第95回1000字小説バトル

01(作者の希望により掲載を終了いたしました)  
02八時前の躁鬱Suzzanna Owlamp1000
03お花tio746
04願いをこめてraku998
05葉桜海軍道路早透 光1000
06Neichan紫生1000
07どうしようもない心臓藤田揺転1000
08蟻と番蟻ごんぱち1000
09たそがれのヒーローへとむOK1000
10おじいさんの魔法のランプ越冬こあら1000
11馬鹿みたいじゃない君繋1000
12くろぐろとうろこをるるるぶ☆どっぐちゃん1000
13味噌ラーメンとあなたの隣で僕は。千希1000
 
 
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エントリ02  八時前の躁鬱     Suzzanna Owlamp


ごろにゃんというその響きに僕は目を覚ます。つまりは白いで来る東の空が夜明けを告げているということで、ゑさがほしいと彼(若しくは彼女)がそう叫んでいる。が、僕は大欠伸をして二度寝のサインを出す。ひたたり落ちるトイレの水音。溢れ出す太陽光。そして、悲しげに傘をささないひいおじいちゃん。火は大切にせよ。火は大切に、火は大切。パーマネントが、ワセリンの、臭素が、鼻孔を、眠る、であるからして、PQ=NRTを期待と招待して、ピクニックに出掛けず、眠る。僕は天気の状態をニュースで確認してから一目散にそのバスに乗り込み向かう先はもちろん。QXENYWZ−107に乗り走り降り走り潜り聞き答える。丸を貰い、チェックを付けられ点数は五分の五分。成績表には一○一○がつけられ、もう少し頑張りましょうに○一つ。へのへのもへじに別れを告げて清き水を時刻表と四季報に入れ換えた鞄にのり、はさみ、おりがみ、ねんどをほうり込んたか、忘れ物全てにξζδψ。縁もたけなわと言ったところで、結びの一本締めで、この会を開かせていただきます。
『今日、きみたち調子いいねぇ、今日、きみたち調子いいねぇ、今日、きみた、』
と三度目の朝に眠る。

その時である。

身体に地響きのようなものを感じ、まさか地球滅亡かと思われたのは。
阪神淡路大震災。未曾有の大地震に打撃を喰らったのは、決して関西地区だけに留まったものではない。全国各地からの援助で、救われた人も数多く存在するが、亡くなった方々、雄に五千人以上。残された遺族たちには申し訳ないが、あの地震で潤った人がいるのも事実である。フリーカメラマン、建設会社、マスコミ各局に、ジャーナリストと呼ばれる人達。
最初で最後のあの悪夢の跡、JR線を友達と二人で歩いた。まさにそこで人間の命が奪われたことが頭の片隅にあったのかも定かではない。あの夢は何を予兆するものだったか。そんなことをおぼろげに感じていたのは中学生の僕の頭は、事実を受け止められないという現実そのものだった。なにも自分が起こした地震ではない。前の晩、何度も公園の砂場でヘッドスプリングの練習をしていて、遂に成功したこととの因果関係は?
もしも人間の脳が地球に何らかの影響を及ぼす危険性があるとすれば、それは、自然破壊やエネルギーの乱獲以前に人間すらも自然の一部であるという拭えない現実。危険を孕んだ体内に在るのはとてつもない罪悪感と昨夜の作文。







