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第1回パラ1000字小説バトル

  第1回テーマ:「花粉症なのだろうか、目が赤い」


エントリ作品作者文字数
01アレルギー1000
02東風青野岬1000
03companion〜未知連れ〜太郎丸1000
04とむOK1000
05心中鎖埠頭ながしろばんり1000
06長針は動いている弥生1000
07赤目ぼんより1000
08お迎え越冬こあら1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ01  アレルギー     葱


 筒井が近くにいると、すぐ分かる。
 まず、鼻がムズムズしだすし、目が異常にシバシバする。やがてくしゃみになって、あたしは音をサイレンサーするので精一杯になる。
 なぜだろう。筒井は可愛いし、あたしとは正反対の女だ。生理的に受け付けない、そういう体の反応だろうか。そんなのってあるのかな。あいつ、目に見えない何か変なの飛ばしてるんじゃないの? クソ。
 あたしの前に、筒井が立ちふさがることに違いはない。
 海峡に架かった赤い橋を望む、学校の廊下の窓。幾つも並んだガラス窓から差し込む光を背に、筒井は振りかえる。長い髪。逆光で見えない表情。昼休みの雑多な会話。子供のように書け回る男子。鼻をすする自分。筒井はゆったりと壁際の手すりに持たれかかっている。こいつが見ているのは、自分なのか? 少なくとも、あたしは凝視している。もともとドライアイな上に、酷使された目が痛くなってくる。視界が滲む。もう一度、くっ、と喉を鳴らす。
 筒井との距離は1メートル。無言で立ち尽くすあたしたちの間を、無粋な教師が通りぬける。教師は、うつむくあたしに気づいて、声をかけてくる。よけいなお世話だ。あたしに興味がないなら、やさしそうに声なんてかけるな。
 いいんですよ、山田さん、アレルギーなんです、と筒井が真面目顔して、教師に説明する。距離が詰まって、やっと顔が判別できる。真っ直ぐに揃った前髪、大きな目、小さな口元。和風と洋風の人形が入り混じったような、とんでもない顔だ。影に浮かび上がった微笑みに、教師は納得してどこかに行った。
 なおもしばらく黙っているあたしを、通り掛かりの男子が露骨に見ている視線を感じる。きっと女の子たちも見ているだろう。
 いつものあたしはこんなじゃない。イメージで言えば、あたしが彼女をリードして引っ張っていくようなタイプに見えるはずだ。背だってずっとあたしの方が大きい。
 筒井はあごを引いて首を傾げ、上目使いであたしから目を逸らさない。
 我慢できない。口元を抑えたハンカチはもう体液でびしょびしょだ。
 涙が落ちる。冷たく光る石の廊下に一滴、二滴と落ちる。周りが明らかに、変な騒々しさに湧き出す。帰りたい。
 どこにそんな図太さがあるのか、筒井は微笑を崩さない。わずかに空いた窓から、潮の香りがする、はずだが鼻が詰まってわからない。
 筒井がもう、ひたすら、ただ、どうしようもなく、あたしは、どうするべきだ?





エントリ02  東風     青野岬


 東から吹く風は、萌える草木の匂いがする。
 そして他のどの方角から吹く風よりも、たくさんの花粉を纏って私を痛めつける。
「アレルギー体質は、あのひとの家系なのよ。まったく、尚美も貧乏くじを引いたものよね」
 憎々しげに母が呟く。私が子供の頃から、ずっとそうだった。
 あのひと、というのは一緒に暮らしている父方の祖母のことだ。最近すっかり痴呆が進み、今では母がひとりでほとんどの家事と介護をこなしている。
 アレルギー体質の祖母は喘息と鼻炎とアトピーを患っていて、その祖母からの遺伝なのか、私は毎年この季節になると酷い花粉症に悩まされていた。
 思えば諍いの絶えない家庭ではあった。
 祖母は私には優しかったけれど、母に対してはとても厳しかった。気性の荒い祖母に咎められて、こっそり涙を拭う母の姿を見たのも一度や二度ではない。父はそれをとりなすでもなく、ただ機嫌を損ねないように、ふたりの顔色を伺うばかりだった。

