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QBOOKS第3回学生作者限定テーマ付き1000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1天高く小笠原寿夫1008
2月ははるかに相川拓也1000
3fly high!! with our hope!!暇 唯人890
4青人空コンクリート南 那津1000
5二毛作、最低毛っさく歌羽深空1000
6飛べちゃうかもしれない。関口葉月1000
7葬送の鳥スナ2号1000
8天空愛歌篠崎かんな1079
9千万鳥居大加速回廊kazu.BB937


バトル開始後の訂正・修正は受け付けません。

バトル結果






エントリ1  天高く     小笠原寿夫


 2009年秋、僕らフューチャーズは、ある漫才の大会の予選に出場していた。僕らは来年で三十路に手が掛かろうかという年齢である(相方は夏に誕生日を向かえ、30歳になっていた)。
 お笑いを始めたのは、大学を8年で卒業して、まもなくのことだった。学生時代に、「さっちん(相方の愛称)、漫才やる気ない?」と僕が誘ったのがキッカケだった。まさか、それが実現しようとは夢にも思わなかった、と言っては嘘になる。アマチュア当初から、色々な若手、ベテランに至るまで、漫才師談を公園で語りまくり、ネタの稽古もそれなりにやっていた。
 舞台袖、緊張はしていたが、自ずと沸いてくる自信もあった。それは、二人で練り上げたネタがベストの状態にもあり、養成所の恩師に叩き込まれた間の取り方、声の張り具合、舞台での動き、どれを取っても僕らが一番だという自負があったからだ。

「次はエントリーナンバー2098、フューチャーズです!張り切ってどうぞ〜!」
司会の方が、僕らの名前を呼んだ。相方の表情が強張ったものから、舞台用の顔になっていく。僕もお客さんを沸かせるために顔に笑みを浮かべる。間際に相方が僕の背中をドンと叩いたのが妙に力になった。

「どうも〜、フューチャーズです!」
二人声を揃えて叫ぶ。お客さんはもちろん審査員の方々も目線は僕ら二人に釘付けである。まず僕が声を出した。
「まぁねぇ、僕らがなんぼフューチャーズです!言うて叫んだところで名前覚えてくれはるお客さんいてませんわ。それでね、今日は僕らにちなんだ『あいうえお作文』考えてきましたよ。」
相方がフォローする。
「へぇ〜、あいうえお作文か。名前覚えてもらう為にも基本中の基本やからね。やっていただきましょうか。ほな、フューチャーズのふゅ〜!」
「冬の終わりを告げる梅のように〜!」
「フューチャーズのちゃ〜!」
「ちやほやされたい〜!」
「フューチャーズのず〜!」
「ずっこけ二人組〜!」
「出だしから縁起悪いわ!」
お笑いファンのお客さんから失笑が漏れる。
滑り出しは好調で、その後もそれなりに受けた。
思えば、大学のときにまじめに勉強していたら、こんな舞台には立てなかっただろう。留年しても、金がなくても、転んでもただでは起きない人生。それが僕の人生である。この舞台が結局、僕の波乱万丈人生の幕開けとなった。僕らフューチャーズの快進撃はここから始まる。予選の帰り、僕は相方と二人ですでに賞金の使い道を話し合った。






