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第17回中高生3000字バトル

エントリ 作品 作者 文字数
未来、テロ肯定派 篠崎かんな 3333
青空のセスナ 相川拓也 3000
海を見ていた午後 神崎現 2150
微温湯 やまなか たつや 2999


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エントリ1  未来、テロ肯定派   篠崎かんな



「2001年、同時自爆テロ。2029年、アジア殲滅戦争。2053年は……国際大合併法の強制決議。2091年……えっと……。だめだ、覚えてねぇや。参考書……2091年8月4日、世界壊滅核爆テロ。テロリストによって日本の軍備が支配され、世界に無差別攻撃をした。それにより、我々は緑の地表を捨てて、地下での生活を余儀なくされた……。覚え方は『ニクイワ、シんでも、忘れない核爆テロ』……」
 電話のベルは狭い室内に響き渡る、ソファーに寝そべっていた、弥生はもっそりと手を伸ばして受話器を掴んだ。
「もしもし。あぁ、姉さん……いや、世界史覚えてた。えっ、直ったの?俺の携帯。患者さんは? ……そっ、んじゃ行くわ」
 受話器を置いてバックを掴み、外へ飛び出した。
 所々ドアや窓が飾る、でっかい壁。それに両端を挟まれた『道路』。はるか上から点るライトが少し暗い。そうか、もう夕刻か。
 道路には珍しく沢山の人が歩いていた。帰宅ラッシュでもこんなに多くはない。今朝がた、少し先の政府施設で起きた爆発事故のせいかもしれない。通行規制でもやってるのだろう。
 十分広さはあるのだが、それでも人が多いと歩きにくい。目的のドアの前で足を止めた時、後ろの誰かにぶつかった。
「あっ、すいませ……」
言いかけて振り返った弥生に、その女の人が倒れかかる。訳も分からず抱きとめたが、すでに意識は無かった。
「ちょっと、大丈夫ですか、ねぇ」
顔色が悪い、息も荒い。
「姉さん、助けて」
女の人をかついで、病室に入ると、姉はパソコンの前にいた。
「何、彼女? ベットは貸さないよ」
「違うわっ! 病人、そこで倒れて……」
「病人ねぇ……」
姉はディスプレーから目を離し、背中でぐったりとしている女に移す。
「なんだ、高泥病か」
「なにそれ?」
「今まで良い空気吸ってた人間が、この辺の汚れた空気吸い始めたから、酸素が足りなくなったのよ。どこのお嬢様引っかけてきたのよ……その白い錠剤飲ませといて」
 それだけ指示すると、姉はまたディスプレーの方に目をやった。
「何やってるの? 姉さん」
 薬を飲ませて、一息ついて、弥生は聞いた。
「政府機密情報のハッキング」
「……サラリと言うなよ。仮にも第一級犯罪だろ」
「仮でなくても犯罪よ。今朝の爆発事故を気になって覗いたらさぁ、面白い事になっててねぇ」
 姉は笑顔のまま、キーボードを叩く。
 ベットの上の女が身をよじらせた。
「うっ……あっ」
「薬が効いてきたね」
「そういや、何飲ませたの?」
「自白剤」
「はぁ!?」
「いやぁ、高泥病なんて、すばらくすれば治るし、この子がどこのお嬢様かの方が気になるじゃん。送り届けなきゃいけないし」
「何が『じゃん』だよ……」
「ほら、弥生。質問して質問」
 せかされるように、ベットの上の女と向き合う。
「えっと、あの……お名前は?」
「白崎飛鳥です」
「えっと……ご趣味は?」
「お見合いじゃないんだから……もっとマシな事聞いてよ。生年月日とか」
「なら、姉さんがやれよ。第一、趣味と生年月日と、どう違うんだよ」
「……2071年9月10日です」
「多いに違うわよ、生年月日だったら個人の証明に……なんだって?」
 雰囲気は、いましがた、やっと聞き取った言葉の不信感で張りつめる。
「……今、なんてった? 飛鳥さん」
「生年月日2071年9月10日、20歳です……」
「……ねぇ弥生、今日は?」
「2274年」
 姉のベットの上に向けられた視線が鋭く変わる。
「あんた何者?」
「私は赤進隊隊長、白崎飛鳥」
 彼女の言葉は、重々しさと真剣さを匂いながら聞こえてきた。
「まさか……ここにいたのね」
「誰だそれ」
「弥生……聞いた事ぐらいあるでしょ、『極悪テロリスト・シラサキ』」
「えっ? あの、核爆テロの」
「そう、首謀者よ」
「まさか……二百年前の人物が、ここに?」
 そう言った時、窓の外から、明るい光がこっちを照らした。
「こちら、政府軍。十秒待つ、出てこい」
 スピーカーか、なんかの声。
「なんで?」
「弥生、早くその子担いで」
「おい、出て行くのかよ? 姉さん」
 ガラスの割れる音がすさまじい、なにか外から飛び込んで来たのだ。
 弥生の足下に転がったその物体、栓の抜けた手榴弾……