「消火の邪魔になるので、下がってください!」
 消防士の怒鳴り声に、私は我に返った。
 母と私の目の前で今、家が燃えている。真っ赤な炎が折からの強風に煽られて、長年暮らした我が家を飲み込んでゆく。ごおぉぉと地の底から響くような轟音と黒い煙が、業火の勢いを物語っていた。
「おばあちゃんは? まさか家の中にとり残されていないよね?」
 久しぶりに友人と買い物を楽しみ、たくさんの荷物を抱えて帰宅したところだった。はじめは小さなボヤ程度だった炎も、春特有の乾燥した空気の中で一気に燃え広がった。
「おばあちゃん……ゲホッ」
 東風に舞い上がる花粉と火の粉を吸い込んで、私は思わず咳き込んだ。
「このお宅の方ですか?」
 ひとりの消防隊員が、火を見ながら立ち尽くしている私たちに声をかけた。
「中に人は残っていませんか。ご家族の方は皆、揃われてますか」
 そのとき、ひときわ強い風が吹いて、母の前髪をぶわりと立ち上げた。すると今まで見たことのない恐ろしい形相をした母の顔があらわになって、私は息を飲んだ。
「いえ、大丈夫です」
 炎を映す母の目が赤い。
 母は消防士にそう答えた後、手のひらで目を擦りながら何度もくしゃみを繰り返した。おかしい。母も花粉症だったのだろうか。「おばあちゃんが、中に」と言おうとして、私もくしゃみが止まらなくなった。

 きっと強い東風のせいだ。
 口元を覆う母の左手には、何故か小さなライターが握られていた。






エントリ03  companion〜未知連れ〜     太郎丸


 名も知らぬ隣の住人の宅配業者との遣り取りの声の中で目覚めた私は又一人ぼっちだった。
 夢の中で優しい貴方が微笑む。それだけで私は何も考えられなくなってしまう。
 貴方のいなくなったベッドの隅でまあるくなった私の身体には、まだ貴方の香りが残っているようだ。
 もうちょっとだけこうしていよう。厚いカーテンを通しても判る太陽が眩しい。

 陽もすっかり落ちた頃、私は少し離れたマンションへ向かった。
 私が玄関に到着すると若い男がドアを開けた。内側へ招き入れた男は私をベッドへと誘い服を脱ぎだす。
 私も全裸になると真っ赤になった目で男を見つめた。男は恍惚の表情で私を待っている。
 私は男の首筋に強いキッスをした。男はそれだけで興奮し射精した。
 この男…、顔や身体は良いのだけれど少し飽きた。それにもう3度目だ。放っておけばまだやり直せるだろう。生気の無くなっているフリーターをそのままに、私は自分の部屋に戻った。

 貴方が連れてくる女達はみんな綺麗だった。だから私も一目で気に入っていつも最初に脱ぎ始めた。そしていつも最後には3人は裸で触れ合う。
 そして貴方が尖った鉤爪で女の首筋をさっと撫で、噴水の様に吹き出る血を全身に浴びながら私はそれを飲む。ぞろりと長い舌で顔に付いた血をなめながら真っ赤になった目が潤む。
 貴方はいつも私の身体に付いた血を舐め取ってくれた。それだけで貴方に触れられた箇所は火照り出していた。あぁ、貴方がいてくれたなら…。
 貴方が何年か前に灰になってから、私は家を変えてしまった。貴方の大きな屋敷とは違う小さな、夜の仕事をする女が多いアパート。そこで私はひっそりと暮らしている。

 いつものように決して酔えないアルコールを、形ばかり喉に通していた。
 威勢の良い女の罵声が飛び込んできて、女の相手は鼻白んだ様子でそそくさと逃げ出していった。
 私は女の側へ寄っていって話しかけた。
 綺麗な顔立ちでスタイルの良い二十歳ちょっと過ぎの女の話は、まるで昔の私を見ているようだった。
 孤独で奔放。それに何より生きる事に疲れていた。
 力を使わず仲良くなった。
 この女なら一緒に往きていけるかも知れない。私の目は深く赤くなって、堪え切れずに鼻を鳴らした。
 赤くなった目を見て女は呂律の回らなくなった声で言った。
「花粉症れすかあ? 私もなんれすよぉ。辛いれすよねぇ」
「治したい?」
 私はニタリと尖った牙を覗かせた。






