第94回1000字小説バトル

01骨折り損のくたびれもうけ電子鼠999
02(作者の希望により掲載を終了いたしました)
03ラウラ紫生1000
04地上15センチの神話藤原ララ1000
05ショート千希1000
06砂場にドラゴンと美人の僕1000
07漫才台本『夏』Suzzanna Owlamp1000
08王女の恋越冬こあら1000
09羽根ぼんより1000
10大きかったカブごんぱち1000
11饅頭怖いながしろばんり1000
12Keep off carrot君繋1000
13魔王の指と春色の電気羊とむOK1000
14ねこにゴハン藤田揺転1000
    
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エントリ01  骨折り損のくたびれもうけ     電子鼠


 手の平の載るほどのサイズからは、想像も出来ないほど凶悪な音を放つ目覚まし時計。長針が指す数字は48。短針が指す数字は5。秒針が指す数字は56。そして、光を遮る役目を果たさないほど薄いカーテンからは、さんさんと朝日が差していた。
 秒針はおろか、長身すら微動だにしない。アラームの時間を示す赤い指針は、6時30分。

「……しまった」
 不運男、浮雲涼(うきぐも りょう)の11月3日は、この一言から始まる。


 時計が電池が切れとは何たる不運であろうか。いつもなら近所迷惑級の叫び声で叩き起こされるのだが。今日はその叫びを聞かない。
 他室で時間を確認。現在8時25分。完全なる遅刻。現在一時限目が行われている頃だろう。
「あー……。ヤバ」
 高校受験を控えた中学三年生にとって、特に浮雲のような偏差値下位者は、数学や英語の授業を一度でも休むと、次からの授業はお手上げだ。
 両親が旅行で居ない間にこんな惨劇が起きるとは。自分のぐーたらっぷりが表面に出た事件なのだろうか。いや、表面に出た事件だ。

 浮雲は寝巻きを放り投げるように脱ぎ捨て、学ランへと着替える。教科書がドッサリ入った重たいカバンを肩に掛けると、靴の踵を踏み、家を飛び出した。



「‘しーちゃん’じゃん。何故に?」
 今そう呼んで良いのか分からないが、通学バスの中での浮雲の第一声がこれである。
 ‘しーちゃん’とは、今考えさせる土曜ドラマとして有名な、『帝王の教室』で準主役として活躍している神田栞(かんだ しおり)の事だ。浮雲の通っている中学に在籍していて、現在中学一年生。自分も人のことを言える立場ではないが、こんな時間にこんなところに居ると、何故、と言わなければ気が済まない。しーちゃん私服だし。

 声を、掛けるべきか? よし、掛けるべき。仮にも有名人のこの人。小声で話しかける。
「しーちゃん?」
「ふぇ。あ、浮雲先輩。どうしました?」
 お、名前を覚えてもらってた。
「こんなところで何してんだ?」
「あ、はい。せっかくの祝日なので、友達と遊びに行こうと……」


 祝日。

「浮雲先輩こそどうしたんですか? 制服なんて着て。塾ですか?」
「あ、いや。……、あー、うん、塾」
「そうですかー、大変ですねっ」
 笑顔を作って言う。
 11月3日、文化の日。おっとしまったオーマイガっ。今日このドタバタは一体何?

「本当、今日は大変な日だ」
 浮雲も笑って呟く。バスは戻らない。

 そしてバスは出発する。



※作者付記: 1000字って、結構短いんですね……。苦戦しました。
『帝王の教室』とか『神田栞』とか、完全に某ドラマのパロディです。ご了承ください。






エントリ03  ラウラ     紫生


 ラウラのお墓に花が咲いた。
 花は蘭に似て優美だったが夢見心地に透けた白で、風もないのにフルフルとゆれた。ゆれて七色の花粉をフローラのいぶきのようにキラキラと舞わせた。
――なんと美しいことだろう。
 男はその花がラウラの生まれ変わりだと感じた。
 ラウラは金と青の瞳を持ったオッドアイの白猫で、ひと月ほど前の透きとおった朝、やさしい春の光と桜の花びらにいだかれ満ち足りた顔つきで鼓動を止めていた。男が抱き上げたときにはまだ温かかった。ラウラの命は短かったが、幸せに生きて幸せに逝ったのだと見抜いた男はほんのわずかも哀しまなかった。哀しむかわりに感謝の涙を滂沱と流した。
 ラウラの花はそれからひと月に一輪ずつ数を増し、冬になっても枯れることがなかった。
 丈はいつのまにか少女の大きさになり、十二番目の花が開くころには不思議にあやしい香りを放った。