「うわぁ、この中から探し出すんですかぁ」
 瓦礫の山の上に兵士数名。
「いくらなんでも、もう死んでるでしょ」
「確証無いと不安だとさ。時間が無いし、死体でいいから、早く見つけろよー。生きてたら見付けしだい殺せ」

 暗闇の中に息づかい3人分。携帯電話に付けられたライトが辺りを照らす。
「弥生、大丈夫?」
「なんとか、生きてはいるよ。シラサキ……飛鳥さんも無事。それ、俺の携帯か」
「あぁ、ライト機能付けといた」
「また、勝手に……ここは隠し通路?」
「長年ハッカーやってるから、用心にね」
「説明してよ、姉さん。何で政府が動いてるんだよ」
「なんでって、この子を殺す為よ。『シラサキ』の抹殺により、世界壊滅核爆テロを未遂にしようとしてるの。その為に過去から連れてきたんだから」
「タイムマシーンでも作ったのかぁ」
「そう、作ったらしいわ。今朝初めて機動した」
「んな事、本当に?」
「税金たっぷり使ってたわよ。私もさっき見てびっくりした。おや、起きた? お姫様」
 薬のまだ残る頭を振りながら、彼女ははっきりとした口調で言った。
「私は、戻らなきゃならない。世界を壊さないといけないんです。ここは……そう、ここは未来でしたね」
「分かるの? あなた」
「連れて来られる時、聞かされました。それから光に包まれて……気が付いたら……爆発で飛ばされてました」
「今朝の爆発ね、それであなたは逃げたした」
「あんた本当に起こすのか? 何十億の人間と、ほとんどの生き物を焼き尽くした。あのテロを起こすつもりなのか?」
「やらないと……世界は腐るだけだわ」
 ライトに照らされた彼女の顔に、暗い影が射す。
「食べ物が何も無い、環境破壊が進んで、なのに人口は増えて。みんな、どこの国の人も空腹で苦しんでいた。そして……人、食べたんです」
「人……」
「死んだ人食べてる時はまだ良かった。でも殺して食べるようになってからは、もう地獄。分かりますか? 周り歩いてる人がみんな食料に見えて、近くの人が私を食べようとしないか不安で……何も信じられなくなって」
「それ、本当か?」
「知らない……の?」
「政府が必死こいて隠してるわよ、昔は良かった、テロは極悪って教え込んでる」
「あの……教えてください、私が帰る方法。私は世界を壊さないといけないんです。壊せば新しい物がうまれます。どんな世界だって今より幸せです」
 必死の叫びは闇に響く。
「その、新しい世界に俺達住んでるのか……」
 沈黙……悲痛な叫びが作り出した緊張と、事実を知った困惑。
「姉さん、知ってるんだろ。教えてやれよ」
「テロの手助け。まぁ、それもいいか。さっき見た情報には、時間が経てば戻るってあったけど」
「本当ですか?」
「だから政府もあんな無茶してでも殺したがってるのよ。早く逃げなさい。この通路を行けば道路に出るわ」
「でも……」
「タイムマシーンは壊れたし、爆発で技術者も何人か死んでるから、しばらくは作られる事も無いでしょ。先は分かんないけど」
「じゃなくて、あなた方は? 一緒に逃げましょう」
 彼女の言葉に、弥生の笑い声が漏れる。
「なんだ、あんたやさしいんだなぁ。テロリスト、どんな悪い奴かと思ったら、普通の人間じゃないか。こっちは気にするなよ……もう、立てないんだ」
 ライトが弥生の方を照らす。そこにはふとももから先が吹き飛んだ姿が浮かび上がっていた。
「あ……」
「私も似たようなもんよ。携帯貸してあげるよ、弥生のだけどね。暗闇で動くの、慣れて無いでしょ」
「すみません……本当に」
「謝るなよ、俺の方が、感謝しなきゃいけないんだろうし」
「私、絶対成功しますから!」
 涙を流しながら、決意した表情で彼女は闇に消えた。
「姉さん。俺ら悪人か?」
「えぇ、テロリストを助けた極悪人だろね」
「極悪人か……まぁ、いいや。太陽やら緑やら海やら、見たこと無いけどさ。そんな物より、……俺、この世界が好きだなぁ」
「何、恥ずかしい事言ってるのよ」

