはつまらない野球中継。煮詰まったまずいコーヒーを一口すする。
 少女はアルビオンからイギリスへ。


 アルミナ皇女は全ての弾を避けてしまう。
 ひょいひょいと器用に足をあげて、全ての弾を避けてしまう。白いかぼちゃぱんつををちらちらと見せながら全ての弾を避けてしまう。


 少女が泣いている。スカートをたくし上げて。
 つまらない野球中継。
 黒いパンツを見せびらかすようにして少女は泣く。


 スパイラル高速道路。
 二人並んで立つ。
 くるくると回るスパイラル高速道路。
 アップライトピアノ。おもちゃの戦車。書きかけの裸婦像。
 そしてメロディ。あなたに聞かせることが出来ないのは本当に悔しい。そのようなくらいに、本当に信じられないほど良いメロディ。


 とにかく私たちは歩き続ける。スパイラル高速道路。私達は歩き続ける。
 赤いフェラーリが私たちを追い越していく。







エントリ09  婦人の尻尾     十的十須


私は、サクラメントのあるデパートまで来ていた。
アメリカに留学して二ヶ月、私は兼ねてから家の殺風景さと社会時事に関する己の無知を嘆いており、その解消の為にまずはテレビを購入しようと今日やっと重い腰を上げたのだ。
デパートは8階建てで、エントランスを抜けて突き当てるとエレベーターがある。そのまま4Fに上がると目の前が電化製品売り場だ。一階のエントランスと違いここは人もまばらで、私にとってとても快適な空間だった。
私がテレビの展示棚へ向かうと、そこでは一人の婦人が商品を眺めていた。私も婦人の横に立ち商品を吟味する。
横目でちらりと婦人を捉えてみると、随分と若い雰囲気だ。淡いグリーンのブラウスとふわりと膨らんだスカートにコケティッシュな印象を受ける。もう少しはっきりと視界に捉えたかったが、あまりじろじろと見つめるのも失礼だと思い留まった。
「ねえ、このテレビどう思います?」当の婦人から不意に声をかけられ、私は驚いて婦人の方を向き直る。
「このテレビ映りは良いのだけれど、家までしっかり電波が届きますかしら」
それは貴女の家の環境によりますから、テレビは関係ありませんよと私が応えると「ではこのテレビは問題無いのですね、これを買おうかしら」と婦人は思案し始めた。育ちの良いお嬢様なのか、随分とおっとりした人だ。指を頬に当て首を傾げる姿はどこか世俗離れして見える。
私もどのテレビにすべきかと改めて展示棚に目を移す。すると程なく、婦人の方から深い吐息が聞こえてきた。
何事かと婦人の方を見返すと、はぁはぁと息をする婦人が展示棚に手を付き座り込んでいる。どこか具合でも悪いのかと尋ねると、婦人は少し気分が悪いと言う。
すると私達の様子を見とめた店員が近付いてきて、具合が悪いのでしたら医務室へどうぞと婦人に話しかけた。
「いえ、もう家に帰ろうかと思います。こちらの方に送って頂きますから医務室は遠慮しておきますわ」にっこりと微笑みながらありがとうと店員に伝える婦人の姿は美しく、そして健気でもあった。

婦人を支えながら駐車場に辿り着くと、婦人は私が背中に添えていた手をゆっくりと離しながらここで結構ですと言った。てっきり婦人の家まで運転も任されるものだと思っていた私は少し落胆したが、婦人の後姿を見送りながら、今日婦人の助けができた事に心地良さすら感じていた。

彼女のスカートの中から除くコンセントコードを見るまでは、だったが。







エントリ10  現実も幻想も・・・     Tommyマルボ


藤岡知彦が4つの時に両親は事故で死んだ。不妊症の疑いがあった母親は、父親と出会う前の男の娘である恵理を連れていた。恵理は二人が死んだ日に15歳となった。
あまりの悲しみに彼女は一週間も泣き続けて声を嗄らした。知彦はまだ幼く、現実味を帯びるまで時間がかかった為によく恵理の腕を掴んでは、お母さんは?お父さんは?と質問攻めにして彼女の心の傷を拡げる様に煽っていた。
高校進学を諦めてから死に物狂いで働き始めた恵理の苦労も知らずに、知彦は不遇な環境に対する反抗を恵理に向けた。それでも恵理は何の文句も言わず、知彦が学校でケンカをすれば苦しそうな表情で誤りに来て相手の親と教師陣に頭を下げ、試験で最低な点数を取れば寝ないで勉強を教えてくれた。
知彦が中学に上がってすぐの頃、彼は部屋を掃除していて高校と大学のパンフレットを見つけた。両親の死とは関係なく、彼女はしっかりした女の子だと聞いた事があった。
きっと、彼女ならこの高校にも大学にも入学することが出来たのであろう。もし、両親が死んだりしなければ。もしくは、本当の父親が知彦の母と出会わなければ。
目頭が熱くなり、手許が震えておぼつかなかった。
扉の開く音がして恵理が帰宅してくる。一瞬、怪訝そうに様子を窺って、パンフレットに気が付いた途端、見たことも無い形相で彼女は怒鳴った。
「さわらないでっ!!」
乱暴に知彦の手からそれをひったくると、今にも泣き出しそうな面持ちでどこか遠くの方を見詰め、すぐに恵理は外に飛び出して行った。
諦めた。幻想なんか浮かべない。それでも恵理は“それ”を棄て切れなかったのだ。
瞼を腫らして帰ってきた恵理に、知彦は目を合わさない様にして言った。
「大学いきなよ。親の保険金も残ってるし、俺に苦労させないなんて考えないで二人で・・」
しかし、恵理は首を横に振った。
「恩返しなの。血は繋がってなくても私には本当のお父さんとお母さんだから」