 月の冴えた晩だった。
 桜が怖いくらいに満開で、ラウラは幻覚のようにあでやかだった。
 南国のフルーツに動物的な媚薬を調合したような、なんともいえない香りが男を誘った。男がラウラにそっと触れると、花冠のひとつがしなやかに口付けてよこした。にわかに脳が発光し、とろけるような快感が男を襲った。しびれた頭でラウラを抱きしめると、それに応えるかのようにいくつもの花たちが男のすべてを愛していった。愛し尽くしていった。悦びは際限がなく、波のうねりで男をさらい翻弄した。あってはならない天国を、男は見た。

 桜は一夜にして散った。その花びらのしとねに横たわり、男は安らかな夢を見ていた。やさしい春の朝。…生まれ変わるにはうってつけの。

 男は目覚めるといつものように朝食を摂った。胚芽パンのトーストに、トマトのスクランブルエッグ。ヨーグルトにはブルーベリーと蜂蜜を入れ、沸かしたての湯で淹れた紅茶のルビー色はいつでも男の朝に平らな時間をもたらした。いつも通りの平凡な朝。いつも通りの電車に揺られ、いつも通りに仕事に就いた。
「あら、カラーコンタクトですか? 」
 となりのデスクの女が言う。それには答えず、艶のある笑みを浮かべて男は誘った。
「今晩、食事でもどうです?」
 女は少し意外そうな顔をしたが、いつもと違って男が魅力的に思えたので快諾した。

 男は片頬に不思議な微笑をつくり、金目の方の耳でそっとラウラと交信した。
――ラウラ、ラウラ、愛しいラウラ。世界がラウラになればいい…。







エントリ04  地上15センチの神話     藤原ララ


 男は寝転んでいた。土の上に。
 何故? かは分からない。男はただ寝転んでいた。
 眼前15センチに迫る土の上には多角形の形状を持つ細かい石、地面から飛び出した様々な草の根の断片、それらが網膜を通し猛烈な視覚的刺激を男に与えていた。鼻腔に飛び込むのは雑草たちの草いきれ。名前も知らない雑草たちは自らが反射させる太陽の匂いを男に伝えようとしている。
 と、そこで男の眼前を一匹の蟻が横切る。後ろ足で蛾であろうか、その死骸をつかみ巣に戻ろうとしていると思われる蟻の動きを男は眼球だけを動かし追いかけた。蟻には男に気づいている様子は感じ取れない。いや、もしかしたら気づいているのかもしれないが、ただ自分が手に入れた獲物を巣に持ち帰り、仲間に与え英雄としての賞賛を得ることのみに自分の存在意義を見出しているかのように、その歩みその走りに淀みはなかった。
 男は寝転びながら自らの頭よりも上に伸ばしていた右腕にわずかに力を入れた。右腕は筋肉の収縮と共に行動を開始し男の眼球が追いかけていた蟻を同じように追いかけた。そして蟻に追いつく。ふわっと開かれていた掌にさらに力を込め人差し指のみを伸ばし残りの指は閉じて、つまり指差す形を作って、伸ばした人差し指の腹を蟻の背中に合わせそしてそのまま押し付けた。関節を反対側に曲げた人差し指は血液が一点に集まり俄かに白味を帯びた。音は何もしない。何もしないが男の人差し指には確かに蟻がつぶれる音が感触として伝わった。
 男は指を離す。そこにはつぶれた蟻の死骸とつぶれた蛾の死骸の死骸があった。蟻は死んだが、果たして蟻には自分が何故死んだのか理解することができたのだろうか、と男は考える。さらに男が考えるのは蟻にとって人間の存在とは何であるのかということだった。あまりに自分より大きな存在。それから与えられる理不尽な死。蟻は人間を生物として認識していないかもしれない。しかし確実にそれは己の存在を脅かすものであった。蟻には死の恐怖は実感としてないのかもしれないが、死の可能性は背中に貼り付けて生きているのかもしれない。
 そこで男はさらに考える。今自分は土の上に横たわっているが、それを遥かな高みから見下ろしている巨大な存在がいて男の動きを追いかけていているのかもしれない。そして吹けば飛ぶような気まぐれによって男に理不尽な死を与えようとしているのかもしれない。 
 男はまだ横たわっている。