「隠し通路発見! ……あっ、誰かいます」
「誰でもいい、撃ち殺せ」
暗闇に銃声が響いた。





エントリ2  青空のセスナ   相川拓也



 園庭に園児たちが集まって、雑多な声をあげていた。先生が子供たちを並ばせている。上空にセスナ機が一機飛ぶ。創立六十周年の人文字撮影。はしゃぐ子供たちの声に先生の声が重なる。撮影日和だった。
「崇のおじちゃんとおばちゃんあの飛行機に乗ってんでしょ?」
「うん」
 自慢げな顔で崇は答える。周りの子供は口々に羨望の声をあげ、真っ青な空に光るセスナを見上げる。崇は得意げに、飛行機に向かって手を振る。崇は誇らしかった。
 撮影が終わる。終わってからも園児らは園庭に残って飛行機を眺めたり、手を振っていたりした。先生らはそれを見て談笑する。セスナが高度を上げていく。先生の指示で子供たちが建物の中に入っていく。その群れの動きは渋く、子供たちは名残惜しそうに飛行機の姿を見ている。
 飛行機の挙動が異常なのに園児の一人が気付く。落っこちる、と言う声を聞いて園児の群れが逆流する。先生たちは園児の流れを止めようとする。その間にセスナは力を失ってゆくようにふらふらと建物の間へ消えていく。カァンと硬質の音がした。園長は他の先生と協力して子供たちを中に入れる。園児にも状況は残酷なほど飲み込めていた。するすると子供の群れは中へ入っていく。まん丸な澄んだ目で、飛行機の落ちた方を見据える崇の姿を園長は見た。
 しばらくしてヘリが何機も飛び回り始めた。園長や他の先生たちは取材を受けた。取材がひとしきり終わってから、彼らは簡単な話し合いをもった。
「子供たちはどうします?」
「とりあえず、平常通りの時間に帰しましょう。崇君のこともある。今帰らせても、困るでしょう」
「崇君は……?」
「ん……。私も、頭を抱えていましてね。どうしたものか……」
 電話が鳴った。
「井上崇の叔母です」
「ああ、これはこれは」
 時々しゃくりあげながら、彼女は崇の安否を確かめ、しばらく崇の家で彼の面倒を見ること、少しの間幼稚園を休ませることなどを園長に伝えた。
 受話器を置いて、園長はふとニュースをつける。墜落のニュースが大きく報じられている。コンクリートに突き刺さった墓標のように、飛行機が駐車場に逆さに立っていた。駐車場にあった車が一台被害にあい、周辺一帯で停電したが人の被害はない。その駐車場に隣接する民家を、間一髪で避けていた。中継の映像に野次馬が映る。携帯をかかげて撮る者がいる。群集が押し合う。汚い野次馬だ、と園長は思う。ニュースを消す。
 パイロット二人とカメラマン一人は即死だった。

