第10回1000字小説バトル
Entry37
夫が桃と浮気をしているのを知ったのは、通勤鞄のチャックつき ポケットの中に、たまたま何かの拍子に手を深く突っ込んで、メモ とテレホンカードを見つけたときだった。 「電話してねっ。待ってます!」と、桃のチラシ柄の透かし模様の 入った紙に、丸文字。そのメモにはハワイアンダンサーズの写真の テレホンカードが挟まれていた。「スパリゾート・ハワイアンズ」 にでも行ったときの土産なのだろう。 夫は、わたしの追及を暫くはのらりくらりとかわしていたが、そ んなダサいテレカをよく渡せたものだと嘲笑された途端、顔色を変 えて怒り出したので、あっさりとばれてしまった。 「別れてよ」とわたしは言った。 「うーん」と夫は言った。 どうも未練があるらしい。 そんな会話を何度もくり返す日々を何度も何度もくり返した頃、 桃が話をしに来ると言ってきた。どうやら本気らしい。なんてこと だ。桃がわたしの夫に本気なのだ! なんてことだ! 「奥さん」と、桃は、出されたこぶ茶を小さな音をたててすすって から言った。 「なんでしょう」と、わたしは落ち着き払った態度で答えた。 「うふ、あの、うふ、あたし、ご主人と、あの」 桃はうつむいて首をわずかに左右に揺らしながら、さも遠慮して いるような口調で続ける。 「早くおっしゃってくれないかしら」 わたしは、背筋をぴんと伸ばして妻の威厳たっぷりに言い返す。 「あのね、奥さん、ちゃんとね、聞いて下さるかしら」 「聞いてますわよ、どうぞ」 「うふ、じゃ、言わせてもらいますけど」と、桃はうつむかせてい た顔を上げて、わたしを正面から見つめる。途端、やわらかそうな ピンク色の肌がわたしを刺激する。 「ご主人とあたし、愛しあってますの。うふ、おわかりでしょ?」 わたしは歯を食いしばって桃を見返す。愛しあってる! 桃と夫 が! よりによって桃と夫が! 「主人は遊びだと言ってましたわよ」と、かろうじてわたしは答え る。桃が、にっと笑う。わたしを。妻のわたしを。 瞬間、わたしは夢中で桃の顔につかみかかる。桃の、やわらかな 産毛につつまれた肌に、爪をたてる。薄い皮がつるっと剥けた。白 いつやのある肉があらわになる。甘い香り。拍子に、夫と桃がから み合っている姿が、わたしの脳裏にうかぶ。白い桃の肌にとろんと とろけそうな表情で触れている夫の姿。 力が抜けて、わたしは桃から手を離す。 桃は、剥けた皮を左手で元に戻しながら、わたしを見てふふ、と 笑った。
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