エントリ05  ショート     千希


 起きて、頭に手を当てその感触の頼りなさに驚く。
 そうだ、なんのことはない髪を切ったのだと思い出して嘆息した。ついに切ってしまったのだ。それもやり過ぎなくらいに。
 顔を洗って鏡の前に立つと妙に幼くなってしまった自分が映った。ベリーショート。美容師さんにほんとにいいんですかと何度も念押しされて、それに何度でもいいんですと答えた。涙で化粧の溶けかかった私の目を気の毒そうに見ていた美容師さん。
「似合ってる、けどね……」
 呟いた言葉は負け惜しみではない。頭の形は良いのでなかなか格好良くはあるのだ。断じて、負け惜しみではない。
 食欲はなかったが食パンを少し齧って牛乳で流し込んだ。それすらうまく喉を通らず苦労して朝食を済ませ、クローゼットに向かう。昨日までのゆるい巻き髪にはよく合っていた洋服たち、淡い甘い色合いをレースに縁取られた彼ら。気に入っていたワンピースを着てみたけれどやっぱり似合わない。
 ため息をついてタンスを探り、仕舞い込んでいたジーンズを出した。それにシンプルなブルーのカットソー。
 それから洗面所でもう一度鏡に向かう。いつものくせで髪をまとめようとした自分に苦笑いして、ヘアバンドで前髪だけを上げる。泣いたせいで少し腫れぼったい顔をマッサージしてから、丁寧に下地とファンデーションを叩き込んでベースを作る。思案してチークはいつものピンクではなくオレンジのものを細く入れることにした。眉を描いて、それからアイメイク。ラインとマスカラだけにして色みは入れないことにした。唇にも控えめな色を選ぶ。
 そうして化粧を済ませ、姿見に映した自分はまるで昨日までとは違うように見えた。ちょっと男の子みたいにそっけない姿。でもこざっぱりとしていて悪くない。ふふる、と少し心が緩んだ。
 ベッドからぴるぴると音がした。掛け布団の中を探って携帯電話をとり、メールを見る。
『今日は一日付き合うよ』
 友達からの一行だけの簡素なメッセージに今度は涙腺がふるる、と緩んだ。でもまだ、こらえる。泣くのはもう少し後だ。
 せっかくしたメイクだけれど、今日は溶かし尽くすまで泣こう。泣いて泣いて、泣き尽くそう。そうしたらきっと顔が腫れてしまうだろう。でも、その腫れが引いた時にはきっと私はこのショートカットを好きになれる。この頼りない感触を愛しく思える。そう、心から思う。願う。
 目尻に浮いた涙を払って、車のキーを手に取った。







エントリ06  砂場にドラゴンと美人の僕     葱


 女になってみたかった。僕の友達は意気地のない奴ばかりで、落ち込んでいる男友達を慰めることは男にはできない、と思った。僕は単に情けない奴だ。ただ単にそうだ。

 モニターの中を長身の格好いい女性として歩く自分をうっとりと見つめた。名前はそのまま、ネギにした。エリカとかクミコとかアオイとか考えたものの、やっぱりオカマじゃないので抵抗があった。
 どんな服を着ようかワクワクするのなんて、現実世界ではあんまりない。男ものの服ってあんまり面白くないと言うか、センスがない、どれも同じだ、とかユニクロの女物のコーナーを見つつ思ったりするのは自分でもどうなんだろう、と思う。何でこんなに金がないのか。
 さておき、南国めいた季節を思わせる背景の中、タンクトップに透けたサテン生地で少しフリルのついた大人っぽい黒い半袖のシャツを羽織り、上品な感じのミニスカートをはいた美女=僕は、上機嫌で空を飛んでいた。よく出来たCGで、ボブの黒髪が綺麗に揺れる。
 小さな声が足下から聞こえた気がした。見下ろすと、手を振る人の姿がある。金髪の男だ。男の声をよく聞こうと、道路に着地した。
「あなた、初心者」
 男は笑顔で手を振りながら、近づいてきた。何で分かったのだろうか。一応僕も笑顔を浮かべ、手を振り返す。
「長い間空を通過したので。 何かをしましたか」
 男の声は抑揚が平坦だ。翻訳機が作動してるらしい。外人なのか。別に何もしてないよと答える。
「それは魅力的なアバターです。 現実さえそうですか」
 ナンパされているのだろうか。僕は何となくバツの悪さを覚えて、男だ、と答えた。金髪の男は、ろくろ首みたいになって、笑った。
「面白いプログラムがあります。 あなたは一緒にプレーしませんか」
 この場所に来て、少し開放的になっていて、僕はすぐに承諾した。金髪の男は、瞬時にドラゴンに変身して僕を掴み、雲の上の城へと招待した。空の旅はぞっとするほど綺麗だ。
 男は、ドラゴンから中性の騎士の正装めいた格好に変わり、僕に大きく胸の開いた真っ白なドレスを着せてくれた。彼からはビャクダンの香りがした。
「そのソファーに座ってくれますか」
 彼の言ったプログラムは性的なものだった。僕は自分でドレスの裾をめくり上げる。彼はまたドラゴンに変わり、猛るように炎を吐いた。
 ドラゴンに犯される美女である自分を見た。ドラゴンの激しい笑顔が、凄く女性的に微笑んだ気がした。







