≪表紙へ

3000字小説バトル

≪3000字小説バトル表紙へ

3000字小説バトル
第79回バトル 作品

参加作品一覧

(2007年 7月)
文字数
1
akky
3000
2
3000
3
ごんぱち
3000
4
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん

結果発表

投票結果の発表中です。

※投票の受付は終了しました。

  • QBOOKSでは原則的に作品に校正を加えません。明らかな誤字などが見つかりましても、そのまま掲載しています。ご了承ください。
  • 修正、公開停止依頼など

    QBOOKSインフォデスクのページよりご連絡ください。

チコポン語
akky

 ある日のこと、一家の長であるところの父親が妻と息子を居間に集め、おもむろにこう宣言したものである。
「きょうより我が家では、日本語の使用を段階的に禁止することとする。いや、日本語だけではない、英語、フランス語その他、ありとあらゆる既存の言語の使用を段階的に禁止する」
「いったい、どういうことなんですの?」
 日頃夫がこうと決めたことに一度として異を唱えたことのない貞淑な妻であるところの母親が怪訝な色をあからさまに面に表して訊ねた。
「それというのはほかでもない。人間相互のコミュニケーションの道具として発達し、かくも文明を繁栄せしめた言語は、いまや人間の自意識を極限まで肥大させるばかりで、人と人との心の通い合いを少しも産むことができなくなったばかりか、あまつさえ、他者を傷つけ、冒涜し、迫害するための危険な凶器と成り下がった。かような現状を踏まえ、私はこの家庭において既存の言語を一切放棄することを決意したのだ」
 父親はいったん息をついて家族を見回し、それから再び口を開いた。
「とはいえ、一つ屋根の下に暮らす私たち家族の生活が一切のコミュニケーションなくして成り立つとは思わない。また、かくも言語という道具に寄りかかる形で築き上げられた我々の生活から、一切の言語を奪い去ったあとで、何らかの補完システムを構築することなしに、有効なコミュニケーションが成り立つとも思わない。そこで私は考えた。およそ十年の歳月を費やし、本来言語が持つべきコミュニケーション手段としての有用性を存分に発揮するための新しい言語を開発したのだ。インカ帝国の末裔の一支族が用いていたという古い言語で、“友愛”“美しい”を意味する言葉から名づけてチコポン語という」
「チコポン語!」
 母親と息子は驚きのあまりに叫んだ。
「さよう。それが今後、我が家における唯一無二の言語となる」
「でもお父さん」
 息子が口を挟んだ。
「お父さん自身はよいとしても、僕とお母さんにはいきなりきょうからチコポン語だけを使って話すようにいわれても、それは無理というものです」
「むろんそうだ。だから私は初めに、“段階的に”といったのだ。私の計画ではこうだ。最初の一ヶ月間を言語の完全移行のための暫定期間と位置付け、部分的に日本語の使用を許可する。きみたち二人は不明なチコポン語の意味を尋ねるために、私に日本語を使って質問をすることが出来、私は適宜、その意味するところを日本語で教えることとする」
 こうしてその日から、父親によるチコポン語の授業が始まった。チコポン語成立の歴史から始まり、次いで、言語としてのその大まかな体系が語られた。父親が語るところによれば、チコポン語とは、ひとつひとつの言語を発音という方法にほとんど依拠することなく、いわゆるボディランゲージに近い方法で表現する言語であり、文字はそのボディランゲージをそのまま象形化することで成り立っている。なぜ発音に依拠しないことを選んだかといえば、既存言語のうちで最も野蛮でありかつ害悪をもたらすのが相手の発した言葉を耳で聴くという行為であり、耳から得る情報を極限まで押さえ込んだ静寂のコミュニケーションこそが最上の心の通い合いをもたらすという父親独自の信念に基づいているのであった。
