QBOOKSトップ

第19回3000字バトル

エントリ 作品 作者 文字数
通り雨 鳥海 2132
黒髪のメロー 花村 彩邪 3000


バトル開始後の訂正・修正は受け付けませんのでご覚悟を。

投票、投稿ありがとうございました。
バトル結果ここからご覧ください。




エントリ1  通り雨   鳥海

 外では雨が降っている。鞄を頭上に掲げた女子高生が駆け抜けていった。スーツを着た中年代の男が本屋の軒下で雨宿りをしている。僕は彼らを喫茶店の分厚い窓の内側から、なんとはなしに眺めていた。店内には先週末に発売したばかりのジャパン・ポップスが流れている。昨晩良く寝付けなかったせいか、ふいに睡魔がやってくる。それは意識の綱をじわじわと上り詰めてくる。注文したエスプレッソを一口含み、嚥下する。強い酸味が意識を広げてくれる。僕は中断していた本を再び広げる。

 一日の授業も終業し、放課となり下駄箱は一時騒然とする。生徒達の他愛のない会話が飛び交い、じきに各々に散っていく。私は浅いため息を一つつくと下駄箱のシャッターを開け、靴を取り出した。そんな折、ふいに水音を聞いた気がして外を見ると、ぱらぱらと雨が降り始めていた。
「あー」最悪だ、と内心で舌打ちする。今日は傘を持ってきていないのに。

 帰路も五分ほどに近づいたかと思えば、会社に書類を忘れたことに気付いてしまった。家まで戻ってしまっていれば諦めもついただろうに。仕方なしに再び会社の方角へ足を向けた。
「あった、あった」机の引き出しから書類を取り出すと、急ぎ足でオフィスを後にする。ビルのドアを抜けると空はグレーがかっていて、今にも降り出しそうだった。案の定、十分後には雲は雨を滴らせはじめた。

 肌を刺す水滴に苛つきながらも、足を取られないように注意しつつ私は走っていた。校門をくぐった時よりも、雨はだいぶ激しさを増していた。今日に限って夕立だなんて本当についていない。色取り取りの傘を広げた通行人達の中、ずぶ濡れになって走る私はさぞ滑稽だろう。
 私は母と二人で暮らしている。もっとも、少し前から母とはあまり会話していない。高校に入学した頃から、私は母親の過保護ぶりに嫌気が差しはじめた。もう私は子供じゃないの。自分の世話くらいは自分でできる、だからもう私に構わないで。正直、うざい。私は母にそう言った。自分でも言い過ぎたかな、と思ったけれど。母とはそれから少し気まずい空気が流れている。ふと視界に、自分と同じように(もっともこちらは自分ほど酷くはないが)スーツを濡らした男が映る。雨宿りをしているのだろう、携帯電話を首に挟みながら口を動かし、鞄からハンケチを取り出す。――ああそうだ、友達にでも電話して迎えに来てもらえばよかった。今更だけれど。なんて思っていると、少しずつ、けれど確実に雨が引いていく。そして文字通りあっという間に、地面をぱたぱたと叩く雨音が止んだ。なんてことだ。こんな事なら、素直に学校で雨が止むのを待ってればよかった。――今更だけれど。ああ、今日は本当に最悪だ。家に帰ったら、お母さんに思い切り愚痴ってやろう。こういうときくらいは、我が侭な子供に戻ってもいいか、と思う。

 目の前をずぶ濡れの女子高生が駆けていく。傘を持たずに雨を一身に受けながら商店街を横切るその子は、酷く目立っていた。思わず俺はそれを目で追う。その姿が小さくなるまでぼんやりと眺めていると、電話口から俺を呼ぶ声が響いた。
「――ああ、すまん。今は駅前の本屋だ。雨の中悪いけど、頼むよ」
 ハンケチで服についた水滴を拭い、通話を切る。ざあざあと雨が降り注ぐ空を見上げていると、少しばかり陰鬱的な気分になる。それに、ここ最近は仕事に追われてばかりだ。会社に住み込み同然で、家には殆ど帰らない。妻には申し訳ないとは思っているが、かなりのハード・スケジュールで、正直暇を作るのは中々に難しい。典型的な社畜じゃあないか、内心苦笑を禁じ得ない。そうこう考えているうちに、段々と空が白んでくる。既に雨は大分引いていた。
 これならわざわざ迎えを呼ばなくても良かったな、と考えたが、今更だ。それに、たまには二人で並んで歩くのも悪くない。思えばここ何年も、用事もなく二人でただ歩いた事など無かった。そう考えると、やはり妻に対して申し訳ない気持ちになった。ふと前から妻が歩いてくるのが見えた。俺は手を挙げて妻の方へ足を進めた。
「なあ、今度の日曜にでも二人で出かけようか。なに、会社の方は体調不良でもなんでも、適当に理由付けして休みを作ればいいさ」

