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第17回パラ1000字小説バトル

  第17回テーマ:「袋小路」


エントリ作品作者文字数
01(作者の希望により掲載を終了いたしました)
02スプーンとむOK1000
 
 
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エントリ02  スプーン     とむOK


 二つのビニール袋をさげて汗だくで帰ったタケに、あたしは言わなきゃいけないことがたくさんあったはずなのに、タケに手まねきされるままテーブルの向い側に座る。
 かき氷はペンギンだよな。タケが先に笑う。箱から出した新品の手回し式かき氷機に、わざわざコンビニに寄って買ったロックアイスをいっぱいに詰めて、ふたをする。ちりん。窓の外で風鈴が鳴った。
 こうすると最後までおいしいんだ。ガラスの器の底にうすくイチゴシロップをしいて、タケは言う。濃縮された甘いにおいが部屋中に広がって、あまねく等しくあたしの鼻にも届いた。目の奥が、懐かしさにゆるんだ。それはタケにも伝わって、タケの太い眉がはねる。さあいくよ。最初に好きになったのと同じ顔で、タケは言う。ちりん。また風鈴が鳴った。
 ざじ。タケはハンドルを回す。ふたの裏にはたくさんの針が生えている。ざじ、ざじ、音はペンギンの頭の中から聞こえる。タケはいっしょうけんめいだ。額からいくつも汗がふき出して、つよく引き絞った眉におりる。筋張った左手がペンギンの頭を押さえつけて、右手がハンドルを握り締める。ざじ、ざじ、氷はペンギンのからっぽのお腹に落ちて、シロップの赤に染まる。
 あたしは抱えた膝にあごを乗せて、首をすこし傾げたきゅうくつな姿勢でじっと見つめる。ホームセンターは車でも片道十分かかるとか、タケを追い出してからつけたテレビで今日も記録的な猛暑ですと言ってたこととか、あたしのためにバイトを断るタケの電話が日に日に長くなることとか、大騒ぎして散らかした部屋を一人で片づけながらそういう一つひとつが気になって、結局何もかもうまくゆかない。
 また甘いにおいがした。できたよ。仕上げにイチゴシロップをたっぷりかけて、タケは手のひらサイズのあかい雪山をあたしの前に置いた。ちりん。風は風鈴をゆらしても、部屋の中には吹きこまない。タケが食べてよ。あたしは言う。タケが食べて。
 するとタケの笑顔はまた甘くなって、ほら、と言う。差し出されたスプーンの先の小さなあかい雪山は、タケの熱に少しとけている。かちん、半開きの唇を割ってスプーンが歯にあたる。やわらかい氷が喉に流れこんで胸を灼いた。その一瞬だけあたしはつめたいと思うけど、お腹に落ちたらそれまでのあたしの中身とすぐに混じってしまって、ほんとうはタケがあたしにしてくれるみたいにあたしはしたいのに、もう何だかわからない。