エントリ03  お花     tio


 かおりは泣き叫んでいた。
 それが悲しんでいるのか怒っているのか嬉しさゆえか、一体何に発したものなのか自分にすら分かっていない。
それまでは熱量を失った、しかし暴力的な冷たさをもった感情で日々をやりくりしていた。
 私は、場所を持つことを拒絶されていた!
 泣き叫んでいることが快なのか不快なのかさえも混迷としているが、その行為は酷く正直なもののように、そこでは設定されているらしい。劣等感から湧き出た自意識と、不安定に宙に浮いてしまった物語も、目的もなくただ静止している鰐のように佇んでいる。
 目元にぺったりと貼りついている、不安を誘う何かも、意味を放棄して待ってくれている。
 真空を、泣くことで埋めていっている。これはまるで宇宙創世ではないか。
 しかし事実、己という実体が動くことで世界は創られ出すのだ。それは胎児を見るまでもない。
 世界を創ろうとするのなら、動かなくてははじまらない。
 動いて良いよと許されたような気がしたが、そうではなかった。
「動いたほうがいい」
 何ということだ。
 いつか無理やり閉ざした世界の再生という創世が、他人によって許された。自分が解かられた気がした。何ということだ。爆発だ。
 かおりはそんなことを後付けのように考えている、女らしさを生み出すコルセットでも隠すことによるエロスの演出のための着物の帯でもない、真綿で急激に絞めつけられたような不安と共に。
 覚醒の浮遊感のあとには、男の体側にぴったりと寄り添うかたちで寝ていたかおりが残った。
 下腹部にはかすかな重みと余韻が残っている。目に入ってくる、男も含めた見慣れた部屋の光景の色調が一段と明るく感じる。
 何かしらの音も聴こえてこない。かおりは意識して脚を動かしてみた。
 そこには男の脚の感触と、衣擦れのおとがした。これで、安心できた。







エントリ04  願いをこめて     raku


片側一車線の道を風を切り裂くように走っていく。風という塊に突っ込んでいくようなつもりで。前から吹いてくるんじゃない。自分からぶつかっているんだ。そのまま自分の身体が砕け散ればいいとさえおもう。
僕は日記を書き終えてすぐ外に出て自転車を漕いだ。なにもやましい事はないはずなのに、夜中に一人で自転車に乗って街へ向かうのは不思議な高揚感がある。誰かに見つかったら通報され、補導されるんじゃないか。警察署の取調室に連れて行かれ、髪も束ねず化粧もしていない母親がすごい形相で迎えに来て質問責めで押し潰す。
「どうして?なんでこんなことに?」
僕は真っ青だ。吐き気も催すかもしれない。もう母親を怖いと恐れる年齢でなければ、まだ夜の11時を越えて外にいても問題のない年齢でもない。中途半端な大人と子供の境界線を踏んづけている。
なぜ僕が街にむかっているのかと言えば、現実逃避以外の何物でもないのだが、そのための大義名分はしっかり用意している。意味のないことをすると目つきの悪い大人はすぐに勘繰るし、それが自分を心配しての言葉ではないということは分かっている。本能的にわかるのかもしれない。そんなわずらわしい追求を、立派な理由で跳ねのけるのは悪いことをするときの基本だ。

試験二日前の日記。

学校から帰りすぐにシャワーを浴びてベッドに入った。体調があまりよくない。そして夜の11時に起き、まだ少し温かいおかずを電子レンジにかけてもう一度シャワーに入り身体を洗う。気分を切り替えるにはシャワーを浴びるのが一番だ。
こんな日に肉だなんてたいして食欲もわかないけど、味噌汁を使って無理やり胃に流しこんだ。母親はもうすっかり眠っている。明日も仕事で朝が早いのだろう。
これからファミレスで朝まで勉強だ。

もうシャッターの閉まった店ばかりのなかで、ぼんやりと温かい光を放つファミレスはどこか僕を慰めているようにも見える。僕がここに来たのは朝まで勉強をするためだということになっている。
家で勉強をすると、楽になってしまえとやたら誘うベッドや、普段は壁の一部とかしている本棚の、読み飽きたはずの漫画なんかが僕を邪魔するのは事実だ。どうして試験前はなにもかもがいつもと違って見えるのだろうか。あれだって魔が差したとしか思えない。

そして試験が始まった。
母親が動かなくなった朝から2日がたつ。僕は日記に嘘を書き続けている。もちろん答案は空欄ばかりだ。



※作者付記: 夜中に思い立ってなりゆきで書きました。感想おねがいします。






エントリ05  葉桜海軍道路     早透 光


『俺、桜の花よりも葉桜の方が好きなんだ』

 テレビを見ていた私を、一瞬のうちに十数年前のカラカラで甘くも無く、単にすっぱくも無かった時代へと運んで行た。あの頃の男はみんな子供だった。硬派とか一本芯のある奴なんか皆無。幼稚だし何かと言えば下ネタを口にしてバカみたいに喜んでた。そうかと思えば下らない事で何時までもウジウジしていて、性質が悪いって言うか、豆腐の腐ったような男ばかりで苛ツク存在だった。

