インディーズバトルマガジン QBOOKS

第8回3000字小説バトル
Entry7

天国まで

作者 : ウエダー末吉
Website : 「ミタコト・キイタコト」
文字数 : 2460
僕 ゆーれいです。人見知りな性格なもので今まで誰にもとりつい
たことがありません。するとある日、そんな僕を見かねて仲間の一
人が言いました。
「せっかくなんだから誰でも良いからとりついてやれ面白いから」
「おもしろい?」
僕はなんとなくやる気がわいてきたので、とりあえず歩いてきた男
にとりついてみた。するとしばらくしてからその男は
「なんだ?悪寒がするぞ・・・」と言ってぶるっと震えた。
なんだか悪い気がしてその男にとりつくのを辞めた。
次に歩いてきたのも男だった。今度こそはと思いとりつくと、瞬間
その男は「わっなんか人の気配がする!」と言ってキョロキョロ辺
りを見渡しパンパンと自分の肩をはたいた。僕は驚いてその男から
離れた。そしてどうしようと思っているところに、今度は女の人が
やってきた。「よしっ」と思ってとりつくと、女の人は少しも気付
いていない様子。そのまま歩いていって、とうとう僕を背負ったま
ま自分のアパートにたどり着いてしまった。そんなこととはつゆし
らず、女の人は部屋に入っていく。「ごめんください」と言う僕の
声なんてまるで聞こえていない。女の人は自分の部屋に入ると真っ
先に冷蔵庫にむかい、缶ビールを取り出すとすばやく栓を抜いてそ
の場で立ったまま飲み干した。それから夕刊をテーブルに広げて黙
々と読み、目線は新聞の文字を追ったまま、テレビのリモコンをと
りスイッチを入れた。その行動はあまりにも自然で、たぶんこれは
毎日繰り返されている一連の行動に違いなかった。そして新聞を読
み終えると「バッ」と立ち上がりキッチンに向かう。どうやら料理
を始めるようだ。しかし
「あー!また焦がした……やめっ!」
と大声を出し、なんだか煙のあがるフライパンをキッチンに残して
、もと居たテーブルに戻ってきた。そしてよほど疲れていたのか、
そのままテーブルにつっぷしていびきをかいて眠り始めた。その様
子を見ていた僕は呆れてしまった。
「なんだ、面白いというからとりついてみたのに・・・」
そう言って女の人の向かいの席に座った。部屋は静かで、女の人の
いびきしか聞こえてこない。しようがないので、しばらく女の人の
寝顔を見ていたら、急に女の人の閉じた瞼の下から涙が流れてきた
。それを見ているとなんだか急に胸が熱くなるのを感じた。そして
今、本当に自分の腕が、手が、暖かなものであればどんなに良いだ
ろう、と思った。
「おーい、どうした?」
そう言いながらつい女の人の頭に触れる。すると女の人はハッと起
きあがり、僕の顔を見た。僕は驚いて手を引っ込め「しまった」と
心の中で呟いた。気付かれたのかと思うと溜まらなく恥ずかしかっ
た。が、しばらくして女の人はこう言った。
「不思議ね、今誰かが居るような気がした・・・」
そう言うと、頬杖をついて、ため息をもらした。
僕は気付かれなかったことに安心しながらも
「こんなに近くにいるのに、気がつかれないなんて。ゆーれいなん
て寂しいものだね」なんて思った。
結局、僕は女の人から離れて仲間の所に戻った。そして一日中よく
考えて仲間にこう言った。
「やっぱり、生きている人と一緒に暮らすということは、自分がユ
ウレイであることを思い知らされて空しいだけだって思ったわけだ」
そんな僕の話を聞いて、仲間はあっけらかんとして笑う。
「じゃあ今度は動物っていうのはどうだ?あれも面白いから」
そう言って、近くを通りがかった子猫を指さした。
楽観的な仲間の意見にまたしても乗せられて、言われるまま猫にと
りついた。そして僕は、猫になりながら夕陽を眺めぼんやりと考え
る。
「きっと天国は遠いのだろうけど・・成仏した方が良いのかしら」
そんな呟きに仲間が答える。
「ああ、でもきっとものすごく歩かなくてはいけないんだろうな」
僕はため息をつく。
「うん、根性がいるんだろうなあ」
なんだか考えただけでもしんどくなって、その場でごろんと横にな
った。すると上の方から声がした。
「あらっ猫だ」
と言う女の人の声と共に僕はあっという間に抱き上げられてしまっ
た。見ると、昨日の彼女じゃないか。
「持って帰ろうかなあ、ねこっ♪」
彼女はハナウタ混じりにそう言いながら歩き始めた。

その日の夕陽はとても柔らかくって
気持ちが良かった。
道の上にある僕らの影を
どこまでも長く引っ張っていく。
僕は今彼女の腕の中で
暖かい猫でいられる。
少しの体温を
彼女に与えることが出来る。
ゆーれいってのも
悪くないかも。
そんなことを思いながら
僕は猫らしく喉を鳴らしてみた。