第99回1000字小説バトル

01(作者の希望により掲載を終了いたしました)  
02鬼ブッダ電子立国 デビュー1000
03紅蜘蛛紫生1000
04バジルと台風弥生1000
05ルーズ&ルーズとむOK1000
06私はロボット越冬こあら1000
07オレ検定ごんぱち1000
08父親アイデンティファイ。21CB1000
09ロイズるるるぶ☆どっぐちゃん1000
 
 ■バトル結果発表
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エントリ02  鬼ブッダ電子立国 デビュー     葱


 ああ、これ、海だ。暗い深海に僕は浮いてる。体中に果てしなく重い水圧がのしかかる。目の前をギザギザした発光体がちろちろ動く。特徴的なトゲ、仁王像に似て垂れ下がった唇、鋭い歯。ヒレナガチョウチンアンコウだ。ゆっくりとフェードアウト。途端、レーザー光線が視界を横切る。終わらない照射。長細い胴体。太刀魚? なわけない、あのたてがみとでも言うのか、触覚? これ、リュウグウノツカイだ。生で見られるなんて。こんな世界でも生物がいる、人間が生きてる、不思議だなぁ。
 パタパタバタバタ、耳を打つトーン信号。声? 自分のすぐ真横に迫り来る巨大な影。巨大な目。急激に轟く咆吼。ビルより高くふくれあがった赤ん坊を想像する。想像は外れた。クジラ。あの一瞬見えたWの形に曲がりくねった口元は多分、セミクジラだ。クジラ、近くにクジラがいるのか。クジラに触れる、捻る、あり得ない憎しみの悲鳴。もっともっと捻る。
 自分を心から振り向いてくれない肉体だけの女の乳首を捻るみたいに。
 ていうか、冷たっ!

 急激に盛り上がるドラム。ドンとかじゃなくてガシガシいってる。塚ちゃんやり過ぎ。破れてるし。よく見たら焦げてる? 嗅いだらゴムの耐えられない臭い。え、ワイヤレスさん燃えてる。ダンサーの二人がたいまつ持って走り回ってた。神童さんの目が逝ってる。常識人のフリオがライブハウスのスタッフや四人しか残ってなかった客と一緒にバケツリレーしてる。ギターの陽子が渋いリフをつま弾く。サリンジャー&塚ちゃんのリズム隊と三人で無我の境地。
「ワヤワヤワヤヤヤヤア!」
 リーダー・ワイヤレス恐らく生涯最高のシャウト!
 待て待て、僕のシンセが漏電してる!

 リーダーを乗せた赤い回転灯の光が、緊張の糸を切った。
 残された七人は、店長のはからいで警察沙汰だけは逃れた。かつてアンダーグラウンドの雄と呼ばれた店長はさすがに懐が深い。
「元気があって良い。少し若い頃を思い出したよ。だが二度と来んな」
 僕は店長に千尋の谷の親獅子を重ねることによって、ポジティブに生きることにした。
 足もなく、暗いビジネス街を歩きながら、人が変わって女の子らしくなった陽子がつぶやく。
「お見舞い、行った方がいいのかな?」
 皆、何も言わない。僕は幸せについて考えてた。幸せはいつ来るか、もう来てるか、どこへ行くのか。
「大丈夫じゃない?」
 明るく塚ちゃんが笑った。
 根拠は多分、ない。 







エントリ03  紅蜘蛛     紫生


 秘密クラブ「奈落」では、今宵も酔狂な催しが開かれていた。

 女が踊っている。ヴェネチアのカーニヴァルで見るようなマスクをつけ、おおよそヌード能でも真似たのであろう、ヴェール一枚まとわぬ裸体だ。
 どこだか南方の民族音楽とおぼしき音色にあわせ、くねくねと身をよじり震わせしなり、波のように風のように大きく小さくうねっては回る。
 真っ白な裸体。傷ひとつ黒子ひとつ見当らない。その右肩に蝶がいる。青紫と緑青が目に鮮やかだ。蠱惑的なアゲハの刺青。それは女の動きに合わせて、羽ばたいているかのように見える。喘いでいるようにも見える。そして嘲笑っているようにすら、見える。
 私はこの女を知っている。もう十年以上も前に一度だけ会ったことがある。
 顔など見なくとも、あの蝶を忘れることは決してない。