 一直線、蕾だらけの桜道。
 ヤツが卒業式の帰り道で、まだ蕾が芽吹いたばかりの桜を眺めながら呟いた独り言。まるであの時の言葉を一言一句再現したような台詞だった。どうして葉桜なのか。普通は花だろ、花。ヤツは幼稚園の頃からちっとも変わらない。変にマセてるって言うか、ちょっと変わっていた。だからこんな私と気が合っていたのかもしれない。
 しかし、あの言葉が未だに記憶に残っているのはなぜだろう。何か意味なんかあったのだろうか。あれから硬派を張ったレディースを経て、今では三十路を向えてしまった私にはもう思い出す事すら出来ない。

「美登里さん? みどりさんってば!」
「う? ふん?」
「どうしたんですか変ですよ。このドラマ本当に面白いですよね。特にこの主人公の男の子いいわぁ。それに居ましたよねクラスに一人はこんな鈍感な女」
(流れるエンディングロール、演出:AKIO YAZU)

「うっ、うむ?」
「でもベタな台詞ですよね、ミドリちゃんが好きだって事でしょ、これ」
(あきお……やづ……)

「先輩、どうしたんですか。そんな年寄り臭い反応じゃあ結婚どころか男は捕まりませんよ!」
「やっ、むむん?」
(……矢津昭郎!)

「えっ、怒りました? って言うかもしかして美登里さんも同じ事言われてたりして!」
「って、むむうっ!」
(ヤツだ……そうだっだのか?)
「み魅怒璃ささん?! キャー!!」

 私はテレビを消し車のキーを掴むと嫌がる後輩を連れ出した。
 助手席の赤いバケットシートに後輩を括り付ける。ドライビングポジションからキーを回すと私は思いっきりアクセルを踏み抜いた。
 リアタイヤの悲鳴がシンクロして私の赤い車は時を超えるスピードで駆け抜ける。
(出来れば……あの時に戻れますように)
 ちとセンチな乙女心を恥じらいながら、叫び続ける後輩をよそに私は見えない真紅の特攻服を纏うと、ヘッドライトに輝く新緑の葉桜海軍道路を一直線に駆け抜けてやった。







エントリ06  Neichan     紫生


「えっ、あの有名な科学雑誌、ネイチャーに論文が載った?!」
 ミルの驚きの声をゲンゾーはラリラリと否定した。
「違うよ〜ん。知る人ぞ知る、姉愛好者雑誌、ネイチャンに乱文が載った、って言ったの」
「…ネイチャンって…」
 ゲンゾーの言葉にミルはあからさまな侮蔑の色を浮かべた。
「まったく、あなたって人は… どこまで、お気楽極楽なサル野郎なの!」
「まあ、いいから、ちょっと読んでみて」
 そう言って、サル野郎ゲンゾーは悪びれもせずグイグイと雑誌を押しつけて寄こした。
「しょうがないわね」
 アネゴ肌のミルは邪険にもできず、しぶしぶ読み始める。

――姉、それは優しく、美しく、なによりも薄命でなければならない。なぜなら、いくら姉といえども長生きしたらしわくちゃになるからだ。それは、美しくない。そのため姉には、ぜひとも美しいまま凍結してもらわなくてはならない。
 僕の姉は美しかった。美しいだけではなく春風のように優しく、柔らかく、温かかった。その上、すてきにいい匂いがして、姉に抱きしめられると僕は天にも昇るような心地がしたものだ。
 姉と僕は七つ違いの兄弟で、間にもう一人兄がいた。兄はひねくれた性格の陰気な人物で、誰からも愛されなかった。それでも、優しい姉はそんな兄にさえも心を配り、なにかと世話を焼いていた。
 ある日、腹が痛くなって学校を早退した。家に帰るとどうしてだか兄と姉も帰宅しており、何ごとかささめきあっている。しばらくすると、兄が姉を押したおした。僕はすぐに止めに入ろうとしたが、どうにも足がすくんで動けなかった。兄にいじめられている姉は、「イヤ」とも「イイ」とも言った。優しい姉は兄に乱暴されてなお優しいままなのだ。かわそうな姉。
 僕はそのことをいとこのお兄さんに相談した。お兄さんは任せておけ、と言って兄のところへ話し合いに行った。ほどなく大喧嘩が始まり、兄はお兄さんにボコボコにされた。お兄さんは姉の腕をつかむと兄と同じようにいじめだした。姉は泣き叫んで抵抗したが、お兄さんは許さなかった。美しい姉が惨酷に虐げられ醜く泣き叫ぶさまは、ケシの実の幻覚みたいなくらくらする眺めだった。
 その後、姉は魂が抜けたようになって崖から転落し、美しいままに時を止めた…――

