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第2回中高生3000字小説バトル
Entry7

眠りの音

作者 : 隠葉くぬぎ
Website : http://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/1955/
文字数 : 3000
 ッりん
 
  今日も丁度、また電話が切れた直前に弾かれたように目が覚めた。
 ヤになるくらい空は澄んでいて、気持ち悪いくらいだ。今まで眠
り込んでいた床は未だあたしのぬくもりを残している。ぼんやりと
ベットにもたれかけて思った。
 電話に出られなかった、という事は、あの電話は浩志からだった
のだろう。

 いつもは日に半分以上眠っている様な子なのに彼氏からの電話は
エスパーのように起きて出られる、という小説が確かあった。それ
はそれで日常生活に支障が出るかもしれないが、1日位なら、あた
しと交換して欲しい。
 浩志の声はライン上じゃあ、聞いた事がない。
 ここまで来ると何かの呪いとしか思えない位、あたしは彼からの
電話を取る事が出来ない。導かれるように眠りにいざなわれている
か、はたまた丁度回覧板を受け取りに出ているとか。どうせ電話が
かかっているのは大した時間ではない。何かしら、電話に気付かな
い状況が十数秒あれば、その時間が浩志からの電話なのだ。
 青い空に大きく溜息を付いた。
 今日は午後から講義だ。

「おはよぉ」
「あ」
  健康的に自転車で爽やかに去って行きそうになった浩志を、あた
しは慌てて呼び止めた。自転車は急停車をして振り返る。キキ、と
音が出る程スピードは出ていなかったと思うのだが。
「あ、じゃなくて、松子。ちゃんと呼び止めるなら名前呼ぶなり何
なり……」
「浩志、今朝、電話くれたでしょ」
 しょうがないなァという感じで、浩司は後ろ頭を掻いた。浩司の
癖なのだ。
「今朝、ね。あれは松子にとって朝な訳だ。道理で出なかったはず
だわ。寝てるよなぁ。……いやはや、『眠り姫様』の時間感覚は凡
人には分かりかねまして」
「言葉のあやよ」
 言って浩志は、大仰に一礼してみせた。
 眠り姫、というのは浩志があたしに付け失礼千万なたあだ名で、
大抵皮肉に使われる。
 意地悪く笑う浩志を見て、湧いてきたむかむかした感情を持て余
す。思わず、彼がもたれ掛かっている自転車をひっくり返してやろ
うかと思った。
 あたしは落ち着く意味も含め深く溜息をついて、言った。
「ねぇ、何の用だったの?電話出れないの知ってるでしょ」
「明日のご飯のお誘い」
 よいしょと自転車を起こして、サドルにまたがった。もうこれ以
上話す気はない、というのがありありだ。
「明日?ちょっと、何時?どこでよ?」
「また連絡する」
  浩志はもう自転車をこぎ出していて、振り返りもせず言った。
 走って追いかけようとしたけど、気がついたら講義まで後5分も
ない事に気付いて、走る事には走ったが、慌てて目標を教室に変更
した。

「ッ……浩志はッ?」
 まだ息が荒い。講義が終わってすぐに来たのだが、見渡して浩司
の姿はない。とりあえず尋ねて、返ってきた答えは、
「松本ならもう出てったよ」
 という無情な物だった。今ならまだそこら辺にいるかもしれない。
「あ、松本から伝言あるよ、坂井に」
 坂井というのはあたしの名字だ。駆け出そうとする足を慌てて足
踏みに軌道修正。
 声を掛けたのは、童顔の男で、確か「ケイ」という名前だった。
浩志の友達だ。
「伝言って、浩志、すぐ帰ったんじゃないの?」
「すぐ帰った事は帰ったけど。今日さ、教授の気紛れで15分くらい
早く終わったんだわ、講義が。だから今から走ってっても無駄だと
思うよ」
 俺、という一人称がまったく似合わない童顔の彼は、何があった
んでしょうかねぇと、探る様な、からかう様な目で、首を傾げてあ
たしを見た。あたしは、さぁ、という風に首をすくめて先を促した。
「伝言は?」
「『明日の昼メシは食うな、時間と場所はあした電話する』」
「でんわぁ?こっちからしてやろっかな」
「あれ、知らないの?松本一昨日位に電話変えたぜ?」
「電話番号、教えて?」
「教えるなってのも伝言」
 喧嘩でもしたのかと、あたしの顔を覗き込んだ彼と目があった。
別に何という訳ではないのに少し動揺した。
「別に。電話出れなかっただけ」
 浩志から話を聞いているのだろう。ああ、と彼は納得した顔で視
線を逸らした。どういう意味よ、それ。
「俺バイトなんだわ。じゃあな」
 言って彼自身駆けて行ってしまった。

