エントリ1
白煙、揺られて 夢追い人
煙草の煙が夏の陽光に揺られて、消えた
きっと誰のせいでもない
探せば探すほど言葉が曖昧になるように
行方知れずの心は陽炎の彼方で揺らめいている
絵本に描かれた子猫があまりにも不器用で…
不器用で…
でも不器用ながらに生きる
心と心の谷間に落ちたまま抜け出せない
張りぼての世界で見事に踊る道化師を
羨望の眼差しで見つめても
やはり僕は舞台の上に立てず
不器用なまま…
時の流れの中で煙草の灰は音も無く落ちた
エントリ2
波紋 香月朔夜
言の葉から零れ落ちた雫は
空間に解けて
波紋を描く
人の数だけ波紋は生まれ
干渉し
乱れて
混ざる
やがて、
それはより大きな波紋となり、
その場に影を落とす
人はこの波紋に縛られ
行動と思考を無意識に制御される
まるで呪縛の模様のよう
これを打ち破るには
もっと大きな波紋が要る
明瞭で迷いなく緩みなく
広がり続ける波紋が
私に描けるだろうか―――?
エントリ3
影 べっそん
"いる"・・・・・がマヒさせて
"ある"・・・・・を忘れさせる
なくなった・・・
だからいたことを知った
足元の影をひっぱる度に、きっと君のことを思い出す
エントリ4
Quit. ながしろばんり
さらばらば
ばらばらの君
部屋に置いて
花を飾ればいいや、なんて
そんなの空想でしかないって
花瓶に水が溜まるたびに
重さと、
吸い上げる水の冷たさに
我に返る
ダルマガエル
一匹
君の抜け殻の横に這わせたら
きっとそそる風景だろうな
なあんて
なんちゃって
るり、るり、らん
ぶち撒けた焼酎が
君の髪に吸われて
ろり、ろり、らん
もう目覚めないかと思う
ダルマガエルだって
きっと酔っ払うって思う
ばらばらば
ばらばらの君
床に放置いて
Amで
身繕いする
エントリ5
あの娘がつれない態度のとき 有機機械
あの娘がつれない態度のとき
僕は後を追いかけたくなる
ほんとの僕はもっと素晴らしいんだよと訴えたくなる
でもなんとか思いとどまってあの星空を見上げる
あの広大で深遠な空間に散らばる星々とたった一人で対峙する
そして僕は
この宇宙に自分の思うようにならないことがあることを心地よく思う
僕がこの宇宙のすべてを手に入れる必要はないんだということを悟り安堵する
この限られた欠陥だらけの僕の世界にも
守るに値する十分素晴らしいことがあることに気づき満足する
エントリ6
下ヲ見タ 暇 唯人 (いとま ただひと)
下を見た 地面と蟻があった
蟻を観察した、日々
下を見た 土と涙があった
報われなかった、日々
下を見た 枯れ葉と自分の足があった
情けなくてしょうがない、日々
下を見た 海と岩があった
さようなら、全ての日々
エントリ7
気づかれない、あたし。 香月
部屋でひとり
天井を見上げて
馬鹿みたいに口をあけていたら、
知らない人が来て
知らぬ間にあたしを殺した
誰も「あたし」を知らず
誰も「あた死」に気づかずに
なんて
妄想しかすることはなく
そんなあたしに誰も気づかない
エントリ8 世界 桜
いる
でも
それが本当かどうかなんて
子供達には
伝わらない
日本だこの世界は
汚れきっている
平和なんて何処にもない
本当の平和は何処にもない
自分だけが
幸せならば
それだけで平和だと思う
日本の大人
憲法で
自分たちの権利が認められている
そういったって
いわれない差別や
いじめや
本当ならば
かばってくれるはずの
大人達からの
暴力
この世界は
冷え切っている
心は空っぽ
頭ががちがちの
大人達は
今日も何処かで
相談してけが
平和なら。
と言う安易な考え方が
日本中に
染みついている
そんなちっぽけな平和
ゴミみたいだと思う
こんなちっぽけな平和なんて
必要ないと思う
ほら、こうしている間にも
きっと何処かで
何万人もの
なんの罪もない人が
