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第8回3000字小説バトル
Entry5

ジャッジメント

作者 : 佐藤ゆーき
Website : http://www.d2.dion.ne.jp/~suki
文字数 : 2991
「邪魔だバカヤロー。殺すぞ」
 夜の繁華街、僕は背が高くてがっしりした、短髪の男の肩にぶつ
かりよろめいた。
「すいません」
 僕は一瞬男と目を合わせて、それ以上男が危害を加えるつもりが
ないことを確かめると、そそくさとそこから離れた。一歩、二歩、
三歩。もう少し。四歩、五歩、六歩、七歩、八歩。今だ。僕は念じ
る。ぐしゃっ。小気味よい音をたてて男の頭が破裂した。辺りから
悲鳴が聞こえる。誰も僕のことは気にも留めない。
 こんな力があっても、こんな使い方をしてしまった以上、他人に
話す訳にもいかず、どこかの組織からスカウトが来る訳でもない僕
は、普通のサラリーマンとして人並みにつまらない生活を送ってい
た。

 ある日、いつものように仕事を終えて家に帰ると、テレビのニュ
ースで、オヤジ狩りに遭い下半身不髄になった中年の男性の談話を
放送していた。その男性はこう言っていた。
 「あいつを同じ目に遭わせてやりたい」
 そうだ、そういうやつに僕は恐怖や痛みを教えてやらなければな
らない。犯罪者を守る法律なんか糞食らえだ。特に情状酌量の余地
がない、弱いものを痛めつける確信的な糞ヤローは同じ目に遭わせ
てやらなければならない。
 次の日から僕は仕事が終わると、インターネットや聞き込みで情
報を集めた。僕は自分の力と自分自身に目的を見つけ、急に生き生
きとしだした。会社での仕事もはかどり、誰もが僕に目を見張った。
そして僕は糞ヤローのアパートを見つけた。部屋に電気がついてい
ることを確かめ、外でそいつが出てくるのを待った。八時をまわっ
た頃、部屋の電気が消えた。階段を一人の男が下りてくる。僕は距
離を置いてその男の後をついていった。そいつは繁華街の方に向か
って行く。少しづつ歩道を歩く人増えていき、男がおそらく行きつ
けのクラブに入ろうとしたその時、周りは酔った若者で一杯だった。
ごしゃっ。突然男は右足の膝から下を失って倒れた。一秒前まで自
分の右足だった血と肉の溜まりの中でも男は何が起こったのか分か
っていないようだった。急に自分の周りの人々が遠退いて、かわり
に悲鳴がその空間を埋めた時、男はやっと自分の右足を見つめ、そ
の顔に痛みと恐怖の表情が浮かんだ。それを確かめると、僕はその
人だかりを後にした。一歩、二歩、三歩・・・ぐしゃっ。悲鳴がさ
らに大きくなる。

 それからも僕は、残虐な殺人を行っても少年法に守られてのうの
うとしているクソガキや、無差別テロを行っておきながらとぼけた
ことを言っている新興宗教の教祖を僕の力で裁いた。
 世間では大騒ぎになっていたが、そんな力が存在することを誰も
証明できなかったから、僕は誰にも怪しまれることなくそれまで通
りの生活を続けた。何より世間の大部分の人々が僕のしたことで喜
んでいた。そのことは僕に自信を与え、会社での僕の仕事振りもさ
らに冴えわたった。
 そんなある日、僕はささいなことで課長に呼び出され、必要以上
にきつくしかられた。あきらかに最近目立って来ている僕に対する
嫌がらせだ。そう思うと怒りが込み上げて来て、僕はもう少しで社
員食堂で課長の頭を吹き飛ばしそうになった。でも、その近くでお
いしそうにカレーライスを食べる、僕のお気に入りの女子社員を見
て思いとどまった。
 いけない。僕は自分をコントロールしなくてはならない。そうし
ないと僕は、なんでも自分の思う通りにならないと気が済まない、
単なる我がままなガキになってしまう。僕は独裁者じゃない。多少
性格が悪くても、課長が死んだら悲しむ家族がいる。僕が理不尽な
悲しみを生んではいけない。僕が裁いてきた犯罪者にも悲しむ家族
がいただろう。でも彼等は一人の、あるいは大勢の人間の人生の光
を奪ってしまったのだ。それは明らかに一線を越えている。しかも
後悔も畏れも悲しみもない。彼等の家族がいくら悲しもうと彼等は
罰を受けなければならない。僕の力はそのために使われなければな
らないのだ。それが僕の人生の光。それを踏み外してしまったら、
僕は何を持って充足すれば良いのだろう。変わった力を持っていて
も、結局は退屈な日々。そしてその力がなくなれば、残るのは絶望
的に未熟な自分自身。僕はそれが怖い。
 この強大で制限のない力。僕はリスクを負わなくてもいいから、
つい使ってしまいそうになる。ばれなければ、捕まらなければ何を
してもいいという連中と同じになってしまう。僕の望みは理不尽に
人間の人生の光を奪ったやつらを裁くこと。そして僕は自分の心の
弱さから逃れるためにリスクを負いながらそれを行わなくてはなら
ない。そう思った僕は探した。くる日もくる日も、あらゆる手段を
使って探した。そして見つけた。