 いやな視線を感じて雑誌から目を上げたミルに、おかしな笑顔のゲンゾーが言う。
「今は君の事を姉だと思ってルンだ」
 ミルの全身にサブイボが立った。







エントリ07  どうしようもない心臓     藤田揺転


 どうしようもない心臓をもてあまして、博士に聞いて解除passを教えてもらおうと思った。
 博士は多忙があたぼうな人なのでどうにもつかまらない。人は、あきらめなければいつかつかまるとか、歩いてこないんだから歩いてゆくんだよとか、寝て待てとか、見つからなければ自分で作るんだとか口々に勝手なことを言うが、良く晴れた2112年の朝にトイレで脱糞しているところをつかまえた。やはり高い意識を持って毎日の所作に当たることが自然と自己の向上に繋がっていくのだとこの時ばかりは思った。
「博士、どう? 最近」
 博士は脱糞しながらなおかつ食事を採り、それでいてネットワークサーチもでき、おまけに装甲を整備しながらさらに左脇毛抜き占いまでもすることができるという流石の高機能を誇っていたが、それらの全てを放り出して放心するという荒業を度々行うこともやぶさかでない様子だった。
「イシワタリサン、丁度イイ所ニイラッシャッタ」
 私の名前は断じて石渡でも胃死倭汰痢でもなかったが、そこは初等教育システムにおいてもいちはやくあらゆる意味で集団を脱してしまった博士のことだ。私をイシワタリと呼ぶにしても彼には何もかも分かった上で、それでも私が、「イシワタリ」に違いないと判断したのだ。詰まるところ私は真実さにおいては俄然イシワタリサンなのだ。
「博士心臓のことで……」
「ソレニハ及ビマセン」
 話が早い。博士によると、私の心臓のこの所のどうしようもなさは決して危険なウイルスによるエラーではなく、私の生機構の一過程に過ぎないと言うことだ。
「”恋”デス。心配ハアリマセン」
 これが恋と言うものか。しかし苦しい。手っ取り早くワクチンを投入することは出来ないのかと私は尋ねた。それには答えず博士は言った。
「イシワタリサン、ワタシジツハ“ゲイ”ナンデス」
 ショッキングなニュースと言うものもこの頃は殆ど絶滅寸前になっていて、新たに「自分はショックを受けているんです内心は。でもそのことがあなたに悟られるとあなたは心を閉ざしてしまうかもしれないから、だから私は自分のショックを隠して表面は穏やかに、水も揺らさぬ様子を示してるんですよ」という名のアバターが公開されたほどだ。
 鋭い色をした博士の眉は嫌が応にも美しかった。まだ見ぬ地平を見た、と彼らは思った。カミングアウトとはよく言ったものだ。気が付くとそばに塁審が控えていて、高らかに親指で天を指していた。







エントリ08  蟻と番蟻     ごんぱち


「どうか、食べ物を分けてくれませんか?」
 キリギリスが、這いつくばって蟻に頼みます。
「夏の間に、遊び呆けてた報いさ、帰った帰った!」
 蟻達は、言うなり、ドアを閉めてしまいました。
 キリギリスはがっくりとうなだれ、どこへともなく去って行きました。

「ははは、あのザマったらないね」
 蟻が笑います。
「後先考えずに暮らしているからあんな事になる」
 別の蟻もおかしげに笑います。
「その点私たちは、なんて立派なんだろう! ああ、夏の間に一生懸命働いた甲斐があった!」
 皆で笑います。
「――笑ったらお腹が減って来たな」
「そうだね」
「ごはんにしよう」
「それが良い、それが良い」

