第58回中高生1000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1「桜坂」七尾荏莉子1000
2道の向こう神風夜月1000


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エントリ1 「桜坂」 七尾荏莉子


好きな人がいました。
生徒会長のその人は、いつもキラキラと輝いていました。
彼の少し低いその声で呼ばれる自分の名前を幸福だと思っていました。
だけど今日で全て過去形です。 

「桜坂」

「君よずっと幸せに風にそっと歌うよ 愛は今も愛のままで、」
鼻歌交じりで校門前の坂をのぼりきる。
あと数日もしたら、ここは桜坂になる。 満開の桜はきっと卒業生の門出を祝っているのだ、と先生は言っていた。
私の名前も「さくら」。だから桜坂と呼ばれているこの坂が大好きだ。

「古賀先輩、」
あたしは意味もなく先輩の名前を呼んでみたりする。
先輩は絶対に振り向いてくれるとわかっているから。
「なに」
高揚のない少し低い声で返される他愛もない返事さえも愛しいと思う。
「呼んだだけですよ、もう少しでお別れですから。」
そういった瞬間の苦笑いだってもう見慣れてしまった。

幸せと不幸は似た字をしている。
だからいつもそれらは背中合わせなんだよ、と隣の席で智子が言っていた。
良いことが一つあれば、悪いことも一つ。そういう意味かな、と勝手に解釈させてもらう。
だとしたら神様、もう私をこれ以上幸せにしないでください。
その次に待っている不幸が怖いのです。

古賀先輩は少し目を伏せ、苦笑いのようなよくわからない表情で私の前から去っていった。
それはお世辞にも「さわやかだ」という形容詞が似合うような別れではなく、私はただ、過ぎ去った先輩の姿をいつまでもみじめったらしく目で追いかけていた。
いえなかった言葉は今も空回りしているというのに。

「愛としっていたのに 春はやってくるのに 愛は今も会いのままで、」
先輩がいなくなった今でも、あたしはまたこの坂で「桜坂」を歌っていまいす。
歌うたび少し寂しくなるこの気持ちはどこから来たのでしょうか。そしてどこへゆくのでしょうか。
私にはわかりません。
だけど、『先輩がいなくて寂しいのです。』そういえたのなら、どんなにいいでしょう。

どうして私たちは対等に話すことさえ出来なかったのでしょう。
どうして私はあと一年早く生まれられなかったのでしょう。
どうして神様はこんなにも私を不幸にするのですか。
神様、どうしてですか。
幸せと不幸が隣り合わせなのだとしたら、もうこれ以上の幸せなんて望みませんから、だから、どうか、
「           」

だけど成す術のない私はまだ、あの時言えなかった言葉とともに、歌っています。
先輩が通るはずない、この桜坂で。







  エントリ2 道の向こう 神風夜月


 間宮君に告白されて、私は彼を振ってしまった。
「告白されたのになんで振っちゃったの。今ならまだ間に合うって!」
 サツキは優しい。そう言って、私の背中を押してくれる。
 私はただ、苦笑を返すしかなかったのだ。

 私は荷物をまとめて閉館と同時に図書館を出る。
 授業後、高校の真横にある市立図書館に通うのが私の日課だった。
 図書館の窓から高校のグランドが見える。
 そこに、半年前まで彼がいた。
 3年間同じクラスだった間宮君。
 背番号5番。MF。
 高校の生徒はあまり利用しない図書館の自習室から、勉強の合間、サッカー部の練習風景をよく眺めていた。
 サッカーなんて、あまりわからない。
 でも、好きだった。
 彼のシュートが一直線にゴールに吸い込まれていくのを見たあの時から、虜となっていた。
 綺麗だった。
 あのシーンが、スローモーションで脳裏に焼きついて、離れないのだ。
 空は灰色だった。
 秋の街は冬に向かうのと同じように、昼から夜へと変わろうとしていた。
 人々は淡々と目の前の大通りを往復している。
 私は密かにため息をついたが、無力にも大気と化すだけだった。
 受験生としての義務を遂行するだけの毎日は窮屈だった。
 英単語と向き合い、微分積分を繰り返す。
 規則正しすぎる。
 でも、同じくらい楽しかった。
 学校には彼がいたから。
 見ているだけで幸せだった。声を聞けるだけで嬉しかった。
 彼の背中を見つめながら同じ授業を受ける。移り変わるいくつも季節の中で、それは確かに永遠だった。
 カンタンじゃないか。
 このまま、卒業までの三ヶ月間を今までと同様にやり過ごせばいい。
 私たち受験生は恋にうつつを抜かしている暇はないのだ。
 受験なんて失敗してもいいじゃないか、そう思えるほどの浅はかさはない。
 たった三ヶ月だ。あと少し我慢さえすれば、夢のような大学生活が得られる。
 何度も自分に言い聞かせて、決して選ばなかった道の向こう側をみようとはしないのだ。
 それが正しい選択だと、私は信じていた。
 横断歩道の赤信号に立ち止まる。
 私は気まぐれに向こう側の歩道を見やった。
 そこには、よく知る人物が二人。
 彼とサツキ。
 サツキは彼の腕に自分のそれをからめ、嬉しそうに彼を見上げていた。
 群集は私を置いていったまま、前へ歩み始める。
 私は選ばなかった道の向こう側に想いを馳せていた。
 ふりだした雨が私の涙の横を通り過ぎた、す――っと。