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第8回3000字小説バトル
Entry18

別れの序曲(第1章)

作者 : 鈴木真二
Website : http://homepage2.nifty.com/soulworld/
文字数 : 2882
6畳一間の狭い暗い部屋の片隅で、インスタントラーメンを食して
いる風采のない男がいる。
不精髭が、痩せこけた顔を一層貧弱にさせていおり、薄汚れた
パジャマが、その荒廃した生活の時間の長さを物語っていた。
その男の名前は、飯島真二 29歳である。
3年前は、大日本プラントシステムのエリート社員であり、
高級マンションで優雅な生活を楽しみ、将来の社長を約束された男
であった。
しかし3年前に、社運を賭けたタイ国向けのガス化溶融炉プラント
建設プロジェクトに失敗し、その責任を一身に背負いエリートの座
を追放されたのであった。それから2年間、エリートのプライドを
捨て工事現場の肉体労働者として生計を立てていた。しかし、最近
は建設業界の不況の影響で仕事が少なくなり、インスタントラーメ
ンで飢えを凌ぐという毎日が続いていた。
それよりも、彼をここまで精神的に陥落させたのは、インターネッ
トで知り合ったピアニストの美樹との別れであった。
美樹は、彼に「自分の夢を探しにアメリカへ行きます」と言う短い
メッセージを残して、3年前のクリスマスイブの日に音楽の勉強の
ためアメリカへ旅立った。もうそれから美樹からの音信は、彼に届
かなかった。もう夜の8時過ぎであろうか、アパートの窓越しに、
隣の家からクリスマスパーテイの暖かい歓談が聴こえてきた。
多分家族でクリスマスケーキを囲んで、クリスマスと言う特別な日
を楽しんでいるのであろう。
そんな僅かばかりの暖かさや幸せも今の彼にはなかった。
やるせない気持を振り切るようにインスタントラーメンの最後の
スープを飲み干し、いつもの空腹感だけを満たす夕食が終わった。
「ああ!」と無気力な声をあげ、そのやるせない気持を打消すかの
様に、パジャマを思い切り下げ、ピストン運動で自分の欲望を発散
し、疲れ果てた心を慰めた。わずかばかりの快楽の中に、もう忘れ
かけていた3年前の華やかな生活と彼女との出会いが浮かんできた。

携帯電話が鳴った。
「真二。わ・た・し。沙織。何しているの。」
そう言って沙織は、自分勝手に電話を切った。
沙織は、大日本プラントシステムの社長本城幸造の娘であった。
本城は、私が大学時代に発表した「燃焼解析制御理論」に目が止ま
り、苦学生だった私に多大な援助をしてくれた。
社長の一人娘が、沙織だったが、社長令嬢を鼻にかけ、その傲慢な
態度で私を束縛し、今や婚約者同然の関係であった。
その反面彼女は、ナイトクラブのホストとも男女関係のうわさが多
く今日も、ナイトクラブからの遊びの帰りであろう。
私は、そんな沙織に愛情というものを感じていなかった。
ただ大日本プラントシステムの社長の座を確実に掴むための一つの
道具としか考えていなかったのである。
しかしながら、私は思い切り愛情と言う名の演技を最大限行い、
娘婿の地位を確実にしたかったのである。
「俺は、もう二度と貧乏な生活にはもどらない・・・」と思った。
「ピンポン・・・・・・」静寂な部屋に、チャイムが鳴った。
時間は、既に0時を過ぎていた。
私は、静かに立ち上がり、ドアの方へ向かった。
「沙織。待っていたよ。今日も素敵だね」
ドア開けるなり甘い言葉をささやきながら、彼女を抱きしめキスを
した。沙織は、酔っており男性の安い香水の匂いがした。
「真二、お姫さまのお帰りよ。今日は、ここに泊まるから朝まで、
私を思い切りかわいがってね」と私を見つめた。
沙織は、いつもにも増して妖艶に感じた。
彼女は、シャネルのパンツスーツで全身を包んでいたが、バストと
ヒップの線が鮮やかに写った。
抱きしめた私の手にその肉感が蘇り、快楽への世界へ引きずりこま
れる自分を感じた。私は、そんな自分の欲望に自然に従うように、
彼女を抱き上げベットルームへ運んだ。
「どうしたの、今日は積極的ね。まあいいわ、早く〜」
私は、シャネルのスーツを脱がしながら愛を偽装したセックスと言
う演出に忠誠を誓い、ただ今は自分の男の欲望を満たそうとしてい
る自分を感じた。やがて素晴らしい沙織の肢体がベットの上に演出
され、今日ほどこの肢体に対して欲望を感じことがなかった。
それから、1時間私は、この美しい沙織の肢体に愛撫を繰返しなが
ら、彼女の奴隷を忠実に演じていた。
「ああ・・・・、いいわ・・・」
沙織は、うめくような声を張り上げ、快楽の渦の中をさ迷っていた。
私は、この女を征服する喜びを感じながらも、心のどこかにある
「社長の座」を冷たく計算していたのである。
「早く・・・・」
沙織は、私の熱いものを求めた。
「ああ・・・・、いいわ・・・強く・・・」
沙織の体は、弓の様にしなった。
大日本プラントを征服したい欲望の全てを沙織の熱い蜜の中にぶち
込んだ。無心で激しいピストン運動を繰返し、この女に奉仕するこ
とだけを考えていたのである。
「ああ・・・・、いいわ・・」
沙織は、全身で快楽をむさぼり部屋全体に響く声をあげ続け、頂上
にのぼりつめた。
時間は、既に2時を経過していた。
沙織は、深い快楽の世界から目覚めると「よかったわ」と短い言葉
を残し自宅へ帰っていった。
そして、またチャットルームに1人残されたような無言の時間を訪
れたのである。
私は、ベットから立ち上がり心の疲れを癒すために、タバコに火を
つけた。やがてパソコンへ近づき無造作にスイッチを入れ、決めら
れた操作を機械的にこなし、インターネットメールの画面に切り替
えた。そのときこのメールが、私の人生を大きく変えるとは、その
時知る余地もなかった。私は、1枚のメモを取りだしかぐや姫と言
う女性のメールアドレスを確かめながら、メールを書いた。

 昨日は、ありがとうございます。
少ない時間でしたが、楽しかった。これが最後かもしれません。
これが最初かもしれません。
それは、貴女が決めることです。
でも最後に貴女が言った「死にたい」ということが気にかかって
しようがありません。もし、私にできることがあれば何でも相談
してください。私は、貴女との出会いは、偶然じゃなく運命的な
ものを感じます。
かくや姫からの返事を期待しています。拓也より

私は、書き終えると中学生時代に初めてラブレターを書いた時のこと
を思いだした。
体には、先ほどの沙織との激しいSEXのけだるさが残っていたが
久しぶりに、中学時代に女の子に憧れる初恋の純粋さ感じた。
しかしながら、今こうしてパソコンに向かっている自分は、飯島真二
じゃなくて拓也にどこかで変身している錯角を覚えるのである。
飯島真二自信にとって、かぐや姫なる女はどうでもいい存在である。
別に将来の自分にとって役立つ存在でもないし、特別に美人で私の
欲望を満たす存在であるとは限らないのである。
ただ単にチャットで偶然出会っただけの女だけなのである。
しかしながら、拓也なる別人に変身したとき、私は今まで忘れてきた、
置き去りにしてきたものを感じ、それをかぐや姫なる女の子に何か求
めているのではないかと思うのである。
そんな時、私の心のどこかで真二と拓也の葛藤が始まっているのを感
じるのである。
それが私と美樹の初めての出会いの時であった。(HPに掲載中)