 例えば、「私の名前はアキラです」というセンテンスを表現する方法はこうである。初めに天を指差し、地を指差す。次いでその場にうずくまって息を止め、そのままゆっくりと立ち上がりながら両手を高々と伸ばした状態で静止する。視線を指先に向け、ちょうど撥音を出すときのようにすぼめた唇を瞬時に開いて「パッ」と小さく音を出して息を吸う。それから両手の甲を内側に向かい合わせにするような格好で指先を自分の胸元に向け、ふいに片方の手を空に向けてぐっと太陽を掴む仕草をし、最後にはらはらと涙をこぼすのである。また「私は怒っています」なら、初めに天を指し、地を指し、うずくまって息を止め、ゆっくりと立ち上がって天高く指をかざすまでは同じだが、翻ってふいにしゃがんで指を地面に突きつけ、再び天を指差して、大地に身体を投げ出す。このとき、喉の奥に力を込めた状態で空気を搾り出すようにして「ア」と発音すれば、「深い悲しみを含んだ怒り」を表すことが出来る。もしこれらを文字表記したいときは、それぞれの動作を独自の方法論によって象形化した記号を用いるのである。
 父親によれば、この新言語はこの世界に現存するいかなる言語にも勝る豊かな表現力を持っており、例えば「私」というチコポン語の「単語」が文脈によっては「鳥」や「火山」といったまったく無関係な言語に変化することがあったり、あるいは、動作の最後の最後のわずかな指先の動きや声の出し方、顔の表情によって、そこまでの文脈の意味合いが百八十度変わってしまうこともあるという極めて繊細な言語なのであった。このように繊細であるが故に、表現者は自らの言葉が終わるまで、最後の最後まで気を抜けないのであり、そのことが言語に対する畏敬を深め、引いては、それを受け取る相手への深い思いやりを生み出すことになる、というのが父親のチコポン語開発の意図なのであった。
 しかし、そのように壮大な意図をもって作られた言語であるところのチコポン語はその言語体系においてもまた極めて壮大かつ複雑、難解な構造を有していた。初めのうち、母親と息子は、父親の語るところを一語も漏らすまいと懸命にノートを取り、その動作を必死に倣った。しかし、いくら頑張っても、父親の動作するようには動作することが出来なかったし、文脈の中でくるくると変化する「単語」の意味を覚えることが出来なかったし、また正確な動作が出来ない以上は、正確に文字を表記することもまた出来ないのであった。瞬く間に、日本語の使用を許された暫定期間の一ヶ月は過ぎ去ったが、いまだ家族の間ではチコポン語による簡単な日常会話すら成り立たなかった。父親は暫定期間をさらに一ヶ月延長し、チコポン語の特訓に励んだが、状況は遅々として改善しなかった。最初の宣言から二ヶ月が経過した日、父親はついに家族間における既存言語の使用の全面禁止に踏み切った。
 朝起きてから夜寝るまでの間、父親から発せられる数々のチコポン語を、母親と息子はほとんど理解することができなかった。また母親と息子がごく一般的に認められているボディランゲージを交えながら苦心惨憺して発するチコポン語は、父親にとって見ればあまりに粗雑であり、直截的な表現に過ぎた。父親はしばしば激怒し、母親と息子を震え上がらせた。やがて家族の間に隙間風が吹き始めた。顔をあわせても、互いに黙り込む場面が増え、そればかりか、互いに顔を合わせることそのものを避けるようになってしまった。
 ある日のこと、息子の姿がしばらく見えないことに気づいた父親がチコポン語で母親に息子の居所を尋ねると、母親は父親の目を見ようともせずに、黙って玄関のドアのほうを指差した。息子はついに愛想を尽かして家を出て行ったのである。その数日後、今度は母親が出て行った。それを知ったとき、父親は庭に面した居間のソファに一人孤独に腰を下ろし、煙草を吹かした。これでもう誰に向っても言葉を発しなくて済むのだと思ったとき、それが最初から自分の望んでいたことだったと彼は気づいたのだった。
チコポン語 akky