エントリ2  月ははるかに     相川拓也


 月の明るい夜のこと、小さな家の庭で、鈴虫の兄弟はりりりり、と秋の夜のお喋りを楽しんでおりました。家の二階からは、ぽろぽろとギターの音がこぼれておりました。
「ねぇ、いつも聞こえるあの音はなに?」
「え? さあ」
「なかまが鳴いてるの?」
「知らないよ」
「お月さまが歌ってるの?」
「あぁ、そうかもね」
 お兄さんは弟の質問をうるさそうにあしらいます。
「お月さまって遠いの?」
「ああ、遠いよ」
「行ってみたいなあ」
「だめだよ」
「なんで?」
「遠すぎて行けないよ」
「どうしてもだめ?」
「だめ。一緒にいなさい」
 お兄さんにたしなめられると、弟はつまらなそうな顔をして月を見上げました。そして悔しさにまかせて、ギターの音にリリリィィィンと自分の鳴き声をぶつけるのでした。少し可笑しくなってお兄さんがくすっと笑うと、弟はもっと高く鳴くのでした。
 次の日も、西の空に日が沈み、また夜が始りました。鈴虫たちは目を覚まします。いつものように、お兄さんが目を覚ましました。しかし一緒に起きるはずの弟が見つかりません。お兄さんはおかしいな、と思いながらあたりを探しました。近くにいる仲間にも聞きましたが、誰も知りません。仲間の一人が軽い冗談のつもりで言いました。
「昨日、なんか怒ってたみたいだけど? あんまりいじめたから家出しちゃったんじゃないの?」
 お兄さんははッとしました。まさかとは思いましたが、待てども待てども弟は帰って来ず、やっぱり家出してしまったのかもしれないと思いはじめると、昨日どうしてあんなに冷たくしたんだろうと、後悔が小さな胸を圧し潰してしまいそうになりました。ギターは昨日と同じように、ぽろぽろと聞こえています。お兄さんは大きな声をあげて泣きました。いくら泣いても、胸がぎゅうぎゅうしぼられるように苦しくて、泣き続けることしかできませんでした。その夜は、ひときわ大きな虫の声が、一晩中響いておりました。

 弟が帰って来ることはありませんでした。それでもお兄さんは、夜になり、ギターの音が聞こえてくるたび、弟を呼ぶように鳴きました。
「あの子はお月さまのところに行ったんだよ。行きたがってたんだろ? きっと今は幸せだよ」
 仲間の一人が言いました。お兄さんも、その言葉を信じたいと思いました。そうして毎晩月に向かって鳴き続けました。それでも月は遠すぎて、空しいような心持ちばかりするのです。ギターは今夜も聞こえてきます。






エントリ3  fly high!! with our hope!!     暇 唯人


出来た。 完成だ。
と、つなぎを着た男が言った。 
目の前には見たことが無い物があった。 作った当人ですら、名前は知らない。
これが実用化されたら、きっと革命になる、そう思わないか?
そのボディを軽く叩きながら言った。 
明日、早速テストをしてみようと思ってる、お前ももうウズウズしてるんじゃないのか? 
もう一度叩きながら言った。 
手が止まった時、つなぎの男は既に眠っていた。

目をあけると、そこには碧い空が広がっていた。
雲と雲の間から陽光が刺しては隠れ、何か心地のよいムードが漂っていた。
その視界の中に一匹の鳥が入ってきた。 名前まではわからないが、かなり大きい。
羽ばたくことなく、ゆっくり円を描いて飛んでいる。
それを見ていて自分の中で1つ疑問が浮かんだのだった。
「 鳥は飛べるのに、なぜ人間は飛べないんだ……? 」

男は目を覚ました。 小窓から差し込んだ朝日で顔を照らされていた。
よくわからん夢を見ていたな……。
と、男は呟いた。
少し閉じかかっている目を擦りながら、男はフラフラと立ち上がった。
そして、大きな木製の扉を開け、それを風で閉じないように石を置いて固定した。
よし、いける……!
と、言い、男は昨日完成したものを引っ張り出し「テスト」の準備をはじめた。
その準備の間、男の頭の中はいろいろなものが交錯していた。
両親に夢を打ち明けた時の反応。 親父には罵られたっけ、バカ息子とかいろいろと。

実際バカなのだ。 

けど、それ故にこんなものしか作れない。
これにバカになっているのだ。


準備は完了した。
あとはデータと風と運を信じるしかない。
つなぎを着ている男はそれを一押しした。
なだらかな丘の上から、それがゆっくりと動き始めた。 車輪がガタガタと音を上げている。
少しづつスピード上げて、丘を降りていく。
男もそれを追う。
スピードを上げる。

追う。

スピードを上げる。

追う。

スピードを上げる。

追わなかった。

それ以上は追いたくなかった。 いや、まだ追ってはいけなかった。
男は心の中で叫んだつもりだった。

 行けッ! 俺の全て、いや! 人類の全てを乗せてッ!!