 もう電話に出られないとは言わせない。
 あたしは電話の前でじっと待っていた。ベルが鳴らない時間ばか
りが行き過ぎる。
 電話ってこんなに真剣に待っているべき物だったっけ。うららか
な陽気が、何もなくてもあたしを眠りに誘う。しかしここで寝たら
本当に『眠り姫』だ。
「鳴るんなら、早く鳴んなさいよ」
 いつまでたっても鳴らない電話に、おでこをぶつけた。コーヒー
でも入れてこようかと思うが、経験上、ここで離れた瞬間鳴るのが
浩志の電話だ。
 少しでも離れたら、もうチャンスはない様な気がして(何のチャ
ンスだ?ここで出られなかったからといって何かが終わりになる訳
じゃない。ハズ)電話から1メートルと離れていない所を、だらだ
らし続けている。
――君が好きだ。
 不意に浮かんできた映像。あたしのどこが好き、と訊いたのに、
照れたように後ろ頭を掻いて言った答えは答えになっていなかった。
なんだか急に不安になる。
 今は、どう?
 じりりりりんッ
 電話のベルというよりも目覚まし時計といった風がぴったりの音
が、膝を抱えたあたしの直ぐ脇で鳴った。独り暮らしを機に、祖母
の家(の物置)にあった古い電話を貰ってきたのだが、じーこじー
ことダイヤルを回すタイプの電話はもちろんキャッチホンや留守番
電話も付いている訳もなく、その辺りもあたしの電話に出られない
病に起因していると思う。
 じりりりりんッ
 二回目のベルで意識が元に戻る。電話だ。
 じりりりりんッ
 とらなきゃ。とらなくちゃ。
 じりりりりんッ
  切れてしまう前に、電話を、とらなくちゃ。
 じりりりりんッ
 じりりりりんッ
 ッりん

「はい、もしもし」
「坂井さんのおたくでしょうか」
 違います、といって切ってしまわなかったのは、どうしてだろう。
いつも、坂井さんのおたくですか、で始まるセールスは違いますと
言って切ってしまうのに。彼の声がやたら高くて変だったから、だ
けではない。言うなれば第六感が、切れという命令を手に伝えなか
ったから。
「どちら様ですか」
「本日のお食事、間に合ってますか?」
 ……はい?
「大変おいしいパスタのお店を教えてくれましてね、ケイが。確か、
パスタお好きでしたよね。どうしてもお誘いしたい、と思いまして。
眠り姫様を」
 大きな花束でも見せつけられたみたいだった。誕生日に、扉を開
けたら目の前が花でいっぱいになってしまって、なんだか上手く言
葉が出てこないで思わず涙が出てきてしまう様な。
 だんだんあなたの声になっていくから。
 ちっ、ヘリウムガスの効果って短ぇな。あんなに高いのに、とい
うぼやきがライン上から聞こえる。あたしの隣に居ないのに浩志の
声が、聞こえる。
「駅前で。結構遠いからさ、十時半くらいか。……おーい、聞いて
る?松子?」
 距離が、無くなる。こんなに近い。
 得をしている右耳から電話を持ち替えて、小さな声で聞いてみる。
ゆっくり、慎重に。
 雑音で聞こえなかったなんて無しだからね?
「あたしのどこが好き?」
 記憶の糸をたぐり寄せて、君はあたしの一番欲しい言葉をくれる。
 電話の糸をたぐり寄せて、あたしは君に会いに行く。

 この電話が切れても、きっと何も変わらないけれど
 変わっていくものも、きっと、ある。






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