戦争の被害に遭う
意味のない差別で
傷つく人がいる
世界中
戦争の火は
耐えることなんて無く
世界中が
不幸に思っていた
あの頃と
何も変わっちゃいない
私は思う
この世界はもう
悪に染まっているのだと
悪が栄えた試しがないのは
きっと
この世界が
悪だからだ
何が悪いかなんて考えない
何が悪いかなんて分からない
感覚が麻痺している
上辺だけの平和
この世界は
もう
後戻りできないところまで
進んでいるかもしれない
エントリ9
shell 望月 迴
どうしてこんなに眠いのだろう
身体が熱を奪われてゆく感覚
凍える夜も
震える朝も
月と太陽が融けてしまいそうな眩暈と
貴方の温もりだけがここに有って
まるで脱殻のようなワタシが
どこまでも透き通ってゆくのね
そうして残るのは想いだけ
紅い棘のような
想いだけ
エントリ10
薬の使用方法 児島柚樹
薬を下さい
とびきりの笑顔と自信が欲しいな
あの人を振り返らさせて
目をそらせなくしたいんだ
効果は絶大
頻度は一日3回
赤いカプセルと
甘苦いシロップ
薬を下さい
この涙が悲しみを止めたいんです
こんな痛みを知るんだったら
こんな思いはいらなかった
効き目は抜群
頻度は寝る前一錠
大きい錠剤
水はコップ一杯
薬を下さい
もうそろそろ終止符打ちたい
生きることは辛過ぎて
死んだほうがマシ
効果はてきめん
頻度は一生に一度
失敗は許されないよ
注射器の5目盛
打つ所は左手の裏の青い血管
薬は用量と方法を正しく守れば
それなりの効果は得られるんだ
けど薬を使わなくても
それなりの効果は得られるよ
とびきりの笑顔はもう出てるし
悲しみは時が解してくれる
終止符は気がつけばすぐそこかも
薬に頼らず
健康的に生きてくのも手段です
「時間」と言う特効薬は皆予防接種済み
免疫は体で形成されます
それでは身体大切に
エントリ11
先生 やまなか たつや
教科書投げて
歴史って何さ
と
逃げる僕
君はおもむろに
紙に書かれた世界広げて
サレム無き地に針を置く
涙の流れるこの頬見て
ギター取り出して
在りし日の赤子へと
君は風船の歌
本当って何だって
迷う僕に
籠の中のカメレオン指して
あれも真実さと
優しく教える
生きてるって何さって
夜を駆け抜ける僕の
バイクをパンクさせた
君の
いたずら心
そんな君を今
思い出してしまい
涙にじみ出る
僕、生きてくよ
君、想う
横浜地裁の 傍聴席にて。
11月25日 快晴
作者付記:「サレム」(サリム)はアッカド語で「平和」の意。ちなみに「エル」は強調を表す。
エントリ12
海辺にて 大覚アキラ
こんなにも空は晴れわたっているのに
だらしなく続く海岸線には
腐乱した犬の死骸が転がっていて
虚ろな目つきの子供たちが
黙ってそれを取り囲んで眺めている
子供たちの瞳の奥にあるのは
驚きなのか
絶望なのか
好奇心なのか
悲しみなのか
風が吹いてきた
子供たちも
犬の死骸も
海岸線も
空も
吹き飛ばされて
全部
消えた
エントリ13
流れ星〜叶わぬ願いの物語〜 人々
君はあの日やってきた 覚えているかい?あの寒さ
屋根に上った心地よさ
白い息に寄り添う中 二人で祈る願いゴト
無常に過ぎてく流れ星
何願ったとたずねても 君は笑ってごまかした
ずるいと思っていたけれど そんな君も夢の中
地上には星はなく 未来には光なく
過去は輝いて 時は過ぎていく
待っていても君は来ない 見ているかい?この僕を
あの日の僕はもういない
汚れた自分隠す中 テレビのニュースが流れてる
流星群がくるらしい
何願ったとたずねても 君は笑ってごまかした
ずるいと思っていたけれど そんな君も夢の中
宇宙(そら)には君がいて 思い出はやさしくて
未来は見えなくて 星は流れてく
君は隣に座ってた 久しぶり♪と笑ってた
僕は笑って泣いていた
