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エントリ1
エスプリ
細きん腐とた
小説なんて書けないよ。俺阿呆だもん。 なんていう小説書いて新人賞応募したらぼけたじいさんが「これはエスプリが効いてる」だなんてぼけたことぬかしやがって。そんでなぜか嬉しくて小説家になろうだなんて本気で考えて会社辞めて家にこもってパソコンを睨みつける。 小説なんて書けないよ。俺阿呆だもん。 何がいいのかわからないし、じゃあ何でお前は応募したんだ? 物語になってないよ。阿呆って、あんた。 何で誰も言ってくれないんだ? お前らが阿呆なんじゃないのか? そう考えると確かにエスプリが効いてるという気もするし。 つーか字数足りないじゃん。応募規定読んでんのか審査員? つーか応募規定読まないのかもね審査員は。 はは。こりゃ愉快な話だってんでこれを新人賞に応募したらぼけたじいさんが「これはエスプリが効いてる」だってよ。 俺は嬉しくなって小説家になろうだなんて本気で考えて会社やめてパソコンを睨んでそんでもって、
首つって死んだ。
エントリ2
吸血の時
君島恒星
ヘッドライトが暗闇の中で減速した。 派手な服装の地味な男… 「ヒッチハイク?」 腐った視線で、わたしを舐めるように見上げる。 「東京まで…」 「乗りな。東京までは行けないけどよ」 車は急発進。 男はわたしのミニスカートから伸びている足をチラチラ見ながら、質問攻めにする。 ラジオから緊張したアナウンサーの声が聞こえた。 「上水旅館の従業員が亡くなっているのが発見されました。その死体には血液がほとんど残っていなかったということです」 「この近くに吸血鬼かよ?」 吸血鬼が犯人のような言い方に、男は笑っていた。 馬鹿男! 今の自分の立場を知れ。 車は乱暴に脇道に入り止まる。 肩を抱かれそうになったとき、わたしから首筋に歯を立ててキスをした。でも… 「マズイ!」 アルコールと薬漬けの血だ。思わず車内に嘔吐。リズミカルに噴き出す血…痙攣している男。 車から降りると目の前に、ひとりの男が立っていた。 「残念だな。いい所が見れると思ったのに」 「見てたのね」 口についた血を手首で拭った。 「こいつは見ただけでマズイってわかるだろう?」 「恐くないの?」 「僕の彼女もバンパイヤだったんだ」 男は話し始めた。 「この近くの屋敷に住んでいた彼女に、恋をしたのは学生の時だった。彼女も僕のことを愛してくれた。でも、どうしても埋められない溝があった。彼女がバンパイヤだということ。彼女の面倒をみていたのは、昔からその屋敷につかえる貞雄さんという人だった。僕は貞雄さんから、新鮮な血液の採取方を教えてもらい、貞雄さんが亡くなった後も、彼女のために血液を採取し続けていた。その彼女も死んだ。バンパイヤは死なないというのは嘘だ。彼女は僕に人殺しをさせないように、自ら死を選んだ。僕が悲しむというのも忘れて…」 「すごい、作り話ね」 「作り話なんかじゃない。バンパイヤは今の世の中、目立ってはいけないんだ。特異体質の人間なのだから」 「わたし、いつもひとりだった…親にも理解してもらえなかった。そんなわたしをあなたが理解してくれるとでもいうの?」 「僕にはあなたと生活できる知識がある。それに、一目見て好きになった」 「だったら、わたしを夢中にさせてくれる?」 「お腹はすいてないかい? 新鮮な血液があるんだ」 「旅館の人を殺したのはあなたね」 「血液を最後まで採取するのには技術がいるんだよ」 「連れてって!」 彼はわたしの手をとって森の中を歩きだした。
エントリ3
「人殺すんだけどさ、手伝ってくれない?」と唯一無二の親友は言った。
南 那津
「人殺すんだけどさ、手伝ってくれない?」 ……はん? 「お前にしか頼めねんだ。頼むよ」 冗談だろ。 「マジ話」 ……誰ぇ? 「ヒロミって女なんだけどさ」 フられたのか。 「違う。そんな理由で殺さねぇ」 じゃあ、そいつお前の何なんだよ。 「つき合っ」 お前、何で 「ヒロミが死にたい、って言ってんだよ。んでな、俺は止めたし、何でだって聞いたんだ」 それで。 「どうせ俺には分からないって」 お前はどうしたいんだ。 「……殺してあげたい。俺殺してあげてんだ!」 っ。早まるな。まぁ、落ち着け。 「揃えたんだ。縄とか薬とか!」 落ち着けっ! いいか、絶対に殺すなよ。 「ヒロミが死にたいって言って」 落ち着け。じゃあ、まず、お前はヒロミを殺したいのか? 「ヒロミが言うなら」 お前だよ。お前はどう思って。 「ヒロミは俺よりずっと頭良いんだ。いい大学出てる。あいつがいいって言ったらそれがいいに決まってんだ」 俺が聞いてるのは、お前がな、ヒロミ、さんが亡くなったら嫌じゃないのか。 「嫌だ」 だろ。殺すこたぁねぇよ。 「死にたいってヒロミが」 じゃあ、止めろよ。 「無理。俺ヒロミより頭悪ぃから」 関係ねぇだろ。お前、そこまでその女信じれんのか? 「ヒロミは絶対だ。嘘は言わねぇ」 お前はそれで納得できんのか? 「できるわきゃねぇだろ。でもヒロミが死にたいって言ってんだよ」 ……あんさ。ヒロミってやつ、本当にお前のこと好きなのか? 「決まってんだろ。だから俺に殺してくれって頼んでんじゃん」 ……わかった。お前怖いんだな。 「怖かねぇ」 ウッソ。じゃお前一人で殺しゃいいじゃん。怖いから俺んと電話してきたんだろ。 「違う。お前俺より頭いいだろ、ならヒロミのこと分かんかと」 俺だって分かるわけねぇだろ。そんな女ほっとけ。女失って、ムショ入って、馬鹿だろ。 「願い、叶えたい」 じゃあ、一人で死にゃいいじゃん。 「俺に殺してくれって言ったんだ」 わかった。そいつ病気持ちなんだろ。どうせ死ぬならお前に殺してほしいって。 「そんなんじゃない。それならヒロミは俺に言うだろ」 そいつはお前を悲しませたくない。だからそんなこと言うんだよ。そのくせ、自分は幸せになりたがる。それが、一番好き、な、お前に殺されたい。お前の話聞いてても、そうとしか思え 「……ヒロミはそんなんじゃねぇ。お前に頼んだ俺が馬鹿だった!」
唯一無二の親友が幸せになれればいい、かと、思った。
エントリ4
紅い口紅
ゆふな さき
「つらい」 彼女はそう言いながら、ぼんやりとした顔に真っ赤な口紅を塗る。 なぜそんなことをするのか、俺にはわからない。 ただわかるのは、夜明けの青い光の中で、その口紅は黒く輝いてきれいだってこと。
窓の外からは、真っ白い光が包み込んでいる。 ひと寝入りしたらしく、 目が覚めた。
