第9回テーマ:「贈り物」
今日は僕の誕生日だ。 「パパ、誕生プレゼント」 「トモユキ。お前がこの世に生まれてきたのは、パパとママのお陰だぞ。お前の命こそが、パパとママからの授かり物なんだ」 パパはゴルフ焼けした顔に白い歯を見せて快活に笑った。 「そうよ、パパの言う通り」 ママは台所に立って料理をしながらほほほと笑った。 「……」 僕は玄関を出て、パッと走り出した。 公園まで走って行った。 「誕生プレゼント、一度も買ってもらったことないって、異常ね」 砂場友達のユカッピが言った。 僕は砂をいじって、ケーキのような形にしようと一生懸命になっていた。 「わたしは誕生日には、いつもレストランに連れてってもらうの。そして日の丸の旗がついたお子様ランチを食べるのよ」 「ふーん……」 僕はお子様ランチってどういう食べ物なんだろうと思いながら、木の枝を砂のケーキに突き刺して立ててみた。 「ケーキも食べるのよ。お子様ランチを食べ終わってから、デザートはイチゴのショートケーキを食べるの」 「そうなんだ……」 僕は石ころを砂のケーキの上に三個置いてみた。 「それからね、ケーキを食べ終わったら、レストランを出て、デパートに行くの。そこでおもちゃを買ってもらうわ」 「そう……」 僕は憤然と立ち上がって、砂のケーキを蹴っ飛ばすと、デパート目指して走り出した。 「待ちなさい!」 夕日から伸びてきた影が、シルクハットを頭に被り右眼に片眼鏡(モノクル)をはめた紳士のおじさんの姿になって、僕の足首をつかんだ。 僕は顔面からバッタリと地面に倒れた。鼻血が出た。僕はおじさんを後ろ足でキックする。 「やめなさい。影の私を蹴ったところで無駄──ぐうっ!……」 僕の蹴りがおじさんの股間に命中した。 僕はおじさんと公園のベンチに並んで腰掛けて話をした。おじさんの話によると、おじさんは〈夕日の紳士〉という人らしい。 「トモユキくん、君はご両親の授かり物なんだろう?」 僕はうなずいた。 「なら、君が誕生プレゼントを欲しがるということは、プレゼントがプレゼントを欲しがるということにはならないかね? おかしな話だとは思わないかね?」 僕は、バースデーケーキが僕におもちゃをねだっている様子を想像した。 「うん……確かに変だ」 「わかったなら良い子だ。さあ、もうお家に帰りなさい」 「うん。おじさん……夕日の紳士さん、ありがとう!」 僕はおじさんに手を振りつつ、家に向かって走り出した。
身なりが良くなってる。初めて見た時、そう思った。確信してしまった。大手レコード店で前から欲しかったアニメDVD全巻を惜しげもなく買っていた男は、僕だった。いや僕じゃない。自分で買ったのはワゴンセールの中古CDだ。誰だ。やっぱり僕だ。街中で、また複数の友達といて、果てはブランドショップに入るところを見かけるなど、次第に認めるしかなくなった。 「あ、はじめまして」 身なりのいい方の僕は、話しかけたら、そう言った。ニヤニヤ笑っていた。鳥肌が立った。嫌な奴だ。 あまりにも姿形が似ているからと話しかけた旨伝えると、 「そんなに気ぃ使わなくてもいいやん。もしかして名前も同じ?」 また笑った。ますます嫌な奴だ。 「あれ、ドッペルゲンガーってやつかな、って思って、話しかけるの恐くて。やっぱり。すげ。ネタにしたい。今から時間ある?」 こういう所は自分だと思った。 堂々とした方の僕の家は、タワーマンションの3LDKだった。表札は僕の名前だ。部屋中、サブカルチャーで一杯だ。僕が売った本が一杯あった。 「いや、捨てられなくて」 そうさ。どんな思いで売りさばいてきたか。 「あの、何て呼んだらいい? どうする?」 彼が言うので、ネットで使っているハンドルを答えた。 「あー、それ。同じだ」 彼は作家だった。大手出版社の名前を、彼は恥ずかしそうに言う。こっちも恥ずかしくなって聞かれる前に自分の仕事を答える。 「ヘルパーかぁ。それ考えたことある。へえ、いいやん」 コンビニに一緒に行き、双子と勘違いされた。 