第1回学生作者限定テーマ付き1000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1 ぬるま湯 相川拓也 1000
2 やかん 歌羽深空 1000
3 俺と薬缶とヤカンとやかん 鈴矢大門 1002
4 夜間宣誓 関口葉月 1000
5 やかんの精 ユタ 1046
6 お湯が沸くまでに 立花聡 1000
結果発表
バトル開始後の訂正・修正は受け付けませんので覚悟してください






エントリ1  ぬるま湯     相川拓也


 湯が沸いてやかんが悲鳴を上げる。居間にも台所にも人影はない。やかんは空気を裂くような声をさらに高くはり上げる。小さな男の子が走って来て火を止めると静まった。
 彼はそれをラーメンに注ぐと、テーブルに座りテレビをつける。薄くて平らな画面の中で、クリスマスを祝っている。少年はやかんの残り湯で手を温めながら、ぼんやりとそれを見ていた。くすんだ白い朝だ。九階の窓から見る街は浮かれているようだ。彼にはその窓がブラウン管に見える。三分経った。
 彼は湯気に顔をぬらして食事する。彼は一人だった。母は仕事に行った。父は出て行った。両親が離婚したことを、彼は扉越しに聞いて知っていた。サンタクロースもその年から来なくなった。彼は自然と何も欲しがらなくなっていった。お父さんとお母さんが離婚しちゃったからぼくは悪い子なんだ。

 彼は空想に沈んでいく。家の中にサンタが入って来る。彼はその靴を隠して玄関に鍵をかける。彼のベッドにプレゼントを置いて帰るサンタを待ちぶせる。帰れなくなったサンタをつかまえる。彼の欲しい物を出してもらう。そして逃げ出さないように、彼はサンタを監視する。サンタと友達になったから、いつでも欲しい物が手に入る、と彼は喜ぶ。サンタは一緒におふろに入ってくれる、一緒にあそんんでくれる、お母さんとぼくと一緒にごはんもたべる。
 彼はのびたラーメンの前で、うつろな目をしている。傍らでやかんの湯気がくゆる。テレビに映るケーキが彼の瞳孔の前を通り過ぎる。
 サンタはたんじょうびもお祝してくれる。いっしょにケーキをたべて、ろうそくふーってして、しゃしんもとって、いっしょにあそんでねるまえにごほんをよんでときどきいっしょのふとんにはいってねるだってぼくのさんただからぼくがつかまえたんだから……。
 呼び鈴が鳴った。彼はラーメンが冷めてしまったのに気がついた。やかんの湯気も消え、ぬるま湯が底で沈黙している。彼は玄関に行く。宅配のお兄さん以外は出ちゃだめよ、と言われている。彼は台に登って覗き穴を見る。
「サンタ……」
 空想がまた彼に振り向く。また呼び鈴が鳴る。彼は飛び降りると勢い良く扉を開ける。彼は夢中でサンタに抱きついていく。サンタも彼を高く抱いてやる。彼はその感覚に恍惚とする。サンタは彼をそのまま白い袋の中に入れる。悲鳴を上げる袋を壁に数回ぶつけると静まった。サンタは去る。風がひゅるひゅるすすり泣く。




エントリ2  やかん    歌羽深空


小さい頃、何度か聞かされた事がある。”やかんを三回擦ると、願いが叶う”と。
その時は、それはランプだろうと、訂正などしなかった。
何より、それが正解で、それが真実だと思っていたからだ。
嗚呼、純粋は、罪なりや?

それを、なぜ今思い出したかというと・・・
目の前に、現れたからだ。
街中で、右手にやかんを持って微笑んでいる、一人の男を。
何がしたいのか。
察することはできなかったが、何か他とは違う感じを覚えた。

誰も、その男に注意を払わない。
誰もが持っている”触らぬ神にたたりなし”という精神からだろう。
ただ 私は気になった。
その男の持っているやかんと、その男の微笑みに。

気がつくと・・・男は私の目の前で笑っていた。
私が寄って行ったのか、男が寄って来たのか、覚えていない。
夢を・・・見ているようだったのだ。

「私に何か用ですか?」
「私に何か用ですか?」
「真似しないで下さい。」
「そちらこそ。」
「だいたいあなたは何なのです。」
「あなたこそ、なんなのです。」
「どうでもいいでしょう。」
「・・・。」
「なんですか。」
「あなたは、なぜやかんを持っているのですか?」
「私は持っていない、あなたが持って・・・」

