novel
隠葉くぬぎ
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狼少年 羊少女

「狼少年の意味、初めて知った」
 少女は回転椅子をくるり、と回して少年に向きなおった。
「どんな意味?」
 少年は、ミネラルウォータのペットボトルをくわえたまま問う。
「君のコト」
「それは違うだろ」
 つっこみを入れて少年がベットに腰掛ける。と、スプリングは耐えられないとばかりに悲鳴を上げた。きぃきぃ。
「違わない。嘘吐きのコトでしょ? 狼少年って。
 ちょっと、ベット座んないでよ。汚れるから」
 少年はむくれて床に座りなおす。でも床にだって、勿体ない位柔らかなピンクの絨毯が敷いてある。
 少女はくるくると回る回転椅子を止めて、首を傾げた。
「狼の反対って何だろ?」
「反対?」
 少年の反対は少女で、狼の反対が分かれば正直者って言葉が出来るでしょ?
「あ、羊かなぁ?」
「何で羊なんだよ」
 少年は馬鹿にしたように頭をかいた。水を一口。
「狼少年は『狼が来たと嘘を吐いた少年』の略だろ。羊はその時狼に食べられるだけで、別に反対じゃない。狼少年と狼男は全然違うんだぜ?」
 そう言って少年は、またミネラルウォータを飲んだ。
「ふぅん」
 少女は不意に、ガコンという音を聞いた。ピンクがミネラルを吸いこんで、色を濃くする。転がるペットボトルは、少しだけ残った水に月を反射させる。大仰にカーテンが風にはためいた。今日は気持ちが悪い位オレンジが濃い。満月。
「ちょっとぉ」
 少女は眉をひそめて、ピンクに座り込んだ。ティッシュでとんとんと色をぬいていく。水だから染みにはならないけど。
「気を付けてよ。本当、周り見ないんだから」
「……今日は注文ないの」
 少年は静かに問うた。窓枠に足をかけている姿は、はためくカーテンの隙間にも、おかしかった。腕は毛むくじゃらで、爪も体も至る所が伸びるというか、大きくなっていた。
 少女は少年の方に顔を向けて、フゥと溜息を吐いた。絨毯を拭いていたティッシュをぽいと投げ捨てた。
「ないわ。勝手に喰べてきて。満月ごとに私の嫌いな人が死んだら、私、羊少女になっちゃうじゃないの」
「羊少女?」
今度は少年が眉をひそめる番だ。乗りだしかけた体を室内に入れた。
「正直者、だっけ?」
「そういう意味にはならないんでしょ?」
 少女は持て余した様に長い睫毛をしばたかせた。
「『羊の皮を被って全てを見ていた少女』」
 にぃと笑う。月に映えて、綺麗で。
 橙の満月は貼り付いた様に凍っている。

「黒幕よ」


(word=980)




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