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第15回パラ1000字小説バトル

  第15回テーマ:「不老不死の霊薬」


エントリ作品作者文字数
01(作者の希望により掲載を終了いたしました)
02時じくぞとむOK1000
03エリクシア千希1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ02  時じくぞ     とむOK


 機体を激しく震わせていた推進音が消えて、田島少尉は操縦桿から手を離した。無用となった桿をまだ握っていたのは、貴重な新型機を失ってはならぬという、今や何の役にも立たぬ使命感などではなく、ただ訓練の癖であった。だがもはや燃料も尽きた。右に傾いだ機の進路に、いと高き峰がゆっくりと近づいてくる。風の音だけがしていた。
 風防の隙間で橘に似た一寸ばかりの黄色な実が転げて僅かに匂った。時じくの香の実、と女は言っていた。破れ格子の外で笹ずれの騒めかしい十六夜であった。あなたのようなお方を幾人も見て参りました。いずくよりこの郭に売られたとも知れぬ、まだあどけなき頤に濃い紅をひいた唇をして女は語った。
 己の命に価値があったのも今朝までだった。熱き命燃やし永遠なる神代の礎とならん。いつも勇ましく叫び立てたラジオは、穴だらけの狭い滑走路の隅で直立する彼らを前に、初めて聞く静かな男の声で戦さの終わりを告げた。志願してより幾夜もの眠られぬ煩悶の末に漸く見出した理はこの数分に砕かれた。彼が命を賭すべきであった永遠は他国の蹂躙に膝を屈した。蝉の音さえ耳に届かぬ暑い朝だった。出撃の許されぬ空に、解体を待つだけの試作機を彼は起動した。レシプロ機のような助走もなく、轟音に蹴飛ばされた機体が一瞬に高く舞い上がる。技術は独逸製だが部品は寄せ集めだった。すぐに操縦がきかなくなった。
 枯れて猶尽きぬ香りが、命を永劫へと誘います。言葉を継ぐたびに幼い乳房が幽かに息づき、白い掌で小さな実が匂った。君は食べたのか。彼は尋ねた。必ずお帰りくださいましね。大悟した菩薩の瞳でなよ竹の女は虚ろに嗤った。
 狭い操縦席で彼もまた虚ろに嗤った。ただ一度の短い出撃で永遠を得るはずであった。その場所に座して、彼は尊くも美しくもない、儘ならぬただ一つの終わりを見つめていた。それは猥雑な機械に囲まれた牢であり、縮こまる薄汚れた飛行服である。それが彼の全てであった。この実を口にするもしないも同じことだ。灰色の山肌を晒した不二なる頂へと、いま彼は運ばれる。彼と彼の機は小さな焔となって、偽りの永遠を燃やすだろう。尽きぬ香りが甘やかな嗤い声を誘う。視界が白く煙った。月を仰ぎ髪を梳る少女の細い背中が、儚い祈りのように瞼を濡らす。雪。雪だ。風防を突き抜けて、雪が吹きつける。いちめんに舞い散る白は、迫り来る山肌も青一色の夏空も彼も女も消し去ってゆく。

作者付記:この話は以下の伝説・史実・古典をごちゃまぜにしています。

@時じくの香(かぐ)の木の実(田道間守[たじまもり]が垂仁帝のために常世国で探した不老不死の霊薬。現存する「橘」であるとされている)
A竹取物語(かぐや姫の遺した不死の霊薬を帝が富士で燃やす後日譚)
B山部宿禰赤人、富士の山を望める歌「万葉集」巻ノ三
C国産ジェット戦闘機「橘花」
 昭和二十年八月七日、初の国産ジェット機「橘花」が試験飛行に成功、11分間空を舞った。ドイツで開発されたジェット機メッサーシュミットMe262のエンジン製造権を2000万帝国マルクで買い取って作られた類型機である。特攻仕様であったため一門の機銃さえ搭載していなかった。この「橘花」一号機は、二度目の試験飛行で失われた。「橘花」が戦闘に参加した記録はない。






エントリ03  エリクシア     千希


「エリクシア。いつか君に贈ろうと思っているものだ。不老不死の霊薬だよ。それを飲めば君は老いることも死ぬことも無くなるんだ。それは、とても素晴らしいことでしょう?君を変わらないそのままに、永遠に生かすことが出来るんだ。素晴らしい、本当に素敵な考えだ。僕の愛するただ一人の君、何よりも大切で一番大事な君を僕は永遠に失わずに済むようになるんだ。それはどんなに幸せなことだろうか。考えただけでも胸が詰まるほどの幸福だ。でも、それは今ではない。それを贈るのは今じゃないんだ。それは君が死ぬ、その直前。君の心臓が収縮運動を止める、その僅かに手前が、僕が君にその一滴の薬を贈る時だ。……うん、わかっているよ?君はきっと老いて乾き切り、今のような若さや美しさなどとうに失っているんでしょう?肌は弛み髪は抜け骨は曲がり、醜悪な老婆の姿になっているんでしょう?……でもそんなことはどうだっていいんだ。関係ない。僕は君のその心こそを愛しているのだから。そう、君のその汚れなき心こそを。だから僕はもう自分では動くことすら出来ない程に衰えた君を、ずっと傍で見守るんだ。朝から晩まで、君の隣で、君の苦しそうな呼吸音やうめきを聞き、苦痛に歪んだその顔を見つめるんだ。そして君の魂がこの世から放たれようとするその直前に、そのしずくを贈るだろう。僕の舌から、息を引き取ろうとする君の唇へ。僕を腐れ外道と罵ったその唇へ、僕の舌で優しく贈るだろう。君の魂をそこへ、僕の隣へ永遠に引き留めて、君の老いた醜い身体をこの腕に抱いて、僕も共に永久を生きよう。ああ、衰えて動くことすらもままならぬ無力な君。なんて素敵なことだろうか。けれど、出来ることなら。その汚れなき心を内包して映す瞳、今軽蔑しきって僕を見下しているその瞳にだけは意識を残していて欲しいんだ。そして、悔しそうな、口惜しそうな目で、僕を見ていて欲しいのです。飽くこともなく君に口付ける僕を、見続けていて欲しいのです。それと、もしも贅沢が言えるのなら罵る言葉もあるともっといいだろう。ああ、そうだ。声だけは今と変わらぬ美しさだといい。張りのあるソプラノ、美しいその声で僕を罵倒し、泣き叫び、縋るといい。それでも僕は君を、永遠に離さないだろうけれど。決して離さないだろうけれど。ああ、なんて素晴らしい。ねえ?君もそう思うでしょう?それはとても、とても素晴らしいことでしょう?エリクシア」