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第7回中高生3000字小説バトル Entry8

終わり


 鈍い光が差し込む、静かな私の部屋。
朝…。時計の音が無常に耳元を触る。異常なまでに意識がはっきりとしている。
枕もとの携帯に手を伸ばし、いつものように画面に目をやると、
『メッセージを受信しました』と映し出されている。裕美からだ。
『大丈夫?なにかあったらいつでも話聞くからね。』
1通だけ。あたりまえだけれどシンジからメールはない。あの雨の日から、一度も。

 何度も気が狂うほど、頭痛に頭を抱えるほど泣いたから、もう心は悲しみを越えて虚無感に満ちている。ゆっくりと起き上がり、ハンガーから制服を脱がせ、着る。
 今日、シンジに逢える…。



 あの日も少し喧嘩気味で、いつものことだと言い聞かせた。雨が靴の中を湿らせて、芯までカラダが冷えた。別れのキスを二回ほどして、電車にかけのった。
あの時二度目のキスをせがまなければ、全ては変わっていたのかもしれない。

 ゆっくり進みだす電車、ホームのシンジを見失わないように、顔を窓ガラスに近づけた。私が手を小さく振ると、シンジは手を少しだけさりげなくあげた。なんだか惨めな気持ちだった。息が詰まりそうなもどかしさがこみ上げてきた。
今度こそ、そう、明日からはもっと素直にいよう。
『大好きよ』
 メールに今のいとしさをおし込めて送った。
喧嘩をつづけながら、甘いコトバを交わしながら、身体重ね合わせながら、心震わせながら…そんな日々を今まで、そしてこれからも続けてゆく。ずっと…。

 でも、その日、メールは帰ってこなく、電話も電源が切られたままだった。 




 バスに乗り込む。後ろ側の席に腰をおろす。カバンから鏡をとりだし、前髪をいじる。どうにかして落ち着きのない気持ちをしずめようとするが、指先が思い通り動かないまま。そのくせしっかりすわった目とクチビル。身体中の水が涙となって流れたせいか、頬はひどくやつれている。
シンジと逢うのに…。


 シンジがいない所で私が泣くと、いつも彼は俺がいる所で泣けといった。電話ごしに声をいくら殺してもきづかれる。いっしょにいる時は涙を指先でひとしずくすくったあと、ハンカチでやさしく目元をおさえてくれた。そんな紳士的な優しさと凛としたりりしさが狂おしいほど愛しかった。


 バスから降りると会場は目の前にあった。全身がすくむのがわかった。顔にさわる髪を耳にかけて、自動ドアの前に立った。
入るとすぐにシンジのお母様がフロアーで誰かとお話をされていた。こちらの気配に気づくと、静かに一礼された。私も小さいながら会釈で返した。
「おはようございます」
ありきたりのコトバが妙に浮いてきこえる。自然とコトバが続いた。
「このたびはどうも…」
そのまま途切れてしまった。顔をみあわせるとお母様は小さくうなずかれた。いつもおしゃべりなお母様が…なんだか一気に歳をとれれたみたいにみえた。
「今、部屋には誰もおりませんから、どうかしっかりシンちゃんと…」
そのままくちごももったのは、私のためだろうか。


 重い扉を開けると、シンとした部屋に少し高級なパイプ椅子が並べられていた。張り詰めた空気が私の呼吸をとめてしまいそう。肩掛けカバンを後ろの椅子に置く。ひもの金具がカチンと冷たく椅子の背もたれにあたった。
そしてゆっくりとそれを直視した。

 少し低めの壇上に、白木の……棺が蝋燭のなかゆれていた。

 自分の位置からは小さく見えていたのだが、一歩一歩近づくたびリアルにソレはせまってきた。白黒写真は中学の卒業アルバムに載せられたきまじめなあの顔が、拡大してつかわれていた。

 しっかり泣いたから、もう涙はでない。

 三四段の階段をのぼれば、棺の中を覗けるようになっている。蓋はあいている。
段に足をのせるたび少しきしんだ。棺の中を覗いた瞬間、身体中を鳥肌で覆うような衝撃に襲われた。

 シンジがいる。

眠っているような落ち着いた表情。どこか安らかで…美しい。



 激しく抱き合ったあと、よく添い寝をした。あどけない寝顔がたまらなく好きで、起こさないように髪をやさしくなでた。耳元をくすぐるあたたかい吐息に、私も安らかにねむった。


 いつもの癖か、戸惑いなく棺の中のシンジに手を伸ばした。頬を覆うように触ろうとしたが、触れた瞬間あまりのつめたさに手をびくつかせてしまった。やわらかい肌の奥に、硬直した血液がシンジの身体を硬めつくしているのがわかった。

 冬でもその頬はあたたかくて、いつも背伸びをしてキスした。あの頬が、私の手より冷たく、かたまっていた。

交通事故のせいだろう、私のしらない傷がもみ上げの下に痛々しく残っている。

あの日、二度目のキスをしなければ…。

 頬から指先を滑らせ、シンジの口唇にふれた。今日此処へきたらシンジに別れのキスをしてもらうつもりだった。でも…此処にはあのやわらかくうるわしいクチビルがない。もうない。もうない。もう…いない。

 顔中熱くなって、目頭が潤んでゆく。もう身体に残っていないはずの涙が、心の隙間から溢れそうだった。シンジの目の前で泣いても、もう相手にしてくれないんだね。

とまれ、お願い、流れないで、涙。シンジの姿がかすんでしまう。

もう私が泣ける場所は、ないの。




     

























午後、沢山の人に見守られて棺が霊柩車に乗せれた。おごそかに。

ダメ。

探した。

誰かに伝えなきゃ。

 でも、見つからない、私の声きいてくれる人。


火葬場行きの霊柩車。身内でない私は、此処でお別れ…。


「燃やさないで!」

その一言を誰かに伝えなければいけないのに、誰にもいえない。ここで暴れまくってじらしたいのに、身体が動かない。


霊柩車が予告なく走りだす。ゆっくり。そして消えてゆく
 



葬儀場の裏で独りほてりを癒してみた。




燃えてゆくシンジが頭の中に、現れる。熱い、炎にこげて無残な姿に…。
燃やしちゃダメ。
燃えてしまう、あの胸も、脚も、指も、性器も、手も、瞳も、頬も、クチビルも、全て。
消えないで。
「お願い…」
 いつもシンジに駄々をこねるときいうコトバ。聞いてくれない。今日は…これからは。
わがままを聞いてくれるのはいつもシンジだった。悲しい時にそばにいてくれるのは、シンジだった。

いま、一番…必用な時に、シンジがいない。何処にもいない。


次の瞬間、狂気のような私の泣き声があたり一面に響きわたった。
           それでも、シンジには私の声は届かなかった。

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