エントリ07  漫才台本『夏』     Suzzanna Owlamp


「はいどうもフューチャーズですよろしくお願いします!」
「いや〜暑まんなあ、元気でやっとりまっか」
「ぼちぼち始めまっさかいにまあ気楽に聞いてくださいね」
「海っ!」
「や〜砂浜を一人でテクテク歩いてたらすごく気持ちいい風っ!」
「やね〜まあブラインドから差し込む直射日光っ!」
「うっとうしいね〜、といえばもうお分かりですか?」
「空から雨が降ってきててやけに天気の兆しも危うい異常気象の話してまんねんで」
「まるっきり違うことゆうたろ」
「えっ? 勘弁してよ。異常気象の話しようぜ」
「セックスパンチが効いてる今度の金曜日に間接的に質問して答えられたらムーミン谷に秘密を鼻くそみたいに面白い極道の女達を見てから澄み渡る青空に岩々に囲まれた人々が死ぬ話したろ」
「長っ!」
「自分でもよく言えたと思います」
「詩文の絵を褒めるようなことして何が楽しいこともあるけれども」
「あほぼん!」
「バカタレ、君の贈り物は全部しょぼいもんばかられてるぞ」
「いいさ、オレも兄貴おまえも兄貴で兄弟喧嘩に猫も食わんやろ」
「えっ? 異常気象の話どこへいったん?」
「またアキネトンを飲んで震え抑えなあかん」
「また全然違う話してるわ、こいつ」
「あほぼん!」
「月の裏側はどうなっている?」
「防水加工が施されてるんと違うか」
「おまえ鬼の形相ゆうとったがな」
「一億円ではあるが、二億円ではない」
「なんぼほどかかっとんねん!」
「一等ではあるが前後賞ではない」
「あかんわこいつ、さまーじゃんぼ宝くじの話に夢中や」
「その心は1番先っぽしか狙ってない」
「異常気象わい!」
「うとうとしてたらばったり倒れて熱射病もすぐ治る」
「いやいや、せやなくて冷夏やとか暖冬やとかゆうてください」
「カレーうどん六百円はちょうどいいお値段でしょう」
「怖っ!」
「アメリカ産牛肉を百パーセント使用しております」
「ええから異常気象の話しようや」
「うっちゃうどんしかうってないぞ〜」
「うますぎー!」
「これお父さんが考えてん」
「弟が考えたのは?」
「Youたち今日から嵐だから」
「それ、まあうまいなあ」
「で? 俺本人が考えたのが…」
「なんやねんゆうてみぃ」
「しめ飾りに提灯ぶら下げとこか」
「下手くそ!」
「小笠原寿夫。世界で1番おもんない男である」
「そんなことないって」
「佐藤慎一郎。中学のときのツレであり、またよき理解者でもある」
「誰の」
「小笠原寿夫のよき理解者が佐藤慎一郎なのである」(××っ!







エントリ08  王女の恋     越冬こあら


 王女様が胸を焦がす恋のお相手は、暗殺者でした。
 ある晩、お城に忍び込んできた暗殺者の後姿を一目見て、ぞっこんに惚れ込んでしまいました。暗殺者は、王女様に顔を見せることも、王女様と言葉を交わすこともなく、沈着冷静に王様の寝室に忍び込み、眠っている王様の命を奪いました。
 王女様の恋のお相手は「父の仇」でした。

 王様の御葬式は、その死の一ヵ月後に、国を上げて盛大に執り行われました。列席した王女様は、叔父である大臣が、巧みに変装した暗殺者と式場の片隅で密談していることに気づき、さり気なく近づくと、会話を盗み聞きました。
「ふん、あの無能な王が死ねば、次はわしの時代が来ると思っておったが、出しゃばりな王妃が、女王になるとほざきおった。いいか、ここまで来たら後には引けん。次の新月の夜、王妃を殺せ」
 暗殺者は、黙って頷くと姿を消しました。

