←前 次→

第36回1000字小説バトル Entry15

アメノオト

 雨の日は昔から大好きだった。大人と言われるようになった今でもそれは変わっていない。

靴下も運動靴も、学校の靴箱に置き去りにした。ランドセルも濡らしたまま、傘もささずに裸足で走る。
いつもとはまるで違う世界に見えた。目に見える全てが、孤独なものに思えた。
アメノオトの世界では、ブランコや鉄棒も無力だった。特に、運動場の片隅にある砂場。誰かが作った大小の丸いかたまりが、ボロボロ崩れていくのを見て、僕は、流れる涙を抑える事ができなかった。
「大丈夫?傘貸してあげるね。こんなに濡れて、かわいそうに。」
泣いている僕を見つけた先生は、そう言って赤い傘を持ってきてくれた。
かわいそう?せっかくの雨、僕が、望んだ雨なのに・・・。
アメノオトの世界では、傘なんてただの邪魔者だと思っていた。赤い傘を差し出す先生の手を強く振り払う・・・。僕は、とにかく両手を自由にしたかった。悲しい目で僕を見た先生は、ランドセルの上に赤い傘を広げて置いてくれた。投げ出して泥まみれなっている僕のランドセルを守るように。
僕の心を守るように。
 守られている僕のランドセルを見たあの時、僕は、人のやさしさを知ったのだ。
赤い傘は、ランドセルを守ってくれた。アメノオトの世界から。初めて、人は強いのかもしれないとさえ思えた。
両手を広げて、空を見上げる。僕は、もうすでにずぶ濡れで、顔を流れる雫が、涙だとは、思わない。
帰り道の水溜りにひとつ残らず足を入れてみる。底の見えない水溜りに足をいれるのはちょっと怖かったけど、ひんやり冷たくてとても気持ちが良かった。
先の見えない足元をぼんやり見つめながら、先生の言葉を思い出す。
「さようなら。気をつけて。また明日ね。」
アメノオトをくぐりぬけて、先生の声は確かに僕に届いた。僕の心に届いた。そう、また明日。明日になれば、僕は元気になれるだろうか。
赤い傘は、砂場に広げて置いてきた。崩れた丸いかたまりを守ってくれるだろうと思ったから。
「大丈夫?傘貸してあげるね。こんなに濡れて、かわいそうに。」
僕は、崩れた丸いかたまりに繰り返し言った。
家へ帰るとアメノオトは静まる。閉ざされているという空間。僕は、守られているという安心感でいっぱいになる。ちょっと、元気になれた。窓の外を見ると様々な色の傘が、道を行き交っている。せっかくの雨なのにと、また、思う。

今日もまた、アメノオトが聞こえる。僕は、一人裸足で外へ出る。

←前 次→

QBOOKS