 二日間幼稚園は休みになった。墜落した飛行機は撤去され、通りは何事もなかったかのように車が流れていく。わずかに崩れた駐車場の塀が事故のあったことを伝える。街は平穏だった。二日の休みの後、園児たちにもまた普段通りの日々が戻った。崇はまだ来ない。
 一日は何事もなく過ぎていくように見えた。自由時間、粘土で遊ぶ子供たちの一団。そのうちの一人が懸命に飛行機を作っている。口でエンジンの音を真似ながら粘土の飛行機を飛ばす。飛行機はバランスを崩して、茶色の粘土版に向かって突っ込んでいく。粘土の飛行機の拙い造形がつぶれる。別の子が真似をする。いくつもいくつも粘土の墓標が立っていく。先生が来る。飛行機を墜落させる子供の姿を見つける。
「やめなさい!」
 怒鳴られて子供の動きが止まる。怒鳴った先生の動きも止まる。先生は醒めていく激情に当惑しながら、
「そういう遊び方は、だめよ、やめなさいね」
 子供たちは粘土を片付け始める。
 園長室。ノックする音。どうぞ、と園長が言う。
「どうしました? 畑野先生」
「今日、粘土で飛行機を作って、墜落させていた子供がいたんです」
「そうですか……」
「その時、つい興奮して怒鳴ってしまって」
「うぅん。まあ、ともかく、子供たちもショックを受けているはずです。私らでさえ、ね。これは、何か一度話をしておく方がいいかもしれませんね」
「そうですね、すいません」
「いえ、いいんですよ。起こってしまったことは仕方ないんです。みんなで、善処していきましょう」
 講堂に子供たちが集められた。ざわついている子供たちが、園長の声で静かになる。静かに聞いて下さいね、と園長は言ってから話し始める。
「みなさん、この前の飛行機の事故、覚えていますね。テレビのニュースで見た人もいるかもしれません。あれはとっても大きな事故だったんです。人が三人亡くなりました。人が死ぬというのは、大変なことなのです。たとえば、みんなの指、今は動きますね。死んでしまうともう動かせないんです。みなさん、今日は曇っていますね。明日の天気を知っている人いますか?」
「雨」
「そうですね。でも死んでしまうと今日の天気も明日の天気も分からないのです。みんな自分の名前、言えますね。死んでしまうと、言えなくなります。
「みんなのお母さんはどんなにおいがしますか?」
「いいにおい!」
「あったかいにおい」
「香水くさい!」
 笑いが広がる。子供たちの屈託のない笑顔に、大人は戸惑う。
「うん、そうですね。でも死んでしまうと、もうお母さんにも会えないし、そういうにおいもわからない、ご飯も食べられないし、だっこもしてもらえないんです。死んでしまった人は、この世界からいなくなってしまうんです。この世界からいなくなって、どこにいくかは先生だってわかりません。デモもう二度とこの世界に戻れないのです。みんなの中に知っている人もいるでしょうが、あの飛行機に乗っていたのは井上崇君のお父さんとお母さんです。崇君のお父さんお母さんは、もう先生にもわからない場所にいて、崇君とはもう会えないんです。崇君がまた幼稚園に来たら、やさしく迎えてあげて下さいね。崇君はとっても、つらいはずです。だから一緒に遊んで、いっぱい笑わせてあげて下さいね。わかりましたか?」

 崇はまた幼稚園に通い始めた。園長室では職員と叔母が話し合っている。
「それでは井上さん、わざわざありがとうございました。子供たちには、状況の説明はしてあるので安心して下さい」
「こちらこそ。あ、園長先生、ひとつ、宜しいでしょうか。崇の飛行機、取り上げないでやって下さい」
 崇は教室の隅の方で独りでいる。他の子供たちは戸惑っている。崇は飛行機のおもちゃを手に持って、積木のビルに墜落させる。
「私、一回取り上げたんですが、パパ、ママって、必死になって取り返しに来るんです」
 口でエンジンの音を真似る。高く上がった飛行機は急降下して積木を崩す。崩してまた高く昇っていく。
「あれが、あの子なりの、追悼の仕方なんだと思います。飛行機を親に見立てて。死んだんだって、頭では分かっていても、まだ本当には分かっていないと思うんです。遺体も、あの子は見ていませんし」
 崇の飛行機は積木の街に墜落していく。建物がガラガラと崩れる。その度に飛行機はまた高く舞い上がる。崇は飽きることなく続ける。崇は時折コックピットを覗くようにしながら、セスナの模型を飛ばす。飛行機は止まらない。何度も何度も、不死鳥のように昇っていく。
「井上さん、本当にあのお二人は、素晴らしいパイロットだと思います。付近は民家も、病院も学校もある、住宅街です。それで一人も死なせずに、最後まで飛行機を操縦された。私は、この街の住人として本当に感謝していますよ」