・・・

「またエロゲーやってんのかよ、キモいっつーの。てか、私の名前つけるのやめてくれる?」
振り返ると、妹の恵理がタバコを片手に立っていた。派手に染まった髪が眩しい。
知彦は溜め息混じりに訊いた。
「なあ恵理、やっぱり高校に行く気はないのか?」
「しつけーな、働くっつってんじゃん。マジうぜぇ」
針の様に尖った言葉が返ってくるだけだった。
そんなに嫌なら実家に帰ればいいだろ、と内心悪態を衝きつつ、知彦は現実世界へと歩き始めた。







エントリ11  熊の恩返し     越冬こあら


 トントントン。
「どなたじゃな」
「昼間、助けて頂いた熊です。恩返しに参りました。鶴や狐のように人間の姿に化けて恩返しすることは出来ませんが、力はありますので、昼間のお礼に肩か腰でも揉ませて下さいませ」
「なに、昼間の熊とな。これは、異なことを申される。ワシは昼間、熊を助けた憶えなぞない。お人違いではないか。ワシは、五郎爺じゃぞ。ほれ、人違いであろう。ははははは」
「いえいえ、人違いではございません、五郎爺様。今日のお昼、西の大川の中州に取り残されて難儀していた兎を一羽、助けて下さいました。あの兎が、山に帰る途中、四日前から有害鳥獣駆除の罠にはまって足の痛みと空腹に苦しんでいた私を(二重の意味で)助けてくれました。私は兎に、兎は五郎爺様に、助けられた。つまり、三段論法で、私は五郎爺様に助けられたも同然ということになります」
「ほほう、面白いお話じゃ。そう言われてみれば、確かに、野良仕事の帰りに、西の中州で兎を一羽助けました。それが、貴殿を助けたということになるのであれば、恩返しを頂く謂れも充分にあるのかも知れません。しかし、まあまあ、そう堅苦しく考えずに、今回はそういう巡りあわせで、ワシが助けたかも知れんが、今度はまた、何処で助けられるやも知れぬ。要は、世の中持ちつ持たれつということじゃ。ははははは。お礼は確かに承ったということで、夜も更けたことじゃし、今日はもうお帰りなさい。どうも、ご苦労様でした」
「いえいえ、五郎爺様、そうは参りません。私も命の危険を冒して、人里まで降りてまいりました。ここはひとつ、夜伽話なりともさせて頂き、ご恩に報わなければ、動物界の笑いものにされてしまいます。是非ともここは、中へお入れ下さい」
「そうか、貴殿も素晴らしく義理堅い御仁のようじゃの。夜分に余計な手間を掛けさせても申し訳ないと気を回したワシが間違っていたようじゃ。ワシが筋違いをして、貴殿が動物界の笑いものにされたのでは、それこそ気の毒じゃ。よし、中へお入れ致そう」
 ガタガタガタ(心張り棒を外す音)
 ガラガラ。
 ガバッ!
「がおー」
「ギャッ、ギャー」
 飛び散る血しぶき、散乱する熊の剛毛、断末魔の叫び。
 吐き出される熊の骨。
「あと半分は、朝飯にするか」
 口を拭う五郎爺。

