空が灰色に染まる真冬。雪でも舞い降りそうな空、こたつでみかんでも頬張りたい衝動を無理矢理に抑えて、俺はシヅルの横を歩く。別にコイツ一人でも問題なく外出できるのだが、保護者を申し出た手前、そんな事は出来ない。読書がしたいという我が儘に、煙草を買いに行くついでという理由を無理矢理つけて、未だ渋る自分自身をねじ伏せる。確実に俺の用事の方が「ついで」らしいのは、わからない振りをしておく。 いざ出掛けようと言うときに、シヅルがいきなり赤いミュールと黒のブーツのどちらが服に合うかと聞いてきた。別にコイツが何を履こうが俺には全く関係ない。悪戯半分に俺愛用の黄緑のスニーカーを履くように仕向けたら、それぐらいは解ると拳骨で鳩尾を殴られた。畜生、洒落の通じないヤツは嫌いだ。 緑色の電車に揺られ三十分、車内アナウンスは降りる駅名を告げた。俺はシヅルの手を取り、電車からホームへと先導してやる。これをやる度自分がお姫様になった気分になると、この上なく嬉しそうな阿呆ヅラで言ったので、無防備なおでこにデコピンをかましてやった。痛がるシヅルを引っ張りながら、でも歩調を合わせる事を意識してゆっくりと階段を降りていく。遠くホームでは、忙しない駅員のアナウンスと、アニメの主題歌が流れていた。 シヅルは嬉しそうに、下手くそな鼻歌を歌いながら歩いていく。足元にはオズの魔法使いに出てくる黄色い煉瓦を思わせるブロック。その上を一歩一歩確かめるように進む。シヅルの軽快で音痴な鼻歌は聞き覚えがある。どこで聞いたかは忘れたが、何とかマーチとか言うやつだ。二拍子のはずのマーチは、シヅルの歩みが刻む三拍子のリズムに妙に合う。三歩目の杖の音が、俺をほんの少しだけ陽気にさせた。カツンという小気味良い音が道に響く。 もうすぐだねと、シヅルは笑顔を浮かべた。もう感覚で分かるようになったようだ。今度は俺抜きでも来れるんじゃないかと思ったが、どうせまた一緒に行こうと駄々を捏ねられるのだろう。いや、もしかしたら――。小さな溜息一つ吐いて、描いた未来予想図を破棄した。シヅルが一人で出掛ける事を阻止しようとする、気持ち悪い程に過保護な自分なんて、想像もしたくない。俺の目の届かないところにいるシヅルも、だ。 陽気で音痴な鼻歌はまだ続いている。交差点で、チンとベルが鳴った。世にも珍しい三拍子の行進曲を締め括る、シンバルのように思えた。
「ここか…」感慨の深さに思わず一人で呟くここはとある神社山の上にあるこの神社は滅多なことでは人が来ない実際その日石段を登ってここまで来るような強者は僕一人だったとある小説に感銘を受けた僕はここが小説のモデルに使われた場所であると知り次の休みには電車に乗っていた電車を乗り継ぎはじめて聞く駅で降り不安たっぷりで目指した山だもしこの上に何も無かったらと思って何度も背中に嫌な汗が流れた無事着いてみるとそこは小説のとうり何の変哲も無い神社だったその話の中で何度も出てきたその神社は赤く染まる夕焼けと相まって本の中から出てきたような神秘さを醸し出していた主人公が腰掛けたであろう石段に腰掛け彼がそうしたように空を仰ぐさらさらと気持ちのよい風が流れていく(本当ならここにあの人がいるんだよな…)ヒロインの顔を思い浮かべる何百回と読んだその話は手元に本がなくても鮮明にイメージできるヒロインと主人公のどつきあいまで思い出し口元がわずかに緩む正直他人に見られなくてよかったと思う「さてと…」空を眺めるのを切り止め立ち上がる踏みしめるたびになる砂利の音が気持ちいい境内の前まで来るともう一度神社全体を見回してから財布をあさるこの儀式のような行為がもうすぐ終わってしまうかと思うと少し寂しい「っとっと…」取りこぼしそうになった小銭を二三度お手玉する財布から取り出したありったけの五円玉をぱらぱらと賽銭箱に放り込むガラガラと鈴を鳴らし二三度適当に手を合わせる(これからもご縁がありますようにっと)『がらがら』「え?」「へ?」奇妙に二つの声がダブった突然建物の中から現れたその人は呆けた顔のままこちらを見ている「ども・・・」相手より少し早く意識を取り戻した俺は反射的に挨拶していた「ドも・・・」なんとなく気恥ずかしい空気が流れるよくよく見てみると相手は女の子であった赤い袴に白の袖服いわゆる巫女さんと言う奴だとそこで彼女がとある人にとても酷似している事に気づく自分がよく知るあの人だドキンと胸が跳ね上がる声を出そうとしたがうまく声にならない次第に顔がうつむいていく心の中で顔を上げろ!と声がする彼女が不思議そうな顔でこちらを覗いているが気配でわかる「どうかしましたか?」思い切って顔を上げどうしても確かめたかったことを問う「あのっ…名前を、教えてもらえませんか!」僕の話はここでおしまいそして僕と彼女の物語はここから始まる