ガタガタと音を立てていた車輪が地面を捉えなくなっていた。







エントリ4  青人空コンクリート     南 那津


 目覚めると、寝ていたはずのベッドを見上げていた。思わず手をつくと、そこは天井だった。再び見上げると、机やテレビや本棚がそのままの形で存在していた。世界は上下逆さまになっていた。自分の部屋なのに、主人である自分が嫌われているような気分になった。
 それどころではない。窓を開けると、一面に青が広がり、空を覆うかの様に灰色の町並みが続いていた。灰色の空には、車や家が張り付き、木が真っ逆さまに生え、カラスが空にぶつからない様に飛んでいる、得意そうに。ここは高層マンションの八階、見下ろすと残りの十階を見る事ができる。僕だけが、この逆さまの世界にいる様だった。
 気づく、手を伸ばしてテレビの電源を入れる。おかしな映像が映った。いつもと違うキャスターが机にしがみついて、喋っていた。
『明朝六時頃、人類にとって初めての事ですが、世界の上下が逆さまになりました。みなさん絶対に外に出ないで下さい、空に落ちてしまいます。すでに多くの人が……』
 その後のニュースは、外にだけは出るな、それを繰り返し伝えるだけだった。再び窓を開けてみる、広がるのはコンクリートを敷き詰めた空と、果てが見えない青。いつもより窓の敷居の高さが低くて落ちそうになる。
 悲鳴が聞こえた。驚くほど大きかったその声は、すぐに収束する様に小さくなった。人の形が青に落ちていく姿が見えた。それは黒い点となり、見えなくなった。見届けて、ぞっとして思わず窓からのけぞる。
 しばらくして今度は別の悲鳴、すぐに聞こえなくなる。知っている声、このマンションに越して来てできた友達だった。窓から身体を乗り出す。かすかに点が見えて、まもなく消えた。青に落ちていったのだろう。そして、どうなったのだろう。
 気づいた時には遅かった、誰かが背中から押したのか、窓から滑り落ちたのか判らない。広がる青の中に、僕はいた。
 青空に落ちていく。天高く、落ちていく。青に吸い込まれていく。だんだんと見慣れた地面から離れていく。緑が見え、海が見え、雲を突き抜け、それでも勢いは止むことなく。天高く、落ちていく……







 何か見えた。無数の黒い点が見えた。だんだん大きくなり、人の形になり、それのところで止まった。友達もそこにいた、泣くのも止めて途方に暮れていた。
 空に落ちた人はみんなここにいるようだった。地面もない、ただ浮いているだけの世界。人間だけが、ここに連れてこられたようだった。






エントリ5  二毛作、最低毛っさく     歌羽深空


昨日の雨のせいで、今日はいくらか空気が重く見える。自分の心境のせいもあるのではないかとも思うが。
外はやけに静かだった。きっと皆、最後の別れをしているのだろう。なぜなら、今日はお祭りなのだ。

「お、澤木君、おはよう。」

隣の山中さんが、近づいてくる。

「今年はどうでしょうね。」
「どうなんだろうねえ。」

山中さんは小さく息を吸うと、空を見上げて大きく息を吐いた。白い息が、薄く漂う。彼は呟く。
「髪の毛が広がるのも、今年はこれでお終いかな?」

その時、花火が鳴った。
静かな街が、一瞬にして人ごみで溢れる。祭りがはじまったのだ。毛祭りという名の、(毛根の)命をかけた戦いが。

「来たぞー!!!」

皆一斉に声の方を向くと、褐色の雲が近づいていた。
あれの射程範囲に入ったら・・・・・・刈り取られる!
四方八方に逃げるが、徐々に体力が落ちて倒れこみ、雲の射程範囲に入っていく人々。雲は容赦なく範囲内の人々の毛という毛を、全て抜いていってしまった。私も息を切らして走る。

毛祭りの起源は知らないが、私が生まれた時にはもう、1年に1度は髪の毛を守らなくてはならなかった。

あの雲の構造については、またいずれ。

「あっ!」
「山中さん!」

山中さんが転んだ。私はさすがに隣人を助けぬわけには、と覚悟して夢中で山中さんを引っ張り出した。
しかし時すでに遅し。山中さんには、もう髪の毛が無かった。ああ、きっと私の頭にも・・・・・・そう思い、頭に手をやった。あれ!?ふさふさ!!