アンリアルクエスト

 慣れないことするんじゃなかった。警官の制服、私が疑われるわけない、と妙に思いこんだのが間違い。せっかくいい天気なのに。お気に入りのTシャツの下、下着にさわやかな汗、いやな汗が混じって蒸れる。
 住宅街の裏道で、昼間の人通りは少なかった。
「じゃあさ、これ誰の自転車?」
 二十歳くらいだろうか、オマワリさんは、何気ない感じだけど、完全に私をクロだと確信している台詞を吐く。一応、友達の自転車と答えるが、無駄なことは分かっていた。連絡とれるかと聞かれて、素直にウソでしたと謝った。
 オマワリさんが笑う。怒られるかと思ったが。それから矢継ぎ早に色んなことを質問された。
Q.「昼間から何してるの?」
A. 中学浪人なんです
Q.「塾とか予備校とかあるんじゃないの?」
A. 今日は休みです
Q.「今から、どこ行くの?」
A. 買い物です
Q.「何を買うの?」
A. ゲームですけど
Q.「今度、買ってあげようか?」
A. …… 何で?
 強い日差しで、帽子のひさしの影が深く、オマワリさんの表情がよく読めなかった。
「いや、俺もゲーム好きなんだよね、何持ってるの?」
 フランクな調子だけに、より不気味に思えてくる。私は自分なりに丁重にお断りの言葉を返す。
 オマワリさんは口元を軽く歪めると、私の自転車(私のじゃないけど)を掴んで引き寄せた。
「じゃあ、窃盗罪で現行犯逮捕ね。OK?」
 微笑む警官。瞬間、頭が真っ白になって、力ずくで自転車を奪い返した。ちゃんと掴めなくて、自転車が倒れてしまう。閑静な裏路地に、いやに大きく金属音が響いた。警官が、軽い痛みのうめき声を上げた。私はパンツまで汗をかいている。
「なあ、お前。連絡先教えろ」
 急に威圧的になったオマワリさんに、鳥肌が立つ。肛門が縮んで、震えがきた。何も答えられない。思わず叫び出しそうになる。
 警官の怒声が響き渡る。
「自分が何してるのか分かってんのかよ!」

 直後、警官が崩れるようにその場に倒れた。
 かわりに、木の棒から針が出ている武器のようなものを持った男が立っていた。声を失って、立つことしか私には出来ない。
『おい、大丈夫か』
 男は私に話しかけているようだ。頭にワンワン声が響く。男は変な格好をしていた。鮮やかな色彩の布でわけのわからない機械を覆い、バランスをとったような服(ヨロイ?)を着ていた。これは…。まるでアニメか、ゲームのそれ。
 うつむくと、警官の頭部から多量の血が流れているのが目に入る。異様な姿勢で倒れたまま、動かない。男が、倒れた警官の側にひざまずいて、警官の服の中身をなにやらまさぐりだす。私の方を振り返る。
『怖かったか。もう安心だぜ』
 男の微笑みは晴れ渡るようにさわやかだったが、側で流血している警官とのギャップで、激しく頭が混乱した。震えが止まらない。もう絞り切れないほどの汗が出ている。
 落ち着こう、とりあえず落ち着こうと自分に言い聞かせ、空を仰いで深呼吸した。ふいに、視界のすみ、賃貸マンションの中程にベランダに出ている人が見えた。少し年上の女の人だ。私を見ると、慌てたように部屋に戻った。
 まずい。通報されるかもしれない。そう思った。急激に頭が冷える。考えるより早いとすら感じるほどに、体が勝手に動く感触。私は、鉄砲を握ってじっと座り込んでいる男の腕を掴んで、無言で走り出した。

