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第36回1000字小説バトル Entry3

フットボールイズ「ライフ」

 私の彼氏はサッカーが大好きだった。
 日本でワールドカップが行われるからといって、仕事まで辞めた。と本人は言っているが、たぶん単に仕事が嫌になったのだろう。
 でも、彼のサッカー好きは嘘ではない。サッカーに興味がなかった私は、何かにつけてサッカーの講釈をたれる彼に辟易していたのだが、ワールドカップが近づくにつれて、子どものようにはしゃぐ彼を見ていると、何だか私まで楽しくなってきた。
 その彼がワールドカップ開幕の6日前に死んだ。日本代表がテストマッチでスウェーデンに引き分けた後、彼は街に繰り出し、しこたま酒を飲んで、 車に轢かれて死んだ。
 私は泣いた。私が彼を失ったことよりも、彼がワールドカップを失ったことの方が、私にとって悲しかった。
 彼の葬儀が終わった後、私は書店に溢れるワールドカップ関連の書籍を買い漁り、日本代表やその対戦相手、そして彼が大好きだったフィーゴという選手について調べた。
 そして開幕の日までに、日本代表の23人の名前とポジションはもちろん、フラットスリーという戦術は中盤のプレスがないと機能しないということ、ベルギーのエースのエミール・ムペンザはケガで出られないこと、そしてフィーゴはすしが大好きだけれども、決勝まで進まないと日本に来られないことなどを頭に入れた。
 開幕戦は家で一人で見ていたが、彼が試合中ずっとそばにいるような気がして、涙がこぼれた。前回優勝のフランスが敗れた時は、彼が唸っているような気さえした。
 そして、いよいよ日本対ベルギーの日。私は夕方6時のキックオフに間に合うように、急いで仕事を片付けて家に帰った。部屋のドアを開けると、なんと彼がいた。
 「ごめん、ごめん、やっぱどうしてもワールドカップ見たくて。別に恨みつらみとかじゃないし、ちょっと我慢してくれよ。」
 よく見ると、彼の身体は透けている。でも、しっかり日本代表のレプリカユニフォーム姿だ。私は微笑んだ。
 私は彼の隣に座って、テレビをつけた。国歌の演奏が終わり、試合が始まった。日本はしっかり守っているが、ベルギーの選手は背が高く、ゴール前に放り込まれるだけで危険な感じがした。彼は緊張のあまり真っ青になって、今にも消えてしまいそうだった。
 日本代表がずっと勝ち進めばいいのに。私は心からそう思った。

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