 当時の私は蝶にいかれていた。蝶の写真と標本に囲まれて暮らしていた。
 ある夏の日、前を歩くベアトップの女の肩にその鮮やかな色彩はとまっていた。女の動きに合わせ密やかに呼吸するそれに、私は思わず手を伸ばした。すると、女が振り向き何か言った。なに、蝶? きれいでしょ。多分そのようなことを。当時人気があったハーフの女優に似ていると思った。気がつくと女のアパートにいた。ランドセル、そこら辺に置きなよ。そう言われたのを覚えている。よく冷えたコーラーを飲みながら女は言った。この蝶はね、蜘蛛の巣にかかってんの。永遠の半死半生さ。そんなはずはないと、私は怒った。こんなにきれいな蝶が蜘蛛になど捕われてよいわけがない、と。私は蝶を救いたかった。女が私に飽きてうたた寝をはじめる。その顔面に煮えたぎった湯をぶちまけた。女がギャーという叫び声を上げて狂ったように身を躍らせるのを珍しい蝶を捕獲したときのように眺めた。女の肩で蝶が羽ばたく。狂喜の舞を踊る。私は嬉しかった。と、その時女の背には、紅い蜘蛛と紅い蜘蛛の巣が……。

 音色はコンガ、笙、テルミン、ハープ、三味線、ピアノ、エレキ……と、無節操に変化した。祈るように呪うように、そして今、鋭いロックにあわせ炎に焼かれる妖姫のように激しく踊る女の背には、あの不吉な蜘蛛の巣がはりめぐらされている。女の体温で浮かび上がる隠し彫りの紅が。
 平静を失い直視できない私は、しかし、やがて正目に見るだろう。なぜなら、私こそがあの夏の日からこっち、紅い糸にかかったままの哀れな虫に過ぎないのだから。







エントリ04  バジルと台風     弥生


 テストの1週間前に「ノート貸して下さい」なんて、「うちまで届けてください」なんて言う女は、関わると面倒なことになる。だからインターホンを押す前に、いや、それよりもっと前に、逃げ出したくなるくらい嫌な予感がした。
 ドアをあけて部屋に入るなり日本じゃない匂いがした。日本的な匂いなんて知らないから、本当は日本じゃない匂いなんて定義できない。ただ、もしも平安時代の貴族の袖口からこんな匂いがしたら、なんていうか興ざめだ。あなわびし、だ。人の部屋で鼻をつまむわけにもいかないから、とりあえず口呼吸してみる。それでも空気が鼻から僅かに抜けていくと、
「地中海」
 女が首を傾げたから、ここ、と足元を指差した。それでも分からない、と言いたそうにこっちを見つめている。そうか、面倒な女と話すときは文章にしなきゃ伝わらないのか。
「ここ、刺激的な匂いがするから」
「バジルだから地中海かあ」
 部屋の隅に置かれたプランターがこの強烈な匂いを放っているらしい。生き生きと天井に向かって伸びているそれは、目が眩むほど鮮やかな緑が真っ白な壁によく映えていた。ジャックと豆の木に出てくるそら豆の木みたいに、この部屋の天井を破って雲の上まで伸びていくとしたら。さっきからリアクションの薄い女が慌てふためくのを想像して俺はにやりと笑った。
「台風がきた日からここに置いたままなんです」
「外に出さないの?」
「移動させるのめんどくさいから」
 結構重いし、それにここでも育ってるし。と呟いて母親に叱られた子供みたいに俯いた。
「めんどくさいけど、育てたいんだ?」
 部屋の空気が一瞬凍ってまずいと思ったが、叱られた子供をさらに追及するみたいに、女を上から見下ろして言った。女は肩下まで伸ばした黒髪を左手で触りながら媚びるような上目遣いで
 「だって、ハーブとか育ててる子って、なんかそれっぽくないですか?」
 納得はしなかった。ただ、それが答えなんだろうと思ったから頷いた。そして念のために言ってみる。
「それっぽくても部屋がバジルくさいと嫌煙されると思う」
「じゃあ、ベランダに出すの手伝ってください」
 返事をするより先に女はベランダに通じるガラス戸を開ける。部屋に吹き込んだ風が多分何日かぶりにカーテンを揺らした。
 気づいたら女と俺は中腰でプランターを運んでいた。こうなることは、インターホンを押す前から、いや、もしかしたらその前から、予想出来ていた。







