←前 次→

第36回1000字小説バトル Entry19

年上、年下

 聞こえてくるのはカタマリのような重低音だけだ。明らかに俺よりも年上の女達が手を上下に振って躍っている。ほとんど同じ動き。ひどく気分が悪いけれど、俺は立ち去れない。立ち去らない。一人の女がしどけなく俺にもたれ掛かっている。名前も知らない年上の女。

 「友達に戻らない?」
そう言って1つ年下の彼女は苦笑した。あまりその場面に似つかわしいとは思えない笑い方だ。俺も苦笑するしかなかった。そして無言のままで俺達は別れた。
 俺は彼女のことを愛していると思っていなかった。彼女がいなくなったところで何が変わるものではないと思っていた。4年半付きあった思い出として残っていたのも、初めて体を重ねた夜が寒かったこととか、喧嘩して彼女を殴った時の手のしびれだとか、ほんとうにどうでもいいことばかりだった。そして、どうでもいい割には涙が止まらないのが不思議だった。
 別れてから俺は、三日間ほとんど眠らずに自分を慰めた。血も出てきたし、やたらと痛みばかりが気になったが、俺は休むことなくその行為に没頭した。何を忘れるため、何を得るため、そんなことは考えたくなかった。ただその行為によって、俺は彼女に対する捻じ曲がった感情を吐き出したかったのだろうと思う。今となってみれば。

 俺はそれ以来、全くの不能になった。あの三日間で俺は男としての機能を失ってしまった。1ヶ月たっても二ヶ月たっても、一年たっても二年たっても、復活の兆しは見られなかった。もう一度それを取り戻すためにはどうしたらいいのか、なんとなくはわかっているつもりだけれども、それはもはや不可能に近いと俺は思っている。

 彼女は21歳という若さで去年結婚したようだ。二人の子供に囲まれて微笑む彼女の写真が正月に送られてきた。

 年上の女はおもしろい。いざベッド・インという段になって、俺はいつもこの話しをする。年上の女達は、色々な反応で俺を扱おうとする。大丈夫よ、なんて気休めを言う女に出会ったことは幸いにしてまだない。怒る女、ひたすら泣く女、逃げ出す女、気にせず行為を続けようとする女。俺はそんな女を見るのが楽しい。そして最近、それは俺の唯一の楽しみになりつつある。殺人よりはよほどましな趣味だと思う。自殺よりも。セックスそのものよりも。結婚よりも。

←前 次→

QBOOKS