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第12回詩人バトル Entry33

咀嚼(そしゃく)伯爵

彼は一般に言われているほど
食通でも大食漢でもないんだ
咀嚼伯爵

今日は王様の夕食会に呼ばれてる
きっとみんな影で噂してるんだ
「美食家の咀嚼伯爵のことだから
料理について詳しい解説と感想を述べるだろう」
みんなの期待が鉛のようにその口をふさぐから
彼は海草みたいに寡黙になる

夕食会で黙ったままの咀嚼伯爵
みんなはちょっと気にしはじめる
そしてついに王様が言った
「今日の料理について 咀嚼伯爵の意見を聞きたい」
さあ どうする? 咀嚼伯爵
彼の心臓はおおさわぎ

しばしおし黙る咀嚼伯爵
ふるえるその手を悟られぬように
彼の心臓だけがおおさわぎ

「まず、野菜のスープですが……」
彼は得意のスープについて話し始める
間違ったことを言いやしないかと 内心びくつきながら
それでもどうにか取りつくろって
自信たっぷり 語ってみせる
『食通の伯爵』の肩書きを守るため

でもね でもね
そんな伯爵の虚勢は 親しい人には結構バレてる
それと気付かず 演じ続ける
伯爵を僕らは大好きなんだ

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