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第36回1000字小説バトル Entry31

knotty

あ。片瀬です。優子に頼まれて。
いけない。
優子ちゃんが代わりの人をよんでくれていたのだ。
彼女にあわせて教室も休みにしたことを伝えていなかった。
知らずに彼はやって来た。

--知ってる、あいつ小さいくせにすげぇ力ある。俺の脅威。
私たちは、優子ちゃん、で うちとける。
優子ちゃんは私が自宅でひらいている料理教室のアシスタントだ。
まっすぐな黒髪に、意志的な眉。肌が雪のように白い。
色とりどりの食材をそうぞうしくする教室では、彼女のシンプルなコントラストはなによりたのもしい。
私はしばしば、そばでたたずんでしまう。
--知ってた。だから手伝いお願いしたの。たくましさが決め手。
私が言うと、片瀬は可笑しそうに、完璧な顔をしかめた。

一秒ごとにシャッターをきりたくなるような、表情のその、ぜいたくさ。
かたちのいい目鼻口。眉、ほほをはずませる筋肉そして
それらを支える骨までも、きっとうつくしい。
ヒリヒリする。
片瀬に、見惚れている。

--何か作らせてくれない、俺さコック見習やってるの。
デニムの袖をまくる。
--先生のコラム読んでるよ。今度うちの店にも取材しに来て。
褐色の太い腕。適度にすじばってるのも好もしい。
そうね。とびきりの味で魅せて。そしたらあなたのことだって、書いてあげる。

オムレツなんてどう、かなり得意だけど。
キッチンに立った片瀬が振り向く。
私はすぐさま目をそらす。オムレツは食べられなかった。
断じて。
夫婦の間の決めごとなのだ。
今は夫が赴任先から帰る、二週に一度の土日にしか食べていない。
オムレツ。半熟たまご。目玉焼き。それから、プリン。
決して、私たち、以外の場所で食べてはいけない。
二人の朝、以外の時に食べてはいけない。
幸せの黄色いオムレツ、つくって私が待ってるの。
金いろの食卓にうっとりするあなたは、私だけのもの。
一方的に私が強いたのだけど。

ホットケーキにしよう、やばいくらい旨い。
突然うつむいた私を見て、片瀬がそう言って笑う。上目遣いの、完璧な顔で。
片瀬のつくる、やばいホットケーキ。もう感動してしまう。
よかった、
それ食べたかったの。きっと、そう。

はちみつたっぷりかけよう小倉あんもいいしそれから、
想いをくるくる巡らせながら、頬杖をつく。
存分に、見惚れよう。今だけ片瀬にうかれたい。
--卵、あるぶん使っちゃっていいかな。
返事を待つふうでもなく彼は、ぽんぽんぽん、と小気味よくボールにたまごを割り入れてゆく。

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