白い息にただ独り あふれる涙はあたたかい
ありがとうと叫んでた
何願ったとたずねても 君は笑ってごまかした
ずるいと思っていたけれど 願ったことはひとつだけ
ここには僕一人で また君に助けられて
見えない未来へ 僕は走り出す
あの日――
何願ったとたずねても 君は笑ってごまかした
二人でひとつの願い事・・・また、一緒に・・・。
君はもういない・・・。
エントリ15
爆発狂時代 QBOOKS特別編(グレイテストエピローグ)
ヨケマキル
[ 6 ]
12月12日午後8時頃
東京法名市にある観光名所として有名な
右舷寺境内の観音堂前の香炉台横の切り株の上にあった
新書サイズのユードラ・ミイルの推理小説を警備員が発見
詰所に持ち帰って読もうとしたが本が開かない
表紙を破ると中には火薬と乾電池2個が仕掛けられていた
爆発はしなかった
警備員は右舷署に届け出た
[ 7 ]
データ不明
[ 8 ]
昭和38年7月15日
東京無階公園内の稀有ノ池に浮かぶ弁天堂で
納涼演芸会が開かれ大勢の客でにぎわっていたが
そこから300mほど離れた歩道上でオデンの屋台を開いていた
T(27)は
雨で客足が途絶えていたため
19時頃店閉まいをしようと暖簾をおろしていた時
後ろから何者かによって撃たれ病院に運ばれた
レントゲンの結果空気銃の弾のような金属片が
左肩から深さ16cmの左肺まで達しており
全治3ヶ月の重傷を負った
金属片は空気銃の弾ではなく
普通のピストルよりも小さいものだった
発震が光速する
おれの名前は現れては消え
また生まれては死ぬ
菌交代症の生活臭
いつの間にか部屋に住み着いた巨大鼠
[ 9 ]
7月25日
東京無階署に1通の封書が届いた
封筒の中には長さ1.2cm直径3mmの弾丸が入っているだけで
他に手紙はなかった
鑑識の結果
15日にオデン屋Tの体から摘出した弾丸と
材質が同じであった
封筒の裏には桐咲十一と書かれており
前年の連続爆破事件で残された桐咲十一の筆跡と一致した
Tを狙撃したのは桐咲十一に間違いなかった
自意識が
無神経なプライドが
丸出しでむき出しで全速ではじまる
縹渺たる夜深く
傷る平首を老人の手がつかむ
この頃
享保百貨店に対して爆弾脅迫事件が発生していた
享保事件では明らかに金目当ての脅迫である事や
桐咲十一と享保百貨店に送られた脅迫状の筆跡が
一致しなかったことで
享保事件の犯人と桐咲十一は別人物と見る向きが強かった
針が背中に何十本も刺さったまま
死に装束で便所にうずくまり
子猫がドアをノックするのを待っている
誰かが
誰かが作り出した世界に
ふたたびみたびよたびごたび
いや何度も何度も何度でも
ボクはゲロを撒き散らす
弱点を探している
だれかが
だれかが
そしておれは
おぞましい罰を喜んで受けよう
今はそう思える
[ 10 ]
9月5日午後8時14分頃
地下鉄明陽線の塔谷発月京行き電車が
絵廼橋駅ホームに入ってきてドアが開いた瞬間に
「バーン!」という耳をつんざく爆発音が構内に響き渡った
火薬の臭いと青白い煙が渦巻きながら先頭車両の後部ドアから吐き出され
白煙の中から血まみれの乗客たちが
ホームに倒れ込んできた
重傷2人に軽傷8人
いずれも会社帰りのサラリーマンやOLだった
鑑識の結果使用された爆発物は爆発力の弱い黒色火薬を
ガラス瓶に詰めたもので
起爆装置は単4の乾電池2本と結びついた電気回路の中間に
腕時計を利用したタイムスイッチとヒーターを仕込み
時間がくるとヒーターが加熱して爆発する時限式だった
この時限爆弾は徳用マッチの大箱程度の大きさで
夕刊紙『真東京タイムス』をかぶせてシートの下に隠していた
乾電池にはそれぞれ<十>と<一>という文字が書かれていた
声明文
奴らはたらふく食ってるぞ
汝人民飢えて死ね
無知蒙昧で出口無し