 貯蔵庫の入口前は、貯蔵庫番の蟻たちが守っています。
「どうした、君たち、ゲフッ」
 番蟻たちは、やって来た蟻たちを睨みます。
「お腹が空いたから、食料を少し出して貰おうとしたのさ」
「キリギリスのヤツが、分けて欲しいって泣いて頼んでたよ、傑作だったなぁ」
「君たちにも見せてやりたかったよ」
「さあ、食料を出してくれ」
「――君たち」
 新しい番蟻が、疑り深そうな目をして加わります。
「さっき食料を出してやった奴らじゃないか? ゲフッ」
「さっき?」
 蟻たちは顔を見合わせます。
「私たちは、今日は何も出して貰ってないよ」
「蟻違いじゃないかい?」
「いいや。ゲフッ」
 別の新しい番蟻が、大顎をガチガチと鳴らします。
「君たちには見覚えがあるぞ、確かに出した気がするぞ」
「確かにって言われても、私たちは貰ってないよ、本当だ」
「脚が六本に触角が二本、どこからどう見てもさっき出してやったヤツと一緒だろう。それに仮に違ったって、君たちは死にそうって訳でもないだろう? ゲフッ」
 新たな番蟻は蟻たちを指します。
「蓄えも残り少ないんだ、そうホイホイと出してやれないよ。ゲフッ」
「蓄えが少ない?」
「夏の間に、あんなに貯めたじゃないか?」
「それだけじゃなくて、キノコを育てる為に葉っぱだっていっぱい運んだし」
「番蟻たちで、半分食べたからね。ゲフッ」
「ええっ!」
「勝手にそんな!」
「ずるいじゃないか」
「何を言っているんだ」
 番蟻は、いつの間にかもの凄い数になっていました。
「みんなに食べ物が公平に行き渡るように、我々番蟻がどれだけ頑張ってると思ってるんだい」
「文句があると言うなら」
「この巣穴から出て行くこったね」
 番蟻たちはにたぁっと笑ってから、大きな大きなゲップをしました。







エントリ09  たそがれのヒーローへ     とむOK


 夕暮れた空に赤蜻蛉が飛び交う公園で、俺は加藤を見つけた。加藤は世界にただ一人、超人的な力と技を持つ改造人間だ。加藤は姿勢を低くして、鍛えられた体躯を茂みに張りつけ、微動だにしない。
「おい加藤」
「しーっ」
 あまりにも真剣な表情の加藤が振り返る。口元から顎にかけて伝うよだれがちらりと光った。俺は溜息をついた。
 あれからもうすぐ一年になる。年の瀬押し迫った東京、警視庁が決死の操作で突き止めた悪の組織カマチロ団のアジトに、加藤は単身乗り込んで組織を壊滅させた。かくして東京を脅かす悪の根はあっけなく潰えた。因みに決戦が御用納めの日だったため、報告書やら現場調査やらで、宮田をはじめ何人もの警察官が正月を返上した。戦いの終わった加藤はこたつにみかんで新年を迎えた。
 僅かに生き残った戦闘員は裁判にかけられた。数年の服役の後、下町の銭湯での更正就労が課せられる。やがてまっとうな道を歩むだろう。しかし苛烈を極めたアジト攻防戦で実験室は徹底的に破壊され、そこで改造された加藤は二度と人間に戻れなくなった。
「お前の特殊能力を生かせばいくらでも再就職ができるだろう? 警察だって探偵だって。内閣調査室からもオファーがあったじゃないか」
「ヒーローに犬の仕事ができるか」
「今のお前は亀だ。出歯亀だ」
「俺はイナゴの改造人間だ。まだ亀の方が虫よりマシさ」
 加藤は平然と言う。
「そもそも悪を倒すヒーローなんて、お節介焼きでないと務まらないんだぜ?」
「それとこれとは意味が違う」
「なあ宮田…こうしていると思い出さないか? 俺たちあの夜、汚い大人にだけはならないって誓ったじゃないか」
「ああ。公園でカップルを覗きながらな。俺たちは若かった」
 唇の右端だけを上げて笑う加藤の、ニキビの跡が残る頬に小さなしわが刻まれた。
「前方五メートルの茂み。制服ギャルとオヤジのツーショット。ギャルはオヤジに万札貰った」
「現行犯だ」
 乗り出した俺の肩を加藤が掴む。加藤はもうちょっと、という仕草をした。
「誰だってたまにゃ翅を伸ばさないと。だろ?」
 それが人生の機微ってもんさ、と加藤はうそぶく。俺は姿勢を低くして、加藤の肩越しに目を凝らした。くんずほぐれつを繰り返す、見えそうで見えないギャルのスカートの中がもどかしい。俺の鼻息が茂みをゆすり、枝が頬をくすぐった。加藤がむはは、と嗤う。
 実験室はこいつがわざとやったのだ。俺はそう確信している。