さて。少年である俺は彼女に冷たい水を持っていく。 たまにはそんなこともする。 赤い口紅がついたままの彼女は、だまって氷の入った水を飲む。 目は何も塗っていない彼女は、まるで七五三の子供のようだ。
ぼんやりとしている午前の俺の頭。 (これは一体なんなのだろう?) 気になってその口紅に触ったら、 彼女はにっと笑い、その後、目を伏せ普段の顔になり、 「おはよ」 としゃがれ声で言う。 少女らしい丸っこい顔とハスキーな声が似合ってなくて 「だみ声。」 と、言ってみる。 彼女は怒って、昨日外れてしまったらしい枕カヴァーを俺に投げる。 カヴァーは俺まで届かずに、ふんわりと舞う。 怒ったくせに彼女は、俺の持ってきた水で律儀にうがいをした。
俺は着替えることにした。 下着を彼女から隠れた場所で着て、 布団のそばに戻りジーンズを拾って身に着ける。
「なあ、今日ってどこか出かけるか?」 いつもはただ俺の家でねるだけなのに、今日は変にうきうきしていた。 「まい、起きてるか?」 「ん?」 彼女はぼんやりとした声でうなずき、そのままねむった。 その寝顔をなでてやったけれども、うきうきした気持ちが騒ぎ出すと退屈になり、外へ出た。
朝焼けは俺を照らす。真っ赤で彼女の口紅のように濃い。綺麗だった。 「クソ。今日も始まった。」 外ではテキパキと、朝らしい光景が繰り広げられていた。 コンビニの前では、運送の人が慣れた手つきで商品を店に運んでいるし、 サラリーマンは疲れた顔で、猛然と早歩きをし、 女子高生たちは大きな声で今日の訪れを喜んでいる。
急速に、心は冷える。
食べ物すら受け付けない朝の時。 俺は何もすることがないし。 俺は何故ここにいるのかしら。
うきうきとした気持ちなんか、すぐに消えて、 サラリーマンをみて、 (俺も後少ししたら社会人になって、こうやって働きに行くのかな) とか思う。
そして、何もない今日。 俺は本当、生きているんのか? つらい。 春の到来、始まらない学校。 きっともう遅い就職活動。
早く彼女にコーヒーでも買ってってやろうって 思うんだ。 俺にできるのはこれしかない。
人がいれば、俺は生きている。
エントリ5
赤い靴
スナ2号
赤い靴はいてた女の子 異人さんに連れられて行っちゃった 「何それ。聴いたことあるな」 私が口ずさんだメロディに、あなたは顔を上げた。 「私が、昔住んでた街の歌」 私は呟いた。 「それって、あれだろ。日本の女の子が、外国に攫われちゃう歌だろ」 「そう」 私は言った。 「赤い靴の女の子は、港から船に乗って、知らない国に行っちゃうの。でもね」 カップに口をつける。ミルクたっぷりの紅茶。 「攫われちゃったんじゃないと思う。女の子は、自分から異人さんについて行ったの」 「そうなの?でも、それにしては悲しいメロディだね」 あなたは、また本に目を落とした。 私はソファーの上でころりと横になって、目を閉じた。
ぼうと霞むような、夕闇の港。幼い私は、知らないおじさんに手を引かれ、海沿いの道を歩いている。 手すりのすぐ向こうの海に、大きくて立派な船。窓から漏れる光と、船を照らす光。それは、とても神秘的だった。 「あれは、クイーンエリザベス号だよ。女王様が乗っているんだ」 よく見えない、と言うと、おじさんは、ひょいと私を抱き上げ、同じ目線から船を見せてくれた。 私はふいに、母が教えてくれた赤い靴の歌を口ずさんだ。 「よく知ってるね」「ママが歌ってたの」 言うと、おじさんは、ひょいと私を地面に降ろし、手を引いた。私達は、一緒に赤い靴の歌を歌いながら歩いた。 そこから、記憶は急におぼろげになる。暫く歩いた後、おじさんの手が離れた。 見上げると、おじさんが言った。 「もう、ここには戻れないと思う。それでも一緒に行くね」 闇で、おじさんがどんな顔をしているのか、見えなかった。 私は、急に不安になった。 おじさんは、ゆっくりと離れていく。 私は、考えていた。 おじさんが、立ち止まった。 「おいで」 私は駆けて行き、その大きな手に、自分の手を滑り込ませた。
「眠いな」 あなたの声に、私は目を開く。 母が逝った時、私は五歳だった。私は、初めて父に会い、母の実家から、父の住む遠く離れた街に引き取られた。 あの思い出は、もしかすると、母から聴いた歌と私の記憶が、ごっちゃになって結びついたものかもしれない。 それでも、あの時私は、自分で父の手を取った。
「赤い靴の女の子は、外国で、幸せになったんだよ」 「え、何?」 「何でもない」
きっと。 私が、幸せなのだから。 この、第二の故郷で、あなたに出会い、この赤い屋根の家で、今私はとても幸せなのだから。
※作者付記:
本来の『赤い靴』の歌詞は、外国人夫婦の養子になった女の子が、夫婦と一緒に渡米していく、という内容ですが、ここでは、全く違う意味で使わせてもらいました。尚、歌詞のモデルになった女の子は、渡米直前、結核に侵され、日本の孤児院で、幼くして生涯を閉じたそうです。
エントリ6
ファッション&リストカット(私自身の愛の形)
霞洋介
手首を切る。そんな、話が日常の会話の中で使われるようになったのはいつのことだろうか? 自らの体を傷つけることが当たり前になったのはいつのことだっただろうか? それを世間一般では『リストカット』と呼んでいる。 そして、私自身もリストカット常習者の一人だ。 いつからそれを始めたのか、明確な記憶は無い。きがついていたらやっていた。 親とは干渉しあうことも無かったから、いまだにばれることはない。 きっと、ばれたとしても、彼らは私に、何の言葉もかけようとはしないだろう。 言葉の代わりに、あの汚いものを見るような、そんな目で私を見るのだ。そうに違いない。
私は、リストカットをしている。 しかし私が、リストカットを通し私が求めるものは何なのか。 それは、生きているという実感なのか。 それとも、死への布石なのか。 いや、そんなことではない。 私にとって、リストカットというこの行為。 これはきっと、ファッションと同じようなものなのだろう。 誰かが、誰かの気を引くために付けたピアス。 あれと同じなのだ。私は、私という存在が誰かの気を気を引くように手首に傷をつけるのだ。 制服の、袖から少しでる手首。 決して色黒ではない、白い手首。 そして、ふっと除かせる斜線のような傷跡。 それを見て、他人はどう思うのか。 恐怖、絶望、喚起、失意、好意様々な感情がいきかい、それぞれの表情が変わっていく。 それを、観察することでたまらなく私は興奮するのだ。 それは、恋と同じなのかもしれない。 恋をすることで、人はその人間の様々な表情を知り、その感情は好意から愛に変わっていく。 私の場合、自分の手首によりもたらされた他人の表情を求め、好意の有無に関わらず、それらを愛することができる。 私のことを影で言っているクラスメイトも。 私を見下す親も。 弱者を勝手に決めて、それを守ることで自らの欲求を満たしている下らない人間も。 私は、その全てを愛することができるのだ。