 新月の夜が来ました。王女様は、晩餐の席で母親である女王様にワインを大いに勧め、護衛の兵士達にも「ねぎらい」と称して地酒を振舞いました。兵士達は、勿体無くも王女様から直接注がれる地酒を恭しく押し頂いて、飲み干しました。
 そんな王女様の手助けもあり、真夜中過ぎに忍び込んできた暗殺者は、いとも簡単に女王様を仕留めました。
 王女様の恋のお相手は「父と母の仇」となりました。

 女王様の御葬式の席で居並ぶ国民を前に、王女様は自分が王位を継承することを宣言しました。

 月のない夜でした。真夜中過ぎの廊下を寝室に向かって来る静かな足音の主が誰であるかを王女様は知っていました。
 寝室の扉が音もなく開き、黒い人影が近づて来ると、王女様は人影を見据えて、仰いました。
「暗殺者さん、こんばんは。驚かなくても良いんですよ。私はすべてわかっています。父を殺し母を殺した貴方が、今度は私を殺す為にやって来たのですね。きっと、暗殺は貴方の天職だし、失敗は許されない。失敗は死を意味しますものね。良いんです。貴方は私を殺して良いんですよ。私を殺して、天職をを全うし、貴方が幸福になるのなら、貴方の幸福こそが私の幸福なのですから、どうぞこの胸をその刃で突いて、私の真紅の血を全身に浴びて頂戴。その時、私の愛は、私の国を越え、私の命を越え、永遠の祝福を受けるに違いありませんもの」
「あら、まあ、そうなの。そんじゃあ遠慮う無く、お命頂戴いたしますっ」
「って、てめえ女かよ」
「そういうあんたは、男なの」







エントリ09  羽根     ぼんより


 朝早く男から電話があって、おっとりとした調子で公園に行きましょうって言うから何となく付いて行ってしまった。
 車で十分強の公園にぽつんと二人。大きな公園で、ジョギングコースやアスレチック、釣堀に野球場なんかもある。隣には市の図書館が併設されていて休日はそこそこ賑やかになる。
 今は二人でぽつん。
 風が吹いてスカートがひらひらと舞う。新緑に包まれた公園は瑞々しくて、身体の中から潤っていっぱいになる。そう言うと男は、あら、そうって私にゆで卵をくれた。塩も醤油もソースもないけどいいよね。ゆで卵いいよね。ぷるんってしてるもの。殻の中から同じ色の白身が出てくるのが安心する。それはもう圧倒的な安心感。コアの部分は黄色いけれど、明るくてさっぱりしてこじんまりとした色。男はもそもそとゆで卵を食べながらジョギングコースを歩く。私は置いてかれないようにとてとてと付いて行く。手の中のゆで卵を大事に握り締めながら付いて行く。
 男はとても歩調がいい。このリズムは世界で私が一番評価してるだろうと、とてとてしながら思う。真似をしようと何度も試みたが、やっぱりダメだった。クラシックや環境音楽に似て非なる美しいリズム、音色。そういえば男は美しい。男と出会ってから繰り返し、繰り返し気づいて思い、今更、と呟く。不意に男の背中から私が見透かされてる気がして、上を向いた。青い空の下、緑のいい匂いがする。
 男があれ見てって言うので指差した先を見ると、花がたくさん咲いていた。白、青、紫、ピンク、ライトブルー、コーラルレッド。色とりどりに開いた花びらは朝顔に似ている。
「ペチュニアっていうの」
「そうなんだ、なんだかぺディキュアみたいね」
「そうだね。でもぺディキュアみたいに綺麗じゃないけど」
 きらきらと私の足に輝くペディキュアを想像してみる。何だかちんぷんかんぷんだった。
「綺麗じゃないけど好き」
「ペチュニアが?」
「うん」
「私もペチュニアの方が好きだと思う」
 何それと言いながら男はくすくすと笑った。
「ねぇ」
「何?」
「楽しい?」
 どこからかスズメの鳴き声が聞こえる。私は男の顔を見る。
「うん」
 そっか、と男は言ってまた歩き出した。そそくさと付いて行く私。男の背中はとても温かそうで、羽根が生えてきそうだと思った。
「お昼どうする?」
「そうだね、ペチュニアが咲いているところがいい」
 何それと言いながら、今度は私がくすくすと笑った。







