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第7回3000字小説バトル
Entry5

そしてわたしと自動販売機は一つになったのだ

作者 : 百内亜津治
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文字数 :
(ある調査によると、今日本には550万台の自動販売機があるそ
うだ)

 いつも目にするものであるが、ほとんど気に留めることのない、
ごく一般にありふれた存在である自動販売機。ある時わたしは考え
た。自動販売機からジュースを取り出した時、缶が何物かによって
ひどく汚れていたらきっとその人は困るだろうなあ、と。そしてそ
んなことを考えながら歩いていると、たまたま塀の隅に放置されて
いた犬の糞を見つけた。わたしは当然のごとくそれを近くの自動販
売機の取り出し口の中に放り込んだ。(その時は夜であった)。犬
の糞はうまい具合の柔らかさであり、恐らくジュースの缶にほどよ
く付着するであろうことをわたしは確信したのだ。しかし、何か物
足りないと感じた。それでわたしは自宅(そこから歩いて2分ほど)
に一度帰り、「マヨネーズ」を抱えてから走って先ほどの自動販売
機に戻った(善は急げ、である)。次いで例の犬の糞がまだあるの
を確認して、その上からマヨネーズを大量にかけたのだ。そして、
まだ余りがあるようだったので、それは"おつり"の取り出し口の中
にていねいに平らに付着させておいた。懐中電灯で照らすと、それ
らは妖しく光るのであった。その後、わたしは晴れ晴れとした気分
のまま帰宅し、かつてないほどの安堵の中で眠りを堪能することが
できたのである。

 次の日の午後、例の自動販売機を見学に行ったが(心地よい眠り
は午前遅くまで続いたのだ)、それには「只今使用不可」という大
きな張り紙がしてあったのは言うまでもないだろう。

 その後、わたしは自動販売機に対する徹底的な集中攻撃を開始し
た。そして、わたしは自動販売機の取り出し口に"モノ"を入れると
(もちろん、それは夜もしくは夜中に決行されるのだ)、次の日に
必ず様子を伺いに行くようにしていた。たいてい胸の踊るような結
果になっていた。すなわち、「使用不可」の張り紙である。

 そうしたある日TVを見ていたら、首都圏のみのニュースで、
「最近自動販売機に悪質ないたずらがされるケースがたびたび起き
ている」というようなことを言っていた。わたしは胸の高まりを感
じた。わたしのしたことがTVに出るほどまでに評価され驚きと困
惑をもって迎えられているのだ、という深い充足感を感じながら。

 ここでわたしが今まで自動販売機の取り出し口に放り込んだ"す
てきなもの"の一部を特別に皆にお伝えできればと思う(当然のこ
とながら口外無用である)。「ゴキブリが約20匹ついたゴキブリ
ほいほい(開け広げられたもの)」、「ねずみの死がい」、「猫の
死がい」、「鳩の死がい」、「自分自身の下痢」、「こんにゃく」、
「週刊現代」、「生きているミミズとナメクジ数十匹」、「カレー
の王子様(中身)」、「スイカのたね百個以上」、「よせ豆腐」、
「うなぎ(まるごと)」、「我が家の生ごみ」、「筒井康隆の"農
協、月へ行く"(文庫本)」などである。(ここまできて、"おまえ
はサイテーだ、自動販売機の取り出し口を自分のごみ箱代わりにし
やがって"とおっしゃる方がおられるかもしれないが、わたしはそ
うした中傷非難批判を全く意に介すつもりはないのである)。

 とはいっても、わたしが動物たちの死がいを入れていることに関
して、わたしがそうした小動物などを虐殺しているように理解され
るならば、それは不本意というものだ。わたしはただそれら死がい
を日夜探し求めているだけである。わたしの経験からすると、「雨
の日」に動物が死んでいる場合が多い。これは、見通しの悪い道路
で猫や犬が車にひき殺されるためである。そういったものを見つけ
るとわたしは用意していたビニール袋をさっと広げ、実に手際良く
それらを入れるのである。(当然のことながら、わたしも彼らの死
に直面して実際に涙を流すことを禁じえないのである)。こんなと
ころを見られると、わたしは「人のいやがることを進んでする善人」
と見られるかもしれない。そしてそれはまぎれもない真実なのであ
る。

 話は変わるが、わたしは、他の人と同じように寝ている時よく夢
を見る。そして最近では「自動販売機」に関する夢をよく見るよう
になった。それは幻想的かつ甘美なもので、いつになくわたしを興
奮させるものである。その夢についての詳細を語るのはわたし自身
少しためらわれるのであるが、概観だけ述べることにしよう。その
夢の中では、「自動販売機」が生きていてわたしといろいろ会話を
するのであるが、「自動販売機」氏(彼とわたしはすっかり意気投
合し、固い友情で結ばれているのだ)はわたしの行なう行為(例の
取り出し口に"ヘンなもの"をいれること)をひどく喜んでおり、ま
た、まだ"してもらっていない"仲間もそうしてもらいたいと切に願
っているということをわたしに真剣なまなざしで伝える―――とい
った感じである。(自動販売機も仕事をせずに済むわけだから、わ
たしに感謝していないはずはないのである)。

 「自動販売機のいたずら」のニュースがやっていた次の日、わた
しは新聞で「××市の全自動販売機使用中止」という記事を見つけ
た。理由は、「最近取り出し口にいたずらで始末に負えないものが
入れられるケースがたびたび報告されており、衛生上やむを得ぬ処
置」などと書かれていた。わたしは小躍りした。ここでようやくひ
とつの結末が出たことになるわけだ。そして、わたしの活躍はかな
り多くの人の知るところとなり、あの警察でさえ、わたしを探すた
めに立ちあがったのだ(わたしの味方がわたしに裏情報を惜しむこ
となく流してくれるので、とても助かっている)。これはすごいこ
とだぞ、とわたしは涙にあふれた目で、星々のあふれる夜空をなが
めるのであった。(ここでも念のために言っておくが、わたしは泣
いていたのではない、感動が頂点に達しただけなのである)。

 ふと気が付くと、わたしは眠っていたようであった。ここはどこ
だろう、と一人つぶやきながら、ふらふらとした足取りで立ち上が
った。風がひんやりと肌を打つのだから、恐らくここは外なのだろ
うな、と考えていると、わたしはこの闇の向こう側に光の群れるの
を見た。わたしが歩いて近づくにつれ、その正体がはっきりしてき
た。おびただしい数の自動販売機であった。彼らは一人ずつ(!)
明るんで自己主張をしていたが、しかしわたしに対する非常な親し
みをその光の加減で示すのであった。すると、一人の自動販売機が
進み出てわたしに言った。「あなたは相当疲れています。それに今
あなたを憎んで追っている人々がいるというのをきっとご存じでし
ょう。さあ、私の中でゆっくりと安らぎなさい」。そして、彼(も
しかしたら彼女?)は、その"取り出し口"を大きく広げるのであっ
た。わたしは彼をじっと見つめた。するとわたしには分かったのだ、
その自動販売機はわたしが最初に目をつけて犬の糞やマヨネーズを
入れたものであるということを。そして彼の"取り出し口"には、犬
の糞やマヨネーズがあの日の姿のままで無邪気に戯れているのであ
った。わたしは何も答えなかった。それでも頬には熱いものが伝わ
り、ついにこの日が私を暖かく迎え入れたことに対する深い喜びに
満たされるのだった。わたしは吸い込まれるようにその中に入った。
そして何とも言えない充足感と安心感に包まれるのを感じながら、
心地よくそして深みの知れぬ眠りに落ちていくのであった。