真っ暗くらで濛濛で
妄動妄論ふりまわす
ストに内ゲバこん棒だ
ゲバゲバPP60分
巨泉に前武こんにちは
おせんにキャラメルちょうだいな
油膜のぎらぎら危険です
雨と車とクリンビュー
おれも世の中見えるかな
すっくりくっきり見えるかな
やめてケレケレやめてケレ
公害ヘドロだダイオキシン
最後に出ました爆発狂
オー!モーレツな爆弾魔
小川ローザもビックリだ
見えすぎちゃって困ります
脳みそアンテナマスプロ製
桐咲十一おれの事
光の国からやってきて
3分間で仕事します
やっつけ仕事だパンパかパーん
あいつの手足が吹っ飛んだ
あの娘の脳みそ吹っ飛んだ
捕まる前におさらばだ
おさらばさらばだハイセイコー
これで日本も安心だ
人口一億白痴化だ
9月14日
外勤警官を聞き込みなどに動員するよう異例の指示を出した
いわゆるローラー作戦のはしりである
この桐咲十一事件を真似た文書や電話による脅迫は
最後の事件から3週間で180件に達した
捜査が行なわれた1年あまりで投入された捜査員は
延べ1万9000人
容疑者は9600人
桐咲十一は鮮明な指紋を残しており
その指紋照会は約700万件に及んだが
結局犯人を特定することはできなかった
1978年(昭和53年)9月5日
桐咲十一による地下鉄銀座線電車爆破事件から15年が経過し
公訴時効が成立した
というわけだ
おぼえてくれたかな?おれの名前
まあそんなに悲観的になるなよ
遠い遠い未来の
おはなしだ
遠い遠い未来のね
the
time of
explosion
end
エントリ16
冬の記憶 相川拓也
蜘蛛の巣のはった蛍光灯
かちかちついては消える
ホームの前の自転車置場
二人でフェンスによりかかって
寒いなか立ち話した夜
左手の小指だけ冷たくて
器用だね なんて笑われた
そんな夜を
こたつに入って寝ころんで
目を開けたままボーっとしてたら
ふと思い出した
エントリ17
空 藤原 けゐこ
灰色の空を見上げると
私を取り囲むビルたちが
空を掴もうと手を伸ばしていた
それは私の心に似ていた
エントリ18
無言のM 早透 影
路地裏に転がっていた看板は 昔の君のようだった
激しい雨が地を打ち 錆くれた手摺は血の色をしている
誰が描いたのか 無言のM
譲れない赤い文字が 僕を縛り続ける
水溜りに君の残香と 真赤な血色のM
蟠りと 傷痕
希望と 既望と 鬼謀
狂って 夢中に 雨に 濡れていた
濡れた指が 灯した 炎のような 姿
誰が助け出すのか 真実のM
打拉がれた 路地裏で 昔の君に 出会ったようで
雨に打たれた その 君の 文字を
僕は 僕の流す 赤い血で なぞった
M そう 彼奴は M
真赤な血の 無言のM
もう 戻ることなんか
出来やしない雨
もう ここには
ここ には
ここ に
この
狂う
こ
の
夢
こ
の
雨
そして このM
エントリ19
子猫が死ぬ瞬間を マリコ
子猫が死ぬ瞬間を
少女はずっと見ていた
本当は助けてあげたいと思っていたけれど
自分が子猫を連れて帰っても
母親をひどく怒らせることしかできないということを
少女はわかってしまっていたから
だから少女は
なにもせずに見ていた
子猫が死ぬ瞬間を
少女はずっと見ていた
夕焼けが赤く照らし出した道路で
人もめったに通らないような寂れた路地で
母猫は死んでいた
真っ赤な血を地面に流して
子猫は母親のそばにいた
泣きもせず座っていた
少女は毎日路地を行く
親のない子猫に会うために
晴れの日も雨の日も
塾の日も休みの日も
三日目に母猫がいなくなった
血の跡だけが残る道で
少女と子猫は
初めて視線を合わした
少女は子猫に問いかけた
家族のない子猫と帰る家のある自分
どちらが本当に孤独なのだろうと
子猫はなにも答えずに母の血を舐めた
子猫は母猫の血の跡から
動こうとはしなかった
だけど少女は