エントリ05  ルーズ&ルーズ     とむOK


 公園で休んでいたら、ルーズソックスに声をかけられた。
「おじさん、ヒマ?」
 そいつは蛇の脱け殻みたいに薄汚れていて、くしゃくしゃの腹を動かして履き口のところでたるそうにしゃべった。なにしろルーズソックスだ。俺が返事をする前に、そいつは芋虫のような動きでベンチに上がり、俺の隣にとぐろを巻いた。
「心配すんなって。少し話そうよ」
 三十年弱の俺の人生経験が、そいつが話の通じる相手じゃないと語っていた。好きにさせよう。飽きたらいなくなるだろう。
「リストラ?」
「営業だよ」
「売れてんの?」
 余計なお世話だ。俺は黙った。
「ねえ、おじさんの夢って何?」
 そもそもこいつらを履いてた女達と俺は同世代のはずだが、どうせ言っても通じないだろう。
「もう、見ないな」
「昔は見たの?」
「まあね」
 昔の夢か。そんな前の話じゃない。俺の会社の商品は業界で評判だった。作れば作るだけ売れるのが嬉しかった。でも俺の仕事は結局、重箱の隅をつついてこねて作った物を、色違いの重箱に詰め直して売ることだった。俺がずっと見ていた夢は、賞味期限の偽装された夢だった。
「煙草、くんない?」
 俺は煙草に火をつけて渡してやった。そいつはゴムが切れてたるんだ口をすぼめて煙草をくわえた。
「あたし、半永久的に生きるんだって」
 煙が空に長く伸びて、消えた。聞けば悲しい身の上で、とある店に売られた後、あちこちを転々とし、挙句に悪い人に改造されてしまったのだそうだ。
「あたしのこと履いてるヤツなんて、もう誰もいないのにね」
 俺はうつむいた。すり傷だらけの営業鞄が、くたびれた靴の傍に転がっていた。
「やだ、マジになんなよ」
 そいつは足の裏の方で俺の腿をぺしゃんと叩いた。趣味の合う人なら蹴られたとか踏まれたとか喜べるんだろうけど、どちらかといえば古雑巾ではたかれたようだった。こいつは戦友だ、と俺は思った。
「俺が履いてやろうか」
「は? ざけんな」
「遠慮すんなって」
「遠慮じゃねーよ、金払え」
 俺は学生時代に繰り返した他愛のない騒ぎを思い出した。重箱の隅からつつき出されて、少しの金と交換される、それきりの夢に俺らは暮らして、今じゃろくでもないものばかり残ってる。だけど、全部を売っちまったわけじゃない。
「まあ、何とかやっていけるさ」
 俺はのびをして、空を仰いだ。そいつは体を引っ込めて口のあたりをもごもごさせた。よく聞こえないけど多分「うわ、ださ」だと思う。



※作者付記: 越冬こあらさんから「サイボーグもの」リクエストがありましたので、お届けします。






エントリ06  私はロボット     越冬こあら


「カン吉さん、もっと早くにお話すればよかったんですけど、実は私、ロボットなんです」
 昼下がりの社員食堂わきカフェテラスで、ツキ子は事もなげに語った。私は掬っていた砂糖を少なからず取りこぼした。

「……最初は、職場のみんなといたずら半分に『もっと自由に恋愛すべきよ』とか『ターゲットを広げないと』とか言ってて、そのうち誰かが『外の男性とも付き合ってみようよ』なんて無謀なことを言い出したんで『だめよ、すぐにバレちゃうに決まってるわよ』とか話しているうちに、なんとなく私が代表して試してみるような話しになって、コネ子さんが、主任に尤もらしく取り次いで、結局、勢いと茶目っ気で……」
 私に声をかけ、デートしているうちに、なんとなく本気になってしまって、前回のようなことになったのだと、ツキ子はドンドコドンと語った。無茶な話である。私は言葉を失った。

「だから、これ以上の関係を求めるとか……つまり、結婚とか、家庭とかそういう希望はないんですが、このまま、普通のカップルとしてのごく普通の交際を続けさせて欲しいと、もちろんカン吉さんが私を……つまり、何と言うか、そういう相手としてふさわしいと……『好きだ』と思っておられる間だけで結構なんですが、そういう交際を続けたいと思うんで……やだ、あたし何を言ってるのかしら、こんなことを言う女性は『鬱陶しい』ですか」
 語尾が弱く終わる独特の疑問調とともに、こちらに視線を投げてきた。私は返す言葉もなかった。どう言えば良いのだろうか、どう説明すれば、わかってもらえるのだろうか。考えると体が熱くなり、無意識のうちに指先が動き、バサバサと空を切った。
(数えたい!)
 この内的葛藤はツキ子に知られてしまっているだろうか、鉄の塊のロボットにそこまで感知することが可能だろうか。果たして、私の動きや外見を分析し、私の感情を読み取るようにプログラムされているのだろうか。ツキ子の中のセンサーやCPUの動きを思うと、今更ながら、ロボットとの交際を息苦しく感じた。 しかし、一方では、そんな壁を乗り越えようとしているツキ子の姿も健気に感じた。バサバサバサ、矛盾だ……ピィー。

