『キト月記』ごんぱち

 姉妹サイト『キトラといっしょ』発展という名目で自作の宣伝をしようという、下世話な意図は……七割ぐらいしかない連載であります。

・親方の本名
 イダテン運送のオーナーだった筈が、キトラの有り余る資金力で一気に買収され、以降、一社員の身分に甘んじている謎の男、親方。
 彼の名前がついに判明しました。
 イダテンです。

 イダテンというのは、韋駄天、つまりは仏です。
 キトラの冒険的、というか、藍川県物語的世界観では、
・解脱者
・天人、道士
・一般生物
・修羅
 というヒエラルキーが存在します。
 解脱者は輪廻から脱する事の出来た者で、天狗とカテゴライズされる、仏、仙人、ユダヤ系列の神等が該当します。具体的には己自身の魂をゼロから生成出来る者の事。
 天人は己の魂以外の魂を作ったりいじったり出来る者。
 一般生物は魂に微弱な影響を与えるのがせいぜいの者。
 修羅は魂に影響を与える程度の力は持つものの、根本的に制御力はない突発的なもので、悪霊怨念の類に対して目立ち、闘争に巻き込まれがちな者。

 まあ、細かいことはどうでも良い話なのですが、だとしたら。
 何だって一番上位の仏が、会社勤めなんかやってるのか、という事。

 名前が同じ別人?
 それは下策でしょう。
 本人?
 それも少々不自然です。
 しかしてその真相は。

 化身です。

 超越的な力を持つ解脱者にとって、世界は愛しく眺める為のものです。
 この場合の「眺める」というのは、外から視認するだけではなく、実際に入り込んで一生物として一生を終える事も指します。これは、解脱者たちの大きな娯楽の一つです。
 もう少し別の言い方をすると、センサーと言っても良いでしょう。その肉体のあらゆる感覚を感じ取る事が出来るセンサー。
 「眺める」目的で作られたが故に、親方は韋駄天としての力も知識も持たず、ただのカモメとして存在しているのです。
 人間の世界であれば本当にただの人で終わった筈ですが、どういう加減か天界に生まれさせた為、魂を見破る力を持つ者が多く、親方は早い内から自分の存在が韋駄天の化身である事には気付いていました。が、同時に、それが彼自身の人生には何の役に立たない事も知っていました。故に、彼は平凡に暮らしています。名前を呼ばれる時にだけ、ほんの少し違和感を感じながら。

 そして親方がカモメとして天寿を全うした後、韋駄天は自分が親方であった事を懐かしげに回想し、次はどんな化身になろうかと物色し始めるのです。



 キトラの冒険は、携帯電話対応ではありませんが、性能次第では見られる……かも。どうでしょう?


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