インディーズバトルマガジン QBOOKS

第7回1000字小説バトル
Entry15

精神科にて

作者 : K.TAMURA
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~GN9K-TMR/
文字数 : 750
『157匹のナメクジが洋服をとかし胸に舌を這わせようとしてる』
それが私が受けた恐怖のイメージ。
「この歳になっても男が怖い、だけどこの歳になってもまだという
のはつらい」
 女医は「あなたの歳でそんな人珍しくないわよ」と微笑んでみせ
た。クソッ、お前のまわりに第三者が知ったら目をむくような体験
をした女がいるのかよ。
「理想が高いからなんていう、お花畑の少女みたいな理由じゃない。
私のなかであの日の恐怖がとぐろ巻いているって何度も言ってる」
 アイツの視点の定まらない落ちくぼんだ目。痩せた親指が唇をな
ぞった。刃物を捜す手は虚をつかんで。誰か声の出し方を教えてよ。
あのときベルが鳴らなかったら私は。
「私のような理由の人はそうはいないでしょう」
 女医は震えが止まらない経験をしたこともないのに「そうね」と
微笑んでいらっしゃる。クソッ、涙の固まりが胃袋と一緒に出てき
そうだ。
「この歳でセックスが語れない自分が馬鹿みたいでどこにも行けな
い。どうすれば普通の女になれるんですか」
 女医は「あなたは未遂で済んだのだから、誰とでもやれないこと
ないでしょう」とヒザの上で重ねられた薬指のリング。
 なんのために精神科なんかに来たんだろう。全然ダメじゃん。こ
の役立たずに本棚のこけし突っ込んでやろうか。






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