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第6回中高生3000字小説バトル Entry5

夕暮れの教室

 子供達の声が聞こえてきます。 朝日が差し込んで少し暑いなと、私は、思います。それでも、誰かがそれに気がついて、私の、場所を変える事は無いと思います。私が、そう思っている事には気が付かないだろうし。ましてや、私が、そう伝える事も出来ないわけですから。
 私は、もういくらか前から、この場所にいます。いつからなのかは、もうぼんやりとしてしまって、思い出せません。それが、私に、与えられた場所なのです。今更、移動したいと思う事もありません。物とは、そう在るべきだと、私は、思います。
 水曜日になると、掃除当番の子供達は、私に、被せたビニール袋を新しいものと交換します。私の中に、収められていた灰色をした要らないもの達は、キュッとビニール袋の口を閉じられて密封されます。
 子供達のじゃんけんをする声が聞こえます。彼らを誰が運んで行くのかを決めているのです。
 じゃんけんに負けた男の子は、めんどくせぇなぁと、呟きました。私は、ここに来た当初、子供達に疎んじられる灰色達を、可哀想に思っていました。嫌われる、避けられる、煙たがられる、という行為は不快な気持ちを引き起こすものだからです。
 月日が経つにつれて、彼らは、この教室で必要とされていない事に、気が付きました。必要とされないという事は、嫌われたりするのとは違うと、私は、思います。それからは、子供達の言動を当り前のように受け止めています。必要とされないものは、無くならなくてはならないのです。
 私は、毎日毎日灰色達が必要とされなくなる様子を見つめてきました。子供達は、灰色達の事を、ゴミと呼んでいました。
 ゴミ。
 私は、子供達に必要とされなくなったものが、そう呼ばれるという事を、理解しました。

 しばらくしてから、クラスの子供達の中で、ゴミと呼ばれる子供が、いる事に気が付きました。私は、彼がゴミと呼ばれているのに、毎日教室にいる事がとても不思議でした。彼は、大抵独りで机に座っていて、何をするでもなく、黙って俯いていました。彼の教科書には、他の子供によって描かれた落書きがありました。時々、彼の椅子が、無くなっている事もありました。そういう時、彼は、机の前から姿を消しました。そして、そのまま最後の授業が終わるまで教室には姿を現しませんでした。
 その日の帰りのホームルームには、決まって担任の先生が、苦い顔で子供達に話をしていました。弱い者を、いじめるんじゃない、と、いうような事を言っていました。
 それを聞くたびに、彼は、弱いのだろうか、と、私は、思いました。彼に対して、他の子供達が、何かをする時、彼らは、常に複数でした。彼は、いつも独りで黙っていました。大勢でしか行動が出来ない方が、弱い者ではないのか、と、私は思いました。
 しかし、担任の先生が、そういうのでしょうから、彼は、弱い者なのかもしれません。私は、そう、納得しました。

 西日の強い夏の夕方。もうすぐ夏休みが始まるので、子供達は、早く家に帰っています。私は、このままでは溶けてしまうかもしれない、と、思いました。暑い教室には、誰独りいません。静かです。私は、外から聴こえる、蝉の声に耳を傾けていました。

 不意に扉の戸が開きました。先生かと思いました。けれども、そこに立っていたのは、ゴミと呼ばれている少年でした。
 彼は、躊躇せずに私の前に来ました。私は、彼が、灰色達のように、私の中にすっぽりと収まるのだと思い、彼は、私よりも大きいから、入らないだろうと考えました。誰も、彼を、私に収めなかったので、彼が、自ら入りに来たのだと思ったのです。必要とされないものは、灰色たちと同じようにならなければいけないのでしょう。それが、必要とされていないものの義務なのです。
 彼は、私のことをじっと見下ろし、そしてポケットに手を突っ込みました。何をするのだろう、と、思っていると、彼は綺麗な色をしたものを取り出しました。それは、真ん中が丸い球状になっていました。ガサガサという音を立てながら、彼は、それを壊しました。綺麗な色のものは、2つに別れました。
 甘い匂いが、私の嗅覚を、擽ります。彼は、球状のものを、自分の口の中に入れました。そして、綺麗な紙切れのようなものを、私の中に落としました。もう一度、ポケットに手を入れると、同じような事を、何度も繰り返しました。
 私の中に、色取り取りの甘い匂いのする紙切れが、積もっていきます。

 何度目かのその行為が終わると、彼は、壊さないままの綺麗な色をしたものを、彼の机ではない、他の子供の机の上に置きました。それに、机の中にも。
 その机の持ち主は、友達を引き連れて、いつでも彼に、何かをしていました。子供達と一緒になって、彼の椅子を隠したのも、その子供が、言い出したことでした。いつも、学校に遅刻をして来る子供です。彼の事を、「ゴミ」と言い出したのも、その子供のようでした。
 彼はドアをきちんと閉めて去っていきました。
 明日は終業式です。

 朝日が暑い。子供達の声が、聞こえ始めました。私は、私の中に入った甘い匂いに、溺れてしまいそうでした。今まで、そんなものを入れたことはありませんでした。慣れない匂いは、私を、複雑な思いにさせました。けれども、なにか幸福なような気持ちもしました。灰色達でなくて、今日の私は色取り取りの紙切れを収めているのです。
 彼らは、誰もに、必要とされているに違いありません。こんなにも、良い匂いがしていて、綺麗なのですから。私は、今まで必要とされないものばかりを収めてきたので、とてつもない優越感を感じました。

 甘い匂いがする、と、言ったのは、女の子のようだった気がします。そして、クラスは、俄かに騒がしくなりました。
 私を覗き込んだ、誰かが、言いました。飴じゃないの?この匂い。それを聞いた、他の子供が言います。誰が持ってきたんだろう?口々に子供達が、話し始めます。 
 
 先生に怒られちゃうよ。 あれ? 和馬君の机に飴玉乗ってるよ。 もしかして和馬がやったの? 馬鹿だなぁ。あいつ、どうするんだろ。 あ、もうすぐ先生来ちゃうよ。 和馬のヤツ、今日も遅刻かな? 昨日の放課後にでも、食べてたんじゃねぇの?

 ざわざわと、子供達の間で推測の声が挙がります。どうやら、子供達にとっては、あまりよくない事のようです。

 私は、彼の横顔をチラッと盗み見ました。彼は、いつものように、黙って俯いています。それでも、いつもとは違うように、私は、思いました。もしかしたら、彼は、とんでもない事をしたのではないでしょうか?それも、たった独りきりで。やはり、彼は弱い者などでは、なかったのです。

 私は、彼が、私の中に収めた紙切れを、誇らしく思いました。朝日に反射して、紙切れは、キラキラと輝いています

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