 事故現場にはいくつか花が供えてあった。その他は元通りだった。空は呆れるほど青い。
作者注:甲府の飛行機事故で殉職された三人に捧ぐ





エントリ3  海を見ていた午後   神崎現



 話をするのは、彼女が最後だった。
 僕らはそれぞれ思い思いに寝転がって、おたがいの話を聞いていた。
 なるべく年長者から先に話し、新人の話はあとにした。それはしきたりであり、僕がここにたどりついた時には決まっていたことだった。
 新人がひとり加わるごとに、年長者の話から順に聴くことになる。話すことはいつもいっしょでつまらないから、目新しい新人の話を最後のおたのしみに取っておくのだ。
 話の内容はここに来た理由を中心にする。これはおのおのの自己紹介代わりになるし、おたがいの過去をとやかく問いただす必要をなくすためでもある。
 話して、言葉にしたことがすべて。それ以上のことは詮索しないのが暗黙の了解だった。
 彼女が最後ということはつまり、彼女が今回の新人であるということだ。
 ようやく彼女が口を開きそうだったので、僕らは耳をそばだて、ひとことたりとも聞き逃すまじと身構えた。
「わたしには友達がふたりしかいませんでした。そのうちひとりは人間で、ひとりはぬいぐるみでした」
 彼女はたいてい誰でもが最初に口にすることを、何故か口に出さなかった。タイミングを逸したのか、それとも話さない気なのかはわからない。だが、確実に彼女は自分の名前を言わなかった。
「人間の方は、高校の同級生でした。その人の話をする気はありません。
 ぬいぐるみの方は、私が小3のときに母が手作りしてくれたパイル地のさるです。縫いは雑だったけれど、わたしは彼を気に入っていました。いろんな所に連れまわしていたなぁ。
 おかあさんはふつうの人ではなかったので、」
 外では夕日が沈むころなのか、あかねとだいだいを混ぜ合わせたような色が近くまで差し込んできていた。波に光が反射してきらめいている。
 彼女はコトバを不自然に区切った。しばらく沈黙が降りる。僕らはサーファーが大波を待つ気分で、続きを待った。
「おかあさんは子どものような人で、いつもわたしと遊んでくれました。この海にもよく連れてきてもらいました。ごくふつうに水遊びをしたり、砂の城を作ったりして遊んだんです。
 でも、母は一度も海に入らなかった。

 おかあさんはこの世界は夢なんだと信じていたんです。わたしもそう思っていました。私ではなく、教室のだれかの夢だと。そしてその人の夢の住人として生を受けたんだと、わたしは考えていました。
 だとしたら、むなしい運命だと思いません?
 その同級生が本当の世界の母親に「起きなさい、朝よ」って言われたら、めざまし時計がけたたましく鳴り響いたら、私がせっせと積みあげてきた人生って一瞬にしておじゃんじゃないですか。
 他人の夢にふくらみを持たせる人生は、要らなかったんです。

 母と私の決定的な違いというのは、おかあさんが自分の夢に住んでいたのに対し、わたしは他人の夢に住んでいたということでした。
 おかあさんは自分が夢であると、この世が自分の夢であると信じて疑わなかった。
 わたしは、私がここで体験していることも、思っていることもだれかの脳内で形作られたものに過ぎないと考えていました。
 わたしだって、私が夢を見ていると最初は思っていました。でも、こんなに思いどおりにならない人生なんて、だれかの夢に違いないんです。
 おかあさんは最期にそれに気がついたのかしら。気がついていないとしたら、とても気の毒だわ。
 だって、夢は醒めなかったんでしょうから。
 たぶん、こちらで死ねば本当の世界で自分の目が覚めると思っていたはずです。おかあさんはそういう人でした。
 海を指さして、あの向こうに本当の世界があるのよっていつも私に言い聞かせて、おしまいには屋上からぴょん、ですから。
 どうして、屋上から飛び降りたんでしょうね。海の向こうに本当の世界があるって言ったのは、おかあさんなのに。私はさるの腕を振りまわして、母を見送ったんです。