それは、突然やってきた。非常に、非常に巨大なそれは、大気圏を一瞬で突き抜け、大地に深く突き刺さった。 その衝撃により引き起こされた爆発、地震、その他もろもろにより、多くの人々が一瞬にして死んでしまった。 そして、巻き上げられた大量の粉塵は空を覆い、太陽を隠した。これにより気温は大幅に下がり、さらに多くの人々が死んだ。世界はもう、ほとんど滅びてしまった。 それから、かろうじて地下シェルターに逃げ込んだわずかな人類は、それが一体何なのか、ということをあれこれ考えた。ある人は神の天罰だと言ったし、またある人は小惑星の巨大なかけらだと言った。 何年もかけて調査を進め、人々はついに、それの謎を解く鍵を見つけることが出来た。 それは、何者かの手によって作り出されたものであること、そして、それの表面には巨大な文字のようなものが刻まれているということ。 こうなると、皆の答えは一致した。 「つまり、これは宇宙人の何かしらのメッセージなのだろう」 「まあ、そうとしか考えられないな。でも、一体なんて書いてあるんだ?」 「さあ。だが恐らく、何か恐ろしい秘密が隠されているに違いない。あれだけの被害を出したのだから」 そんなわけで、人類は持てる力の全てを振り絞り、謎のメッセージの解明に取り組んだ。 それはまさしく人類の歴史が始まって以来、最大にして最後の挑戦だった。 残った力の全てを文字の解読に充てたが、時がたつにつれ、人類はどんどん数を減らしていった。シェルターの機能は限界に近く、食料も、酸素も不足していた。 地上はいまだに人間が暮らせそうな環境にはなかった。恐らく、当分は無理だろうと思われた。 だが、もはや引き返せない。人々は必死になって解読を試みた。そこに、人類滅亡を救う切り札があるかのように。 そして、さらに時が過ぎ、もはや滅亡は免れない段階まで来たとき、ついに人々はそのメッセージの解読を成功させようとしていた。 総力を結集して作られたスーパーコンピューターに、謎のメッセージの解読に当たらせる。そして、丸一月近くかけて、それはようやく終了した。 「さあて、一体なんと言ってやがるのだ。あのくそ忌々しい、小便垂れ野郎は」 すっかりささくれ立った気分のなかにも、ほんの少しだけ興奮を混ぜ込んで、生き残った全ての人々がスクリーンを注視する中、ついにそれは現れた。 「小便禁止 宇宙公共衛生組合」
目が覚めるように、熱が下がるように、じわじわと体温が変化していく。あんなに好きだったのに。「先生」 私の彼氏は十四歳年上の中学校教師です、と言って、驚く人は何人くらいいるのだろう。私は今高校生で、彼はまだ中学校の先生。昔担任だった彼は、昔と変わらないで優しい。「何?」 くるりと振り向いて、眼鏡の奥の優しそうな目を向けてくれる。その目は優しすぎて、今の私では直視できない。私はぱっと顔の向きを変えた。「どうしたの」「…あの」 私はしどろもどろになって言葉を捜す。 ―――ごめんね。ありがとう。さようなら。 別れるときの一番の言葉は何なんだろう。私が先生に思い描いていた感情はそんな言葉で足りるほど軽いものではなく、盛大に困ってしまう。 あの時の私は、とてつもない高熱に魘されていた。ただ狂ったように先生の存在だけを欲していた。今、こんな風に先生とこんな気分で笑い合っているとも知らないで。顔を真っ赤にして、じわじわと病に体温を上げて……。「あのね」「うん?」 私は先生が、本当に本当に大好きだった。「……大好きだったの。本当に、愛していたの」 私のその言葉に、一瞬だけ先生の顔が驚きに変わった。そして、ゆっくりと柔らかく笑った。「うん。俺もだよ」 その言葉で、私がいかに子供だったのかを思い知る。先生の言葉は最初からすべてを分かりきっていたかのように柔らかくて優しくて……それ故に重くて。涙が出そうなほど、大人だった。「特別な感情がなくなっちゃったんだよね」「知っていたの?」「大分前からね」 粉雪が降る中、先生は笑う。けれど、私はとてもじゃないけど笑えない。「だったら、先生から言ってくれればよかったのに」「うん。でも、思い違いだって思いたかった」 私はただ先生の言葉に立ち尽くすだけだった。あまりにも切なそうな顔をして、あまりにも寂しい事を言うから、私は泣き出したくなった。「別れよう」 そう、言ったのは、どっちだったか……。「俺にとっては君は本当に大事な子だったよ」「私も。先生は世界で一番大事な人だったよ」 もし、新しい恋に向き合って、もう一度別れなければならなくなった時、私はきっとこんな気持ちで別れ話を切り出さないと思う。こんなに高熱に魘されるような恋をするのは、先生一人しかいないと悟った。だから、こんなにゆっくりと熱が冷めていく人も、きっと……。 私はあなたを本当に愛していました。