私はこれからもリストカットをし続けるだろう。 これからも手首に傷がつくだろう。 けれど、私は決して不幸ではないし、悲しいわけでもない。 私は、恋をしているのだから、不幸なはずが無い。 私が、リストカットをやめるとき。 それは、きっと恋をしなくなってしまう時。 それは、つまり私が・・・
エントリ7
芳年とシャガールの朝
紫色24号
夜が朝に反転する時刻。 東の朝は紅紫色に萌えて、月岡芳年の無惨画を想い起こさせて美しい。 “自然は芸術を模倣する”なんていう、パラドキシカルなセリフを残したのはオスカー・ワイルドだったっけ…自然は時に、絵画よりも絵画らしい風貌で、観る者を感動させる。
ペイントする手を止めて東の空に見蕩れていた僕に、リサが缶コーヒーをよこす。 「そろそろ完成だね。少し休んだら?」 「うん」 僕はハケを、残り少なくなったペンキ缶に抛りこんでプルを引いた。
僕らは絵描きの卵で、ここ数日、こうして夜の商店街でシャッター画を描いている。 なんでも、シャッター画はラクガキ防止にいいらしいとか…。 そこで、ここ“菖蒲商店街”もその恩恵にあずかろうと意見がまとまったようで、人づてに僕らに話が舞い込んだというわけだ。どの途ボランティア程度のバイト料には違いなかったけれど、描ける場があるというだけで今の僕には充分だった。 今回の作品はちょっとしたトリック絵画で、斜め右から見ると妙齢の女性、斜め左から見ると少年に見えるという、手の込んだものだった。 図案を決める時に店の主が、『認知心理学』だかの本をつきだして「こんな感じで」との要望を示したのだ。 それは『ルビンの杯』と呼ばれる『図地反転図形』だった。 図に注目すれば杯に見え、地に注目すれば向き合った女の顔に見えるというアレだ。 他にもその手のものには『若い女と老婦人』や、怒ったヒゲ面のハゲを逆さまにすると笑ったオヤジになるなど様々あるが、そのどれも、両方を一度に認知出来ないという点で人の興味を惹く。 その『図地反転図形』を基にしたオリジナルが、今回の作品というわけだった。
「さて、やっつけちゃいますか」 一晩中酷使した肩や背中をほぐすように軽く伸びをしながら、僕らは最後のひとふんばりのために立ち上がった。 そこへ、パジャマ姿の店主がひょっこりと現われて、 「ほお、すごいもんだね」 右に左に何度も移動しながら、満更でもない様子で呟いた。 破顔したまま僕らに頷くと、 「あれっ、打ち合わせのときにいた男の子はいないの?」 と訊いてくる。 「あー、あれ私です」 僕は片手を挙げて答える。今日はスカートバージョンだった。 店主はシャッターと僕を交互に見ながら、 「ほおー、すごいもんだね」 と、繰り返した。
空はすっかり、マルク・シャガールの色彩画のような柔らかい朝になっていた。
エントリ9
GAME
yuki
多分、 というより絶対的に、この勝負は陸が負ける。この人は昔から性格の悪いフェミニストだから。 「素人相手に百回勝つより、素人を一回勝たせる方が上達する」 この人の口癖。
考える時、キューの持ち手を足の甲に乗せる。打つ前に相手を見てにっこり笑う。ブレイクショットの腰のライン。開かれた足と、まっすぐな視線。変わらないスタイル。止まらないスマイル。能ある鷹は爪を隠す。そして、知らぬが仏。
「すみません、初心者なんで教えていただけませんか? 」 隣りの台の、いかにも馬鹿そうな女が聞いてきた。 「俺でよければ」 隣りにいた、馬鹿に見せかけた男が、あたしの存在を無視して受け答えた。そして、始まる負け戦。遠慮の無い馬鹿女。あたしの立場はポケットの網にすら引っかからない。
陸なら、そこから四番を落とすのは容易い。でも、やらない。この人が考えているのは「どうやったら相手が勝つか? 」だから。手玉とポケットと四が一直線に並んで、いかにも相手に打ちやすいポジションになるか。って、ただそれだけ。向こうの6とキスさせて、とっとと落としちゃえばいいのに。 相手は気付かないで続けている。時々「彼氏、とっちゃってごめんなさいねぇ」みたいな事を悪びれずに言ってくる。ばっかじゃない? 君、遊ばれてるんだってば。こっちが謝りたいくらいよ。
あたしは、最初のゲームで気付いた。勝たせて貰った後に「わざとでしょ? 」って聞いた。だって、あからさまに手馴れているくせに、考える時間が長すぎたから。陸は笑って「こんなに早くバレタのは初めてだよ」と、あっさり認めた。 われながらいい練習台になったと思う。あたしは、陸に負けた事は無い。何度か真似してみたけれど、あたしは頭が悪い上に短気だから、初心者相手にすぐ本気になる。 その特殊な練習方法を聞いて、あたしは少しだけ安心した。少なくとも、自分が誰かの役に立っている事実に。
遠くから、気持ちのいい音が聞こえる。聞きなれた音。曇った窓ガラス。喫煙所の、錆びたバランスの悪い灰皿。姿は見えなくても、目に浮かぶ。まっすぐな眼、勝ち誇った笑顔、長い指がキューに絡まる。
きっと今頃、9番を落とした馬鹿が、案外簡単なのねと笑ってる。その馬鹿が役立っている事に、腹を立てて逃げ出したあたしも、大概、大馬鹿者なんだけど。
多分、 というより絶対的に、この勝負は私が負ける。初めて負けている。
※作者付記:
判ると思いますが、ビリヤードです。あえて、ビリヤードという単語は入れていないので、いちよ。
エントリ10
祝 人質解放
満峰
政情不安定なF国で、三人の日本人観光客がゲリラに誘拐された。 直後、三日以内に身代金を支払わなければ三人の命はないという内容の脅迫文が大使館に届く。 以前から、危険であるため入国は控えるようにという、政府の通達が再三にわたって出されている所だった。 政府は急遽家族と面会を行い、現状の説明を行ったが、家族は面会後の記者会見で政府を批判した。 「政府は、慎重に事態を把握するというばかりでまったく当てに出来ません。皆様の力をお借りして政府を動かしたいと思います」 マスコミはこぞって政府の弱腰をなじった。 「高い税金を払っているのに、国が国民を守るのは当たり前だ」 「責任逃ればかりする外務省は無力だ」 「外国の軍隊に頼んで救出してもらおう」等々。 政府あわてて対策を検討し、外務官僚の提案による超法規行動が実行されることになった。 反対する者もいたが、時間的猶予はなかった。 早速、政府高官数人がF国に赴き、交渉を開始した。 現地政府にその地域の有力者を紹介してもらい、有力者に誘拐犯を説得させるという約束を取り付けた。 交渉は意外と順調に進み、間もなく、三人は無事に日本へ帰国することが出来た。 再会を果たした家族は記者会見で「これもすべて国を動かしてくれた皆さんのおかげです」と喜び、会見を目にした国民全員が胸をなでおろして誘拐事件は一件落着した。