 雨は既に止んでいる。僕は読み終わった本の付箋を外し、本を閉じる。窓の外に目をやると、黒ずんだアスファルトが雨露に濡れて光っていた。親子連れが歩いている。ふいに横合いから声を掛けられた。
「お客様? お飲み物のおかわりはいかがでしょうか」
 顔を向けると、大人しそうな顔立ちをしたウェイトレスがコーヒーポットを手に立っていた。抑揚のない声と、アルバイトらしい事務的な無表情。僕は掌を見せ、やんわりと断った。
「いや、遠慮しておくよ。どのみちもう出るところだから」
 僕は席を立つと、勘定書を手にしてレジで会計を済ませる。僕の座っていたテーブルには、すっかり冷めたエスプレッソだけが残った。店の外へ出ると、既に眩しいくらいの日光が降り注いでいた。ついさっきまで通りを鮮やかに彩っていた傘達は、既にたたまれている。空の上で澱んでいた雲は、今では遥か遠くの空にあった。一度だけそれを見上げると、僕は家に向かって足を運び出した。





エントリ2  黒髪のメロー   花村 彩邪

 とうとう、私の夏が終わってしまった。今年の夏は甘酸っぱかった。
空気も、音も、色や光さへも。しかし青春のベールに包まれたその日々も
今はもうない。それが私にとってどれだけ哀しいことだろうか。
 私は小夜子さんが好きだった。彼女は聡明で美しい―ただその一言に
尽きた。しかしこの私の想いも、彼女には受け入れ難いものがあったのか
私は失恋を繰り返してた。その度に、傷心した心を癒すよう湖へでかけた。
 メロー湖。それがこの湖に付けられている名前だった。昼間にも日が
差し込まない、緑に覆われたその場所はなんとも言い表わせない雰囲気が
漂っていた。
 そんな夏のある日だった。足が場所を覚えてるかのように、
またあの湖へと向かう。
「底が見えない。なんて深そうなんだ・・・」
メロー湖を見つめぼそりと呟いた、その時だった。
湖の中からゆらゆらと、はっきりとしない影の様な黒いものが、
水を揺らし、波を造りこっちへ向かって来た。
意外にも私の中には恐怖心は無かった。  ザバーンッ
 そこから現われ出たのはなんとも愛らしい顔をした幼い少女だった。
歳にして15〜16か?・・・何かがおかしい。
彼女の顔は月光に照らされても右半分に影がかかりあまりよく見えない。
それでもこちらにむけるその真っ直ぐな瞳は宝石に勝る物があった。
「どこの子だい?」
彼女は何も答えなかった。いや、答えれないのだろうか。
機嫌が良い事を尻尾で表わす犬のように、足を何度も水面から
出したり入れたりして跳ねさせていた。
「あぁ、キミには足が無いんだね・・・」
必然的にそれを理解する自分がいた。彼女の下半身は鱗で出来ていたのだ。
人魚。それは初めて見た私にとって目を見張る物があった。
 
「キミは不思議だ。何故か小夜子さんより心惹かれている自分がいるよ」
少女はそれを聞いて頬を赤らめ、嬉しそうに笑っていた。
 あれから何度日が沈み、月が出で、夜を明かしただろう。
その時の流れの中で私は自然と彼女に恋焦がれるようになった。
もちろん言葉は話せないが、その魅力的な目や、包み込んだ笑顔は
私を落ち着かせてくれた。そう、いつもいつも。
 数日後、私は図書館で人魚について書かれている本を見つけ手に取った。

   [海に住む人魚は海人魚という。しかし、人魚の中に
   は湖、池にすむ淡水人魚も稀にある。共に清浄な水の
   あるところに住む。―淡水人魚は可愛い容姿で人間
   を誘い帰れなくする。天使のように無邪気なのが特長]
  