エントリ04       とむOK


 進級後初めての生徒会の会議を終えたあたしは、一段飛ばしに階段を駆け上り、廊下を曲がってすぐの新しい教室を通り過ぎそうになった。三歩戻って扉を開くと、卒業した先輩の匂いが鼻をくすぐる教室に、西日が穏やかな朱色を投げ込んでいた。
 窓を閉め切った教室の奥の席に、見慣れた学生服の背中が座っている。少し背が伸びたけど、小学生の頃から大人しかった暁の、落ち込んだ時こんな風に拗ねたように黙りこむ癖は変わらない。
 あたしは軽いステップで廻りこんで窓際に立つ。
「空気悪くない?」
「よせよ。花粉が入るだろ」
 花粉症だっけ? あたしは窓にかけた手を引っ込め、暁の斜め前の机にもたれた。
「なあ、俺たちって、どう見えるんだ?」
 心臓がひとつ大きく鳴って、夕焼けより濃い赤が胸から頬に昇った。あたしはせわしなくスカートの裾を直しながら、懸命に言葉を探す。
 でも暁の顔は窓の外を向いたままだ。
 視線の先を探すと、覚えのある小さな背中がちょこまかと揺れながら校門へ向かっていた。華奢な肩までの髪を風が撫でると、耳元で細い指がすっとかき上げる。それは去年、暁がずっと目で追っていた仕草だった。
 元気出しなよ、と言いかけたあたしは、中途半端な笑顔のまま言葉を飲み込んだ。色を増した夕暮れの中でも、暁の頬がはっきりと赤い。瞬きもせずにあたしは見つめる。ぎゅっと寄せた眉、頬杖のふりで唇を隠した手。暁がこんな表情で涙をこらえるなんて、あたしは知らない。
 クラスの騒がしさに埋もれているような女の子だったと思う。あたしでさえ忘れそうなくらい目立たないあの子の何を、暁は見つめていたんだろう。
 馴染んだはずの教室がぐんと大きくなった気がした。悪戯に上級生の教室を覗いた新入生の頃を思い出して、あたしは急に心細くなった。
 がたんと椅子を蹴立てて泳ぐように窓際へ駆け寄ると、一番近くの窓を開けた。何すんだよ、という暁の声を無視して、あたしは教室中の窓という窓を全部開け放った。
 懐かしい埃っぽい空気と、運動部の声が流れ込んできた。
「ほら、ハナ垂れてるぞ」
 暁の声が震えていた。なのに暁はあたしにハンカチを差し出す。あたしはハンカチを奪って握りしめた。
「何よ! あんたなんか、昔からハナタレの泣き虫のくせに!」
 後姿はとっくに校門を過ぎて、もう見えない。聞きなれた校庭の掛け声がとても遠い。霞んだ茜色の中で、暁とあたしの目元だけが、きっと熱い。





エントリ05  心中鎖埠頭     ながしろばんり


 ケメメズンドを干したパラシミをゲチャしながら、私は駅に向かって歩いている。ポルルのメヘリケ(パラシミをネシンしたもの)がボブっていて、仕方無く迂廻した。
 花粉症なのだろうか、目が赤い。
 目が赤いかどうかは実際に鏡を見たわけではないのだが、ポギョンテのわきのペリがモゴンに見えたので、きっと目の血管が充血しているのだろうというわけだ。ここはハイチではない。だからモゴンなんているわけが無い。
 駅への上り坂で大きなプルルワンテを搭せたクーペに抜かれる。路々にはハイヌヌがゴミをあさるのを防ぐためにペゲモリが亜鈴を持って立っている。ハイヌヌがゴミにポシメするのには時間がかかるから、背後から亜鈴で殴りつけるわけだ。ヌハンタが嬉しそうに電柱のまわりをぐるぐる回っている。地面を凝視したまま熱心にまわっているので、たまに頭部をぶつけても、意に介さないのかまたぐるぐる回り続けるのだ。小気味よい音を立てて頭をぶつけるたびにネイロ(マヌエのジャム)のような液が噴出しているので、なんとも痛々しい――と云っているうちに自分が電柱にぶつかった。余所見をしながら歩くのはよろしくない。
――しまったよ。やっちゃったよ。今日木曜じゃん。医者はみんな休みだわ。
 サルワヒ並の馬鹿だわ私。仕方無く駅前大通の坂を下りて鎖埠頭を散歩することにする。だんだんとまぶたが腫れぼったくなってきて歩くのにも難儀。困ったな、と思うとまぶたのうえに生臭い唇がかぶさって、ああハイヌヌだなとおもう。まぶたの腫れからなんらかの汁をじゅるじゅると呷って、ようやく目が開いてきたので、まぶたの上の唇をむんずとつかむ。「勘弁してよ兄さん」とお定まりのセリフを云う前にキーノノンにペグリクする。見渡したら車道にはみ出ていて、うっかり轢かれるところだった。ドエスコの生えたトラックが乱暴に過ぎる。