 まず落ち着きたい。そう思って近くの低い山を目指す。なるべく人通りのない広い道を選ぶ。犯罪者が山に逃げこむ気持ちが初めて分かった。とにかく隠れたい。深い森に身を沈めたいんだ。今日は明る過ぎる。
「なあ、これ、金か?」
 男が私に千円札を見せて、あっけらかんとした声を出す。よく質問の意味が分からなかったので曖昧な笑みを浮かべてしまう。
「じゃあ、これ、何のアイテムだ?」
 拳銃が目の前に突き出される。私は男の手を握って、ただただ首を横に振る。男は、外人っぽい仕草で、拳銃を自分のバッグの中に入れた。
 しばらく無言で歩いた。男は口笛なんか吹いている。全く悪びれた様子はない。直射日光に照らされたアスファルトや錆びたガードレール、道路脇の曇った反射鏡との、男のアンバランス具合は何とも言いづらい。道は、曲がりくねって次第に周囲を緑化させていく。
「なあ、娘よ」
 男の声がして、辺りを見回したが誰もいないので、仕方なく振り向く。娘って、私のことか? やはり目があった。
「ここは何ていうタイリクなんだ? もしかしてお前喋れないのか?」
 タイリク? 大陸のことか? 場所を聞いているんだろうか。とりあえず喋れないと誤解されるのも嫌なので、福岡県ですと返答する。
「よかった。喋れるのか。俺の名はエデン・マクベス。お前は?」
 男は私の答えを無視して、満面の笑みを浮かべる。あくまでさわやかだ。彼は多分、重大な精神病にかかっているんだと思う。これが誇大妄想狂っていうやつかもしれない。
 脳裏に倒れた警官の姿が浮かぶ。頭から大量の血。もしかしたら、死んでいるかもしれない。救急車くらい呼ぶべきだったのかも。だけど私、携帯電話持ってない。公衆電話も見あたらない。ていうか、電話嫌い。

 ハイキングコースにもなっている緩やかで広い山道から入って、道を逸れ、草ぼうぼうの道無き道を進む。でかい棍棒を持ったマジで凶暴なコスプレ男子と。
 私は息が上がってしまって何度も休憩したが、彼は……エデンは、汗一つかいていない。そうとう鍛えているんだろう。
「マイコ。ドコまで行くんだ?」
 もうちょっと、と言いつつも私自身どこまで行けばいいのかよく分からない。それより男の子に下の名前で呼ばれることのむずがゆさに妙な気分になっていた。本当に声までよく似ている。
 昼なお暗いという描写の似合う森の中まで来ると、本当に足が動かなくなった。私がしばらく荒い息を沈めているのを、エデンは黙ってそばで見ていてくれた。優しい視線を感じる。というより、私が何かいうのを期待してるみたいだ。
「さあ、どんなアイテムくれるんだ? マイコ」
 段々飲み込めてきた。エデンには、私のやっている事がRPGで言うイベントに見えているんだろう。ゲームではだいたい、町で困った人を助けると、お金やアイテムが貰えることになっている。しかも、私は助けてもらった場所からこんな遠くまで彼を案内してきてしまったんだ。何か重要なアイテムが貰えると勘違いするのも、何となく分かる。
 森の中に座り込み、エデンが分けてくれたカロリーメイトのようなものを食べた。レモン水のようなものも飲ませて貰った。わずかな木漏れ日や森の空気が心地よく、彼の衣装や雰囲気と奇妙にマッチしていた。
 私は意を決した。仲間にしてください、と頼んだ。エデンの表情が輝いた。
「お前、回復系の呪文使えるか?」
 使えないけど、と前置きして、彼に寄り添い、頬に軽く、くちづけをした。
「うん、まあ、レベル上げれば使えるようになるかもしれないしな」
 エデンは誰かに言い訳するかのようにつぶやく。
 頭の中で、景気のいいファンファーレが響く気がした。

 私の頭の中で冷えた決意が浮かぶ。彼を、エデンを守る。警察から彼をかくまわなくてはならない。両親の了解をとる必要はない。おばあちゃんなら、わかってくれるだろうか。だけど実際、どれくらいの期間、彼をかくまうことが出来るのだろうか。