 少女に会いたくなった。無性に。メロー湖にいる彼女へ。
私が息を切らしながらそこへたどりつくと少女が上半身を
水面から出して、まるで待っていてくれたかのようだった。
月光が彼女を照らし、真っ直ぐに伸びた黒髪は
光に当てられた部分だけ銀髪に輝いていた。しなやかなくびれに
柔軟に動く青い鱗。そして―
何故今まで気付かなかったんだろうか、少女の顔立ちは・・・
小夜子さんを幼くしただけの造りだったことに。
 「はぁはぁ、はぁ・・・」
乱れた呼吸を整えようと深呼吸をした。その時、青ざめた顔からは
一粒の涙が伝った。私のその行為を不思議そうに彼女は眺めている。
涙を流す意味がわからないのだろうか、それとも涙そのものを
知らないのだろうか?そのなんともあどけない彼女の表情を
見ると私はひどく痛い。
 私はただ、彼女に湖の底へ連れ去って行って欲しかっただけなのだ。
もう彼女に会う時以外に必要な時間などひとつもなかった。
それほどまでに私は彼女を想うようになった。
だから記事を見つけたときは急いだ。期待した。
やっと、二人で一つの世界が生まれると思った。だけど私は
気付いてしまった。彼女のその真っ直ぐな眼差しも魅力的に感じた
笑顔も全て小夜子さんに似ていたことに。
私が強く想えば想うほどにそれは少女を通した小夜子さんへの想い
になってしまっていたのだろうか。
自分の残りの人生を捨て様としてまで少女を愛した。
揺ぎ無い気持ちのはずだった。だけど、それは彼女が小夜子さん
に似ているからじゃないなんて到底言い切れなかった。
全身の血が激動している。
この気持ちが痛かった。
なんとも言い表せられない体内の巡りが痛かった。
そして彼女の気持ちを考えるとどうしようもなかった。
 ・・・今ではあんなに溢れていた感情が氷のように氷結している。
そんな沈んだ私を見て彼女がヒレのついた手を差し伸べる。
いや、こんな嫌味な言い方したくてしてるんじゃない。
いつもならこの手を取って、湖に入って一緒に泳いでいる。
しかし、今日だけはいつもと感じが違っていた。
まるでこの手を取ったら一生戻って来れなくなるような・・・
 彼女はそんな眼で訴えている。私がそれでも戸惑っていると、
私の腕を掴み湖の中へ引きずり込もうとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
それでも彼女は聞いてくれない。
必死な形相で抵抗する私を見つめながらも。
ザバーンッバシャ―ンと、普段穏やかな水面も
荒れ狂うように波音を立てる。彼女の力は想像以上に強く、
なかなか離してくれなかった。
「止めてくれ、小夜子!」
思わず言葉に出てしまった“小夜子”の三文字。少女は静かに手を離し、
波もなくなり、私の荒い息遣いだけがその場に響いていた。
 少女には名前が無かった。名前を付ける事さえしなかった。
呼ぶ事さへも。そして少女に向かって小夜子と叫んでしまった。
それがどんなに深いことを意味しているのか。
 彼女の顔は見たくなかった。哀しんでいるとわかっていたから。
直視できない私は横目で見た。すると彼女の身体は小刻みに震えていた。
声にもならないほどに小さく泣いていたのだ。
悲しそうに眉を八の字に下げて笑っている。でもそれはどこか寂しげで。
私は勘違いしていたのかもしれない。彼女が言葉を話せないから
と言って考えも出来ない物だと。実際、彼女は考えている。
私に跳ね除けられた手をまだ差し出している。涙をいっぱいに浮かべて。
多分、彼女は私がこの手を取らないことを知りながらも出している。
涙を溜めることなく流し、歪んだ顔で必死で私に訴える。
 あぁ、人魚はこれほどまでに一途で純粋だったのだろうか、
これほどまでに人間への愛情を欲するのだろうか・・・
「すまない。これほどまでにキミに惹かれていたのに。
キミ自身を好きでいるはずだった。しかしその想いすら
分からなくなってしまった・・・こんな気持ちのままキミの隣に
いることはできない。」
私は泣き崩れた。彼女ほどに。
何か、得体の知れない物に大きな後悔を感じながら。
夜鳥の奏でる鳴き声を消すかのように大声を上げた。
「ああああぁ。キミじゃなきゃ駄目なのに」
地面に伏せるかのように下に下がった頭を上げることは無く、
一切の力を出す気力すらなくなっていた。
 「ギャ――――っ」カラスのようなどす黒い雄叫びが周りに響いた。
彼女の声だった。今まで一度も聞いた事の無いその声は
想像とは少し違っていた。もしかしたらわざと声を出さないように
していたのかもしれない。彼女が私の顔を自分の方へそっと向け、
こう囁いた。
「・・・ズ、、ギィ゛」
発音は悪かったが確かに私には「好き」と聞こえた。
「私もだ」
そう、言い終えたか言い終えないうちに
彼女は一つ頷き、湖の中へ沈んでしまった。

 あれから季節は秋に移り変わった。メロー湖の周りの木々達も
黄色や赤など色鮮やかに飾られていた。
しかし、人魚の現れなくなった湖だけは今も色を失っている。

<作者注>
・メロー湖のメローとは、アイルランドで、人魚という意味。
・人魚に関するデータは人魚御殿というサイトから引用しました。







QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆作品の著作権は各作者に帰属します。掲載記事に関する編集編纂はQ書房が優先します。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。