 本当にこの世がだれかの夢だとしたら、夢を見たのはだれなんでしょう? 
 こんなにむごい夢を見るなんて、とっちめてやりたい。
 これがあなたがたの夢だとしたら、私がここにいるのはどうしてなんでしょう?
 夢はもう、醒めなければいけないのに。
 これがもしも万が一私の夢ならば、どうして夢は醒めないんでしょう?
 こんな夢、起きたら思い出してやらないのに。
……だれかが夢から醒めたなら、ここには一体何が残っているんでしょう?」
 すぐ側を魚が勢いよく通り、わずかに残っていた僕の肉がふわふわと泳いでちぎれていった。まったく、この分では数日中に骨だけになってしまう。海の水は塩辛いからか、けっこう僕の外身は長持ちしていたっていうのに。
 さっきまで近くに差していた日は、海面あたりしか照らさなくなっていた。
 日が沈んでいるのだ。
 彼女は話し終えていないようだった。まだまだ長く話すことだろう。自殺にしろ事故にしろ、死んですぐって言うのはそういうものだ。話したいことが山ほどある。
 かく言う僕も、むかしはそうだった。
「わたしは確かめたかったんです。本当の世界の存在と、この世が夢であることを。でも、今あなたがたに話をしてなんとなく分かった気がします。
 海の向こうに本当の世界なんてないんだって。
 この世も夢ではないんだわ。
 だから、母は一度も海に入らなかった」 