 鎖埠頭ではサグノの一家が消波ブロックに挟まってトトンの真似をしている。足元を駆け回るデウニゴを踏まないようにしながら(踏むとネギ臭い)コンクリートを突端までいくと二匹のオセモリが抱き合っているので、目の痒くて苛ついているのも手伝って思わず突き飛ばした。サグノのじいさん(最下段)に巨きな瘤をつくりながらごろんごろんぼちゃんと海に落っこちたオセモリのつがいに、私はふと思いついたのだった。
「もしかして、花粉じゃなくて潮風が悪いんじゃね?」
 判んないけど、多分。





エントリ06  長針は動いている     弥生



 誰もいない教室で5時ちょうど、思いきり鼻をかんだら5秒。あと14分55秒暇を潰せばバスの時間がくる。とりあえずもう3回くらい鼻をかんで、後輩の机にラクガキすれば(本日2回目)10分は経つだろう、きっと。

 教室をぐるりと囲んだ3面の黒板。無駄に新しい図書館。正体不明の強力な虫がいる(って担任が言ってた)裏山。レトロでトラディショナルな制服を着て、何年後かわからない、いつかの自分のために毎日同じ風景を見ていた。その日は窓の外の空気がいつもより黄色い気がして、気づかなくて良い事まで気づくようになった自分は絶対に染まりたくなかったこの学校のカラーにだんだん染まっていくんだと思った。

 特大のエナメルバックを背負った藤田が斜め前の席に座ったのは、確か私が両手で目を擦ったとき。

「あちい」

 結構寒いよ、今日。

「だりい」

 おつかれ。

「ねみい」

 じゃあ早く帰って寝ろ。

「泣いてる」
「誰が」
「俺なわけ、ない」

 一瞬の沈黙の後、騙されたあ、と笑ってマスクを見せても彼の表情は変わらなかった。
 
「前から思ってたんだけどー、鈴木さあ、」

 そしていきなり、母親に冷たくされた子供みたいに寂しそうな顔になって、言った。

「いつも秒針ばっか見てるよな」
「あんたの顔、見ればいい?」

 そうじゃなくて、と少し目をそらしてから窓の外、たぶん私と同じように黄色い空気を見ていた。1秒、2秒、3秒、4秒。このまま10秒経ったら絶対、花粉すごいねと言おう。そう決めたのに彼の言葉に遮られた。

「長針もちゃんと動いてんだよ」


 ちっとも片づかない机の中をかき回して、カタカタ音を鳴らしながらカラ回ってた私。20秒のロスタイム。


 藤田直樹 椅子に貼られたシールに消えかかった名前を見つけて、高校生に戻った私。1分30秒のロスタイム。

 もうバスには間に合わないかもしれないし、なんだか走る気もしない。
 半分だけ開いた窓から吹き込む風を感じて、春の匂いだ、と呟いた彼がくしゃみをしたような気がした。次の言葉を待っている私の事なんてお構いなしに、痒い痒いって隣でずっと目を擦ってたんだ。今じゃもうどんな声だったか思い出せないけど。