エントリ10  おじいさんの魔法のランプ     越冬こあら


 やがて雨が降り出しました。
 巳之助じいさんは、魔法のランプをいくつもぶら下げたリヤカーを引いて、パンダ池の端まで来ました。雨粒が水面に静かに無数の輪を作っています。
「いまどきそんなランプを擦る者は居らんよ」
「現代科学はもっと合理的で実際的な幸福を目的としていますから……」
「オッサン、なんや『三つの願い』って、古すぎるわなぁ」
 輪の中から、村人や批評家や若者の声が響いてくる気がしました。

「もうお前らの……時代じゃない」

 リヤカーにぶら下げた五十数個の魔法のランプを見つめて、じいさんが呟きました。
 人々は、いくら貧しくてもいくら不幸に見舞われても、もう夢を見たり、願い事に頼ったりしなくなったのです。人類が目指さなければならない科学万能の世の中では、迷信や幻想は、嫌悪され戒められるものでしかないのです。それでも夢を追い求めるような者は、ただの非科学的弱者でしかないのです。
 巳之助じいさんの頬を熱い涙が伝いました。

 やがて、じいさんはランプをひとつ取ると、池辺の木の枝に吊るしました。そして、またひとつランプを取ると、隣の枝に吊るしました。ひとつ、また、ひとつ、ランプは次々に枝から枝に、木から木に吊るされていきました。

「だんな様、お呼びでしょうか」
 ランプをとる巳之助じいさんの手が滑り、その表面を擦ってしまうと、中からランプの精が現れて純朴な声で問いかけてきました。それを無視してじいさんは、次々にリヤカーのランプを枝に吊るしていきます。

「驚くことはない、三つの願いをかなえて進ぜよう」

「呼ばれて、飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん」

「ハーイ、僕の名前はジーニーさ、よろしくね」

 ランプからは、調子にのった様々なランプの精が浮かれて飛び出してきました。どの科白もそこからひとつの物語が始まった昔を彷彿させる懐かしいものでした。
 毎日毎日、街から街へランプと不思議な冒険を売り歩いた暮らしが、巳之助じいさんの胸に今更のように蘇って来るのでした。

 ランプ、ランプ、懐かしいランプ。

 長い時間をかけて、巳之助じいさんは全ての魔法のランプを池辺の木々にかけ終えました。

 冒険の旅へ出ようよ
 素晴らしい夢の世界に
 ドキドキの旅の終わりに
 幸せが待っているから

 お気楽なランプの精たちは、大合唱を始めました。

 巳之助じいさんは、かがんで足元から石ころを一つ拾うと、一番浮かれたランプの精に狙いを定めました。



※作者付記: 新美南吉著「おじいさんのランプ」よりアイディアを頂きました。






エントリ11  馬鹿みたいじゃない     君繋


 教室の端、あの地味な奴。
 ぼうっと窓の外なんか眺めちゃってさ、一人が好きなの、馬鹿みたい。
 私?
 居るよ。友達。あいつを横目に見ながら輪の中でくだらない話、必死でウケてるフリ。馬鹿みたい?
 まあね。
 ところであいつ、何かに似てるんだよね。何だろ?
 あれだ。通学路にあるお地蔵さん。御前のお花が娘に無視された父親みたいに萎れてて、赤い前掛けはくしゃくしゃに仕舞われたビニール袋みたいに疲れてる。でもいいよね君は。お風呂入んなくても臭わないから。
 顔?
 あぁ。のっぺらぼうみたい。雨に流されたんじゃない。誰も相手してくれなくて、つまらないからただの石に戻ったのね。懸命な判断だよ、それは。