左手を、ふと見た。
真っ黒な、きらりと光るやかん。

「 あ る じ ゃ な い で す か 。 ね え ? 」

男の微笑んだ顔が不愉快になった。いらない、こんな微笑みいらない。

やかんの中には何かが入っていた。
私はたまらず、そのやかんの中のものを男にかける。
男は、私よりも身長が低かった・・・。
やかんから零れ落ちる、やかんと同じ色の黒い水・・・。
それは夜間の空の色だった。

気がつくと、私はふつふつとストーブの上で夜間が沸いているのに気がついた。
夢。なんてくだらない。

男の顔は、今思えば、私の顔だった。まだ若く、夢や活気に溢れていた頃の、私。

沸いたやかんからお湯を注ぐ。
急須に張ったお湯は、何よりも私の老いた顔を鮮明にあらわしていた。

男の持っていた、やかんは真っ白だった。
汚れなどない、純白のやかん。
今思えば、それがどんなにか羨ましかった事か。
現実を知り、老いた体には、夢も希望もありはしない。
交換すればよかったか。
いや、待てよ。そうしたら・・・

ふと考えて、すぐ考えるのを止めた。
夢の中のことを後悔しても遅いのだ、
それはまるで、昔のやかんとランプの違いみたいなものではないか。

夜間にやかんの湯で薬缶の中の薬を飲む。
いや、洒落ではなく。




エントリ3  俺と薬缶とヤカンとやかん    鈴矢大門


 俺の名前は矢口環輔。今年で高校3年。言うなれば受験生。だからどうというわけではないが。そのはずだ。忘れないようにしてくれ。ここは学校。給湯室。その中。俺は湯が欲しかっただけだ。カップラーメンが主食だからな。今日も今日とてカップラーメンを片手にこの部屋へ足を踏み入れた。いつもどおり湯を沸かして注ぎいれ3分待つ、つもりだった。だが、突然俺は頭を殴られて、昏倒した。なんだなんだと思う間もなく俺は今、この給湯室にぶっ倒れている。じゃ、こんなこと言ってる俺は誰かって? 俺は、今、いや、いい。後で言う。取りあえず、どうやら幽体離脱したようだ。なんて、落ち着いてるようだが、ただ単に考えが回らないのでこんな月並みなことしかいえない。すまん。ただ、問題であることってのは、まあ、わかってる。どいつが俺を殴ったかってことだ。
 どう考えてもあの時この中には誰もいなかった。それなのになぜ俺が殴られるのだ? なぜ俺が、ここ給湯室で、見知らぬ(だろう)やつに、殴られて、あげく幽体離脱してるんだ。あほくせえ。
俺は取りあえず自分の体に入ろうとした、ら、体が動いた。なんだと。なんで体が俺なしで動いてんだ。あっけにとられた俺が体を馬鹿口開けてみていると、そいつは俺の声でこういいやがった。
「ようやく見つけたぞ、ヤカン!」
意味がわからん俺は、はあ?、と聞き返してやった。するとそいつはこういった。
「俺は今まで手前らにこき使われてきたやかんだよ。いっつも手荒に扱って毎回毎回灼熱地獄かってんだ。俺はなあ、手前らの道具じゃねえんだ。」
いや、道具だろ。
「俺は来る日も来る日もチャンスを待った。そして手前が来たのさ、ヤカン! おめえはヤカンって名を持ってる。そうだな。」
確かに、俺のあだ名はヤカンだ。
「同じ名なら入れ替われるんだぜ、名とは本質。本質さえ同じなら簡単だ。俺はもう矢口環輔、ヤカンなんだよ。精精がんばれや、やかん。」
あいつはそう言うと去っていった。俺は、俺はどうしようもねえからとりあえず、薬缶に潜んでいる。いつか俺のような馬鹿が来るまで潜んでいる。その頃にはもう自分の矢口環輔なんて名前は忘れてやかんになっているかも知れねえが、かまわん。俺は何としてももう一度よみがえってやる。
 こうして俺はやかんになった。いつまでもいつまでも、馬鹿が来るまで待っている。馬鹿を薬缶で殴り倒す日をずっとずっと待っている。

