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第7回中高生3000字小説バトル Entry4

ドラマチック・レジスター

 私のアルバイト先のスーパーでは、休日になるとタイムサービスをするのが恒例となっています。タイムサービスというと売れ残り商品のたたき売りを連想しがちですが、うちの店はそうではありません。前日まで定価で売っていた商品を、気前よく半額にしてしまうのです。これにはみんなびっくり、まだ開店して3ヶ月しか経っていないけれど、あっという間に地元の名物行事になりました。今日は土曜日、中央エスカレーターの前からまたいつものように威勢のいい声が聞こえてきます。
「いらっしゃいませー!これからタイムサービスを実施いたします。ワゴン内の商品全て半額、お時間限りがございますので、どうぞお早めに!」
正社員の川本さんの一声でわぁっと人が集まってきました。私もぼうっとしてはいられません、早速レジスターのロックを解除し、「ただ今停止中」の札をよけました。これからが勝負のはじまりです。エスカレーター前に目をやると、ひたすら売込みをする店員の中で一人だけレジの案内をしている人がいます。
「お買い上げありがとうございます、お会計はあちら中央レジでお願いいたします」
同じ靴売り場アルバイトの沢口さんです。土曜日しか一緒にならないのであまり話をしたことはありませんが、聞くところによればある有名な大学に現役で合格した頭のいい人なのだそうです。
「物静かな人でね、自分からは絶対そんなこと言わないのよ。仕事ぶりも真面目だし、あんな息子がいたらいいわねえ」
パートの竹村さんがあまりにもほめるので、その時私は吹き出してしまった覚えがあります。
 10分ほどしてタイムサービス用特殊レジ操作に慣れはじめたころ、その沢口さんが一人のお客様を連れて駆けてきました。
「あのさ、このお客様の商品元値のタグがなくなってるから、新しく登録しなおしてから打ってね」
私はその言葉をしっかり頭に焼き付けました。レジ係はお金を扱う仕事、間違えば店の信用にも関わるのです。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「いらっしゃいませ」―――今日は調子が良いのか、一度の「失礼しました」もなくその前のお客様まで会計を終えられました。そしてそのまま言われたとおりに登録をしなおそうとしたときです。
ピーッ・・・・
エラー音が鳴りました。何か操作を間違ったかなあ?もう一度同じようにやってみました。やっぱり鳴ります。
ピーッ・・・・ピーッ・・・
どう考えてもおかしい、と思いました。リセットボタンを押したのに画面が何も変わらないのです。パソコンで言うフリーズの状態です。そうこうしているうちにレジには長蛇の列ができていました。
「ちょっと、どうしちゃったのよ」
「こっちは急いでるんだからね!」
何分も待たされ、お客様が段々いらつき始めました。しかし機械が反応しないのではどうしようもありません。誰かを呼びにいかなくては、でもその間レジはどうすればいいんだろう?待っているお客様のことは?列はどんどん長くなります。飛んでくる罵声もそれに合わせて増えます。何から先にやればいいの?頭の中は大パニックで、涙をこらえるのがやっとでした。そうして呆然とレジカウンターで立ち尽くしていたときです。
「宮原さん、大丈夫?」
背後で力強い声が聞こえました。低めのよく通る声、沢口さんです。
「今他の売り場にレジ頼んできたから。ここのお客様は俺が向こうに案内しとく。君のせいじゃないから。落ち着いてな。とにかく向こうから川本さんよんできて」
その言葉にふっと力が抜けると同時に、冷静な気持ちがよみがえってきました。川本さん・・・5メートルほど先にいます。私は無我夢中で彼のもとまで走りました。
「川本さん、レジが動かなくなっちゃったんです、すぐ来てもらえますか?」
「動かなくなったって・・・じゃあ会計はどうなってるの?」
「沢口さんが他のレジにご案内してます」
川本さんは「タイムサービス実施中」の札を私に預けると、壊れたレジのほうまで駆けていきました。これで一安心、でも売り込みの文句ってどんなだったでしょう?いつもレジばかり打っているので分かりません。そうだ、沢口さんの代わりにレジの案内をすればいい。私は元演劇部、裏方だったけれど一応発声練習はしています。
「お会計のお客様はあちら紳士服売り場レジでお願いいたします!!」
私は力の限り叫びました。恥ずかしかったけれど、そんなことを言っていられる場合ではありません。
 ひととおり売込みが終わりさっきのレジカウンターに戻ると、川本さんと2,3人のパートさんが首をかしげていました。
「ねえ、これ本当に壊れてたの?俺がやっても全然異常ないんだけどなあ」
あの時あんなにエラー音ばかり鳴らしていたくせに、川本さんの指には反応しています。何と憎たらしいこと。
「宮原さんレジ操作ミス回数店内No.1だからなあ」
それは確かにそうだけれど・・・どう説明しようか迷っていると、片づけを終えたらしい沢口さんがやってきました。
「レジ直りました?」
「いや、それが俺がやってみても全く異常なしなんだよね」
「変だなあ、僕がやってもびくともしなかったのに」
いつも頷くだけの沢口さんが、珍しく異議を唱えたのでみんなが顔を見合わせました。
「大体あんなにいっぱい人が来るのに、宮原さん一人じゃ大変だと思うんだけど・・・」
全員しーんとしてしまいました。みんなよほどびっくりしたのでしょう。でも私はひそかに嬉しい気持ちになっていくのを感じました。
「そういえば、このレジ今まで一度も掃除してないんじゃない?」
パートの篠塚さんが口を開きました。
「そうね、だからきっと埃がたまって接触が悪くなってるのよ」
竹村さんにも言われ、川本さんはもごもごと口ごもってしまいました。川本さんは年上の女の人には弱いのです。
 数時間後休憩をとろうと更衣室の廊下を歩いていると、誰かがガラガラとワゴンを押していくのが見えました。ワゴンには大きな「St.Valentine’s Day」ののぼりがたっています。バレンタインデーかぁ・・・沢口さんの言葉を思い出しました。「君のせいじゃないから。落ち着いてな」あの人は、とてもいい人だわ。
食堂であんかけラーメンをおいしそうにすすりながら、竹村さんが言いました。
「言うじゃない、沢口君。かっこよかったわよ」
「だってなんか宮原さんがかわいそうだったし」
「ダメダメ点数稼ごうとしても。あおいちゃんにはもっとステキな男性でなくちゃ」
りんごジュースを飲んでいた沢口さんはむせてしまいました。
「ゲホッ、ご、誤解しないでね。別に全くそんなつもりないし」
顔を真っ赤にしている彼がおかしくて、二人で大笑いしました。
 靴売り場からはバレンタイン特設会場が良く見えます。あそこにおいてあるケーキミックス、気になるなあ・・・沢口さんは、チョコレートケーキが大好物なのだそうです。

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