「ここからがあの事件だったな」 「はい、会見後開かれた家族会と政府高官との食事会でしたね」 「首相はなんとか難を免れましたが、官僚五人が死亡ですもんね」 「ナイフとフォークが凶器か」 「重いガラスのボウルで頭を割られた者もいます」 「しかし、せっかく命を助けてもらったのに、逆恨みもいいところだよな」 「助けられて当たり前だと思ってるんですよ。我々が裏でどんなに苦労したかなんて全然分かってないんです」 「現地政府と地元有力者へのお土産と賄賂、誘拐犯たちの要求した身代金、特別チャーターのジェット代と往復の燃料費、現地での接待飲食費、政府高官たちの旅費と帰りのお土産代、その他諸々。いったい、いくら金がかかると思ってんだ」 「そのたびに大切な税金を使うことはないですからね」 「だから大急ぎで『危険地域自己責任法』を作ったんだ」 「その経費を家族会へ均等に請求すると、一家族あたり一億六千五百万円。これで命が助かりゃ、安いもんです」 「まったく、平民は何様のつもりなんだろうな」
エントリ11
サービス期間終了
ごんぱち
「何でも一つだけ、願いを叶えてあげましょう」 ヘッテルギウス氏は、目の前の背広の男に言った。 「悪魔!」 男は引き出しから拳銃を取り出し立て続けに引き金を引くが、弾丸は通過するばかり。 「無駄ですよ」 いつの間にか、拳銃はヘッテルギウス氏の手の中にあった。 「何が、望みだ」 「何も」 ヘッテルギウス氏はにっこり笑ってウインクする。 「さ、願い事をどうぞ。何でも良いですよ」 「ま、待て、そんな」 「はいはい……ああ、待ったからと言って、これを願いに数えたりはしませんよ。ああそうだ、願いを叶えたからって、死後の魂を請求したりしませんから。今はサービス期間なもので。出来ればそこのところを他の人に伝えて頂けると有り難いですが」 「本当……なのか?」 「悪魔は嘘は言いませんよ」
地獄の四丁目のバーに、ヘッテルギウス氏はやって来る。 「いらっしゃい――おや、元気ありませんね」 バーテンのニスシチが、グラスにカクテルの材料を入れ始める。 「前の話、覚えてるかい?」 「評判を回復させるために、一回だけ揚げ足取らずに願いを叶える事にしたんですよね」 「ああ。やられたよ」 「叶える回数増やされちゃいましたか?」 「いや」 もう一度ヘッテルギウス氏は溜息をつく。 「世界平和を願われてね。人類は大喜び、オレは減俸六百六十六万ヶ月さ」 「困った人間を当ててしまいましたね」 バーテンはヘッテルギウス氏の前にネクローニを置く。 「そんな時は飲むのが一番。これは奢りです」
「やりましたね、大統領!」 「ついに、平和が訪れましたね!」 「正義はやはり勝つのですね!」 「ああ、そうとも」 大統領は満面の笑みでカメラに視線を向ける。 「今日ここに、私は宣言する」 その顔は、誇りと自信に満ち溢れていた。 「世界を、人類を脅かしていたテロリズムが、ついに地上から消えた! 正義の勝利だ、これは人類始まって以来、延々と続いていた正義と悪の戦いに終止符を打つものだ!」 会場に拍手が鳴り響く。 「戦いの時代は終わった。これからは平和な楽園の、エデンの住人に戻れるのだ!」 その時、カメラがぐいと下を向いた。 「……とと、緩かったかな」 大統領はやけに大きな声で独り言を呟いて、カメラに駆け寄り、三脚のネジを締め直し、録画ボタンを押した。 「『それで大統領?』なんだね? 『今後の方策は?』まずは受賞パレードだよ、トーキョークレーター辺りが良いかな。HAHAHAHAHA!!」
エントリ12
静かな月曜日
ハンマーパーティー
集団登校する近所の小学生たちの騒ぎ声で目が覚めた。静かになると、電線にとまっている鳥の鳴き声が耳に入ってきた。 布団から出て、カーテンを少しだけ開けて光を入れた。発泡酒の空き缶をまとめて流しに置いた。ハイターの臭いが排水口から漂った。 歯を磨いて顔を洗ってまた布団にもぐった。すっきりしてからもう一度布団に入るのは心地よい。コーヒーは昼過ぎでいいやと思った。特に行くところもない。ハローワークは明日でもいい。 テレビをつけて、英会話の番組をぼんやり眺めた。英会話のコツは目的にあたる語句を大きい声で発音することです。 食べる、リンゴ、出席する、会議、住んでいました、約十年間。 前置詞やビー動詞は気にしないで。これがスムーズに会話をするときのコツです。 誰かがどこかで何々をしました。あなたはそれについてどう思いますか。ほんとうに言いたい部分を強調してください。 えらそうにあんなこと書かなきゃよかった。あんなこと言わなきゃよかった。 今日は月曜で図書館休みだ。新聞が読めない。あなたの意見を。 ありません。 あなたの意見を。 ありません。 的確な言葉、的確な表現で。 ありません。 ワイドショーに切り換える。 誰かがどこかで何々をしました。誰々さんはそれについてどう思われますか? 私はこう考えます。これこれしかじか。 あなたもコメントしてください。 ありません。 世界中に殺人者や狂信者があふれても、多分ずっと静かな月曜日。隣人と殺し合う状況になってもこの静けさは同じかな。おれは誰かに恨まれてるのかな。おれは誰も恨んじゃいないよ。何をも憎んじゃいない。けど。 向かいの奥さんがそのまた隣の奥さんと、花の種類とその咲き頃について話している声が聞こえてきた。 テレビの電源を切った。太った向かいの奥さんの話し声は聞いていて心地よい。奥さんたちは息子さんや娘さんたちの学校の担任の先生たちについて話していた。教育方針に不満のようであるが、それは花の種類の名前を思いだせないのと同じ程度のもどかしさのようである。それは素敵なことじゃないか。 おれの不満、世界への不満は譬えるとどんなもんか。おれの世界への憎しみは、静かな月曜日の朝のまどろみ、そしておれ自身の布団のぬくもり。血液が脳を巡るようになってから、カーテンを全部開けて窓を開けた。ダメかなもう。 さて、今日はどこに行くべきか。何をするべきか。
エントリ13
空の道
土筆