エントリ10  大きかったカブ     ごんぱち


 畑の中に一つ獲り忘れられていたカブは、大きく大きく育っていました。
ネズミがそれを見つけ、引っぱり始めました。
 うんとこしょ、どっこいしょ。
 全然カブは抜けません。
「やや、ネズミ君何をしているんだい?」
 猫がやって来ました。
「やあ猫君、このカブを見つけたので、抜こうと思うんだ」
「へぇ、そんなに大きなカブが抜けるものかね」
「抜けるとも。ネズミってのは案外力があるものさ」
 ネズミはヒゲをピンと伸ばします。
「でも、ぼくもケチじゃあない。もしもチーズのひとカケラでもくれたら、手伝わせてやってもいい。抜けた時には山分けってことで、どうだい?」
「カブを山分けかい?」
「カブはいいよ、生で良し、煮て良し、炒めて良し」
 猫はカブを見ます。
見上げるほどの大きくて立派なカブです。この分だと一年だって食べていられそうです。
「チーズひとかけで、カブ半分か」
 猫は少し考えていましたが、神妙に頷きました。
「ふむ、分かった。手伝おうじゃないか。チーズを持って来るまでに、抜いてしまうんじゃないぞ」

 ネズミと猫がカブを引っぱります。
 うんとこしょ、どっこいしょ。
 まだまだカブは抜けません。
「何やってんだ、猫君、ネズミ君?」
「やあ犬君か、カブを抜こうとしているのさ。魚の一匹もくれたら、手伝わせてやるよ」
「カブは山分けさ」
 犬がカブを見ます。
 三分の一にしたって、たっぷり食べられる大きさです。
「なるほど、悪くない話だ、手伝おうじゃないか」

 ネズミと猫と犬がカブを引っぱります。
 うんとこしょ、どっこいしょ。
 やっぱりカブは抜けません。
 そんな様子を、子供が見つけ、母親が見つけ、父親が見つけ、隣の一家、向かいの一家、とうとう街中のみんなが引っぱる事になりました。
 うんとこしょ、どっこいしょ!
 それでもカブは抜けません。

 うんとこしょ、どっこいしょ。
 うんこらしょ、よっこらしょ。
「ん、お前たち、畑に集まって一体何をしているのだ?」
 そこへ、長老が通りかかりました。
「はい、このカブを抜こうとしているのです」
 皆が口々に言うのを聞いた後。
「お前たち、これは確かに大きなカブだが」
 長老は皆を指さしました。
「ここにいるみんなで分けてしまったら、ただの普通のカブの一つ分にもならないのではないか?」
 皆が顔を見合わせた時には、ネズミや犬や子供や最初の方にいた連中は、たっぷりの食べ物と一緒に、どこかへ消えていましたとさ。







エントリ11  饅頭怖い     ながしろばんり


 男が二人、線路端の道を歩いておりました。
「饅頭は怖いね」
「やだね、怖いものね」
 月は天空遥かに上り、この二人をじいっと見ております。
「まるいのが良くないね」
「ああ、ぽってりしてるのが不可ない」
 久々に顔を出したのに不愉快です。
 前の満月の日は大雨でした。
「たまに皴が寄っているのが癪だね」
「はじの皮がちょろげているのも汚らしいや」
 饅頭がなにをしたというのでしょう。聞いているのもいやになってあたりを見回しました。中央線が西へ西へと走っていきます。
「饅頭以外に何か怖いものがあるかね」
「そうだねえ、カマドウマはいやだね」
 カマドウマなんて久しぶりに聞きました。
「カマドウマなんて久しぶりに聞くね」
 男と同じことを考えていた月は、少しだけオレンジがかります。
「なんかさ、下駄箱の隅のところで三匹ぐらい寄り集まってこっちに尻を向けてじっとしてるの」
 月は、都庁ビルの方を見ているふりをしています。
「あれをみていると、なんだか俺の悪口を言われているみたいで」
「それはどうだろう」
 月は新宿中央公園の公衆便所の脇でカマドウマを散り散りに十七匹見つけました。長い触角が影を落として、何倍にも長く見えます。
「でもやっぱり饅頭は怖いよね」
「うん、まるいしな」
「まるいし」
 男たちはそれから黙って歩きました。