なにもせずに見ていた
七日目の朝ついに子猫も死んだ
それでも少女はただ見ているだけだった
子猫が死ぬ瞬間を
少女はずっと見ていた
それだけが少女にできる
子猫への情の示し方だった
生まれてきたことを
恨んで死んだだろう子猫を
抱きしめられるほど
少女の手は大きくなかったから
生と死の移り変わりの瞬間を
ずっと見ていた少女は
大きくなって
子どもを産んだ
命を生み出す瞬間に浮かんだのは
餓死したかわいそうな子猫ではなく
なにもできずに心を凍らせた少女でもなく
赤い血の中で死んだ母猫のことだった
命というものは
生から死へとただ過ぎていくものではない
誰かに紡いでもらってこそ
ひとつの生をひとつの死として完結できるのだと
母猫の生を
あの子猫は確かに引き継いだのだ
そしてきっと
少女も子猫の死を引き継いでいたのだろう
子猫が死ぬ瞬間を
少女はずっと見ていた
子猫が死ぬ瞬間を
少女はずっと見ていた
エントリ20
碑癒 マリオが訴える儚さを悟りし者
そう
幾億光年が嗤う
首を刎ねられた月日は嘔吐し
子宮をもぎ取られた悠久は過疎し
四肢が腐り果てた永遠は退化し
其の都度此処に舞い躍る
石は無言
然れど血に刻む
時は瞬の息を漏らし
息は白を彩り木霊し
木霊は言霊侍らせ宿し
其の都度此処で勘繰る
石は不動
然れど肉に刻む
集う光が卑下し
散り逝く闇が合掌し
無我の境地に達した獣が消失し
其の都度此処へ帰依する
石は無機
然れど魂に刻む
己隣で横たわって呻く
冷ゆ季節に咲く
ひゆの花の短き華を
此処に
此処で
此処へ
己に刻む
そう
幾億光年が笑う
エントリ21
まり と 水銀 イグチユウイチ
古い体温計が、もてあそんでいた手の中で
音も立てずに割れました。
すらりと ななめに切れた指先から、
白いシーツに ぽたり と赤い血が滲みました。
体温計のガラスの管からは、夢のように美しい水銀がこぼれて、
指の傷口を伝い、ベットの上を滑って、
やがて 木造の床に落ちました。
その日は、もうすぐ梅が咲くのではないかと思うほど、
暖かな陽が差す 一月の祝日で、
十四の私は 静まった病室に ただひとりでした。
右の中指から染みてくる紅い血を見ながら、
これが 病んだ私の中を走る河なのだと思いました。
切れて 小さくめくれた皮膚の境目は、
二重の薄紅色をしていましたが、
押し当てたガーゼを離してみるたび、
何故だかそこが 濃い紫色に染まっていくのでした。
" 水銀は うんと強い毒があるすけ、
体を腐らす 毒があるすけ、
どんげんことがあっても 触ってはならんがよ。"
部屋には、置き時計の針だけが響いていました。
壁にかかった学生服とスカートが、
視線を逸らしたような気がしました。
両の眼には 今にもこぼれそうなほどの涙が湧いてきましたが、
大げさな深呼吸で 何とかこらえる事ができました。
突然現れた紫色の傷は まるで、
時間切れを告げる刻印のように見えました。
この紫は 私の皮を 肉を 喰い破りながら
ただ一途に 心臓を目指すのでしょうか。
深く病んだ この肺よりも早く。
不意に私は、まりを想いました。
可愛い子猫のまま死んでしまった、可哀想な
まり。
心無い誰かに 熟れた果実のように頭を割られた
その最後は、
右の前足だけが蜘蛛の糸で釣られたように
天に向かって 力無く伸びていました。
死は、クレゾールの臭いなどではないと 私は知っています。
本当の死は、腐った臓物が発する 濃ゆい汚物の臭い。
夏の神社で潰れていた、まりの臭い。
眼から涙があふれた瞬間、
すべての風景が 色を失っていくのが見えました。
レースのカーテンが、まるで最後の景色のように
優しく 川風に揺れていました。
エントリ22
さようならラファイエット ぶるぶる☆どっぐちゃん
ボーダーのシャツなんて着ている俺はださいか?
