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第9回中高生3000字小説バトル Entry5

涙の壺

 むかしむかし、ある小さな町に、泣けない女の子が住んでいました。
 女の子は、生まれてから一度も、涙を流して泣いたことがありませんでした。
 お母さんが悲しい絵本を読んでくれても、隣に住んでいるエイミーが可愛がっている猫が死んでしまったと泣いているのを見ても、女の子は泣きませんでした。
 そんな女の子を、町の人たちはなんて心の冷たい女の子なんだろう、と思っていました。

 ある日、女の子は、町で一番高くて、空に近い山の頂上に登って、そして女神様にお願いをしました。
「女神様、女神様、お願いです。私を泣かせてください。私も、他の人のように、涙を流して泣いてみたいんです。」
 すると、女神様は、水の入った小さな瓶を女の子に渡して、こうおっしゃいました。
「これは、魔法の涙です。泣きたいと思ったら、これをお飲みなさい。そうすれば、涙が出てくるでしょう。」
 女の子は喜んで、スキップをしながら山を下りました。
 
 町に戻ると、広場でおばあさんが、「マッチ売りの少女」の紙芝居をしていました。マッチ売りの少女は、大好きなおばあさんと天へ上っていくところでした。
 周りに集まって聞いていた子供たちは、みんな泣いていました。
 女の子は女神様に貰った瓶を取り出して、魔法の涙を飲みました。しょっぱく、苦い味がして、胸が締め付けられるように苦しくなり、女の子の目から大粒の涙がこぼれ出しました。
「なんて可哀想なマッチ売りの少女・・・。どんなに寒くて、苦しかったことか・・・。」
 周りにいる子供たちは、驚いて女の子の方を見ました。そして、みんなが、あぁ、女の子は本当はこんなに心の優しい子だったのだな、と思いました。

 女の子が広場を横切って歩いていると、道の角のパン屋さんから一人の男の子が飛び出してきて、女の子にぶつかり、そして走り去っていきました。店の中からパン屋の主人が、握り拳をあげながらその後を追っていきました。男の子はすぐに捕まえられ、パン屋の主人が男の子を殴りながら、「泥棒!泥棒!」と怒鳴っています。
 女の子は、その男の子が同じ歳のピーターであると気づきました。ピーターにはお父さんもお母さんもおらず、家はとても貧乏なのです。そのピーターがついに耐えられなくなって、パンを盗んでしまったのです。
 女の子は痣だらけになって倒れてしまったピーターに駆け寄りました。そして、主人を見上げていいました。
「どうか私に免じて許してあげてください。ピーターはとても可哀想な子なんです。許せないと言うのならば、私を代わりに殴ってください。」
  女の子は魔法の涙を飲んで、ポロポロ泣きながら頼みました。
  パン屋の主人も、そして周りに集まってきた大人たちも、感動して思わず涙を流しました。あぁこの子は本当は、とても心の優しい、いい子だったのだ、と、みんなが思いました。

  女の子が家に帰ると、女の子のお母さんは病気で亡くなったところでした。
  魔法の涙を飲んでいないのに、なぜだか女の子は胸が締め付けられるように苦しくなり、しょっぱい涙が次から次へとあふれ出てきて、女の子の服をびしょびしょに濡らしていきました。
 そして、その涙はいつまでたっても止まりませんでした。
 女の子は女神様の元へ、泣きながら歩いていきました。
「女神様、どうしてでしょう。悲しくて悲しくて、涙が止まらないのです。涙が出るから、悲しいのです。お願いします。この涙を止めてください。」
  女神様は少し考えてらっしゃいましたが、女の子を雲の上にあるお部屋の中へと連れて行ってくださいました。 
 その部屋には、水の入った大きなガラスの瓶が、たくさん並んでいました。
 それは女の子の背丈よりも大きく、牛乳の瓶のような形をしていました。そして、みんなその口の同じ位置に、印が付けてありました。ガラス瓶の底には細い管がついていて、それらは床の下を通り抜け、雲の下までつながっているようです。中に入っている水は、半分ぐらい入っている物もあれば、ほとんど入っていないものもありました。 
 そして、女の子の涙の壺には、印のついたところまでいっぱいに涙が入っていました。
 女神様は言いました。
「これは、人間が流す一生分の涙が溜めてある、涙の壺です。その人が泣きたいと思ったら、ここから涙がその人の元へと送られるのです。」
「じゃあ、この涙が無くなってしまえば、私はもう泣かなくてもよいのですね?」
 女の子はそう言うと、女神様が何かおっしゃるのも聞かずに、急いで山から下りていきました。

 そして、家に帰った女の子は、お母さんの亡骸を抱きしめて、泣き続けました。
 涙は次々と耐えることなく流れだし、やがてそれは一つの流れとなり、小さな河となって、海へと流れていきました。
 女の子が泣き続けて千日が経ち、涙の壺は空っぽになってしまいました。
 そして、女の子はまた泣けない女の子になってしまったのです。

 ある日曜日、女神様は地上へと舞い降り、女の子の元へとやってきました。
 女神様は、女の子に、水の入った小さな瓶を渡しました。
 その中には、空っぽになってしまった女の子の涙の壺の底にわずかに残っていた涙がかき集められて入っていました。
 女の子はそれを指に少しだけ付けて、なめてみました。今までのとは違う、水飴のように甘くて、うっとりとするほど香ばしい味が体中を包み、女の子は胸がいっぱいになりました。そして、もう出ないと思っていた涙が、とても温かく、女の子の頬を流れ落ちていきました。
 女の子はポロポロ泣きながら、女神様に聞きました。
「これは、何という涙なのですか?」
 女神様は優しく微笑んで、こう答えました。

「これは、うれし涙ですよ。
 涙の壺に入っているたくさんの涙をうれし涙にするか、悲しみの涙にするかは、その人次第なのです。
 あなたは、残りの涙を、大切に使ってくださいね。」

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