あいつのように。




エントリ4  夜間宣誓    関口葉月



「あ、ねぇ、あたしにもお湯ちょーだい」
「ん」

会話はすぐに途切れたけれど、
小刻みなシュンシュンという音が
二人の間に流れていた。
すぐ近くの自習室では試験問題を試している生徒達もいるのだし、
あまり大声で喋ることもできない。
背中を反らせると骨が鳴った。

「……ねえ」
「うん?」

木の廊下が少しきしんだ。

「判定、どうだった?」
「……B判定」
「うわ微妙」
「お前は?」
「…………B判定」
「……」

顔を見合わせて、どちらともなく溜息をつく。
寒い廊下で吐き出したそれは、ほんのりと白く消えた。
お互い、第二志望の高校は合格圏なのだけれども。
やかんが煙を吐き出し始める。
彼はコンロの前に突っ立ったまま、目線だけ彼女に向けた。

「倍率4は厳しいよな」
「ねぇ。厳しい」

はぁ、と白い息が綿のようにほぐれて消える。
彼女は朱色の古い丸いすに腰掛けた。

「ほんと、厳しい……」

背中を少し丸めて、両手に顎を乗せる。
目を細めてやかんを見つめる姿は眠そうでもあった。

「……あーあ、早く高校生になりたいなぁ」
「そのための受験だけどな」
「わかってるけどさぁ」

ボッ、と奮い立ったやかんを見て、コンロの火を止めた。
近くのコンビニで買ってきたカップラーメンに湯を注ぐと、
小さくきしむような音がした。
ふたつのカップラーメンは規定量通りに湯を注がれ、
蓋を閉じられた。
彼も丸いすの山からひとつ下ろし、
彼女の隣に腰掛ける。
近くの教室からペンが紙を滑る音が聞こえた。

寒いのに、何故だか少し眠い。
切羽詰った日々の中で、こんな風にぽっかりと時間が空くことがある。
何度書き取ったかわからない数式や年号を思い浮かべながら、
彼等はただ、少し湯気の漏れるカップラーメンを眺めていた。
……はぁ、と、また溜息が漏れる。
眠いのか疲れているのか、自分自身にもよくわからなかったが。

「ねえ」
「うん?」
「受かるかな」
「……どうだろうな」
「……この場面では慰めでも受かるって言っとこうよ」
「下手に言って責められたらヤだし」
「計算高いなぁ」