「ごめんなさい、助けられなくて。」
「いいよ。君のせいじゃない。それにすっきりしたしね。」

山中さんの髪の毛は、もう、影も形も無かった。文字通りすっきり、だった。顔つきもなぜか、嬉しそうだった。
そして数時間後、祭りは終焉を迎える。雲が集めた髪の毛を上空から散らすと、拍手が起こった。

終了後、降った髪の毛を集めて燃やし、ワカメを煮て食べる。これも昔からの習慣だ。

それにしても。

なぜ、私の髪の毛は抜けなかった?なぜ山中さんは少し嬉しそうだった?私の色々な疑問は湯気とともに上がっていった。





が!




私はその瞬間燃える毛の中に何かを見つけた。あれは・・・・・・!

疑問の答えはあっという間に湯気から逃げて地に戻った。

ワカメをすする。しょっぱかった。誰かの涙の味がした。
この事に気づいている人も、少なくは無いだろう。でも刈り取られた(とされている)人への配慮として、きっと黙っているのだろう。







エントリ6  飛べちゃうかもしれない。     関口葉月



つい数時間前までの大雨が冗談みたいに思えてくる。
すこーんと抜けるような高い空に、まだ雲は塊として残っていて、所々で青空を邪魔していた。
……あー、いい天気だ。いい天気すぎる。
薄く浮かんだ汗を拭って、彼女は上着を放り投げた。
雨が止んだ今は、邪魔でしかない長袖。

「うわ大雑把ー。上着ぐらい畳んで置けよ。せめて投げんな」
「うるさい。一人にしてちょーだい」
「センセが結婚するからあ?」
「黙れ」
「うわ怖っ」

少し前まで雨雲に隠れていた太陽は、笑うように光を降らせる。
二人きりの、乾ききっていない屋上は、まだ少し暗かった。

「別にさ、彼女になりたいとか結婚したいとか、思ってたわけじゃないけどさ。」

言い訳に似た口調に、彼はその横顔を見た。

「……ショックなんだよ」

高い空、雲の隙間から見える青、強くて心地良い風。
すべてが綺麗で、自分が少し惨めになる。
祝福できない自分が嫌になる。

「……空、高いなー。」

少しの沈黙の後の言葉は、話を逸らそうとしているのがあまりによく伝わってきて、彼女は吹き出した。
下手な気遣いは嫌いじゃない。

「お前さー、あれの名前知ってる?」

彼の指差した先で、雲の波間から光の筋が差していた。
無意識に、最近見たファンタジー映画を連想する。

「……名前? あんの?」
「天使の梯子、っての。天国に繋がってそうじゃね?」
「さあ」
「一緒に登ってみまセンか?」
「……は?」
「あ、今すぐとかじゃなくてね。将来的に。すっげえ先だけど。」
「……」
「ヤだ?」
「……って、え? 何これ? 何この会話?」
「だからあ、 ……わかるだろーよ」

彼は初めて顔を逸らした。
困っているのか、笑っているのか、……照れているのか。

「……プロポーズに、聞こえるんですけど」
「たぶん、そんなカンジ」
「多分て何。しかもこのトシでプロポーズ?」
「予約。」
「……なんで、この場面で言うかな」
「弱ってるときがチャンスかなーって」
「思っても言うなそういうことは!」

いつも通りの軽い会話が、今は少し難しい。
憧れの先生の結婚でちょっとへこんで、綺麗なものを見ても復活できなくて。
仲のいい男子の言葉はうっとおしくて。そういう自分がまた嫌で。

ああ、でも、私はなんて単純な人間なんだ。
この相手をそういう対象に見たことはなかった、のに、

今ちょっと、舞い上がっちゃってるよ?

