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1000字小説バトル 2nd Stage
チャンプ作品
『鶴』ごんぱち
女は機織りを続けています。
男はその音を聞きながら、藁を編みます。
静かな夜、機織りの音が乱れる事もなく響き続けます。
いつしか、男は手を休め、隣の部屋を見つめていました。
「……死んだ嫁御が生きていた時も、こんな風、だったな」
男は呟き、また仕事に戻りました。
夜もすっかり更け、草鞋がもう一つ編み上がった頃、機織りの音も止まり障子が開きました。
女の手には、美しい反物がありました。
「おお、疲れたろう」
男は女に笑いかけます。
「い……いえ」
「今日も機を織りますが、覗かないで下さい」
女は障子を閉め、機織り機の前に座ります。
すると、女はいつの間にか一羽の鶴の姿になっていました。
機織り機を動かし、時折、自分の羽を布に織り込んで柄にしていきます。
そしてすっかり夜が更けた頃、反物は織り上がりました。
次の日、機織りをしようとする女を、男は呼び止めます。
「顔色が悪いようだな、今日は休め」
「いいえ、大丈夫です」
女は笑いますが、やつれは隠しきれません。昨日も一昨日も夜なべをしてほとんど眠っていませんし、人に化けている間は見えませんが、抜けた羽根の痕は腫れ上がりヒリヒリ、ズキズキと痛み続けているのです。
「死んだ嫁御も働き者だったが、お前はその何倍も働いてくれている。もう少し休んで良い」
「……亡くなった嫁御より、働いておりますか」
女は心から嬉しげに笑いました。
女はその次の日もまた、鶴に戻って、機を織ります。
心地よい音を立てながら機織り機は動き、反物が織り上がっていきます。
(あの人なら……本当の事を言っても)
そうして、いつもよりもほんの少し早く、そしてずっと美しく反物は織り上がりました。
「ふぅ……」
鶴が息をついた時。
後ろで物音がしました。
鶴が振り向くとそこには、障子がほんの少し開き、その隙間から尻餅をついている男の姿が見えました。男の顔は、驚きと、そして、僅かな恐怖がありました。
「お、お前は」
「……私は、お前様に助けられた鶴。恩返しにと参りましたが、正体を知られてしまったからにはお暇せねばなりません」
「待て、済まなかった、思い直してくれ!」
(妖の類だとして……死んだ嫁御の幽霊だったら、お前様は、怖れるよりも前に笑いかけたのではないですか)
鶴は反物を男に手渡すと、家から出て、羽根の抜けかけた翼で、よろよろと山へと飛び去って行きました。
むかし、むかしのお話しです。
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