小声で他愛ない会話をして、また沈黙が訪れる。
同じことを何回か繰り返すと、三分経過を知らせる短いチャイムが鳴った。

「ねえ」
「ん?」

蓋をはがして、麺を箸でほぐす。

「受かるかな」
「……まだ言うか」
「ね、受かるかな」

あたしも、あんたも。
少しの沈黙の後、彼は呆れたような溜息をついた。

「受かるようにするんだよ」
「……うん」

頑張ろう。
小さく呟いて、ラーメンを食べ始めた。




エントリ5  やかんの精    ユタ


 電気ポットは電気代が怖いので、やかんを買った。実家にあるのと同じタイプの、丸い黄銅色をしたやかんにした。
 俺の台所になぜかフィットした。よし、と思い水を汲もうとしたとき、一点だけ、やかんの蓋の淵が黒ずんでいるのが気になった。上着の袖で磨いてみた。途端にやかんが、カタカタカタと音をたて、まるで沸騰しているかのように煙りを吹き出した。溢れ出る煙りは白く、汽笛のような音をあげ、ピンボールのごとく壁や天井を跳ね返り、とぐろを巻いたかと思うとひどく不恰好な人型を作りだした。上半身は相撲取りのようで、足の先はやかんの口に繋がっている。
「ご主人様」煙りは喋った。「わたし願い事三つ聞く」
「ちょ、ちょ、おまえなに、なんなんだよ」
「わたしやかんの精」
 俺は一度つばを飲んでから、やかんの精、と反芻した。ランプならまだしも、やかんの精。
「じゃあなにか、御伽噺みたいに億万長者にでもしてくれるってのか?」
「わたし願い事聞く」
 最近アニメを見すぎていたか、とこめかみのあたりを揉む。確かにアラジンも見た。続編まで。
 しかし、しかし、と考えた。どうせならなに願ったっていいよな?
「よ、よしわかった、三つだろ、ん、んーと」
「ご主人様残り一つ」
 俺は手をあごにつけたまま思わず固まった。
「い、いや、なんでだよ、まだなにも言ってないだろ」
「ご主人様言った『おまえ、なに』『億万長者、なれるか?』だから残り一つ」
 それはただの質問だ、と言いそうになって口をつぐんだ。変に質問して願い事がぱあになったらそれこそだ。俺は息を吐き出し、唇を湿らせるように舌で舐めた。
「彼女。可愛い彼女が欲しい」
「わかった」
 そして――空虚な間。恥ずかしさが込み上げてきた。
「ま、まだかよ」
 やかんの精は、珍しい物でも見るような目で俺を見た。
「だ、だから、願い事言っただろ。早く叶えろよ」
「ご主人様なに言ってる?」
「おまえ願い事叶えてくれんだろ」
「叶える違うわたし聞く」
 俺の口が情けなく開いた。
「おまえ、願い事叶えてくれるんじゃないのか?」
「叶える違う聞くだけ願い事三つ聞いたご主人様さよなら」
 やかんの精はまたもや室内を縦横無尽に駆け回り、外に出ようと頭から窓にぶつかり、霧状になったかと思うとすぐに形を取り戻し、換気扇から抜け出していった。おくれて換気扇がぐるぐると回る。
 やかん。やかんだけが取り残されている。俺は水を汲んで、火にかけた。やかんはやがて、カタカタカタと音をたて、煙りを吹き出した。
 ああそうだ、チャルメラでも食べよう。




エントリ6  お湯が沸くまでに    立花聡


 ポストには水色の封筒があった。そこにはきれいで整った字で僕の名前が書かれていた。差出し人には見慣れぬ名前。何度も呼んだはずの「アイコ」と言う名前が漢字で書かれていると微妙な違和感がある。
 冷えた体を温めようと、やかんを火にかける。側面に漏れた水滴がガスと重なって音を立てる。
「手紙書くから」冗談みたいな口ぶりを僕はどこかで信じていて、こちらに着いてから、毎日ポストを覗いた。用も無いのに見に行った。けれども、一ヶ月経つとなんだかぼやけてきて、三ヶ月もすると、きっと忘れていたんだと思う。
 その手紙が八ヶ月も経って届いた。年を越したら、もうすっかり忘れていただろう。これだけ気をもませて一体何が書かれているのだろう。水色をした封筒に手が懸かった。そして止まった。
「コーヒーを飲みながらゆっくり読もう」僕はそう決めた。

 マグカップにインスタントコーヒーを入れて、テレビをつける。部屋の中央の小さなテーブルにそれを置き、お湯を待った。
 いまさらどんな手紙を送ってきたのだろうか。やはりたわいのない近況報告か。それなら今更送ってこなくてもいいのではないか。
 僕は立ち上がり、コンロの前に立った。
 まさか向こうに何かあったのか。そういえば困った時には、何故だか僕に相談しに来ていたな。
「ねぇ、どうすればいいと思う? 別れた方がいいのかな」
 上目遣いの困った顔にドキリとした。
 中火を一番強くした。軽く作ったルールに僕はやきもきした。不思議な力で僕に手紙を読ませてはくれない。
 粗雑なシンクにカップを持って来る。まだやかんは静かに鎮座している。
「手紙書くから」
 春になりきってもいないのに、春服を着込んでやってきては、今日は寒いとしきりにぼやいていたな。あの時ののど飴は食べたんだろうか。ポケットに入れたままだと、ひどいことになっていそうだ。
 もしかしたら、なにか僕に対しての苦情かもしれない。そう思うと、怒っているアイコが浮かんできた。
「動物に例えるとぉ? ナマケモノかな」
 あの時は何故、ファイルで頭を叩いてしまったんだろう。驚いた顔で僕を叩き返してきて、「最低」か。いや、確かに最低だった。実際僕は怠け者だったのだし。
 不意に可笑しくなってきた。もうさっさと開けてしまおう。数少ない級友からの最初の手紙だ。
 やかんが慌てだし、僕に知らせた。微笑みながら、お湯を注いだ。
 まるでラブレターもらったみたいだ。





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