野鳥を熱愛している青年がいた。こう言うと、どこか偏執的に受取られがちだが、決してそんなことはない。野鳥を捕獲してペットとする風潮があり、それを小鳥の立場に立って反対しているとでも言えばいいだろうか。 野鳥たちが心の赴くままに渡って来て、羽を休めるなり、雛を育てるなりして、別の土地へ渡っていく。そういった命の営みを傍から観察して愉しんでいるのである。
青年が住むアパートの近くにペットショップがある。子犬、ミニウサギ、メジロやホオジロなど野生の鳥まで置いている。野鳥は、捕獲も売買も禁じられている。ただし輸入物はその限りではない。そこで輸入物だと言って店に出しているのだ。 青年は怪しいと思っても黙っている。主人は、彼が小鳥を欲しがっていると見て、 「このホオジロはどうだね」 などと勧めてくる。青年は勿論、飼うつもりなんかない。これらの鳥達が、密猟者からブローカーに渡り、今ここに出されている経緯を考えてみる。 野鳥が、閉じ込められて生きる身上を、気の毒に感じる。小鳥達に何もしてやれない無力さも情けなくなってくる。
そんな思いに縛られているときだった。鳥インフルエンザが、日本列島を北上してきたのだ。 このペットショップにウイルスが侵入したら、たちまち全滅してしまうだろう。そう考えると、居ても立ってもいられなかった。 青年にふっとある考えが宿った。それを決行するのに、日数はかからなかった。 この月は部屋の更新日に当たっていたから、そうしないで、荷物を纏めて愛用のライトバンに積込み、夜になるのを待った。 主人がシャッターを下ろして、郊外の自宅へ帰って行くと、ガスバーナーで、錠を焼き切って中へ入った。小動物の匂いがむっと鼻に来る。 野鳥だけのつもりだったが、チャボやミニウサギを見ると、それが変った。命に軽重があっていいはずはない。 青年はすべての籠の戸を開けて回った。 「どこでも、好きなところへ行け!」 そう言い残すと、シャッターを全開にして店を出た。 青年は南へ進路を取り、ライトバンを走らせた。しらしら明けに、車の窓すれすれに鳥が飛んでいるのに気づく。一羽ではない。左の窓にもいる。 車を停めて外へ出てみると、色とりどりの鳥が、群れてついて来ていたのだ。この数は恐らく周辺の鳥を巻き込んできたと思える。 これはいけない。青年はバスタオルを取出すと、鳥を散らすために力いっぱい振り回した。
エントリ14
『ポークカレー』
橘内 潤
司法解剖という言葉を知っているだろうか? 老衰や病死などの自然死ではなく、かつ、犯罪による死亡の疑いのある死体――すなわち「変死体」を解剖して死因の究明に努めることである。
わたしは大学四年のときに、法医学の講義で司法解剖を見学したことがある。 母親と子供を殺害した事件の被害者両名の司法解剖だった。当然、まともな死体ではなかった。 解剖は、外傷のある部分だけに行うわけではない。頭部に傷がなくとも、頭蓋骨をノコギリで切り開いて、脳を取りだして観察するのである。腹の中身についても同様だ。 摘出した臓器は無造作に積まれていく。ひとつ取り出しては検分して戻す、というのではないのだ。 「かつて人間だったもの」という尊厳もへったくれもないが、こうでもしなければ解剖は何時間かかっても終わらないのだそうだ。 また、匂いが気分に与える影響の凄まじさをおもいしらされた。 かりにも医学生だったわたしは、解剖現場のビデオであれば、お菓子をつまみながら見れただろうとおもう。が、嗅覚を麻痺させる薬品の匂いは、これがどうしようもなくリアルであることを実感させた。あぶら汗が止まらなかった。 きわめつけは、解剖の最後だ。 臓器はかたっぱしから取りだされて積み上げられているから、元通りに戻るはずがない。だから、だいたいの位置にとにかく詰めこむのだ。 子供の脳などはとくに柔らかいため、摘出するともう、元の位置には戻らないらしい。執刀医が脳を子供のお腹に押しこんで、頭蓋骨のなかに他の臓器を詰めるのを、わたしは吐き気をこらえて見つめていた。 お腹を閉じられた死体は、外見上はごく普通の死体に見えた。ごく普通の「肉の塊」に見えた。
見学後間もない食堂で、一緒に見学していた女性がポークカレーを頼んだことを憶えている。 わたしといえば、「肉」というものをイメージするだけで気持ち悪くて、この後一週間は野菜と栄養ドリンクで過ごしたものである。 彼女には言わなかったが、女性はやはり血を見慣れているから強いのだろうか、とおもった。 カレーを食べながら彼女は、また見に行きたいと言っていた。
私が解剖を見学したのは、このときが最初で最後である。
エントリ15
朝
立花聡
バス停までの道程であった。鋪装された黒い道よりも私は、木々が繁った小道のほうを好んで歩いた。日々の変化が体感できるよい道だと思っている。 小さく薄い、緑が芽吹きはじめていた。鋭く突き刺す陽光をその柔らかな体をいっぱいに使って、吸い込み、そして透過した美しいひかりを地面にまき散らす。 明るい透明な影が足下を照らし、私は光彩陸離がもたらす軽い幻想を感じ、次いでこれから訪れる夏の到来に思いを馳せた。もうじきにあの独特の気怠さを伴った熱気を感じるのだろうかと考えると、通り雨の甘ったるい湿気の香りや、花火の晩の硝煙のまぶしさ、そして帰り道の汗ばんだ女の掌の感触がすうっと頭に思い浮かんで、むず痒い期待にも似た感慨が押し寄せる。 私は木の葉を通して空を仰ぐ。隙間から漏れだす日光に軽い目眩を感じ、私は目を細めた。午前特有の澄んだ風が私を抜けて、眼前の葉や花を揺らす。かすかな揺らめきが穏やかな風向をあらわすように思えて、私はついツツジの蕾に手をのばすのだが、触れるとそれは鈍い湿り気を纏っていた。確かめるように私は親指と人さし指を軽く擦りあわせた。 道がひらけると右手にバス停となる。華奢なベンチと簡素な時刻表がくくりつけられた棒のあたりには、毎朝の決まった顔ぶれがある。 少し急いだのだろう。瑞々しい頬を持った少年が、額ににじむ汗を拭い、息をはずませている。私もよく学校へ走ったものである。細かな息を刻み、目の前の同級生を追ったりした。そして、急いだ様子を友人に悟られるのが照れくさく、溢れる汗を必死で隠していた。落ち着いたふりをする昔の自分が滑稽で、私は微笑んだ。 彼らの列の後尾に並び鞄から薄い小説を取り出し、折り曲げた頁をひろう。すると、ひらひらと何かがこぼれた。見ると私の革靴にくすんだ白い桜の花片がのっている。手をのばすと風に飛ばされ、道沿いを走って行った。その先にはすっかり葉がのびた桜である。 ふと目を落とすと、前に立つ若い男の帽子の庇に同じ花びらがのっている。ありふれた花びらがはたはたと震えている。本からでた花片を見たせいか、不思議と行方を案じさせた。せめてバスが来るまでは、残らないだろうかと思った。私は軽い春の一枚に目を奪われていた。 しかしちょうどバスが見えて来たころだ。強い南風が吹いた。すると、あっという間に花びらは飛びさって、見えなくなった。 バスが、パーンと高くないた。