 もし、私も石になれたなら、そうね、小さいのがいいな。陽の温もりを誰にも気にせず吸い込んで、雨のシャワーだってへっちゃら。近所のガキに蹴っ飛ばされたりしながら、そのうち河に落ちるのね。私は好物をお腹いっぱい食べた後のネコみたいに無抵抗なまま流水と踊り、時々他の石達とぶつかり合っていらないものをちょっとづつ削り落としてもらうの。宝石とまで言わないけど、でもツルツルまん丸の綺麗な石になってそして海が近い岸辺に流れ着くわけ。そこで白髭の似合うお爺さんに拾われて、海が見える彼の家の窓辺に置いてもらったりして、あまり身体を動かせないお婆さんと、彼女を支えるお爺さんの静かな暮らしを眺めて過ごす。
「今日ね、とても綺麗な石を見つけたよ。世界には私達の知らない事がたくさんある。まだ、生きていような」
 そう彼は話し掛けて、彼女は目の端の皺を気にもせずに微笑むの。ねぇ、馬鹿みたい?

 知ってるよ。
 あいつ気付いたら学校来なくなってた。もしかして石になったとか。だとしたら、ずるいよね。一人だけ。
 それからお地蔵さんの顔、復活。黒インクで、いやに垂れ下がった目尻に、半月みたな大口から格子状の歯が覗いてる地味でダサい落書き。なのに、君、何でそんな嬉しそうな顔なの?

 分ってる。
 あの二人が死んでしまったらって、考えるとね。私は窓辺に一人ぼっちで、陽の光を受けられても、風を感じる事は出来ず、夜の窓辺に映るのは誰も居ない部屋。
 あいつは窓辺で何を見ていたんだろう。
 話し掛けとけばよかったかな。
 真似して窓辺に座って頬杖ついて、ガラスに映った自分の顔、あーあ、ひどいや。
 って久々に顔、楽に緩んで。やっぱり気になるの。馬鹿みたい。







エントリ12  くろぐろとうろこを     るるるぶ☆どっぐちゃん


 川だった川べりを男が歩いている。
 さかなが泳いでいく。
 二、三匹捕まえる。二十匹ほどが手の中に入った。すぐに逃がしてやる。さかな達は綺麗なうろこを持っていた。
 男は、ずっと昔、自分が自分になる、そのずっと昔、ずっとずっと昔、さかなだった頃の記憶がある。先ほど捕まえたさかな達よりずっと巨大で、ずっと強くて、ずっと速くて、全てを持っていて、ずっと綺麗なうろこも持っていた。そして目の見えないおんなと暮らし、海の真ん中で、緑色した、本当に綺麗で何も無い海は緑色なのだ、それを男は覚えている、そうそんな海の真ん中で、男は死ぬ。さかなだった男は、死ぬ。
 そのことを男は覚えている。
 川だった川べりを、男が歩いている。




「だから言いたいことはなんだよ」
「金を返してくださいよ」
 男は黙る。
目の前には色々なケーキやコーヒーやミニカーが並んでいる。男は手をつけない。
「昔のあなたと今のあなたは違うんだ」
「感動、ってなんだ」
「は?」
「感動、ってなんだ。愛する人がなんか、あれか、難病だかなんだかになって、あれか、それでなんかすると感動か」
「はあ」
「みんなであれか、何かを一生懸命作って、やって、失敗して裏切られて裏切って、でも友情で、そして成功で、それであれか、感動か」
「さあ」
「わからんな」
「はあ」


 鈴の音で、鈴の男の踊りを、トーマが踊る。
 心臓をたくさんぶら下げて。
「心臓ならいつでもやるよ」
「ああ」
「あと何があったかな」
「ああ」
 ユーリは心臓を差し出す。
 心臓には沢山の絵が描いてあった。どこかへ行けそうな、羽のような絵。
「ありがとう」
 鈴の音。ノイズ。オルガン。
 トーマは鈴の男の踊りを踊る。



