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第10回パラ1000字小説バトル

  第10回テーマ:「筋書き通りだな」


エントリ作品作者文字数
01(作者の希望により掲載を終了いたしました)
02目が覚めない。千希1000
03とむOK1000
 
 
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エントリ02  目が覚めない。     千希


 そして、筋書き通りの夢をボクは見た。いつも、そうだ。眠る前に目を閉じて願えば望み通りの夢を見る事が出来る。小さい頃は、あまり食べさせてもらえなかった好物の甘いビスケットの夢をよく見たものだった。所詮夢の中でのこと、腹は膨れないので結局朝起きてからお腹が空いたと泣いていたのだけど。
 夢の中でボクは女の子の白い手を握っていた。きれいな、女の子。大きな瞳は空の青色、さらさらの黒髪。ボクは、彼女の頬に触れる。柔らかな頬に四本の指を添え、残った親指でうすく開いた唇をなぞった。あかいしたが、その指をからめとる。ボクは彼女のうすい肌を吸い、華奢な足を捕まえてぐい、と太ももを押し開く。

 行為を終え、ボクは目覚める。寒さに震えが走る。現実に怯えての震えだとは、思いたくない。目覚めてもボクは、布団から出る事をしない。頭から毛布を被って震えていると、しばらくして控えめにノックの音がした。ドアが開き、朝食が置かれる。ボクは毛布を体に巻き付けたままにそこまで行き、うずくまって食事をした。家からは、もう長い間出ていない。最後に靴を履いたのはいつのことだったろうか。自分の年齢を数えるのはもうずいぶん前に止めてしまった。老朽化の進んだ家の壁から染み入ってくる気温の変化だけがボクに季節の巡りを、年月の流れを突きつける。諦めてしまったボクにも、焦りを思い出させる。現実なんか嫌いだった。ボクは、夢ばかり見ていた。
 朝食を食べ終えたそのとき、ボクは素晴らしいアイデアを思いついた。夢から帰ってこなければいいのだ。思い通りの夢が見られるのならば、ずっと夢を見続ける事も可能なはずだ。ボクは床を這いずって布団に戻り考えた。夢を見ている時、ボクはぼんやりとではあるがそれが現実ではないとわかっている。脳のドコかが夢に浸かりきっていないのだ。それではだめだ。夢だと気づいてしまったらきっと、夢とは覚めるものだとも思い出してしまう。それならどうすればいい?
 ボクは考えた末、目を閉じてこう願った。
「夢だとわからない夢をずっと見続けられますように」そして躊躇う事なく眠りについた。

 目が覚めた。ボクはいつも通りに汚い毛布に包まっていた。なんだ、夢じゃないか。ボクは目覚めてしまったじゃないか。何が悪かったのだろう。ボクはわからず、もう一度同じ事を願った。
 目が覚める。ボクはそれをずっと繰り返す。そういえば夢は、なぜかもう見ない。





エントリ03       とむOK


 水曜日。言い知れぬ不安に苛まれたまま、玄関に置いたアルミ鍋をかぶって、冬空の国道を僕はスーパーへ急ぐ。
「檸檬はあるかい」
「蟹ならありますよ」
 スーパーの制服を着たアルバイトの女の子が答える。
「蟹かい」
「ええ、蟹です」
 僕は蟹を一匹貰って代金を払う。内ポケットに入れた蟹はざわざわと動いてますます僕の不安を煽った。歩くたびに頭の上で揺れるアルミ鍋が、短く切った髪に擦れてちりちりと鳴り続けた。
 生暖かい土曜の夜に、少しだけ強い雨が降った。一晩続いたぬるい雨は、街中の言葉を洗い流した。言葉は排水溝を伝い、すべて川へと流れ去った。そうして初めて僕は気づいた。言葉は既に死んでいた。週末までビルを飾っていた言葉たちは、まるで蝶の標本のように煌びやかに死んでいたのだ。死んだ言葉を失くしたままで、看板も標識も広告も、色のない空白を血まみれの夕空に浮き立たせる。無数のビルはどれも同じ灰色をさらけ出していた。僕はもうずっと前から、匿名の遺跡の住人だった。そのことを思うと、僕はたまらなく不安になるのだ。
 赤銅色の街はやがて黒く、夜に混濁する。僕は国道ぞいの大きな書店に足を運んだ。軒先ではたくさんの文庫本が山になって、どれもからっぽの白い内臓をさらしている。濁流となって溢れた言葉に押し流されたのだ。その上を何匹もの蟹が歩いていた。蟹がこんなに多いのは、死んだ言葉を食べて増えたからだ。僕はかぶっていたアルミ鍋を山のてっぺんに置いた。ライターで本に火をつけて、蟹を拾って幾つも鍋に放り込む。内ポケットにいた奴も一緒に入れた。くつくつと湯気を立て始めた鍋を前に立っていると、街の人々がやってきて、葱やら蕪やら豆腐やら白菜やらを投げ込んだ。
 賑やかな蟹鍋パーティーが始まった。真っ赤に茹った蟹を僕たちは腹いっぱい食べる。どの顔もみんな喜びにあふれていた。とても素敵な気分だった。どこからか詩人が現れて、街中が一緒になって歌った。ハレルヤ。磔された言葉たちは、ようやく世界を廻るのだ。あるいは海の底深く、ひっそり目覚めを待つだろう。あるいは樹々の根に吸われ、風に小鳥と歌うだろう。ハレルヤ。今ふたたび世界はほんとうに生まれる。ほんとうに生まれてほんとうに死ぬ。世界は輪廻に還るのだ。
 見上げると凍った空に檸檬色の月がある。今にも破裂しそうに熟した月が、名前のない灰色のビルたちの上に冴え冴えと乗っている。ハレルヤ。

作者付記:「檸檬」梶井基次郎