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第7回3000字小説バトル
Entry7

踊り場

作者 : 涼藤庵 [リョウドウアン]
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文字数 : 2977
静寂に包まれた踊り場に、勢いよく階下から風が流れ込んできた。
風は、俺の体の周りをニ、三度回った後、慌しくまた階下へと消え
ていった。
再び静寂が訪れた。
俺の動揺する鼓動の音だけが、やけに大きく踊り場に響いている。
誰かいないものかと思い叫んでみるが、声は静けさに力なく消され
てしまった。
俺はこんな所でしかも物騒なライフル銃を大事そうに抱えて何をし
ているのだろう。どうも記憶が曖昧である。
ここは、俺が勤める会社のようにも見えるが、そうでない様にも見
える。
俺が勤めている会社は、大部分がコンピューター化されており、人
間のすることはほとんどない。仕事といっても、いくつかのコンピ
ューターに電源を入れ、後はぼんやり画面を眺めているだけである。
俺の恩師に頼まれなければ、もう少し人間味のあるところで働きた
かったのだが。
ただしこの電源の入れ方が厄介で、ひとつ順番を間違えようものな
らすぐに、"オマエハサイテーノニンゲンダ"、"ハジヲシレ"な
どのメッセージが出てくる。
俺などはそのために毎日胃薬と精神安定剤を欠かしたことがない。
そんなひ弱な精神しか持ち合わせていない俺が、銃を片手に何をす
るつもりなのか?どこかいやな予感がする。
やはりそうだ。

「危ない!逃げろ!」
ドドドドド、パン、パン。
至る所から勢いよく兵士達が飛び出して来た。
すでに踊り場には満足そうな表情を浮かべた兵士達が入り乱れてい
る。
「おい、何をしている!早く逃げろって言ってるだろ!」
ドドドドド、パン、パン。
何となく滑稽な銃声や悲鳴を聞きながら、俺はその光景をぼんやり
と眺めていた。
「前方に敵の隊列発見!後方に敵が散らばった!ぐげっ」
「敵味方入り乱れているぞ、間違えるな、ばか!俺を打つな!この
名刺を見て、ぐげっ、ぐぼっ、名刺」
ドドドドドォ。
「この名刺を、うぁ、メイシヲ…」
パン、パン。
俺に話し掛けた奴が、今は無残にも二つに割れた頭から赤黒い粘着
質の脳みそをたらし、うらめしそうに口元まで飛び出た眼球で俺を
見ている。よく見ると俺の上司に似てなくもない。とにかくここは
逃げたほうがよさそうだ。
「おい!待ってくれ」
「隊長!早くしてください。我々と一緒にそこの自動販売機まで走
り抜けてください」
「よし、わかった。行くぞ!」
パン、パン。
相変わらずB級映画を思わせる間の抜けた銃声の中をくぐり抜け、
俺たちは自動販売機までたどり着いた。
「たったっ隊長!来ました、ヘル団です」
 階下をのぞくと全身黒装束の、見るからに凶悪そうな雰囲気の一団
がへらへら笑いながらこちらに向かってくる。
「逃げるか?それとも戦うか?」
「やはり逃げましょう」
くそっ、逃げてばかりか。
ヒュ−ドドドドド、ドーン。
「まてっ!」
「まずい、狙われる!」
そのとき俺に向かって一本の矢が放たれた。
「くそっ!」
矢は俺の手のひらに綺麗に刺さった。しかしそれほど出血もせず、
まして痛みなどない。気にせずにおこう。
と、そのときまた静寂が踊り場を包み込んだ。
「来る。奴らが来る」
「どうした、何をそんなにおびえている」
ザッ、ザッ、ザッ。
規則正しい足音が階段を鳴らし静寂の中に響き渡る。
ザッ、ザッ、ザッ。
「01軍団ですよ。だめだ、もう逃げられない!」
「01軍団?」
部下に向かって、あれはコンピューターのエラー番号MS0482
ではないか?などとわけのわからないことを言っていたそのとき、
静寂が破られ一斉に悲鳴が上がった。
バババッドドドドドドッー。
「まずい。また、俺たちのほうに向かってくるぞ」
死体で覆われた階段を、一団が勢いよく上がってきた。
やるしかないと思いつつ、銃を構えるが、全く使い方がわからない。
右手に刺さっている矢も邪魔だ。
「おい、おまえが行け!」
振り返えると、部下はすでに失禁し恍惚の表情を浮かべ、目からは
よだれを口からはよだれを耳からはみみだれを垂れ流している。
くそっ、普段は俺に最先端の知識をひけらかし、優越感に浸ってい
るくせにいざ戦闘になると全く役に立たんではないか。
そのとき背後で銃声が響いた。
腹部を撃たれた部下は2メートルほど上に飛び上がり、小便で綺麗な
弧を描きながら階下に消えていった。
俺の背筋が恐怖でピンと伸びたために、瞬く間に狙い撃ちをされ、
左足が変な方向に曲がってしまった。
俺も戦闘向きではないのかもしれない。
「もう、やめようよ。勝てっこないよう。だいたい、あんた達はエ
ラーなんだろ?えっそうなんだろ?俺はエラーが一番苦手なんだよぅ」
先頭にいた男が、不気味な笑みを浮かべながら明らかに事務的に答
えた。
「オマエハサイテーノニンゲンダ」
「ハジヲシレ」
くそっ、やはりエラーだったのか。
逃げなくてはと思い階段を2、3段上がったところで、背後から銃
声が聞こえた。背中に微かな刺激を感じ、俺の意識は急激に表層部
へ上昇し、パンと音をたてて消えた。