 その初老の男は第二次大戦後の世界中の戦場を渡り歩いてきた日
系アメリカ人で、今は岐阜の山奥に一人で暮らしている。僕はその
男のもとを訪ねた。
 国道、県道から外れ、鋪装されてない森の中の道を進むとログハ
ウスが見えてくる。僕は車を止めて、ログハウスのドアを叩いた。
返事はない。窓にはカーテンがかかっていて中は見えないが、四輪
駆動の車も止まっているし、おそらくは森の奥にでも入っているの
だろう。僕は玄関前の手ごろな大きさの石に腰掛け、持ってきた小
説の文庫本を読みながら待つことにした。
 どれくらい時間が経っただろう。気がつくと僕の背後に誰か立っ
ている。その瞬間僕の首筋に鳥肌が立った。
 「何の用だ?」
 男の声がする。
 「あの・・・」
 僕が振り向こうとすると、
 「振り向くな!」
 突然怒鳴られ、ぼくはビクっとして固まる。
 「あの、実はお願いがあって来ました。見てもらいたいものがあ
るんです」
 「何だ?」
 「驚かずに見て下さい。僕にはある力があります。あそこの木の
枝を見てて下さい」
 僕は前方の木の枝を指差した。そして念じた。バシッ。枝が弾け
飛んだ。 背後で男が身構えるのが分かる。
 「何をした!」
 あれだけ気配を悟らせなかった男の動揺が背中越しに伝わってく
る。今度は手を後ろに回して、男に手の平を見せながら、バシッ。
男が僕の顔を覗き込む。僕はヒゲ面の大男を想像していたが、頭を
つるつるに剃り上げたスマートな男だ。僕はもう一度、男に顔と手
の平を見せたまま念じた。バシッ。
 「さっき周りは調べたが、狙撃手などはいなかったはずだ」

僕はこの力で、悪人を裁いてきたこと。それが僕の人生の目的にな
っているということ。しかしこの力に溺れて、安易に使ってしまい
そうな誘惑にかられてしまうこと。だからこの力を封印して、安易
に行うことができない、リスクのある方法で、悪を裁くということ
のみを行っていきたいということ。そのために彼に狙撃などの戦闘
の技術をレクチャーしてもらいたいということを熱く語った。
 男はしばらく考え込んでから、期間は一ヶ月、報酬は百万円で引
き受けてくれた。その晩は男の作った、山鳥の肉の入ったシチュー
を食べて眠りについた。

 僕は小さい頃によく見た、何か目に見えない柔らかくて大きなも
のに押しつぶされる夢を見て目が覚めた。視覚的には何も見えない
のだが、皮膚感覚だけで感じる、とても嫌な感じのする夢。
 そしてまた首筋に鳥肌が立つ。ふとベッドの脇を見ると男が立っ
ている。何か恐ろしいものを見るような目で僕を見ている。そして
その手には拳銃が握られている。僕はまだその状況が把握できてい
ない。次の瞬間、パンという乾いた音とともに僕の人生の光は奪わ
れた。