 エデンは、初恋の人に似ていた。
アンリアルクエスト 葱

必殺、ママン旋風脚
ごんぱち

 夕暮れ間近の夏の西日が、緑に色分けされた通学路を灼く。
「あつー」
 ランドセルを背負った少年が独り歩く。
「シガイセンで、ガンになっちゃうよ、もう」
「ははは! 子供がそんな事を気にするもんじゃあないぞ!!」
「え?」
 少年が振り向く。
 そこには中年過ぎの男が、精悍な顔立ちに爽やかな笑みを浮かべていた。
 ただ。
 男の服装は。
 野球のユニフォームだった。
「さあ、おじさんと野球をしよう!」
「……おじさん、何?」
「馬鹿者、監督と呼べ!」
 一喝するなり、男は少年を拳で殴り飛ばした。
「おぐぶぉふっ!」
 少年は吹き飛び、コンクリートの壁に頭をぶつけ、折れた乳歯が転がり落ちる。
「憎んでくれてかまわんよ! その悔しい気持ちを野球にぶつけるんだ! さあ、まずは町内十周!」
 意識を失って少年は失禁している。
「どうした、立て、立ち上がれ! 健全な肉体に健全な精神は宿るのだ、だから今の子供はダメなんだ、スポーツをやらず殴られた事のないような子供は!」
 男はバットを振り上げた。

 しかし。
 バットは振り下ろされなかった。
「ちょっと、あんたッ、なんザマスかッ!」
 男の腕は、押さえられていた。
「んあー?」
 男は振り返る。
 背後には、エプロン姿の主婦と思しき女が三人。
 「PTA」の腕章を付けていた。
 男の腕を押さえている女は、痩せぎすで泣きぼくろのある鋭い目をしており、眼鏡をかけている。
「岸田! その子を早く病院へ! 浅野、それから通報を!」
「はいっ! 小池会長」
「了解、会長!」
「監督の邪魔をするな!」
 不意に、男の両肩が盛り上がるや、ユニフォームの肩部分が破れ、ピッチングマシンが二台現れるや、硬球を打ち出す。
「ぐおっ!」
「げふっ!」
 岸田と浅野は、硬球を頭に受け、昏倒する。
 続いて会長に。

 間一髪白球をかわした小池若菜の頬から、二筋の血が流れる。
 監督の両肩にピッチングマシン。目にはスピードガン。口にはメガホン。胸にスコアボード。足はストッキング。腹部に埋め込まれたヤカンは水滴がすら付いていた。恐らくは氷入りの麦茶に違いない。
「――聞いたことがあるザマス。井戸端会議で」
 小池は姿勢を低くして、間合いを取る。
「二〇年前、サディスティックな指導で、その任を追われた少年野球団の監督がいた」
 蝉の声が遠くで微かに聞こえる。
「その後、彼は姿を消した、筈」
「野球の指導に向くように、身体を改造してねぇ。いつの間にか二〇年も経ってしまっていたんだよ」
「その名を、高橋宏一。人呼んで、『ちょっとアレな監督さん』!」
「ふっ、その名はもう捨てた」
「どちらかというとレッテルザマス」
「今の僕の名は、『超スーパー機械メカ監督』!」
 前触れなく白球が打ち出された。
 小池がこれをかわそうとした刹那。
「僕が一番上手く野球を教えられるんだぁぁぁ!」
 監督は一気に間合いを詰め、バットを振り抜いた。

