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第4回チャンピオンofチャンピオン小説バトル Entry7
それにしても、今朝の鬼瓦はよく出来ていた。目の央に穿った穴が、見る者の心の奥底にどこまでも突き通ってしまう。朝の庭は夏の鮮やかさで、長吉はしばらく考えて後、ふい、と工場の門柱にこの逸品を掛けてみた。片田舎の自宅兼工場で、ブリキの看板のほかは、どうも殺風景だったのだ。 工場の前の坂道を通学の坊主頭が行く。自転車を漕ぐ身体は小麦色の胸板で、ワイシャツを翻して下るのに長吉は気付かない。ややして坂の下から怒鳴り声がして、原付き二輪が登ってきた。通い見習のワンサだ。「いやね、今さっきですよ。後ろを振り向き降り向き、自転車の学生が突っ込んで来ましてね、危ないったら、ありゃあ五中ですよ。親方もそうでしたよね?」 学生なんて通ったかな、と長吉は考える。鬼瓦は五寸釘の上で、なかなかまっすぐに落ち着かない。「すごいね」「怖いね」 昼過ぎ、窯に瓦を仕込んで庭に出ると、ランドセルが二人、並んで鬼瓦を見上げている。虎刈りの子供は鬼そっくりに目を見開いて、お下げ髪の女の子はぽか、と口を開けて。「こゆの、マヨケってゆんだよ」「マヨケ?」「泥棒が入ってこないんだよ」「え、だってさ、裏口から入ってきたら、どうなるのさ」「……」「でもすごいね」「こわいね」 長吉は頭を掻く。小学生は長吉が何かいいたそうなのを見つけると、思い直したようにいなくなってしまった。「親方ァ、変なのが来ましたよ」 ワンサに云われて玄関から門柱を覗く。坊主頭が数人、門柱に向かって整列をしている。「花村五中野球部一同ッ、地区予選突破を祈願して−ッ!」 合掌。「ありゃあ、なんだい」「自分の後輩に聞いた話だと、あの瓦、学校で噂なんだとか」「噂」「あすこで拝むと、願いがかなうんですとか」「ほ、馬鹿云っちゃ不可ないよ、ありゃあ、俺が作ったんだ」 野球部一同の去った後には、まだ冷たいお茶の缶が置いてあった。「長年の癌だった空き巣犯が、逃げる段になって長吉っあんの鬼瓦のところで立ち眩みしたんだと!」「鬼瓦様にお願いしたら、水泳大会で一等賞がとれました」 長吉は別になにも云わなかったが、時折門柱に貼られる千社札は剥がすようにしている。「捜索願いを出していたおじいちゃんが帰ってきた!」「鬼瓦の前で拾ったパチンコの玉一発で十五万も出た!」「花村五中、全国大会進出!」 それはさておき、鬼瓦は猫が蹴飛ばしたかなにかで落っこちて、真二つに割れてしまった。
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