天使の梯子は少しづつ広がって、やっぱり笑うような太陽は惜しみなく光を降らせる。
祝福された、気がした。





エントリ7  葬送の鳥     スナ2号


 エレベーターは使わないと決めていた。
 巨大な紙袋を担ぐと、僕は階段を上り始めた。
 踊り場から見える空は、目が痛くなるほど澄んでいる。奴の病室から見た空はいつも曇っていたのに。
 病室で、奴は花瓶と、この世に存在する呪いの言葉全てを僕にぶちまけた。
「俺がこうなって、さぞ満足だろうな」
出て行け、と怒鳴られて僕は病室を出た。そう思っていたのも事実だし、奴の気持ちもよく分かっていた。ああなってから、奴の荒れ様は凄まじく、奴を誰より可愛がっていたじいちゃんばあちゃんですら、病院に近寄れないと聞いていた。
 僕が折り紙を折り始めたのもこの時期だ。一日一枚。柄にもなく。
「100日目、おめでとう」
二度目に奴の部屋に行った時、僕は叔母さんの留守を狙って言った。紙みたいに薄っぺらくなった奴は、血走った目で僕を睨んだ。
「良かったな。着々と記録を更新してるそうじゃないか」
奴が枕元の本に手を伸ばしたのを見て、それが飛んでこないうちに、僕は病室を出た。
 僕の押入れは日々、紙屑だらけになっていった。

 扉の鍵は、まだ壊れていた。屋上から見る空は、思った以上に青かった。
 最後に見た奴の目は、長い闘いに疲れ果てて、もう僕を見ることもなく、虚ろに漂っていた。そんな奴を見ても、僕はまだその時は来ない、と勝手に信じていた。まだ、アレができてないから、大丈夫。
 告別式で、叔母さんに、未完成な紙屑たちを差し出したら、その場に泣き崩れてしまったから、黒い服のまま抜け出し、ここへ来た。
 さえぎるもののない青い空の下で、紙袋から灯油缶とマッチを取り出し、僕は追悼の句を読み上げた。
「孝一君の事は、昔から知っていますが、彼は僕の歴史上、三本指に入る嫌な野郎でした。僕は、十年に一度でも彼に会うのはごめんでしたが、親に連れられて、毎年渋々会っていました。僕が受験に落ち、彼が受かった時、あの嫌な笑い方で、まあ、お前にしてはよくやったよ。と肩を叩かれた時は、絞め殺そうかと思いました」
僕は、灯油缶の中の紙屑に火をつけた。
「鶴は千年、と言いますが、いつか将来、まあ、お前にしては、と渡してやる筈だったのですが、孝一君のせいで予定が狂い、不完全な彼らを、僕の知る一番高い所から一緒に送り出してやろうと思います」
煙にむせながら、僕は付け足した。
「彼は、僕の心の中に、永遠に住み続けていく事でしょう。嫌でも」
988羽の鶴が、青い空に吸い込まれていった。





エントリ8  天空愛歌     篠崎かんな


「空が見たい」
 助手席の彼女が言った。
「空?」
 僕は運転に注意しながら視線を上げる。天気は晴れ、真っ青な空が在る。
「見えるよ」
「ううん、もっと近くで。もっと大きく」
 近くで、ねぇ……。
 僕は彼女を横目を見ながら、右ウィンカーを出した。

 高層ビルの最上階。目の前に拡がる景色、吸い込まれそうな空が半分を占める。
 じっと空を眺めていた彼女は振り返って言う。
「まだ、遠い。もっと大きく、もっと近く」
 彼女のわがままな口調。
 溜息付いた瞬間に見た、涙のいっぱい溜まった目。
 今日はなんか変だ。
「次、行こっか」

 観光用タワーの展望台。この辺じゃ一番高い。
 大きく拡がるパノラマの景色、眺め続ける彼女。
 辺りの雑音も僕の言葉も、聞こえてはいないだろう。
 こんな彼女は初めてだった。
 明るくて、うるさいくらいに騒ぐ彼女が、今日はこんなに無口で勝手。
 何があった? ……僕には分からない。
 何を探して、何を求めて。
 僕は彼女の事は何も知らなかった。
「もっと近づきたいの……お願い、連れてって」
 哀願する瞳がこっちを向いた。