「あれ、今度はこっちが固まっちゃったよ。やっぱり機種が違うとだめなのかなあ」
 そう言うと係員は溜息をつき、キャスターに載せた餅つきロボット【ツキ子】と隣の札束勘定ロボット【カン吉】をつないだケーブルを引き抜いた。







エントリ07  オレ検定     ごんぱち


「あー、やれやれ、やっと昼か」
 十二時になると同時に、蒲田雅弘は椅子から立ちあがって伸びをした。
「四谷、昼飯何に――」
 ちゅぅぅずずずず。
 四谷京作は、ウィダーインゼリーを一気飲みしながら、パソコンを操作し続けている。
「なんだ、昼休みも仕事――な訳ないか」
 四谷の頭越しに、蒲田はディスプレイを覗く。
「あのなぁ、エロサイトも程ほどにしとかないと、セクハラ呼ばわりされるぞ?」
「んなもん会社で見るか!」
「だって、お前のマシンのブックマーク、エロサイトいっぱいじゃん」
「ブックマークが付いてるからと言って見た事になるんですかー! ブックマークは、URLさえ知ってれば、サイト見なくても作れますー」
「その強気発言は、どんな大物弁護士の後ろ盾によるものなんだよ」
「民事は有罪でも、刑事は無罪だー!」
「で、実際何やってんだ?」
 まじまじと蒲田はディスプレイを見る。
「見ても良いけど、答えを2ちゃんでばらまいたりするなよ?」
「心配ってのは、可能性のありそうなもんに対してするもんだろうが――ええと、出身地、趣味、好みの揚げ物、好みの女子アナのタイプ、好みの女性アニメ声優……」
 ディスプレイには設問が並ぶ。
「ネットの『マイ検定』に投稿するんだ」
「あー、そんなのあったなぁ。ガンダム検定とか、死語検定とか」
「うむ、そういうヤツだ」
「でも、これ……お前の事ばっかりじゃないか」
 全ての設問の頭には「四谷京作の」と付いていた。
「そりゃあ、四谷京作検定だからな」
 四谷はキーを叩く。
「よつや……なんだって?」
「四谷京作検定」
「ちょっとおじさん耳悪くなった気がするんだけど」
「四谷京作検定、だってば」
「聞き間違えてねえ……」
「恋をすると、相手の事を知りたくなるもんだろう? とすると、これに答えられる女性は、オレの事を愛しちゃってるに違いない。言わば、現代のシンデレラのガラスの靴、割れたハートの片割れ、貝合わせ、勘合貿易!」
「……煮詰まってんなぁ。紹介できる医者があると良かったんだが」
「正常だよ、まともな神経だよ! 愛する事に疲れたから、愛されたくなったんだよ!」
「シャレで済まそうとしてんだから、涙目になるな。マジで心配になる」
 蒲田は出前用メニューを確認する。
「あのなぁ、色々とツッコミどころは多いんだが、何よりも、これを発表したとしても、だな」

「全問正解したわよ、うふ」
「……分かったから何度も言うな、オフクロ」







エントリ08  父親アイデンティファイ。     21CB


「お母さん・・・お父さん、ホント頭に来るんだけど・・・何なの?私の事なんていちいち会社の人に言わなくって良くない??それに第一、弓道の試合は、出場校が少ないから最初から都大会だってのにさ『うちの娘は、今度、都大会に出るんですよ』とか、得意気に話してるんでしょ?もうめっちゃ恥ずかしいんだけど。」

お父さんなんか大っ嫌いだ。そもそもオヤジが、ホント嫌い。臭いし、ダサいし、デリカシーないし。なんなのあの生物って?消えてくれって感じ。特に、お父さんは最悪。超メタボだし。靴下は異様に臭いし、お父さんの入った後のお風呂なんて汚過ぎる。湯船のお湯は妙に濁ってる感じがするし。親は選べないって言うけどさ、少しぐらい選ばせろって思うよ。人生のスタートからハンディキャップ?全く人生は不平等だ。

「ただいま〜、いや今日も疲れたよ。」

帰ってきた諸悪の根源。別に、疲れてるのはお前だけじゃないし、そもそも私は、お前の事で疲れてるんだ。ホントウザイ。

「これ、買ってきたんだ。いや、下がけって言うのを買ってやろうと思ったんだけど、お前の手の大きさが分からなくてな・・・。」

差し出された小さな紙袋に入っていたのは、小さな的と弓のおもちゃの付いたストラップ。

「お父さん・・・ダサい・・・センス無い・・・。」

と言った私を見て、なんだか喜んでる。本気でキモい。何?Mなの???