「なに!?」
 監督のバットは砕け、グリップ部分だけになっていた。
「ふしゅぅぅぅ」
 小池はゆっくりと左足を下ろす。
 当たる直前のバットを、突っ掛けの踵で蹴り砕いたのだった。
「『PTA式CQC』、PTA会長に伝わる」
 左足が地面に着いたと同時に踏み込む。
「近接格闘術ザマス」
 掌底を監督の腹部に叩き込む。
「その本質は!」
「ぶぐあああっ!」
 ヤカンがひしゃげ、麦茶が飛び出した。
「徹底して脚部のみを鍛え、これをスカートに隠す事!」
 そのままフットワークで側面に周り込みざまに、足払いで脛を刈る。
「即ち、虚を突いての一撃から始まる連撃!」
 よろめきかけた監督の足を今度は反対側から刈り、完全に尻餅を付かせる。と、しゃがみ込みながら、踵を一気に振り下ろす。
 しかし。
 一瞬早く、監督は起き上がっていた。
「女の蹴りは」
 にやあっと笑う。
「効かないなぁ」
 監督は笑顔を歪めて小池を睨む。
「でも、ちょっとばかり痛かったよ」
 監督は背中のポケットから、二本の同じぐらいの長さのものを取り出した。
「金属バット……と、鉈、ザマスか?」
「バットは、本来人を傷つける道具ではない」
 いつの間にか日は傾きかけ、蜩の声がし初めていた。
「しかし、指導に必要であれば、その限りではない!」
 監督は金属バットと鉈で打ちかかった。
 バットをかわせば、鉈が、鉈をかわせばバットが。身一つの小池は、間合いに入る事が出来ぬまま、塀に追い詰められる。
「……長引かせる訳にはいかないザマス」
 小池が息を呑み込んだ時。
「――止しなさい」
「新手か!」
 瞬時にピッチングマシンが声の主に白球を発射した。
 しかし、白球は経路途中で落下した。
「小池会長。ママン旋風脚は、このような雑魚相手に使う技ではありませんぞ」
「校長先生?」
「校長、だと」
「東小学校校長、幡山正男」
 夕日を背にして立っていたのは、僅かに残る頭髪の色と同じ白墨を手にした、涼感スーツ姿の幡山校長だった。

「猪口才な!」
 監督は幡山に向け、一気に一〇発の白球を打ち出した。
 幡山はスーツの前を開く。スーツの裏にはずらりと白墨が並んでいた。
 四本を右手の各指の間に掴み、投げる。
 命中弾になり得るボールを近いものから四発、確実に当てて行った。
「PTA式CQC『Tの型』、イージス白墨」
「T? そんなもの、聞いたことが?」
「いつ頃からか、引き継ぎがされなくなっていましたがな。『P』ペアレント-『T』ティーチャー 『A』アソシエーションが、PTA。すなわち、どちらか一つが欠けても、子供を守り育てるには不十分」
 校長は突進する。
「PTA式CQCも、その精神に則り、また、習得難度を下げる為、技を分離した! すなわち」
 監督は小池に鉈を振り下ろしつつ、迎撃の白球を発射する。
「技のP!」
 小池が鉈を蹴りで受け流し、態勢を崩す
「力のT!」
 校長の無数の白墨が白球を押し切り、ピッチングマシンを破壊する。
「挟撃の破壊力は!」
「四倍に達す!」
 小池の後ろ回し蹴りと、校長の掌底が監督を挟む形で直撃した。
「うごおおああああああ!」
 小池と幡山が跳び退いた一瞬後、監督は爆発した。
 飛び散った監督に、人間の肉体らしい肉体はほとんど残っていなかった。
「何故、ここまで……」
「独りで指導をするため、何でも出来なければならないと思ったのでしょうな」
 頭部は何かを言おうとした形のままで、止まっていた。

 頭に包帯を巻いた少年が両親に連れられて、病院のロビーに出て来た。
「あ、おねえちゃん! 校長先生!」
 小池と幡山の姿を見つけ、駆け寄って来る。
「オホホホ、おばちゃんで良いザマス」
 小池は膝を付いて、少年と視線を合わせる。
「どうだった?」
「うん、外傷だけで異常はないし、心身共に後遺症の可能性もこれでもかってぐらいゼロだって。そもそも、途中で意識戻ってたし」
「まあ、説明的で分かり易いザマスね」
「後を引くダメージがなくて本当に良うございましたな」
 幡山は嬉しげに笑う。
「さ、今日はゆっくり休むザマス」
「明日は、元気に学校に来るんですぞ」
「はい!」
 少年と両親は、その後何度もお辞儀をしてから、病院から出て行った。
「私たちも行くザマス」
「そうですな、早くしないと臨時総会が始まってしまう」
「パトロールの仕方で、提案があるんザマスよ」
「ほほぅ?」
「これまでと違って、無理のない形で先生達と分業と連携を――」
 眩しい夏の日差しが照りつける外へ、二人は出て行った。
必殺、ママン旋風脚 ごんぱち

(本作品は掲載を終了しました)