ピンクフロイドも相当ださいと思うけどな
音も曲もそうだしそのうえ狂ったダイヤモンドなんて言われても
ださっとしか言いようが無いぜ
見ろよロッカールームの真ん中で
真夏がすでにハモンドオルガンだ
ラッキービートに身を任せて
やけに喉が乾くはずだ
ラッキービートに身を任せて
かき鳴らされた死 打ち慣らされた死
倒れ伏した死
かき鳴らされて死
君はロッカーでかわいそう
君は片目でかわいそう
記念写真かわいそう
フラッシュかわいそう
ハモンドオルガンもムーグシンセサイザーも
砕け散って
ラッキービートになって
君にキーをあげよう
キーホルダーをなくしたんだろう
バラバラのキーを一つだけあげよう
真夏のハモンドオルガン
真夏の死
真夏の死のかけら
ラッキービートに身を任せて
小鳥は飛ぶ
歌いながら飛ぶ
くわえたカギはばらばらと空へと落ちていき
ああさようなら僕の小鳥さようなら
さようなら僕のラファイエット
そして真夏の太陽に
真夏のひまわりに
降り注ぐ
さくらの花びら
エントリ23
パペット イタリアン・ラッシュ
そんなに複雑なことじゃないんだ
こいつとは長い付き合いだから分かるんだけどさ
ただ不器用なだけなんだ
そりゃこいつにはさ
きみや子供たちと違って
血の繋がった家族はいるさ
だからね
きみがこいつに家に帰ればいいじゃないかって言うのも分かるよ
でもね
きみが言う同情とか憐れみでもなければ
打算的だったり耽美的な偽善とかそういうむつかしいことでもなくて
ただ不器用なだけなんだよ
こいつは
そうだね
きみが言うみたいに
人は誰でも自分の幸せのために生きているのかもしれない
でもね
こいつはホントに不器用なんだ
そう
誰かを幸せにすることでしか
自分の幸せも上手に感じることが出来ないくらい
ただ
すごく不器用なんだよ
泣かないでよ
こいつ不器用だからつられて泣いちゃうだろ
だから
泣くのはやめてよ
ボクまで泣きそうじゃんか
涙なんて流せもしないのにさ
流せもしないはずなのに
エントリ24 Love and Happiness 空人
やい 年老いた男
おまえは その薄汚れた服のまま
道端に転がっている 空き缶を手にとる
やい 年老いた男
その 白く 長く伸びた髭と 亀甲のような手で
何をつかみ
何を放してきたのか
やい 年老いた男
その 灰色に濁った目は この濁流のような世界のせいで
そうなってしまったのか
アスファルト 地下鉄の入口 高層ビル 空 もしくは
まだ見ぬ明日
なあ 年老いた男
今年もおまえは 冷たいコンクリートの上で
冬を越すのだろう
夢は見るのか 夢は見たいのか
なあ 年老いた男
おまえには 何があったのか
生きるためだけに生きる人生は 何だったんだ
なあ 教えてくれよ
黙っていないで 教えてくれよ
エントリ25 真夜中のチンドン 佐藤yuupopic
(チンドン
チンドン
チンドン
チンドン
チンドン)
鐘の音
誰が、
鳴らす。
一体。
ステージの灯りも消さずに
何処へ往ってしまったんだい
旅に出るなんて
うんと遠くに出るなんて
いっさい
聞かされてなかったのは
おれだけだったみたいで
あわてふためいて
這いつくばって
ライトを頼りに
暗がりを
探すおれを
滑稽だと
誰もが
笑い飛ばす
最近、
(いや、
だいぶ、前からか。)
明るい昼日中を往く電車が
影の場所から
光あふれる場所に移った瞬間
あまりに眩しくて
眼が
くらんでしまうみたく
普通に立っているおまえの姿、
フリッカー閃くみたく
明滅して
見えなくなることが時々あって
冷たい汗がにじむこと
時々あって
でも
怖いから
いつも黙っていた
おまえにとって
自分は
特別な存在だなんて
思いこんでいたよ
ブルー、オレンジ、イエロ、透き通った白、
ステージの灯りも消さずに
一体
おまえは何処へ往ってしまったんだい
鐘の音
誰が
鳴らす
こんな時、
(チンドン
チンドン
チンドン
チンドン
チンドン)
やめてくれ
まるで、
(チンドン
チンドン
チンドン
チンドン
チンドン)
まるで
まるで、
弔いの、
走り続ける夜行列車の窓から
飛び降りるみたいな
唐突さで
竜巻がドロシーを
住居もろとも
舞い上がらせた
跡形のなさで
ステージの灯りも消さずに、
一体。
エントリ26
逃亡幇助 木葉一刀(こばかずと)
夢を叶えたんだね
私も嬉しい
遠くでJAMが歌っていた
歌を聴いた彼はその言葉に嗚咽を漏らし始めた
ただ真っ直ぐな感情でおめでとう。と
幾度と繰り返す歌詞に彼の心は抉られている
夢を見
その壁と闘う事なく現実に逃亡したと言う彼には
ナイフのような言葉だったのかも知れない
その彼が今
幾度目かの逃亡を計ろうとしている
行き着く先は永遠の夢か
闇の底か
どちらにせよ
彼は既に壊れてしまった
朝に泣き夕に笑い
いつも誰かに怯え逃げだそうとしている
夢や現実からでさえ
自ら背を向けた彼は静かに目を閉じた
頼まれた通りに私は
何の感慨も持たずに
先ほど知り合ったばかりの
彼の頭を撃ち抜いた
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