 きっとうとうとしていたのでしょう。ものすごい地響きに目を覚ますと、寝ている間にはるか東になった奥多摩のあたり、大きな饅頭がひとつ転がり出てくるところでした。暁を浴びた赤黒い巨塊はほぼ真っ直ぐに中央線沿線をたどって都心へ向かっています。饅頭が転がるたびに足元ではいくつもの爆発や炎上があって、無辜の東京都民が敢えなく命を落としていることでしょう。ですが、来てしまったものは仕方がありません。月は地平線に沈んでいく己が身を少し呪いました。
 するとその時です。朝焼の新宿中央公園の地面が弾けたと思うと、大きな大きなカマドウマが三匹も飛び出したのです。三匹はそれぞれ新宿西口の高層ビル群をなぎ倒しながら集まると、触角を摺り合わせてひそひそと、饅頭の悪口をささやきあっているのでした。
 いったいこのあとはどうなってしまうのでしょう。月は転がっていく饅頭を見送りながら「きっと夜中のあの男の人は恐怖で発狂しているに違いない」と思ってなんだか愉快でした。ようやく満足した表情で、だんだんと夜明けの光に消えていきました。







エントリ12  Keep off carrot     君繋


 ニンジンを万引きしたクラスの生徒を警察に引き取りに行った時、そいつはニット地の真赤なワンピースタイプの服を着ており、膝上20センチのミニから生えた白く健康的な足がおれの目を打つもんだから、頭の中にハエが一匹迷い込んだような頭痛と混乱に見舞われた。誰か人間に無害な殺虫剤を持ってないか? 耳から吹き込んでくれ。無ければ頭痛薬でいいや。
「その服にニンジンって、趣味か?」
 尋ねると生徒の顔の色は着ている服とおんなじになって側に立っている警察のおじさんまでなぜ赤くなる?
「先生ヤダ…」で俯く生徒。横でもじもじするおじさんが泣きそうな顔でおれを見た。
「早く連れてってください」
 そう言うんならそりゃ連れて行くけどさ。なんなのよ。とにかく、すいませんでした。ウチのバカがご迷惑をおかけして。ほら、お前も頭さげろ。
「いえ、いいんです。うん」
 おじさん明後日の方を向いてうなずくもんだから、じゃあま帰りますか。


 にしてもその服似合い過ぎだな。そういや腹減ってないか? 飯でも食ってくか?
「ねぇセンセ?」うん、なんだ?
「おじさんのね、あのニンジンさんよりおっきかったよ。エヘ♪」
 やれやれ。それ、取調べの時ですか? もうハエなんてもんじゃないね。胃の中でハリネズミ飼ってるみたいだ。あのな、いいか、よく聞くんだ。すごく大事な事だ。17歳にもなったごく普通の『男の子』はそんな可愛らしい格好はしないし、『エヘ♪』なんて危うく意識を掠め取られて電柱に頭をぶつけそうになる台詞は言わないの。わかった?
「ボクが本当の女の子だったら、おじさん最後にあんな顔しなかったよね?」
 まぁそうかもな。って返事はどうした。
「おじさんの奥さんね、帰って来ないんだって。ボク、悪い事したかな? ニンジンは悪かったけど、おじさんに悪い事したかな?」
 誰かを元気にできるお前はちっとも悪くないさ。だがそれにはニンジン的じゃないやり方だってある。お前はただあの人を元気付けたかっただけか?
「ボクね、センセ、笑わない?」って言う伏し目のお前はもしかしたら女の子より可愛いから笑えないさ。
「ボク、本当の女の子になりたいんだ」
 もちろんおれは教師だからこう言うんだが、例えば大国の大統領でもプロ卓球選手でもテロリストや銭湯の番頭だったとしても同じ事を言うよ。
「お前ならなれる。だからやっぱり笑っとけ」
「うん。エヘッ♪」
「ただし、ニンジンは控えめにな」