背中に痛みを感じながら、会社に行く途中の電車であの踊り場にい
た兵士に似た者を見つけた。咄嗟に銃を構えたが、俺の右手に握ら
れていたのは銃ではなく携帯電話であった。
まずい、逃げなくては、と思い自動販売機を探しながら男の手を見
ると、その手にも銃ではなく携帯電話が握られていた。
くそっ今度は情報戦争か、と思い、一瞬背筋がピンとなったが、そ
の男は俺の事など気にもせず人ごみの中に消えていった。
昨晩激しい戦闘が繰り広げられたはずの踊り場は、その痕跡をどこ
にもとどめてはいない。
俺は階段を上ってオフィスに入り、いつもと同じようにコンピュー
ターの電源を入れた。
しばらくすると無数のメールがへらへらと笑いながら出現した。
俺は瞬時に削除ボタンを押し、そいつらを闇に葬り去った。
そして次につけた電源からはあのエラー番号MS0482ゆっくり
と現れた。
背筋が凍るような感じを受け、俺は逃げるようにその場から離れ、
必死になって走った。走りながら、知らず知らずコンピューターに
精神を操られている気がしてぞっとした。
やたらとコンピューターを介して周囲のものと連絡を取りたがる奴
や、ディスプレイに向かい合ってぶつぶつつぶやいている奴。そい
つらはだいたい自分だけがコンピューターを操っているつもりでい
るが、俺から見ると逆にコンピューターに踊らされているようにし
か見えない。
いつのまにかに俺は賑やかな繁華街まで来ていた。見渡すと辺りで
は、年末に向けて消費を拡大しようとそれぞれの店がそれぞれの思
いで販売に躍起になっている。
いたるところからコンピューター音が響いてくる。
そう言えばどことなくその規則正しい音律は、あの戦闘時の銃声
に似ている気がする。
道の傍らに、今購入したばかりのコンピューターを見つめ、しきり
に自分を納得させようとしている男の姿を見つけた。彼も、自分が
踊らされていると感じているのだろうか。
安易なコミュニケーションツールで自分の周りを固めれば固めるほ
ど、逆に他人を遠ざけることにならないか?俺にしてみれば、周り
を敵に囲まれ銃をつきつけられている状況と同じである。人々は
段々と孤立してきている気がする。
コンピューターによる陰謀か?
しかし、俺がどう思おうと世の中はさらにそれらのものを取りこん
で加速していくのだろう。
そして人々は、一層それらのもので身を固めて満足感に浸るのだろ
う。まるで、あの踊り場で銃を片手に満足げな表情を浮かべていた兵士
達のように。