QBOOKSトップ

第11回パラ1000字小説バトル

  第11回テーマ:「石」「熱」「狂」


エントリ作品作者文字数
01(作者の希望により掲載を終了いたしました)
02名を呼ぶ母とむOK1000
03かがやく千希1000
 
 
 ■バトル結果発表
 ※投票受付は終了しました。

バトル開始後の訂正・修正は、掲載時に起きた問題を除いては基本的には受け付けません。

あなたが選ぶチャンピオン。お気に入りの1作品に感想票をプレゼントしましょう。

それぞれの作品の最後にある「この作品に投票」ボタンを押すと、
その作品への投票ページに進みます (Java-script機能使用) 。
ブラウザの種類や設定によっては、ボタンがお使いになれません。
その場合はこちらから投票ください→感想箱







エントリ02  名を呼ぶ母     とむOK


 これは夢ではない。あなたの手の中には小さな石が握られている。あなたはそれを蛍光灯にかざして指先で弄んでみる。石は穴だらけで向こう側が灰色に透けている。とても軽い石だ、とあなたは思う。とても軽い石だから、あなたはそれを誰かにぶつけてみたくなる。そして実際あなたは試す。隣の席で仕事をさぼって消しゴムのカスを丸めている頭の悪そうな同僚に向かって。思い切り振りかぶって投げた石は、ぱつんと乾いた音で彼の脇腹をくすぐる。彼は痛くもなさそうな顔で痛えなあと言って、彼の持っている同じような石をあなたにぶつける。あなたは石を拾ってやり返す。石はフロアのいたるところに転がっている。あなたたちはそうしてひとしきりふざけあう。ちょっとしたひまつぶしだ。心配はいらない。誰もがやっていることだ。あなたの両親も、あなたの通っていた学校の先生すら、同じことをずっと続けてきた。星の数ほどもいた神様を空の彼方へ引き篭もらせたあなたの国で保たれる、今や数少ない秩序の一つであると言ってもいい。石は給湯室の周りとか、嫌味でヅラの上司から遠く離れたすみっこあたりとかに多めに転がっているのだが、それはまあ特に気にすることでもない。それよりもあなたの会社には一人変わり者がいる。見目悪いとか仕事がとろいとかそんなことより、投げつけた石がくっついてしまうのだ。それが面白くて誰もが彼女に石を投げる。勤務時間中投げ続けられた彼女はいかにも重そうに石を引きずって退社し、翌朝も大半をぶらさげたままだるそうに出勤する。彼女の入社から三年、そんな風景にも慣れてしまった。昼休み、屋上へ行ったあなたは彼女の姿を見かける。彼女は同僚に囲まれている。彼らはおしゃべりをしながら彼女に石を投げている。投げない者もいる。だがそれは彼女に投げないというだけだ。あなたは他愛無いおしゃべりで退屈を紛わそうと彼らに近寄る。もはや体を起こすこともできない彼女の目があなたを見た。あなたの手の中の石を。何見てんだよ。あなたは手を振り上げる。その時どこかで年老いた女の叫びが聞こえる。どうやら彼女の母親である。だがどことなくあなたの母親に似てもいるのだ。あなたの振り上げた手の中で石が汗に濡れる。あなたの全身から汗が噴き出し、あなたの体のあちこちにくっついていた小さな石の存在を今熱く気づかせる。年老いた女は名を呼んでいる。石で身動きできなくなった子どもの名を。





エントリ03  かがやく     千希


 数年前に17歳でこの世からいなくなってしまった、死んでしまった私の妹。
 妹は咲姫という名で、その名を冠するに相応しく咲き狂う花のごとく、またお伽噺の麗しき姫君のごとく美しい少女だった。もちろん死んでしまった、しかも身内の話だ。思い出は美化され、都合良く改ざんされているかも知れない。でも事実、今も瞼の裏にありありと描く事のできる彼女を私はこれまでの人生で目にしたどんな人間よりも美しいと感じている。妹を構成していたその精神には人間が皆持って生まれる狡さや汚さのひとかけらどころか削り滓のひとつまみすらも含まれていなかった。そういう意味では妹はある種先天的な障害を持っていたとも言える。必要とするが故にこそその身にその汚いものを含み濁って人間は生まれるのだと仮定すればの話だが。輝く宝石のような純粋さだけを砕いて熱し溶かして作られた妹は全てを見通すように透き通って光を放ち、それは1人きりという意味でもあった。
 しかし妹の持つきらめきは人間の濁りに臆する事無く立ち向かい、17年間休む間もなく戦い続けた。どんなに小さな、綿埃程度の嘘も悪も正面から向き合うその姿は姉である私や家族でさえ恐れを抱く程で、そしてどんなに周りから迫害されようともそれを生涯曲げる事は無かった。その果てに妹は精神を病んで毎日片手に余る量の安定剤を飲むようになり、やがてはそれも効かなくなり所構わず泣き叫び、死ぬ数日前には完全に狂って暴れ、そして自らの喉を掻き切って死んだ。側にいた私はその瞬間何かが爆ぜる音を聞いた気がした。それは妹の心の割れた音かあるいは私の心のものか、もしくはこの世界だったか。

 妹の命日には、今でもたくさんの人が我が家を訪れる。皆今でも悲しくて仕方が無いような顔をしている。その中には妹を虐めていた者も紛れている。それに気付いても私は微笑むだけだ。皆妹を失った事を悔やんでいる。皆ごくごく小さい子供の頃に諦めた、誰もがその身に含有している正義を貫き通した妹を羨み、憧れ、それを認める事が出来ずに背を向けていたのだ。

 今私は妹がそうやって死んだ事すらもその生き方の一部であったかのように思っている。一瞬であったがこその彼女であったかのように感じている。
 私は時たま呟く。夜空に向かって言ってみる。
「もう懲りた?二度と降りてくるんじゃないよ」
 でも私の妹には、どこかでもう一度生まれてきてもいいよ。歓迎するから。