エントリ13  魔王の指と春色の電気羊     とむOK


 魔王の指と異名をとる彼女が、開発部長として支社に戻ってきた。どんなに壊れた玩具でも甦らせる伝説の指の持ち主だ。ぼさっと朝礼に集まった小汚い作業服の俺たち下っ端研究員の前で、上品な黒いスーツに身を包んだ彼女は、きれいな指を重ねて一礼した。
 入社した頃から彼女は有能で、先輩が開発中の玩具のバグを次々修正し、見事に商品化していった。その指を見込まれて本社に引き抜かれてからは、組織の修理屋として支社を転々としていた。彼女の赴任先は見違えるように新製品を開発し、業績を上げていった。
 魔王の指は、俺と同期だった。
 仕事に戻った俺の前に彼女が現れた。きっちり結い上げられた髪にとまどう俺の腕の中で、桜色の毛糸玉がめえええと鳴いて彼女を迎えた。愛玩用の羊ロボットだ。まだ試作段階で、よたよたと首を振る仕草は「赤べこ」のようだ。小羊を抱き上げた彼女は、瞬く間に毛糸玉の奥から基盤を探し当ててパソコンに繋いだ。魔王の指がキーボードの上で滑らかに踊ると、桜色の小羊はことんと頭を垂れてすやすやと可愛らしく眠りはじめた。
 玩具に対する熱意も技も相変わらずだった。でも俺と電気羊の夢を一緒に見ることはないだろう。彼女の指には、本社御用達の首斬り鎌が握られているという噂だった。
 週末には歓迎会が開かれた。狭い飲み屋の窓から生暖かい夜風が入ってくる。気楽に憧れる若手研究員達や保身に走る上司を指先で軽くあしらっていた彼女はやがて俺の隣に座った。少しだけ頬をピンクに染めた彼女は、卸したての春物セーターに包まれた俺の腹をなで始めた。
 若く情熱的だった彼女の指は、俺を細胞まで分解するかのように触れた。そんなくすぐったさも好きだった。今その指は、年相応に緩んだ俺の腹の上で自分が不在だった時間を辿る。
 俺は無意識に彼女の髪に手を伸ばした。整然とセットされていて、七年前とは指触りが全然違う。徹夜仕事の後に二人でシャワーを浴びて、タオルで拭いただけの彼女の髪を結わえてやった。それだけのことで満ち足りていた。生き方はそれぞれと言い訳して諦めた俺と違って、彼女は年上の男達に舐められないよう精一杯生きてきたのだと思った。はりつめた彼女の髪を、俺はなで続けた。
「まだ捨てたもんじゃないわね」
 顔を上げた彼女はほとんど上司の顔に戻っていた。俺は頸を押えて見せる。笑った彼女からかすかにシャンプーの匂いがして、懐かしく鼻をくすぐった。







エントリ14  ねこにゴハン     藤田揺転


 ねこにゴハンあげたい。
 痩せた、でもできるだけ身奇麗なのらねこがいい。
 そいつは座っていて、後ろ足のかたっぽを舐めて毛づくろいしている。
 ぼくが近づいていくと、ぴくりと顔を上げてこっちを見る。
 ぼくがねこから2メートルくらいの所にしゃがもうとすると、すたりと飛び起きて反転して、こっちの様子を伺う。
 ぼくはどっかから小さいお皿とねこのゴハンをとりだして、しゃがんだぼくの膝から手の届くだけ離れたところに、できるだけそっとそれを置く。
 ねこはぼくの動作の一部始終をじっと見つめている。
 ぼくは膝を抱えて、ぼくの親しみオーラがねこに届くように、やさしい気持ちとはどんなものだったか、体が思い出そうとするのを感じている。ちょっと目を背けたりも、する。
 ねこはゴハンをじっとみている。
 間。
 ねこは再び座って、今度は股を広げて毛づくろいを始める。
 ぼくは、ねこはお腹がすいていないのかしらんと思い始める。
 再びの間。
 ねこは突然顔を上げて、あらぬ方向をじっと見つめる。ぼくもそっちを見るが、路上。風に梢が揺れている。さわさわ。
 ねこが動くので見ると、股の所をもうふた舐めして立ち上がった。にゃあと鳴く。ぼくの方は見てない。ひとりにゃあだ。
 ねこはななめに歩いて、途中で止まって、自分の前足をちょっと上げたまま注視して、ぺろっと舐める。足を置いて、地面の匂いを嗅いでいる。アスファルト。
 ねこはふたたびにゃあと鳴き(今度はこっちの足元を向いてる)、お皿に近寄って匂いをかぐ。くんくん。ぼくの目を見る。
 たべ始める。
 安心して、ぼくは自分の体がふわっとわらうのを感じる。
 タバコでも吸おうかと思ってポケットを探るけど、しゃがんでるので取り出せない。ぼくはねこに気を遣いながらそろそろと中腰になる。ねこはたべるのを中止して、じっとぼくを見る。
 タバコに火をつけて煙を吐き出す。ふぅっ。ねこはぼくから目を離し、座ってお腹のところの毛づくろいをやりだした。お腹は白いね。
 ぼくは二口目を鼻から吐き出し、顔を上げて空を見る。白く曇っている。小鳥が飛んだり鳴いたりしている。ぱたぱたぱたっ。ちちちち。チュン。ちゅん。
 ねこはまたゴハンをたべだす。ぼくはもう全身がやさしくなっていて、鼻をこすって、満足の小さな溜め息をつく。タバコの煙がふわっとして、湿ったような風が撫ぜていく。
 ねこはゴハンたべてる。