エントリ4  微温湯   やまなか たつや



 神奈川県警ハイテク犯罪対策センターで僕は刑事の話を聞いていた。
 「君には期待している。その若さで、また男性で特殊能力捜査官というのは珍しいからな。経歴はいろいろ聞いている。力になってくれる様で嬉しい。」
 半ば無愛想に挨拶した刑事は今日から非常勤の特殊能力捜査官として働く僕を操作一家の四人の担当者に紹介し、促されて僕は名を名乗った。担当者の内三人は僕に然程期待していない様だ。一般人がテレビの向こうの希少動物を見るかの様な目だった。だが僕には立派に働いていけるという確信がある。彼らの期待を上回る業績を残すだろうと。
 月給は大磯の借家に一人暮らしする分には十分なものだ。ついでに僕には恋人もない。正確に言えば職業上恋愛をする訳にはいかないし、するつもりもない。只管仕事をすればいい、それが何より正しい道であり、自分に与えられたミッションなのだ。
 半月の研修の後、最初に与えられた仕事は先月に届出を受理した横浜市青葉区の二十八歳女性の捜索願についてのものだった。鈴原美穂というその女性の居場所を探し出せという指示だ。おそらく未だ凶悪犯罪に割り当てられる程信頼されていないのだろう。上司からの信頼を勝ち得るため、失敗する訳にはいかない。
 僕は上司に卒業アルバムでも何でも、彼女自身が書いた文章が欲しいと要求した。するとラッキーな事に彼女のホームページがある事が判明した。プロフィールや顔写真まで掲載されており、インターネット上では有名人らしい。これだけの情報があれば十分だ。僕は全てを読み手元の紙に英数字や記号を記入した。結果は簡単だった。今彼女はレンタカーで国道を南下している。緑に赤のラインの列車が傍を走っている。一転気がかりなのは誰かに会いに行くためダムのある方へ進んでいる事だ。僕は居場所の追跡と共に彼女の意思の透視、彼女の身に何が起こるかの余地、その全てに取り掛かった。失敗は許されない、僕の生活が懸かっている。再度彼女のホームページを読み、今度は本文だけでなくHTMLソースの解析もした。するともう一人の人物が浮上した。桜井恵一という男だ。しかしただ彼女の前で桜井恵一と語っているだけで、偽名かもしれない。とにかく彼女は今桜井恵一だと彼女自身が信じている男に会いに行くためアクセルを踏んでいる、ダムへと。彼女からは生きる事への執着心や自分の意思を貫こうという信念が感じ取れる。
 「あの、これなんですが」
 僕は捜索願の写しの彼女の名の箇所を指差しながら上司に言う。
 「駆け落ちだと思います。それほど心配はいらないはずです。」
 「何処にいるんだ。」
 僕は西日本にあるダムの名前を言った。
 「何で男と会う場所がダムなんだ。心中じゃないだろうな。」
 僕は上司に指図され、明日彼女がどこにいるかを予知した。また男の意図を読み取ろうと試みた。これには多少時間を要する。
 「神奈川県内にいます。今は彼女が車を運転していますが今夜男の運転で帰って来ます。」
 上司は僕の予知に疑問を挟む。今関西に居て明日県内に戻って来る必要性は何かと。それは分からない。僕に出来るのは事実の予知と感情の透視だ。それにそもそも男の名が偽名である場合、とんでもない誤算をしているかもしれないのだ。
 女性の捜索は今日はここで打ち切られた。やるべき仕事は山積している。一日に一つの事件に費やせる時間は限られている。次は県内で起こる大事故の予知を任された。今月は相模原市の交差点での交通事故以外特に大きな事故は無いが二宮駅近くで起こる轢き逃げ事件の加害者逮捕は困難だろうと推測した。日系平均株価やNHKの朝の連続ドラマの平均主張率などあらゆる数字に目を通したが、テロは今月中県内では起こらないだろうとほぼ断定した。
 仕事を終えると電車を乗り継ぎ大磯で降りた。コンビニで今日四本目の珈琲を買い、店の出口で一気に飲み干すと、やけに頭がスカッとする。空き缶をリサイクルボックスに投げ入れ、向かい風を受けて歩き出した。
 アパートに帰り着くと、留守番電話に高校時代の友人理沙からのメッセージが入っていた。理沙が自分に好意を持っている事は知っている。一応僕の高校中退の理由は世間には母が死に妹以外親族が無く経済難のため、となっているし妹もそう思っている。また今の仕事については県警の事務所勤務と言っている。高校時代自ら友達を作ろうとしなかった事も幸いし、仕事に専念しようという思いを保てている。理沙もそのうち飽きるだろう、どうせ小説を読む窓際の少年に哀れみを感じただけなのだから。僕の本当を知れば、愛してくる女などいないはずだ。
 僕はこの人生を透視と予知の捜査に懸けている。中卒で病弱な僕が食べていける技能などいくつもない。宗教家にも占い師にも成れたが、大富豪に成って人生の目的に迷う事も、的中率が高過ぎて同業者に叩かれる事も容易に想像出来た。捜査官なら欲の無い生活を楽しめるし、微力ながら社会貢献出来ると考えた。一度この職に就く事が生涯守秘義務を負い、生涯職業病に悩まされる事を意味する事も理解したつもりだ。窓辺の花より存在感の薄い自分にはその程度の宿命など当然と割り切った。そもそも寿命を松任出来ぬ人生だという事は幼い日に解ってしまった。誰にだって等しく運命の日は来る。
 帰宅すると毎日同じ事を考える。思考の反復で受け入れ得ぬ事実を飲み込もうとしているだけなのだろうか。でも心配は無用だ、きっとそんな疑問を感じずに済む日が来る。
 翌日職場に行くとそこには神妙な面持ちの上司がいた。
 「さっき内線が入って…。」
 その言葉で続きが理解出来た。
 「彼女亡くなったんですね。…いや、昨日から分かっていた訳ではないんです。。」
 顔を顰めてから数秒待って、上司は納得した様だった。
 「君を責めるつもりはないがな、まあ刑事としては胸が痛むね。」
 こんな言葉を聞かされる瞬間は最も辛い。これまで幾十もの死を予知しつつも防げずに傍観してきた自らを責めるナイフの様な感情が蘇る。高校に向かう電車の中で母の最後の顔が過ぎった。それでも引き返さなかった。妹から学校へ涙声で電話があった事を担任の教師から聞いた時には既に何の動揺もなく、罪悪感だけが残った。もっと遡って言えば、父の愛人の顔も子供心に見えていた。だが悲しい過去を思い出す様では一人前の特殊能力捜査官とは呼べない。鈴原美穂は藤沢市内の公園で死んでいたという。昨日もう少し時間を費やしていれば…。
 缶珈琲を開けた。言ってみればこの仕事は事務処理だ。次々集められたデータに目を通し、暗算をし英数字や記号を記入していく。時には素数表や乱数表を用い、また顔写真から推測する。結論がどんなに惨くとも自分はあくまでも予知しただけであり、責任などない。今日も、明日もそう思う。
 悲しくはない。ただ心中の暗影を誰にも吐露出来ぬ宿命には虚無感が伴う。同じ様に仕事を終え帰宅し同じ事を考えて浴室へ向かう。服を脱ぎ捨て湯船に浸かると、背広に染み付いた煙草の匂いの様に体に染み込んだ鈍痛が少し微温湯に溶け出していく。僕はいったいいつ涙を流すんだろう…、それだけが予知出来なかった。
 こんな時ふと神様を思う。神様が僕を優しく包み込み、抱きしめてくれる日をそっと祈る、この社会の中で僕に許されている楽しみはこの瞬間しかないのだから。

作者注:
    ※ この文章の著作権は以下の者が有します。
         やまなか たつや
    12時10分51秒 2004年02月13日





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