エントリ16
火炎地獄
紅花花屋本舗
それは業火によって熱されていた。 数滴落とされた物たちは、熱によって瞬時に蒸発しまいそうだった。事実、落とされた液体の3割程が、その上では生き残っていなかった。 今度は別の液体が投下される。悲鳴を上げながら、投下された液体は鉄の上を転げまわった。数秒後に僕が彼らをのぞき見ると、彼らは既に原型を留めていなかった。 あぁ、まさにこれは地獄の釜。落とされて無事に帰ってきたものなど皆無なのだ。『生き残ってみせるさ!』と勇敢に旅立っていった吉田の姿を見たものもいなければ、『やだやだ、死にたくなぁい!』と言って必死に抵抗した車も、やはり帰って来れなかった。彼の同僚である桜が彼の生死を確認するために地獄の釜の周囲を探索したところ、そこには彼の頭と服だけが無残に放置されていたという。 などと他人事のように言ってる僕だが、僕とて例外ではないのだ。今まさに、僕がこの地獄の釜の中に落とされようとしているのだから。 あぁ、死にたくない。もっと恋人といちゃついていたかったし、親のすねかじって大学にだって行きたかった。万引きのスリルだって味わいたかったのに……。 でも時間は待ってくれなかった。原形を留める事が許されない地獄の釜へと、僕は落とされた。
「チャーハン三十秒前でーす」 鍋を振る男が叫んだ。 「そうしたら、先頭の伝票は車えびのチリソースです」 「分かりました!」 鍋を振っている男は皿にチャーハンを盛り付けて、料理を運ぶスタッフに手渡した。 皿の上で、チャーハンは調節された油によってきらきらと輝き、見事な焼き加減によって生まれたその香ばしい香りと共に、お客の下へと運ばれていくのだった。 「あー、また海老の頭落としちゃったよー」 鍋を振るう男は、落とした海老の頭を拾い上げ、鍋の中へと戻して調理を続けた。 今日もこの中華料理屋は繁盛し、多くの命が地獄釜火炎地獄へと落とされていく。 せめてもの供養、残さず食すといたしましょうか。
「あちぃっ!!」 地獄の余波がこの皿まで来ているらしく、私は舌を火傷するのだった。
エントリ17
機械化
越冬こあら
朝、食卓に朝食と弁当箱はなく、代わりに軽油と乾電池が置いてあり、いよいよその日が来たことを再確認した。通学鞄をぶら下げて、本通りまで行くと、旭二号君が鋼鉄の車輪をギシギシ鳴らして前を歩いていた。 「おはよう、旭二号君」 「おはよう、ヨウちゃん。ちゃんと朝飯、食ったかい」 旭二号君の質問に僕は胸板を叩いて応じた。胸板は乾いた金属音を発した。 「そうか、ヨウちゃんは今日から機械になったんだね。忘れていたよ。おめでとう。仲間が増えて嬉しいよ」 「別におめでたくはない。普通だよ」 僕は何だか照れくさかった。
機械化は、人類最後の進化の形だと小学校で教わった。人は体の不完全な部分を機械に置き換えることにより、より完全に生きることが出来るのだそうだ。そうやって機械化が進み、やがて、人と機械の境界を越える。 病気か故障か、傷害罪か器物損壊罪か等をハッキリさせるためにも、人と機械の境界は法的に明確に定義されているのだそうだ。 機械になって眺めてみると、旭二号君は立派だ。もうずいぶん機械化が進み、小さい頃からの夢だった(と本人が話していた)自走式自販機に近づいている。はっきりとしたビジョンを持って機械化していく友は素晴らしく、それに引き替え、中途半端な自分が情けなかった。 『まあ、いいじゃないか。気楽にやろうよ』 回路が発する電磁波から、僕の思考を直に受けた旭二号君が返信信号で元気づけてくれた。 「そうは言うけど、僕には旭二号君のような確固たる夢がないからなあ」 僕は、声に出して言った。 本当は宇宙開発の最先端を支える超精密マジックハンドになりたいと、密かに夢描いていたが、朝っぱらから、そんな非現実的な夢を語ると大笑いされそうな気がして、出来るだけ電磁波も出さないように歩いた。
「おはよう。ハックション」 その時、人間らしい大きなくしゃみをして中村さんが自転車で僕らを追い越した。中村さんは、両親の教育方針で、出来るだけ人間のまま育てられている数少ない女の子だった。 「君達、のんびりしてると遅刻するわよ」 そう言うと中村さんはスカートのすそを翻し、笑いながら遠ざかって行った。スカートからのぞく素足がまぶしい、と思って、いつものようにドキドキしない胸と熱くならない耳たぶに気づいた。 『そうか、もう機械だから、そういう反応はしないのか』 旭二号君と歩きながら、僕は小さく咳をしてみた。胸に乾いた音が響いた。
エントリ18
手妻
太郎丸
花村一座が八重と始めて出会ったのは、宿場手前の茶店の前だった。 突然ぶつかってきた娘の手が座長の懐から巾着を抜き取ろうとしたのに気づいたのも、そろそろ一息入れてたまにはだんごでも食べようと思い巾着を掴んだ時だからだろう。そうでもなければ遊び盛りの近所の娘っ子が、勢い余って軽くぶつかっただけだと思ったに違いない。 薄汚れた格好だったが、目がくりっと大きかった八重はまだ子どもで、木の陰に隠れて待っている弟の庄吉に到っては4つだという。 彼らだけで今まで生きてこれたのは、八重の盗みの腕と身の軽さと飛びっきりの運の良さかも知れない。 不憫に思った座長が、八重達を一座に迎える事にしたのは、自分も天外孤独の身の上だったからかも知れない。 八重は本当に身が軽く、体の大きな丹吉の頭の上にさえとんぼを切りながら逆立ち出来る程だった。 頭の上から、手の平へと逆立ち移動する八重の身軽さと丹助の力自慢は人伝に広がり、一目見ようと多くの客が集まった。 「座長。今度は庄吉の頭の上に乗ろうか?」 ニコニコ笑いながら八重が声をかけてきた。 「何言ってんだい。庄吉ってお前。蛙みたいに潰れちまうよ」 「へっへー。ちょっと考えがあるんだ」 八重は地面に絵を書き始めた。 「うーむ。これなら確かに上手く行きそうだ。やってみるか」 それは意外に簡単で、本当に庄吉の頭の上に乗っているようだった。 「しかしこりゃ後ろの手順が大事だぜ」 「蝋燭を点けりゃ影になるから見当も付くだろ。後は練習だね」 「違えねえ。しかし八重坊も大したもんだなあ」 八重は満面に笑みを浮かべ得意そうだ。
八重は頭だけじゃなく、庄吉がひょいと上げた手にさえ乗るようになって、手に乗る娘として評判を呼び、いつしか手妻といわれるようになった。