 一階から吹奏楽部のチューニングの音が聞こえてきた。もしかしたらこの教室も練習場所として使われるかもしれない。

 立ち上がってもう一度風を感じながらあの時と同じように、でもひとりきりで、あいつの言うとおりだ、と思った。
  





エントリ07  赤目     ぼんより


 アレルギー性鼻炎は原因物質であるアレルゲンによって二種類に分類される。
 一つは通年性アレルギー性鼻炎。これは後述で説明する季節性アレルギー性鼻炎と異なり、アレルゲンが一年中はびこるので、その症状も一年中続くのである。主なアレルゲンはダニやハウスダストなどのちりであったり、ゴキブリなどの昆虫、可愛いペットの毛も原因の一つとなる。症状はくしゃみや鼻詰まりに収まらず、喘息やアトピー性皮膚炎などを合併する恐れもあるので、空気清浄などに努めていただきたい。
 そしてもう一つは先にも少し触れたが、季節性アレルギー性鼻炎。いわゆる花粉症とはこちらの事を指す。花粉症は英語で「hay fever(ヘイ・フィーバー)」と呼ばれ、これを直訳すると「枯草熱」となる。19世紀の初めにイギリスの農夫が、イネ科の牧草の花粉によって発症したのが始まりと言われている。
 名称どおり季節限定で症状があり、主なアレルゲン(花粉)はスギ、ヒノキ、オオアワガエリ、シラカバ、ブタクサなど。症状は周知の鼻水、鼻詰まり、くしゃみだけでなく、目のかゆみ、涙、充血など(アレルギー性粘膜炎)を伴うことが多い。個人差もあるが、他にはノドのかゆみや皮膚のかゆみ、さらには下痢、熱症状などが現れることもある。
 近年では両方のアレルギー性鼻炎にかかるということも少なくなく、ほぼ一年中くしゃみや鼻水などに悩まされる人が多いようだ。
 花粉症のメカニズムは、この時期大量に飛散する花粉が目の粘膜や呼吸の際に鼻腔に入るとき、一定量を超えると起こる。一定量を越え、体内に侵入した花粉は排除すべき異物として認識され、体はIgEという抗体をつくるようになる。本来抗体とはウィルスなどを排除する働きをするのだが、無害の花粉にまで反応してしまう。そして、鼻の粘膜にある肥満細胞に付着したIgE抗体に花粉が結びつくと、ヒスタミンなどの化学物質が分泌され、上記のような症状を引き起こすのである。
 花粉は天候によって大きく影響し、日によって飛散する量が異なる。晴れまたは曇り、最高気温が高い、強い南風が吹いた後、北風に変化する、前日が雨のときなどが花粉Xデーと言えるだろう。普段から立てれる対策は外出時のマスク着用の習慣や、先述した空気清浄など、他にも多々あるので各々で重々気を付けていただきたい。



「……いや、でもお前のはたんなる突然変異だろ」
「だな。俺ウサギだもんな。」






エントリ08  お迎え     越冬こあら


 明け方の公園の片隅に、背広姿の男が倒れている。目を見開き、歯を食い縛ったまま絶命した男の顔や衣服には、夜半の強風に煽られて散った桜の花弁が、幾重にも貼り付いている。
 やがて上空から「お迎え係」が二名、舞い降りて来る。背中に小さな羽根を付けた半ズボン姿のお迎え係の片方が、男の顔をしげしげと眺める。
「この小父さん、花粉症だったのかしらん、目が真っ赤に充血しちゃってる」
「ふうっ、花粉症じゃないよ。脳溢血か何かの発作だったんだろう。そんなにじろじろ見てないで、目を閉じてやれよ、鼻を拭いて、口も塞いで、唇の端を持ち上げるんだ。ちょっと微笑み加減になるように」
「ハイハイ。死に顔を美しく……天使の悪戯ね。美しい天国を見つめているかのような微笑を……と」
「また、そんなことを言って、宗教色は御法度だって言ったろう。偏りのないサービスが求められる時代なんだ。だから呼び名も『エンジェル(天使)』から『お迎え係』に変更になったんじゃないか。エンジェルが天国に運ぶんじゃなくて、お迎え係が高次の世界にお連れするんだ。第一、この国のこの世代の小父さんは、たいがい無宗教なんだ。神も仏も信じてない。天国も地獄も、コーランも蓮の花もないんだ。『幼い頃から勉強に明け暮れて、社会に出たら働いて、お金を稼いで、もっと働いて、もっともっと働いて、死ぬ前日まで働いた』そういう世代なんだ」
「へえ、そんなもんかねえ。イロイロと詳しいんだねえ、お迎え係一号は。働いて死ぬ人生か。『家族の為に、お金の為に、明るい未来の為に……そうして最期の日、この両の手に何が残るというのか。あの日、夢と希望をいっぱい抱えて、この世界に生れ落ちたというのに……』これが現実かい。やだやだ」
「まあ、そう言うなって。この世界には、いくら働いても家庭を守れない人もたくさんいるし、宗教がらみで憎しみあって、戦争して、自爆する小父さんもいるんだから、家族と金に捧げる無宗教な一生もまんざら悪いわけじゃあないのさ」
「そんなもんかねえ」
 準備が整うとお迎え係二名は、小父さんの魂だけを両脇から抱えるように、ゆっくりと抱き起こした。天空から眩い光が差して来た。
「さあ、参りましょう」
 お迎え係一号に声をかけられた魂は、二名に付き添われて、賛美歌と般若心経、アラーの祈りと法華の太鼓、デキシーランドジャズ等が分け隔てなく流れる中、光に向かってゆっくりと昇り始めた。