 車は山道を進む。
 彼女は空を眺め、深刻に何かを求め続けている。
 えっと、一番近い頂上は……。
 日はまだ高い。が、暮れる前に着けるかな。
「あっ!」
 ……ん?
「止めて、降ろして」
 急ブレーキまじりで止めた車から、彼女は飛び出した。
 僕は慌ててエンジンを切り、走って行く彼女を追う。
 そこは、草原だった。見渡す限り全て、全部。前も後ろも、全て緑の草。
 風は好きに吹き、光はまっすぐに射す。
 頭上は遮るモノなどない、そのままの空。まあるい空。
「こんなに近い……」
 天に向かい、求める様に差し出される両手。
 頭上一面、全て青色、みんな空。
 眩しいほど笑顔を見せる彼女が、ゆっくり口を開く。
 軽やかにすべり出るのは歌声。澄んでいて、明るくて、華やかで、強い。
 空へ向けられた彼女の唄が、踊りながら登って行く。天高く突き抜ける様に登って行く。
「お母さん……」
 終曲の後に漏れた、小さな呟き。
「お母さん?」
「うん。3日前に、死んだって」
 驚く僕を眺める、彼女の顔。満面の笑み。
「私、お母さんの顔、知らないの。小さい頃に離婚して……ずっと、会わせてくれなかったし、会おうともしなかった」
 彼女がまた空を仰ぐ。
「でも、この唄だけは覚えてた。お母さんが唯一私に残してくれた唄……葬式にだって出なかった私の、お空に行ったお母さんへの贈り物」
 いつもの、はじゃぐ口調に戻っていた。
 僕は彼女の肩をそっと抱き寄せる。

「ねぇ、君の思い出。聞かせてよ」

 僕は彼女の事は何も知らない。







エントリ9  千万鳥居大加速回廊     kazu.BB


 秋は鳥居の季節だ。夕焼けがきたら終電に乗って苔の野原に行こう。神社を過ぎてめがね橋を渡り仙人トンネルを抜けて。ちぢれた雲の真下、徘徊に疲れた足を休め、耳を澄ませば聴こえてくる。小さな鳥居が生まれ、育ち、まっすぐに伸びていく音が乾いた風にのって響いてくる。

 葉月の黄色い陽光を染みこませた山肌。西風に揺れて光るすすきの穂の間。百舌の鋭い鳴き声に誘われて、朱色の鳥居が幾百も地面を割って生えてくる。鳥居は一列に行儀良く並び、微かにふるえて伸びていく。
 まだ秋分を過ぎたくらいでは鳥居は若い。
 南中する日の高さが下がってくる時分。鳥居は真っ赤に色づき脈打つ。
 山の稜からふもとにかけて一気に滝が流れるように、丈高い草や黒い林の中に一筋の朱色の川があらわれる。
 ――いったい誰が鳥居の種を蒔くのだろう。
 山のふもとで遊ぶ子供らは、皆そんな不思議を胸に抱く。父母老人にぶつけた彼らの不思議は答えとならずに消えて散る。誤魔化されたりはぐらかされたり逸らされたりして流される。
 不思議を抱えた子供らは、月日の流れに従って一人残らず大人に変わる。はっきり見えていた不思議は、日々の暮らしに埋もれて消える。それは始めはゆっくりと、やがて霞んで鈍って濁る。
 それでも、鳥居は生えるのだ。
 毎年毎年、生えるのだ。
 そして、――

 ――丑三つ時。
 月明かりの底、幾億もの魂魄が鳥居の川の下流辺りに集い、ひしめき、ざわめく。 精は青白く光りゆらめき、朱色の鳥居の前に漂い群がる。その姿はそれぞれ皆異なる。鱗を持つもの、羽で飛ぶもの、毛を揺らすもの。老いも若きも、でもこの土地で生まれ育ったものたちばかり。生き物たちの目に映ることがなくなっても、現し身の形を忘れることはない。この夜までは。
「――――」
 宵月の下、夜空を紅く焼き尽くす千万鳥居が動き出す。固い地面を共振させて凍ったように凛と張る。その重力に導かれ、魂魄は鳥居の口に吸いこまれていく。次から次へ。逆さに落ちる滝のように。ふもとの辺りはゆっくりと、やがてだんだん早くなり、最後の鳥居から飛翔する。千万鳥居で加速され銀河に向かって放たれる。無限無尽の宇宙に向けて幾億もの青い靄が振りまかれる。

 静かに軌道を描く星屑。
 世界に散らばる鳥居の種。