逆立ちすると腿まで見える八重の姿は客達にも受け、一座の演目も芝居は添え物になりつつあった。 いつものように舞台の裏から庄吉の頭の上に重なるように板を渡した後で、丹助は思った。 これから庄吉が差し出す手の所へ橋を掛けなかったらどうなるか? もちろん庄吉が八重の体重を片手で支えきれるはずはないから、失敗するだろう。そうなれば俺がまた八重の相方として舞台に立てる。 そんな悪いムシが巣食った丹助は、庄吉の合図を無視して舞台の裏で、目を瞑り耳を塞いだ。
舞台の裏に顔を出した座長が言った。 「今日は飛びっきり浮いているようだったぜ」
※作者付記:
奇術・手品の事を手妻といい始めた理由を和風にアレンジしました。どちらかというと、手品というよりは、イリュージョンといった方が合っているかも知れません。ってこれは真っ赤なウソ(笑)
エントリ19
息を堪えて横隔膜の痙攣を止めろ。
アナトー・シキソ
プールの中には管理人室がある。 壁面の内側だ。 水が張ってあると出入りは出来ない。 僕は水を抜いたプールに降り、丸いガラス窓を覗き込む。 管理人室は空だった。 物はそろってる。人影がないと言う意味だ。 管理人室のドアは、潜水艦の扉と似ている。 車のハンドルみたいな、丸いグルグルが付いてる。 僕は勝手にグルグルを回してドアを開け、中に入る。 管理人とは顔見知りだから、それくらいしても平気だ。 管理人と顔見知りか。確かにそうだが、しかしどうだろう? 人間以外の存在に顔見知りという言葉はアリなのか? ここの管理人はロボットだ。 かなり人間らしく振る舞ってはいるからちょっとくらいじゃ気付かない。 けど、管理人はロボットだ。 本人に確かめたことはないけど間違いない。
僕は勝手に上がり込み、座布団を引っぱり出す。 胡座をかいて煙草を吹かしていると、管理人がトイレから出てきた。 人間らしく振る舞うコツを心得ている。 けど、ロボットがトイレで何してるんだろう? ロボットの管理人はプログラムされた関西弁で口を利く。 「やあ、あんた、来てたんか」 「お邪魔してます」 「また集金か?」 「はあ、まあ……」 「で、今日はどこの誰?」 「9棟のアナトーさんです」 「ああ、あの人な」 ロボットの管理人は、見た目は60くらいの普通のジイサンに見える。 知り合いから「エリちゃん」と呼ばれているのを聞いたことがある。 苗字の方の「エリ」だ。女の子の名前の方の「エリ」じゃない。 そのエリちゃんが湯飲みを二つ取り出して「飲むやろ?」と訊く。僕は頷く。 エリちゃんの淹れるお茶は熱い。 湯は、急須の口からボコボコ泡だって出てくる。 差し出された湯飲みを覗き込むと、ブクブク言ってる。 とても手を出せない。湯気が当たっただけでデコが焼けそうだ。 エリちゃんはそんなものをフーともせずグイグイ飲む。 風呂上がりの牛乳みたいに飲む。 それを初めて見たときに気付いた。 こいつ、ロボットだ。 他は全部、人間以上に人間臭いのにお茶飲みだけが人間じゃなかった。 この世界の全てには、どこかに必ず、何らかの手落ちがある。 「地図か?」 エリちゃんが訊く。 「お願いします」 「ほか。ほな自分が茶飲んでる間にパーっと描くわ」 エリちゃんはそう言うと作業を始めた。 いつもの三色ボールペンをカチカチやって、チラシの裏に地図を描いていく。 「9棟辺りは人間やないもんが仰山ウロウロしてるから気ぃつけや」 人間のふりをしたロボットが言う。
エントリ20
オープンカーも音楽も、そして花束も
るるるぶ☆どっぐちゃん
初夏の朝六時、線路の上を歩く。 鉄錆色の線路と妙に鋭角なフォルムで空へ伸びていく夏草たちを、朝の光が照らしている。全てが終わってしまった後のような、夏の朝のいつものあの、どうしようも無い、といった感じの景色である。 しかし他はどうだったろうか。どうにかしようがあったのだろうか。朝の十時とかだけならなんかふわふわとした日の光に、どうにかしようがあるような気がしたこともあるけれど、どうにかなったことなどあっただろうか。解らない。もしかしたらいつのまにかくるくると、どうにかなってきたのかもしれない。 子供の頃から絵ばかりを描いてきた少年は画家になった。多分あと三十枚ほど絵を描いて彼は自殺してしまうだろう。あたしはさっき彼を見てきたから解るのだ。彼のアトリエでヌードモデルとして、六人の女たちとともに詩を朗読してきたのだ。詩集が三冊渡された。あたしたちは裸のまま、それを三回ずつ読んだ。画家はあたしたちを殆ど見ないまま筆を動かし続けていた。 ドアを開ければオープンカーと音楽。そして花束。あたしは選ばなければ。選ばなければならない。選ばなければならないのだ。ああしかしどうしよう。どうしても選ばなければならないのだろうか。選ぶのでは無く、創るという選択肢は無いのだろうか。あたしは鉄の棒を拾い上げ、それを工具に差込みくるくると回して、ネジ山を切った。からからと音を立てて鉄クズは鉄サビ色の線路へと落ちていく。たった一本を切るだけなのに、ひどく時間がかかってしまった。驚くほど時間がかかってしまった。画家はもう六十枚も絵を描いている。六十一枚目の絵を、描き始めている。がたがたと音を立てながら始発電車が目の前に迫っているのが見えた。あたしは二本目のネジにとりかかる。今度はさきほどよりはだいぶ早く切り終えることが出来た。始発電車は朝靄を切り裂き、線路中に置かれた絵をばらばらに粉砕しながら通り過ぎて行き、あたしは、ああ、朝が終わるのだ、と感じる。朝が終わるというのに「全てが終わる」とそれが同義では無いのは何故なのだろうかという疑問をふと覚える。 乗客達が手を振っているのが見えた。花束はネジが数本混じり、持ち上げるがちゃがちゃと鳴った。あたしはこの花束を画家に渡そうと思い、絵の欠片がばらまかれ、どうしようも無い、どうしようも無い、ああ、どうしようも無いのだ、と感じさせるこの美しい線路の上を歩く。
エントリ21
殺っちまった!
さとう啓介
カッ、カッ、カッ
駅のホームの階段を不規則なリズムで、尚且、頭にガギン・ゴギンと突き刺さるような感覚で、ミュールが降りていく。僕の嫌いな音だ。 (我慢、我慢、あと三段) 僕は震えだす怒りを両手で握り潰す。がしかし、別の所からもその音が聞えてきた。
カツ、カッ、カツン、カッ、カッ、カッ……
(なんだ? どうして?) 音は段々増えていく。そして残り三段だと思った階段はいつの間にか永遠と続く階段に変っていた。 (まさか! いいや、これは幻想だ!) 僕は自分に言い聞かせる。しかし、音はどこまでも広がり、時を忘れたボロ時計のように頭の中で不規則に鳴り響いた。 (駄目だ、我慢するんだ!)