「どうだ?久しぶりにお父さんと手の大きさでも比べてみないか?」

何なの急に?本当にキモい。キモいを通り越して本当に気持ちが悪い。

「・・・。何、急に・・・キモイ・・・。」

そう言って私は自分の部屋に戻った。お父さんは何でか笑っていた。

部屋で私は自分の手を見た。そういえば、小さい時、よくお父さんと手の大きさを比べていた。あの時は何故だか、お父さんの大きな手が好きだった。いや、あの時は手だけじゃなくてお父さんが大きく見えたのに。別に今のお父さんが小さくなったって言うわけじゃないけど。何時からだろう。お父さんと手の大きさを比べなくなったのは。何時からお父さんをこんなにウザく思うようになったんだろう。

私は、貰ったストラップをもう一度見た。やっぱりダサいし、子供騙しにも程があると思ったけど、何となく携帯に付けた。やっぱりダサい。でも、明日だけ付けて上げようかと思った。

明日の試合が、もし良い結果になったら、ちょっとお父さんと手の大きさを比べても良いかな?と思った。







エントリ09  ロイズ     るるるぶ☆どっぐちゃん


「ロイズ、というバンド名の由来というのは?」
「ロイズチョコレートとおんなじだから。チョコレートと間違って買ってくれるかもしれないって思ってね。実際どっかの馬鹿が買ったみたいだよ。馬鹿みたいな話だけどね」
「はは」
「あはは、まああれだね、くだらない話だよ。くだらないくだらないくだらない。でもそんなバンドでも結構売れて良かったよ。今は一応普通に暮らせてる。一年前はそんなことは想像も出来なかった」
「そうですか」
「そうだよ。貧乏だったんだぜ。だから必死に稼がないとね。こうやって。路地裏に誘って、しゃがみこんで、くわえこんで、むしゃぶりついて。口に出されたのをアスファルトに吐き出して。今は普通に暮らせてる。一年前は想像もしなかった」
「良く聴く話ですね。あなた方の沢山の伝説の。本当かどうかは知らないけれど。でもそんなことどうでも良い。くだらない話だ」
「舐めてみる? ねえ、オレのコレ、舐めてみる?」
「売れましたねその曲。ありきたりな歌詞です」
「舐めてみる? ねえ、オレのコレ、舐めてみる?」
 じぃ。
 ズボンのジッパーが引き下ろされた。
「くだらない話だ。くだらない。ありきたりだ。あんた達の曲もそうさ。誰かの真似。誰かの軌跡。誰かの記憶」
「理沙。こいつにドレスを着せてやれよ」
「解ったー」
 鏡の前に男は座っていた。いつのまにか全ての衣服を取り払われて。
 横には小柄な金髪の若い女が立っていた。
「綺麗な顔。小さいねえ。小顔だ。二重だし睫毛もこんなに長いし、あ、足上げて、パンツは白ね、良いねえ足も綺麗。ブラジャーは初めて? とりあえず今日は詰め物だけね、はい万歳して腕通すから。ウィッグはこれかな。化粧は薄めで、と。うわあ凄い可愛い! このドレスあげるね! 凄い可愛い!」
「舐めてみる? ねえ、オレのコレ、舐めてみる?」
 男はドレスを着て化粧を施され、男の前にひざまづいていた。
 夢中で夢中で、夢中で目の前に突き出したソレを舐めていた。しゃぶっていた。吸っていた。はむぅ。ちゅむ。。はむ、はむ。
 どくん。
 何かが弾ける。
 顔にどろりと精液が飛び散った。
 パシャリ。
 フラッシュが瞬く。
「何のつもりですか? その写真で、強みでも握ったつもりですか?」
 男は立ち上がり、よろりとソファに倒れこむ。
「脅迫でも?」
「いや、ただの記念だよ。本当に。ただの記念さ」
 静かに、男の口の中へ精液が伝っていく。
「ただの記念さ」