インディーズバトルマガジン QBOOKS

第7回1000字小説バトル
Entry20

流れ星

作者 : 工藤裕也
Website : http://www5a.biglobe.ne.jp/~auslese/
文字数 : 966
  5歳になったばかりの息子が、夕食の支度をする私のもとにやっ
てきた。「どうしたの?」と私が尋ねると、息子は真面目な顔つき
で私に聞いてきた。
 「お母さん、まあ君はどうして生まれたの?」
 「まあ君」とはこの息子雅彦のあだ名である。彼は少し旦那に似
たせいか頭の回転が弱く、いくら私が名前を教えても自分のことを
「まあ君」としか言わなかった。それはさておき、誰の入れ知恵か
は知らないが息子が自分の出生の事を聞いてきた事に、私はしばし
頭を痛めた。
 まさか下の毛も生え揃わぬ子供に「情事の後の懐妊」という事を
詳しく話したところで、彼には何一つ理解できないだろう。
 結局私は大人の苦味と渋味の部分を上手く抜き取り、
 「まあ君はお母さんとお父さんが愛し合って生まれたのよ」
とだけ言って息子を納得させた。
 そんな事もとうに記憶の彼方に飛んでしまっていたその日の晩、
いつもよりも遅く旦那が帰ってきた。旦那は泥酔していてかなり酒
臭いはずだったが、まだ寝ずに起きていた息子は玄関まで出迎え、
旦那に抱き着いた。旦那は上機嫌で、息子の顔をつねったり頭を撫
でたりしながら笑っていた。すると息子は突然、へべれけの旦那に
向かってこう言いだした。
 「お父さん、あのね、まあ君はね、お母さんとお父さんが愛し合
って生まれたんだよ」
 それを聞いた旦那はそれまでのご陽気ぶりが嘘のように暗く沈み
こむと、うつむいて一言つぶやいた。
 「愛なんか、無かった」
 私は自分の中から血の気が一気に引いてゆくのが分かった。旦那
はまだ言い足りなかったのか、さらに言葉を足し加えた。
 「淋しかったんだよ、俺。子供ができたって聞いた時は、そりゃ
驚いたさ。それでさ、何回も聞いたんだよ。本当に俺の子かって。
そしたらそうだって言うんだよ。それで俺、泣いて頼んだんだよ。
堕ろしてくれって」
 堕ろしてくれ?私の再び昇りかけた血がそこで一端停まった。旦
那は私に子供ができた時にそんな事は一言も云わなかった。それで
は旦那が話している事は一体…。
 恐怖を感じた私は手に持っていた肩叩きの棒で旦那を黙らせると、
彼を息子と一緒に寝かしつけた。
 息子の寝室から流れ星が見えた。私は心の中で三つの願いを唱え
た。一つは旦那の話が冗談であってほしい事、二つ目は息子が今の
話を全て忘れてしまう事、そしてもう一つは、息子に旦那の血が流
れていない事。三つめの願いには少しは可能性があった。






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