カツ、カッ、カツン、カッ、カッ、カッ……
堪らず腰の刀に右手を当て、左手はもう片方の腰の革袋に入れる。 (このままでは殺れる。一瞬の隙を突き、奴等の中に飛込んで上へ逃げるしかない!) そう感じた瞬間、ミュールの音が激しくこちらへ向ってきた。 僕は飛び退きざま、太刀を左から右に低く振り抜き、左手の手裏剣を三方へ投げ放った。確かな手応えと同時に血飛沫が上がり、無言の女の顔が醜く歪む。切り落とされた脚から崩れるように階段を落ちていく。同時に別の女がミュールを手裏剣のように投げ放ち、僕の胸を擦りながら抜けていった。 階段の上にはミュールを履いた女達が波のうねりのように続いていた。 (ざっと五十人。一気に駆け抜けるしかない!) 僕は身体を低くして飛び上がると、一人の女の頭を蹴りつけ、回転をしながら女達の中に飛込むと、十人ほどの脚を斬り落とし、手裏剣を次々に投げつけ、上への活路を切り開いた。身体を無くしたミュールの脚は奇妙な音を立てながら階段を落ちていく。
ボトン、カッ、カッ、ボムン、カッ、カッ……
太刀が血油で重くなる。しかし、僕は右に左にと脚を斬り抜きながら、閃光のように駆け上がった。
ホームに戻ると、大きく肩で息をした。ミュールの女達は皆片足を失い、階段から転げ落ちていく。 (やっと終った……)
僕は何事も無かったかのように、太刀を振り抜き血糊を取ると、反対側の階段へ向った。そこにはちゃんと下りのエスカレータが設置されてあり、僕はホッとしてエスカレーターに乗った。 (あのミュールの音だけは許せん!) エスカレータがもうすぐ終りと云うところで、上からまたミュールを履いた女が駆け降りて来た。
カッ、カッ、カッ
(むむーーっ……)
エントリ22
心揺らして
伊勢 湊
朝一番の時計塔に登る。てっぺん近くの小さな部屋にはしろヒゲじいちゃんが作ったという遠くが見える不思議な筒があって、この城下町から遠く離れた高い壁の向こうにある領主の屋敷も見える。屋敷の庭の掃除をしているセルマの姿を見つける。顔には表情がない。何か声をかけてあげたい。僕がセルマのことを心配していることを伝えたい。でも領主の屋敷は遠すぎて僕の声は届かない。 「今日も見ておるのかい」 「うん。しろヒゲじいちゃん」 僕は望遠鏡から目を離さずに言った。 「どうして王様はセルマを助けてくれないんだろう? 森に木の実を取りに行って間違って領主の領地に入ったかもしれない。でもなにも悪いことなんてしてないのに」 「分からぬわけじゃあるまい。王と領主が本当に争えば、多くの人が犠牲になる」 「だから一人で助けに行くって言っても城の兵士は僕を止めるよ」 「誰かが助けに行けば、この先向こうはもっとたくさんわしらの国の者を捕らえるじゃろう。捕まえたらそれがいろんな取引の役に立つと思うじゃろう。静かに待っていれば帰ってくるんじゃ。いままでもそうじゃったじゃないか」 「そうだね。きっと王様はいろんなことを考えて決めているんだね」 「そういうことじゃ」 「でも、まだじいちゃんがお城の大臣だった頃、三年が経って帰ってきた娘さんはどうしてその後でこの国を出て遠くへ行ったの?」 僕は望遠鏡から目を離して振り向いた。 「一人の勝手な行動が、多くに迷惑をかけることもあるんじゃ」 「分かってるよ。でも僕が取り戻したいものはセルマの心なんだ。例えセルマに会えなくてもセルマの心が失われてしまうのをそのままにしておけない」 僕はポケットにナイフを入れると時計塔を駆け下りて繋いであった馬に飛び乗った。例えば、あらんかぎりの声をあげたとして、どの辺りまで行けば僕の声は壁の向こうへ届くだろう。この声でセルマの心を揺らせるのだろう?
老人はかつて自分の作った望遠鏡を覗き馬で森を一直線に領主の館を目指し駆ける少年の姿を追う。森の木々にその姿が隠されることがあっても老人にはその居場所が分かった。もう、遠く離れて聴こえるはずもないのに、少年のセルマを呼ぶ声が、心を乗せたその歌が聴こえる気がした。 老人は少年にただ国のあり方を説いたのか悔いた。やがて馬上で領主の兵隊に囲まれた少年がナイフで自分の胸を指すのを見た後で、老人は望遠鏡を倒してレンズを割った。
エントリ23
皇帝様が来た
蛮人S
ノックの音がした。 「開いてます」 と言っても、開けてやらねば彼は入らない。私がそっとサッシの窓を開くと、黒ずくめな彼は首だけ中に突っ込み、四十五度刻みで頭を傾けて部屋を検分して私の目を見て口を開いた。 「まるでごみ溜めだ。好ましい」 私にとっては好ましからざる評価だが、改善の見込みも無い。彼は土足のままごみ溜めに舞い降り、持ってきたバインダーファイルを開いた。 「本題に入ろう。この数日、余は不穏なる精神下にある。何故だか分かるかね。分かったら早く対処し給え。では」去ろうとした。 「分かりません」 「君は馬鹿かね。見よ」 彼はファイルに綴じた町内地図を指した。それには幾つものバツ印が、様々な色で書き込まれていた。 「これはこの半月の間に顕れた不逞分子どもの示威活動を示す。不遜にも彼らは忌まわしき象徴を白日の下に晒し、余と余の忠なる臣民達への憎悪を明らかにした。しかもそれらは悉く、少年男子の住まう家庭なのである。即ち児童の幼少より余への敵対心を根付かすべく洗脳教化し、叛乱戦士を育成するのが彼らの最終目的であろう」 彼はファイルのページをめくった。 「見よ。これが忌まわしき象徴である。空中高くまで伸びた竿の上で、音を立て威嚇する回転矢車、その下に無秩序にはためく嫌らしき色帯の束、さらにその下に大口を開けたノルオルのたうつ布の魚、蛇を模したと思しきその肌の鱗模様、常軌を逸した大目玉、しかも何匹も居るぞっ。嗚呼おぞましや、おぞましやっ、かあ、カアアっ」 「あのぉ、カラス皇帝様」 「なんじゃいカァー」 「すいません、鯉のぼりでしたら、実はウチにも」 私は商店街で貰った紙製のミニ鯉のぼりを、ごみ溜めから引っ張り出して彼に示した。皇帝様は全身の羽を一瞬で逆立て(それが言葉の例えでない証拠に、数枚の羽がごみ溜めに突き立った)そしてクチバシを真っ直ぐ近くまで開き、絞るような叫びをあげた。 「おまえもカァーッ」 皇帝様はサッシの窓に飛び乗って私を睨んだ。 「いいや、聞かぬ。弁明は聞かぬぞ。裏切り者、震えて待つがよい。明日の早朝には南関東方面軍、十五万の黒い神兵が貴様を屠るであろう。貴様はホラー映画の脇役のように無残で無意味な最期を遂げるだろうよ。誇りに思うがよい。阿呆、阿呆」 喚きながら飛んでいった。途中、何羽かの他のカラスが合流し、皇帝様は何事か命じているようだ。 別に心配ないと思う。去年もそうだったし。
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