 魚を捕まえすぎてしまった。
 くろいかいがんに、ずっと立っていたから。
 両手にさかなを抱えて帰る。
 両手に魚を抱えて、砂漠を通ってうちへ帰る。
 さかなはびちびちと跳ねる。何匹か逃げ出す。砂に落ちる。空へとぶ。砂漠を通ってうちへ帰る。
 途中にピアノが置いてあるのを見た。
 誰かが捨てたのだ。捨ててしまったのだ。黄色く黄ばんだ白い鍵。白く汚れた黒い鍵盤。誰かが、これを弾いていた、ずっと弾いていた、ずっとずっとずっと弾いていた誰かが、捨ててしまったのだ。魚を捕まえすぎてしまった。くろいかいがんに、ずっと立っていたから。
男は女の家へ帰る。
「おかえり」
 女は手探りで男に抱きつき言った。女はめくらであった。男がそうした。女をめくらにしたのだ。そして、二人はずっと一緒に住んでいる。
 女は魚を手に取る。
「こんなにたくさん」
 まないたに置き、包丁でさかなをばらばらにする。
 男は目を閉じる。
 黒い海岸にずっと立っていたから。
 黒い海岸でずっと、うそを聞き続けてきたから。







エントリ13  味噌ラーメンとあなたの隣で僕は。     千希


 うい、という名の人だった。
「はねに、ころも。羽衣と書いて、うい」
 初めて会った時、ういさんはそう言って微笑んだ。年月でこなれた柔らかな声。でもその発音はすこしたどたどしく、僕の頭にはひらがなの「うい」が浮かんだ。今でも、そうだ。

 週末にはよく二人で買い物へ出かけた。ういさんは緩く編んだ白髪を垂らした背筋をぴんと伸ばし、穏やかなペースで歩を進める。歩調を合わせると、その速度は退屈だ。それで周囲に目をやると、普段目につかないことが見えてくる。一輪だけ咲いた季節外れの桜だとか、公園に置き去りにされた小さなズック靴の片方だとか。
 ういさんは、前者を見れば写真を撮ってくれと面倒くさがる僕にまったく使いこなせていない携帯電話(簡単操作をうたったもの)をしつこく差し出すし、後者はわざわざ交番へと届ける。おかげで買い物が終わる頃にはとっぷりと日が暮れている。
 そんな時に2人連れ立って入る近所のラーメン屋が僕のひそかな楽しみだった。なかなか良い店で僕の家からもそれほど遠いわけではなく、一人で来ればいいようなものだったのだが、なんとなくその気にはならなかった。それでそこの味噌ラーメンはずっと、ういさんと二人のときだけの楽しみだった。
「ね、あなたは結婚しちゃあだめよ」
 ラーメンを啜りながらういさんは決まってそんなことを言った。私が寂しくなるから、と言う。大真面目な顔をして、言う。
 なんだよそれ、と僕がわざと不満そうな声を出すと相好を崩し、おかしくてたまらないように笑った。女性に臆病で彼女の一人も出来たことのない僕をからかっているのだ。でも案外、本当にそう思っていたのかもしれない。

 ういさんの死に顔は、きれいだった。眠ったまま、苦しまなかったそうだ。僕は今にも目を開けそうなその顔を側でずっと眺めていた。いくら眺めても、自分の祖母だという実感は、最後まで湧かなかった。幼い僕を捨てて逃げた母の、その母だという認識はあっても実感は、やはり湧かないままだった。
 葬式のあとで僕は、喪服のままであのラーメンを食べにいった。一人で黙々と麺を口に運ぶうち、柔らかなあの声がふいに耳に蘇り、涙が溢れた。後から後からとめどもなく。
 ういさん。僕の、おばあちゃん。一度くらい、そう呼べば良かったかな。でもういさんはきっと嫌がっただろうな。 
 心底嫌そうなういさんの顔がはっきりと頭に浮かんで、僕は泣きながら笑った。