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第10回チャンピオンofチャンピオンバトル小説部門 Entry1

鬼灯


 縁側に転がっていると夕立があった。龍のような虎のような生き物の生臭い息が渦を巻いて、低く魚を焼くにおいがする。
 雨がやむと木戸のきしむ音がして、尻の筋がこそばゆくなる。
 やってきた海苔屋の婆さんは生臭い息の余韻のようで、縁側に鬼灯の鉢植を置くとよたよたと帰っていった。婆さんは寝そべったままの俺を一瞥すると、毛虫の塊でも見たように眉をひそめる。なんでも、なんとか稲荷の熱烈な信者だそうで、そのついでだそうだ。ついでに浅草まで行って鬼灯を買ってくるとも思えないが。
 鬼灯はくたびれているようだった。葉に元気が無いし、なによりも鬼灯の袋に染みがあったり、少し裂けたりしている。
 奥に引っ込んだ家主のうろうろを聞きながら、おれはじっと鬼灯の裂け目を見ていたが、びくりとして身構えた。
 鬼灯の裂け目から、ぎろりとした人の眼、太い眉、剛毛の伸びた鷲鼻が見えると、むりむりと袋を裂いて真っ赤な鬼が飛び出したのだ。鬼は体操選手のように地面にフィニッシュを決めると、あたりをぐるりと見回した。鬼はおれを顔をじっと見つめると、たいしたものではないと判断したのか、背後の鬼灯の鉢に合図した。鬼灯が次々に割れて、うぞうむぞう、ちみもうりょうの群がぼろぼろとこぼれ落ちた。傘のやぶれたようなのや、丸い顔のやつ。飛脚のかっこうをしたもの、やたら胴の長い海老のようなもの、くちばしのするどいもの、いくつもいくつもでてきて、ざわざわと、ゆくゆくに環をつくっている。
 どどん、ちちん。両手が鉦太鼓のけむくじゃらがいる。ひらりとひょらり、ひらりひょろらり。童子の笛、瞽女の三味線。紫雲がいくつも浮かび、銀色の風が幾重にも尾を引いて渦をまいている。一向はてんでばらばら、お構いなしに、それぞれの出身らしきかたちで踊るのだ。
 音楽はにぎにぎしく。鬼が足をふみ鳴らすごとに、一万円札やら、十円玉やら、小判やらがばらばらと湧いてくる。
 おれの鼻先を紫雲が通り過ぎようとする。
 電光石火だ。なんだかおもしろくなってきてぱくり、雲を口内におさめると、とたんに口の中がガンガンポッポと熱くなる。まもなく閃光、舌ッ先に雷を落とされて、ギャン。
「またハチったら。家の中で走るなって云ってるぢゃない」
 家主にポカリとやられる。泥の庭に落っこちた鬼灯の鉢で、もうひとつポカリとやられる。
 やはり、おいしそうだからといって、なんでも口にいれるものではない。


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