 村外れに住む五郎爺は「熊喰いジジイ」の異名を持つ怪人。頭頂部から二本の角が生えているという噂もあるが……真相を確かめた者は無い。







エントリ12  ベルガール     アナトー・シキソ


オレンジ色した瞳の若いベルガール。
「お荷物を」
「いや、これだけだから自分で持つよ」
「お持ちします」
「うん。大丈夫」
二人でエレベータに乗り込んで、並んで立つ。
ベルガールが、8のボタンを押す。
ずっと上の方で、ガラガラ音がして、エレベータが上昇を始める。
「以前お会いしましたね」
ベルガールが、前を見たまま僕に言う。
「ここに来るのは初めてだよ」
僕は、階数をさす針を見たまま答える。
「私のこと、お忘れですか?」
僕はベルガールを見る。ベルガールは正面を見たままだ。
中学の同級生に似たような横顔の子がいたけど。
「知らないなあ」
エレベータが止まる。
赤黒い絨毯の廊下をつれられて歩く。
「こちらです」
ベッド、テレビ、冷蔵庫、そしてこちらがバスルーム。
タオルはこちらに。
この青いボタンで、フロントにつながります。
ベルガールは受話器を持ち上げ、耳に当てる仕草をしてみせる。
「うん」
ベルガールは、微笑んで受話器を置く。
「私のこと、本当に覚えていらっしゃらない?」
学生時代のバイト先の店長がこんな笑顔の女だったけど、違うよな。
「よそで会ったのかな?」
「いいえ」
ベルガールがカーテンを開く。
「窓ははめ込み式ですので、開きません」
窓ガラスに水滴が見える。
「雨か」
「いえ、屋上のプールの水が風に飛ばされて落ちて来ているだけです」
「屋上にあるの、プール?」
「はい。当ホテル自慢のプールです」
「マリアナプールだよね」
「よくご存じで」
「有名だから」
ベルガールはテーブルの上のリモコンを手に取り、差し出す。
「空調はこのリモコンで」
僕がリモコンを受け取ると、その手を取って、ボタンを指差し説明をする。
「冷房。暖房。この緑が除湿です」
顔を上げると、ベルガールの顔がドアップで目の前にある。
オレンジ色の瞳は、カラーコンタクトだ。
「まだ禁煙なさってないのね」
「タバコを吸って好きに死ぬさ」
「肺ガンは苦しいですよ」
「その時はネットで拳銃を手に入れるよ」
「あら、便利」
ベルガールが突然僕の鼻の頭を舐めようとしたので、とっさに身を引く。
「非常階段は、廊下を右に、突き当たりです」
「さっき、見た」
僕の方を見たまま、後ろ向きにドアまで歩くベルガール。
廊下に出ると、右耳のイヤリングを外して床に置く。
「私のことを思い出したら、返しにきて下さい」
そう言って、ベルガールはドアの向こうに消えた。
書類鞄を置いて、イヤリングを拾い上げる。
薬指に填めてみた。
ピッタリだな。







エントリ13  千回曲がっても追いつけない     棗樹


 小諸に蕎麦を食べに行った。出てきた箸の匂いを嗅いで、従姉は地蔵のように固まった。運ばれてきた蕎麦とつゆの匂いを嗅いで、わたしも地蔵になった。食べ物を粗末にしない主義のわたし達は、それでも最後の一切れまで無言で蕎麦を啜り合った。おろしたての山葵だけが本物で、鮮やかな辛みと香りに救われる。
「さすが信州、山葵がうまい」
「蕎麦を食べに来て山葵を誉めてどうする」
 地蔵の声で従姉が言う。
「昨日食べた蜂の子炒めたやつもおいしかったじゃん。鯉こくも」
「どじょうの天ぷらと小松菜のくるみ和えもうまかったな」
 とろけるような目つきで従姉がつぶやく。
「長野の人って結構美味しいもの食べてるなって思ったよ。あと、おやきとか」
「おやきだな」
 従姉はにんまり笑って、薄い蕎麦湯をずるずる啜った。低い小鼻をそろってふくらませ、鼻孔に抜ける山葵の残り香を楽しみながら勘定をすませると、隣接するおやきスタンドに直行する。
「そば皮おやき、野沢菜入りのとあんこ入りの、五個ずつねっ!」
 長野に来てから13個目と14個目になるおやきをそれぞれ食べながら、千曲川沿いにぶらぶら歩く。千回曲がると書くくらいだから、なるほどくねくね曲がった川だ。何が釣れるのか、ゴムの胴長を着て胸まで水に浸かっている釣り人が大勢いて、橋の上に立って風に吹かれながら見ているのが面白い。吸いこんだ空気に稲穂と野葡萄の匂いが混じり、川の両側に広がる田んぼでは、川からの風にあおられて、雀よけのテープがきらきら光る。
「ばあちゃんちに似てるね、このへん」
 ばあちゃんちなんて、もう五年も行ってない。従姉はその上を行くはずだ。従姉は黙って川と空を見つめている。貴女はきっと、もう二度とばあちゃんちには行かないんだろう。
 不意に従姉が言った。
「一昨日、島崎藤村の本を読んだ」
 なるほど藤村は小諸の人で。で?
「あんまり暗い話だったから、最後にはどうにかなるのかと思ったけど、どうにもならなかったよ」
「全然どうにかならないんだ」
「全然どうにもならないんだよ」
 うなるようにつぶやいて従姉は19個目のおやきにかぶりついた。わたしも18個目のおやきにとりかかる。
 対岸の田んぼのわきに立つ赤い筒から煙があがって、雀おどしが三度鳴った。群がる雀は一羽も飛び立たない。高みを舞っていた鳶のつがいが次第に高度をさげてくる。本当にどうにもならないことには、千回曲がっても追いつけない。