第13回テーマ:「酔っ払い」
「ほら、あの」 「ん?」 「あの、酔っぱらいがよくやるやつ」 「よくやる?」 「ネクタイ頭に巻くの」 「ああ。あれ」 「やって」 「は?」 「巻いてみて」 「ここで?やだよそんなのはずかしい」 だいいちおれよってないし。 酔ってないとか言うその顔が茹で蛸みたいに真っ赤なのをわかっているんだろうか。久しぶりに会ったのにお酒が入ったら愚痴ばかりになってしまったこの馬鹿。我ながら物わかりの良い方だと思っているしだから食事の場所が大衆向けの騒がしい居酒屋だって、呑んでいるのがあまり美味しいとはいえない安い焼酎だって文句は言わないけれど。でもちょっと呑み過ぎだ。私の話だって聞いて欲しいのに。 「いいからじっとしてて」 ぴしゃりと言い放って私は立ち上がって彼の首元からネクタイを抜き取り、頭に巻いてやる。滑るのでちょっと手間取ったが、そうしたら彼は絵に描いたような「酔っぱらい」になった。赤い顔、ぼさぼさ頭にネクタイ。私が思わず吹き出すと彼はものすごく不機嫌な顔でネクタイをいじり始めた。 「だめだよ、まだそのまま」 そして席に戻ってバッグから手鏡を取り出して渡してやる。 「う……」 それを見てなんだか項垂れている彼を尻目に私はいい気分でつまみの残りを片付ける。どうやら自分の姿にショックを受けたらしくしきりに目をしばたき、顔に手を当てている。 「……かえろうか」 彼がぼそりと言いふらふらと立ち上がった。私も慌てて口の中の手羽先を飲み込み後を追う。千鳥足の彼から伝票と尻ポケットの財布を奪い取って、きっちり割り勘にして会計をする。意識がハッキリしないのか、いつもは俺が払うとうるさい彼は呆然とそこに突っ立ったままだ。お金を払い終え、今度はぐらぐら左右に揺れだしたのを引き摺るようにして店を出る。外は静かで、空気がひんやりとしていた。火照った身体に夜気が心地よくて空を見上げて伸びをしていると彼が寄りかかって来た。 「ちょっとー」 重たいよと抗議するがぐったりと身体を預けてくる彼はほとんど眠り込んでしまったようだ。 「ねたらしぬぞーおきろー」 揺さぶってみるが起きない。酒臭いし、重い。 「……仕方ないな」 口では呟きつつも嬉しくなる。今日はこのまま自分の部屋に連れて帰ろう。隣で一緒に眠ろう。最近本当に会えなかったから、この鬱陶しい重みさえ愛おしい。 そう思ってしまう自分がちょっと悔しくて、頭のネクタイは外してやらない事にした。
どうも最近は胃の調子が悪くて、酒を控えております。いや、潰瘍があるとかキャベジンのお世話になっているとかぢゃないんですが、どうもなんかね、酒を飲むと、胃のあたりが重くなってきます。 生中ジョッキ一杯でも飲んだタンサンがぶくぶく膨れ上がる気がしまして、帰りの電車では食道を這い上がって外にあふれ出ようとする。そりゃあ不可ませんよ、我慢して駅の外に出るんですが、一回こうなっちゃうと吐かないと眠れない。吐かないと、というか胃の中のものが出きらないとしょうがない。黄色い液が出ます。苦い汁が出ます。脂汗びっしょりになって、腹筋がじくじくと痛みます。ずっと左手を握り締めていて、あれおかしいな、いつからこの手を握っていたのだろう、と開くと切符を握っているのです。飯田橋から150円。三鷹までは290円ですのであきらかに足りていない。じゃあどうやって、改札をぬけてきた、のか。 そういえばこんなこともありました。秋葉原でずいぶんの人と落ち合って夕方から飲みふけり、ぐでんぐでんになっていると目の前の女が非常にかわいく見えまして、なんだかんだ、断片的にしか覚えていないのですがその、持ち帰ろうかと思ったことがある。いや、そのままどこかにしけこんでどうにか! というのではない。もうあまりにもべろべろのぐでぐでで、このままどこかに落ち着いてしまったら明日の昼くらいまで人事不祥になるだろうくらいのことはわかってたんです。で、純粋に(持って帰りたい)と思ってしまった。で、なんだかむりやり手をとってふらっと歩きはじめたことがあります。 そしたらアータ、その女、いまではどんな顔だかほとんど覚えてませんが(ふと気になってパソコンの中のデータ画像を見たらずいぶん膨らんだ女でした)、アタシのうでを振り払うでもなく「どうしてお前なんだ、私を連れ出したのはどうしておまえなんだ、S藤さんやM上さんじゃなくてよりによってどうして!」と泣きながらついてきますので、空恐ろしくなってしまう。そう、やだな、ああ鬼だな、きっと鬼だな。鬼だから急に本性を露わしたに違いない。足はひざから逆のほうにぐにゃりと曲がり、腕は水あめの用意にどこまでもどこまでも長く糸を引くし。 で、なんだかわからないうちに自宅の前に立っていました。左手には210円の切符。右手にはハーゲンダッツを握り締めて。まぁきっと、甘いものが欲しかったのだと思いますが、その――