酒盛りも4時間を越えたぐらい、どうしても我慢できなくなって、彼にモテるかどうか聞いた。 「そんな、全然」 じゃあ同時に体験人数言い合おう、という自分の目はすわっているだろうか。無理矢理、せーのと切り出してやった。 「三人!」 一人! お前…。気まずい顔をするんじゃない。 「また来てな」 後日、本屋に自分のハンドルネームが平積みされていた。なぜ今まで気がつかなかったのか。さらに後日、本は回収されていた。ネットに記事が載っていた。どうやら豪華な僕は、盗作していたらしい。 久し振りに会う彼は、パジャマ姿でボロボロだった。濡れたハリネズミに似ていた。最近習い始めた料理を作ってあげた。 「お前、友達いる?」 聞かれた。三人、と答えると笑った。 「クリスマス、予定は?」 やめてくれよ。お前もがんばれよ、僕の希望くせに生意気だぞ。
冬曇りの空を背にして、ちぢこまったまま重い足をひきずっていたさつきは、ようやく玄関の前に着いた。前かがみになるのは、ランドセルに詰め切れなくて両手一杯持ち帰った、写生の絵やら空き箱工作やら粘土細工やらの『いらないお土産』のせいだけではなかった。さつきは口をむっと結ぶと、覚悟を決めて家に一歩踏み込んだ。 「お母さん、聞かなきゃいけないことがあるの。これからお母さんと冬休みを過ごすために、とても大事なこと」 母は家計簿から顔を上げる。真剣な顔だったので、さつきはつい目をそらしてしまった。すると、高い梁の処で困ったように笑う父の写真と見つめ合ってしまう。そんなところで黙って見てないで、助けてよお父さん。 「わたしのお母さんでいて、よかったって思う? だって、仕事も、家事も、わたしの学校のこともお母さん一人でやってて」 窓の外で灰色に重なる雲を押し返すようにさつきは話し始める。両手一杯の荷物がずっしりと重かった。 「わたしなんかこんなに子どもで、お母さんにしてもらうばっかり。何もしてあげられないのに」 さつきは一息に話し終えた。 母は黙ったまま、膝を寄せてさつきに向き直った。そうすると、目の高さがちょうどさつきと同じになる。外気に冷えて真っ赤なさつきの頬を、母が両手で包んだ。 「さつきの目は、お父さんにそっくりなの。くりくり可愛くて、よく動いて」 柔らかな掌から、母の体温が少しずつさつきの頬に伝わってきた。 「私だってお母さんをするなんて初めてだから、さつきが生まれた時はすごく不安だったわ。でもね、まだしゃべれない頃から、さつきはこのくるくる動く目で、何をして欲しいのか私に教えてくれていたの。さつきがいつもまっすぐに心を伝えてくれるから、私はずっとさつきのお母さんをして来られたのよ」 「お母さん…」 にっこりと笑う母に、さつきはぎゅっと抱きついた。 「さあ。もうランドセルをおろして」 「あ、ちょっと、それは…」 「音楽と体育だけはいつもいいんだけど、算数と国語は何とかならないかしら…さつきって上を見て話す時は絶対隠し事してるのよね。すぐわかっちゃうんだから…うーん、この成績じゃあ、冬休みはみっちり計算ドリルと漢字書き取りね。お年玉も覚悟しておきなさい。それと…」 延々と続く母のお説教を聞きながら、どうしてこの母の観察眼がわたしに受け継がれなかったのだろうかと、さつきは心の底から悔しがった。
高円寺から中野までは線路はたの道をいくのがいい。線路端や霊園にでもいかないかぎり、東京ではひろい空というものを拝めないからだ。高円寺の喫茶店でつぎのライブのうち合わせをして、中野の駅のガードをくぐって北口。ひさびさにはなまるうどんで冷やしょうゆの小なぞ喰ろうて、地下の西友で安酒など買って帰るべえ、などと算段をしていると、東西線の銀色の車体が通り過ぎていった。見ているとその向こうの青空が気にかかる。冷たい風は指をかじかませるが、日ざしはどこまでも世界に優しい。遠景に飛行機の影がすぎるのをみていると、意識のいれちがいに頭上を巨きな影が越えていく。ぎょっとしてふりかえると小柄なカラスが、わたしの頭上で急上昇して、塀の上にぽい、と留まるのだった。 カラスはわたしと視線をあわさない。ただ口にくわえた、肌色のかたまりをこれからどうしようかかんがえているふうだ。よくみると口ばしにくわえられたものと丁度目が合う角度。ひしゃげた、キューピーの、首。あの薬局で薬のおまけにもらうやつだ。ああ、キューピーはマヨネーズだったっけか? まぁ、とにかく、あのおまけの、キューピーだ。キューピーは若干右に黒目をやったまま、カラスの口の中で大人しくしている。こちらの視線に気づいたのか、のどの奥からぷぁ、と鳴いたまま、またつい、と飛んでいってしまう。線路端一本道、東の方角。奥の線路ではカラスと併走するように中央線の赤い電車が走っていく。青空。青空に凹んだあたまの輪郭と目の相だけおもいうかぶ。やっぱり、もってかえって巣作りの足しにするのであろうか。でもそれではあのまるっちい塩化ビニルでは役に立たないのではないか。もっとこの、木の枝とか、ハンガーとか、そういった細長いものを積み重ね、編み上げ、押し固めて作るものだろうし。だとするときっとアレだ、こどもにやるに違いない。カラスは山に、ななつの子がある。七歳くらいの子供なのか、それとも七羽の子供なのか。カラスの巣に七つも卵が入るわけもないし、きびしい生存競争においてはこの七匹における生きのこりをかけた斗いが―― いてっ! ふとつま先を横から払われて私がぐらりとし、横倒し。受身も取れずなさけなくべたんと倒れた視線の先に、さっきの首の主であろう首のないキューピーの人形が、キイキイいいながらアスファルトを必死に走っていく。 ちゃんと辿りつけばいいな、とは思っている。
君に贈り物をしよう。 何?何がいい?何でも良い。僕が用意できるものならば何でも、何でも君に贈ろう。服でも本でも犬でも花でも、僕の命だって構わない。君が幸福を感じられるもの、笑顔になれるものならば何だっていい。僕は君を、とてもとても大切に思っているんだ。わかるだろう? 何?土?それは地面の土かい?……いいだろう。君が望むのならば幾らでも。しかし君は、それで何をするんだい? 木を?育てるのかい。それはいいな。 曖昧に笑う男を見て、少女も口元を緩ませた。 やがて少女のもとにたくさん、たくさんの土が届けられた。黒々と光る、柔らかな良い土だった。男が間もなく様子を見にやって来た。扉に隠れた少女は後ろから重い花瓶を男の頭部へと打ち付けた。男の頭は割れ、血が溢れ出した。少女はその血を丁寧に指で掬って小さな如雨露へ移した。流れ続ける血を、飽きもせず白い指先で如雨露へ運んだ。 やがて傷口も固く乾いた。重たい男の体を、少女は時間をかけて庭へと運んだ。黒い土のところまで辿り着くと、大きな大きな鋏でもって男の体をばらばらにした。細かくばらした男の体を瓶に溜めた雨水に順番につけ、何日もかけてぐずぐずにして土へ撒いた。黒い土はそれらをいくらでも吸い込み、吸い込んだだけ膨らんだ。そうして如雨露の中の血まですっかり撒いてしまってから少女は、残しておいた男の頭部を包んでいた布をほどいて取り出した。腐敗し肥大した頬を愛おしげに撫で、黒い土に掘った深い暗い穴にそれをうずめた。 少女はこうべを垂れて長い間そこへ跪いていた。その種子はまたたくまに育ち、大樹となった。人の肌の色をした幹に血の色の葉をつけていた。少女は顔を上げ、乾いた血のこびりついた痩けた頬で微笑み、細い白い腕を樹へと向かい伸ばした。樹は大きく張った枝を下ろして、そっと少女を抱き上げる。そしてやせ細った体を胸元へ、幹の中ほどへ空いたうろへと大切に抱え込んだ。 少女はそこで目を閉じて動きを止め、まもなく樹の肌と見分けがつかぬようになり、やがてうろも埋まった。その樹は今、僕の頭へと根を張っている。細い細い根は僕の頭蓋に染み込み、脳へ広がり、ぐずぐずに溶けたそれを吸っているのだ。しかし僕は、それをとても幸福なことのように感じている。君の一部となるのだ。存外、悪くない。 さあ、君に贈り物をしよう。僕の愛する君へ。何がいいのだろう?君は何を望むんだい?